第8話 叶わぬ願い #4

第8話 続き #4


■ー城 ジュリアスの部屋


〈似顔絵を見て震えているポリー。コットンキャンディーを片手に乗せ、胸の側に、その手を持ってきている。〉


ポリー「まさか――。あの女の子が犯人かもしれないなんて……」


〈ジュリアスが戻ってくる。〉


ジュリアス「コットンキャンディーを誰かに見られたら、まずいぞ」


ポリー「分かってる。一人では怖くて、一緒にいてもらったの。〈コットンキャンディーを小箱に入れながら〉ジュリアス、マリオさんのいう女の子が、本当に怪しいの?」


ジュリアス「うん。証拠は何もないが……」


ポリー「〈身震いして〉私は犯人と一緒に歩いたっていうこと?」


ジュリアス「しっ!声が大きい」


ポリー「だって、だって、ジュリアスも似顔絵で分かったでしょ、若くて綺麗で目が不自由なの。〈涙声になる〉」


ジュリアス「盲目はだった可能性が大きいよ」


ポリー「ねえ、ジュリアス、怖いよ。どうしたらいい?私は犯人を逃したの?ミレーネに何て言ったらいい?〈泣き出しそうに〉」


ジュリアス「ポリー、落ち着いて。起きてしまったことは仕方がない。わざとした訳でもない。それに容疑者が見つかったことはタティアナさんやアイラさんを救える希望が出てきたと僕は思う」


ポリー「えっ、そうなの?」


ジュリアス「ただ証拠が無いし、残念ながら簡単に捕まるような犯人ではなさそうだ。ミレーネに期待だけ持たせる訳にはいかないし、ポリーの関与をどう明かすかも悩ましいな。ミレーネには伏せておいて、ここは、まず父様に相談するしかないだろう」



■ー城 女官タティアナの牢


〈窓の鉄格子から差し込んでくる月の光を見上げる女官タティアナ。離れた牢からずっとアイラのすすり泣く声が聞こえている。〉


タティアナ(心の声)「もし私が罪をかぶればアイラとお腹の子は助かるかも知れない。私はもう歳老いた身。家族もおらず、お妃様と姫様を守るためだけに生きてきた、この人生。姫様のおそばに、もう一度お仕えし、残りの人生を終えたかったけれども――」


【タティアナの回想: 午後 鉄格子の窓から舞い降りてきたコットンキャンディー。】


タティアナ(心の声)「最後にお互い、想いを届け合えましたことを、せめてもの心の慰めといたします」


〈決意して立ち上がる女官タティアナ。〉



■ー城の廊下


〈どこかへ急いで行こうとしている文法大臣。ちょうど、通りかかった民政大臣と会う。〉


民政大臣「こんな時間にどうされましたか?武法所で急な取り調べでも?」


文法大臣「女官タティアナが事件の真相を話したいと自分から言ってきました」


民政大臣「何と!今度はタティアナが?外事大臣がまた何かしたようですか?」


文法大臣「分かりません。とにかく、まず話を聞いて参ります」


民政大臣「私も部屋で待機しております」



■ー城 民政大臣の執務室


〈ノックしてジュリアスとポリーが入って来る。〉


民政大臣「どうしたのだ?二人とも。もう、かなり遅い時間だぞ」


ジュリアス「父様もまだお城に残っていたのですね。良かった……」


民政大臣「今夜は色々取り込んでいてね。何だ?急ぎの話か?」


ジュリアス「はい、これを見て下さい。〈マリオが描いた似顔絵を渡し〉この者がお妃様殺害そして姫様殺害未遂の容疑者と思われます」



■ー城 外事大臣の執務室


〈近衛副隊長が報告に来ている。一緒にいたアリも身を乗り出して聞いている。〉


外事大臣「なに!でかしたぞ!タティアナがそう言ったのだな?」


近衛副隊長「これで事件が一挙に解決へ向かいそうですね」



■ー城 民政大臣の執務室


〈ジュリアスとポリーから話を聞き終わった民政大臣。〉


ジュリアス「父様もこの子が真犯人と思われますか?」


民政大臣「捕まえて実際に取り調べてみるまでは何とも言えぬ。今は証拠も何もない」


民政大臣(心の声)「それに、お前達はまだ知らぬが、牢にいる女官二人が自白を始めたのだ。その事実がある限り、この件はどうすべきだ……?」


民政大臣「マリオ君を助けた者は?」


ジュリアス「通りがかりの者と聞いております。父様、誰か、この事件を極秘で調べているのですか?」


民政大臣「〈首を振り〉いや、何も聞いていない」


ジュリアス「〈ポリーと顔見合わせ〉そうですか」


民政大臣「とにかく分かった。今夜はもう遅い。お前達は部屋に戻りなさい。この話を姫様はご存知なのか?」


ジュリアス「いえ、まず父様に相談してからと」


民政大臣「それは賢明な判断だったな。父が良いと言うまでは誰にも言わぬように。ポリーも分かるな?」


ポリー「はい」


ジュリアス「マリオも危ない目にあったので、事の重大さを分かっています。全て忘れて、口外しないと約束してくれました」



■ー城 民政大臣の執務室 再び


〈ジュリアスとポリーが出てから、入れ替わるように入って来る近衛。〉


近衛「民政大臣。女官アイラに続き、女官タティアナが自ら犯人だと名乗り出ました。文法大臣が武法所にお呼びです」



■ーどこか知られぬ場所 洞窟


影の隠密「ネズミ退治は何者かに邪魔され失敗に終わり、ネズミはついに城の中の者と接触したようです」


影の人「似顔絵が城の者の手に渡ったか。知られたくなかったが、仕方ない。まあ、どうせ証拠も、容疑者の若い女も、永久に見つかりはしない」


影の隠密「はい。その上、牢にいる女官が自ら妃殺害を認める供述を始めたと、先ほど城内の密偵から報告がありました」


影の人「ほう、自分から勝手に罪を被ったか。何とも我々にとっては有難い話じゃ。ははは。〈洞窟に響く高笑い。〉これで真実はすべて闇にほうむられるだろう!」



■ー城 牢屋 深夜


〈まだ悲しみに耐えかね眠ることも出来ず、ただ泣いている女官アイラ。離れた牢では、取り調べから戻って来た女官タティアナがぐったりとしている。柱の陰に隠れてやって来る、覆面の近衛ウォーレス。見回っている牢の番人を一撃で失神させ、牢の鍵を奪う。〉



■ー城 女官アイラの牢


近衛ウォーレス「〈小声で〉アイラ」


〈その声に、泣いていたアイラが顔を上げる。牢の鉄格子の扉の所へ駆け寄り、覆面をしている近衛ウォーレスを見る。〉


女官アイラ「来てくれたのね」


近衛ウォーレス「〈鍵を差し込もうとしながら〉早く!」


女官アイラ「〈ウォーレスの手を鉄格子の間から止めて〉先にタティアナ様を」


近衛ウォーレス「無理だ。タティアナ様はお年を召している。君一人なら逃げ延びることが出来る可能性がある。さあ、急ぐぞ」


女官アイラ「〈ウォーレスの手をそのまま離さずに〉タティアナ様を置いていけない。〈哀願するように〉」


近衛ウォーレス「頼む、アイラ。二人分の命だぞ」


女官アイラ「でも、この子にとってタティアナ様は命の恩人なのよ。死のうとした私を助けてくれたの。〈涙ぐむ〉」



■ー城 女官タティアナの牢


〈タティアナがアイラの牢からボソボソ聞こえてくる声に気付き、自分の牢の鉄格子の扉近くへ這い寄る。〉



第8話 叶わぬ願い 終わり


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