第8話 叶わぬ願い #2

第8話 続き #2


■ー城 廊下


〈厨房班エレナと一緒に厨房へ向かうポリー。〉


ポリー「本当にいいんですか?」


厨房班エレナ「ええ。姫様にお出しする焼き菓子を作る時はいつも多めに焼くのです。一番焼き上がりの良いものを召し上がって頂くために」


ポリー「うわあ、楽しみです!美味しくて、もう、どれだけでも食べられます」


厨房班エレナ「まあ、そんなに気に入って下さって嬉しいです。お好きなだけ、お持ち下さいね。また、明日は別の風味のお菓子を焼きましょう」


ポリー「私もこんなお菓子が焼けたらいいのに」


厨房班エレナ「では、明日は一緒に焼きませんか?」


ポリー「いいんですか?やった〜!」


〈喜びの舞を踊るポリー。踊る視線のその先。民政大臣が廊下の遠くの方を歩いていることに気づく。〉


ポリー「あっ、エレナさん、先に行っていて下さい。〈民政大臣を指差し〉ちょっと父と話したいの。すぐ追いかけます」


厨房班エレナ「分かりました」



■ー城 廊下の先


〈走っていくポリー。〉


ポリー「父様!」


民政大臣「こら、こら、ポリー。廊下で走ったり、大声を出したりするもんじゃない」


ポリー「ごめんなさい。あのね、父様に聞きたいことがあって。昨日、家に帰った時、母様に聞くのをすっかり忘れていたから」


民政大臣「どうした?何か困ったことでもあったのか」


ポリー「ううん、簡単な質問。〈自分の耳のピアスを触って〉この、母様の首飾りからもらった石のことだけど。最初は首飾りに石が何個ついていたか、父様は知っている?」


民政大臣「……お前も知っている通り、六個※じゃないか」


ポリー「そうよね、やっぱり。八個なんて変」


民政大臣「どこから八個の数字が出てきたんだ?」


ポリー「姫様がね、亡くなったお妃様から、母様の首飾りの話を聞いていたらしいの。それで八個と覚えているって」


民政大臣「そうか。姫様はきっと昔のことで思い違いをなさっているのだろう。いいか、ポリー。よく聞きなさい。母様には、その話をするんじゃないぞ。お妃様が亡くなられてから、ナタリーは精神的にかなり参っている。だから、お妃様を思い出させるような話はしてはいけない。いいね?」


ポリー「母様、まだ、そんなに悪いの?昨日は笑顔で送ってくれたよ。少し落ち着いたと思っていたのに」


民政大臣「見かけは何とか気丈に振る舞っている。お城で姫様を支えて頑張っているお前たちには悟られぬようにしたのだろう。“日薬ひぐすり”という言葉を知っているか?ナタリーには時間が必要なんだ。辛く悲しい記憶を忘れるために」



■ー城 書架室


〈ポリーは厨房に行き、ミレーネ姫はいったん自分の部屋に戻ったので、ジュリアスだけが、まだ残って調べものをしている。テーブルの上には花言葉の本。〉


ジュリアス「タティアナさんのいう蘭は何を意味しているのか。蘭の代表といえば、胡蝶蘭。その花言葉は“清純、純粋”。クローバーといえば四葉のクローバーが幸運の印とは、よく知られているが。うーむ」



■ー城下町の北部 山寄り地区


〈かなり古い貧乏な家。貧しい女と子供三人が晩御飯を食べている。〉


子 その1「母ちゃん、最近おかずが多いね」


子 その2「おかわりしていい?」


貧しい女「ああ、いいよ。いっぱい食べな」


〈小さい子ども達、必死でご飯を食べている。そこへ父親が帰ってくる。〉


皆「お帰りなさい」


貧しい女「今日は売れたのかい?」


女の旦那「〈背中から籠を下ろしながら〉一日中、声をからして歩き回ってもダメだな。〈晩御飯を見て〉ここずっと、旨そうなおかずと飯が続いているが、銭は大丈夫なのか?俺は全然、売り上げが出てないぞ」


貧しい女「ちょっと人助けしたら、思いがけなくお礼がもらえたって、この間も言ったよ。聞いてなかったのかい?」


〈その時、一番小さい子どもが父親のそばに寄ってきて、上着のポケットから紙が出ているのを引っ張り出す。〉


子 その3「父ちゃん、これ、何?」


女の旦那「母ちゃんに渡して。〈妻に向かって〉捨てといてくれ」


貧しい女「〈子どもから渡された紙を見て、ギョッとなり〉これは――!」


女の旦那「城下町で尋ね人の紙を配っていたのさ。そのまま入れっぱなしだったよ」


〈紙を持って、隣りの部屋に駆け込んで座り込む女。〉


貧しい女「“白杖の娘”だって?何で、あの子が?あの時は普通に見えていたじゃないか。違う女の子かも。ううん、髪型とかは変えているけど、間違いない。やっぱり、あの子だ。〈震え出す〉」



■ー【山寄り地区に住む貧しい女の回想−①】


【回想:〔数日前 一人の知らない綺麗な女の子が訪ねて来ている。〕


貧しい女『1日だけ、お城の下働きに行きたいのかい?』


若い女の子『はい。一度、行ってみたかったのです。誰か知り合いのがないと手伝いの仲間に加われないと聞きました』


〔どんと金銭が入った袋を置く。〕


若い女の子『仲間の方達にもめいが参加するとだけ伝えてもらえれば良いのです』】



■ー山寄り地区 貧しい女の家 再び


〈尋ね人の紙を持った手が震えている。〉


貧しい女「姫様の誕生日に、あの子は一緒について来たんだ。手伝いをしていた時は何も変わったところはなかった。だから、帰りも特に気をつけたりしなかったが……」



■ー【山寄り地区に住む貧しい女の回想−②】


【回想:〔姫の誕生日の日の夕方 城の西門 城下町北部山寄り地区から手伝いに来た者六名一緒に門番の前を通って外に出る。少し歩いたところで立ち止まる若い女の子。〕


若い女の子『あっ』


手伝いの仲間『どうした?』


若い女の子『すみません。忘れ物をしてしまいました。すぐ取って参ります。皆さん、お先にどうぞ。〔甘えたように〕だけ、待ってて』


手伝いの仲間『じゃあ、お先に』


皆『お疲れさま』


貧しい女『お疲れ様。また』


〔皆が帰っていく。皆の姿が見えなくなったら、金銭が入った袋を再び、貧しい女に渡す若い女の子。驚くが、その重さに舞い上がる貧しい女。〕


若い女の子『今日は有難うございました』


貧しい女『こちらこそ、こんなに良くしてもらって。かえって悪いね。〔袋を抱きしめる〕』


若い女の子『他の人には内緒ですからね。では、盗まれないよう気を付けてお帰り下さい』


貧しい女『あの、あんたは?』


若い女の子『私はお城にを取りに行きますので。〈微笑む〉』


〔お城へ走っていく女の子。その後ろ姿を見送る貧しい女。金銭がずっしり入った袋を抱えて思わずニヤニヤして歩き出す。途中、一度振り返ってみる貧しい女。祝酒で盛り上がったのだろうか、西門の門番がいるあたりで酔っ払い達※が二、三人騒いでいる。もう、どこにも若い女の子の姿はない。〕】



■ー山寄り地区 貧しい女の家 再び


貧しい女「あの日、お城であんな恐ろしいことが起きて。まさかと思っていたけど。何なの、この尋ね人の紙は?この子が怪しいとなれば、手引きをしたのは、まさか、この私?〈ブルっと悪寒がする。首を振って〉知らん、知らん。“白杖の女の子”なんて。忘れるしかない。人違いだ、こんな子。見たことなんかない」


〈台所で尋ね人の紙に火をつけ燃やす。〉



■ー城 ミレーネ姫の部屋


〈ミレーネ姫が首飾りの石を触りながら考えごとをしている。〉


ミレーネ(心の声)「お母様、タティアナ、この首飾りの秘密は誰にも知られてはいけないのですよね。でも、ジュリアスとポリーは?二人は、私の頼みを聞き入れて手を貸してくれたのに。それでも言ってはいけないの?」


〈その時、どこからか啓示のように亡きお妃の声が響く。〉


お妃様(声のみ)「ミレーネ、真実を話せば良いのよ。信じている人にだけ、真実を――」


ミレーネ「〈はっとして〉そうよね。お母様、そうすれば良いのよね」


〈呼び鈴を鳴らすと、女官ジェインが入って来る。〉


ミレーネ「ジュリアスとポリー。二人と少しお話したいの。今、どこにいるかしら?」



#3へ続く



※作者注1:ポリーの母であるナタリーの首飾りの石の数は八個ではなかったのか?民政大臣は六個と言っているが果たして本当にそうなのか?後から真実は明らかになります。


※作者注2:本エピソードから、影の一員である少女が城に入り込めた経緯が推測されます。酔っ払い達も門番の気をそらすための協力者です。また、後で、酔っ払いの一人が登場しますので、心の片隅に留めておいて下さい。



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