「物理攻撃も魔法も呪いも効かない上に高速再生だと!?」

「勘弁してくれ。俺がアイツを追放しただって? 追放はパーティの決定だったはずだろう?」


 夜の森。

 月の見えない闇夜の底で、ある男の声が響く。

 焚火を囲んで座る三人の冒険者。その一人。明るいオレンジの髪を持ち、赤いサーコートに身を包んだ青年。

  『がらくた屋のシグマ』の名で知られるS級冒険者だ。


「ええ。ええ。もちろんですわ。イクスさんの追放は我々のパーティの決定。それ自体にはわたくしもシータちゃんも同意しています」


 シグマの向かいに座り、焚火を囲んでいる女性。

 黄金教エルドラドの青い修道服に、金色の髪が映えている。

 『黄昏のファイ』その人だ。


「追放。同意。それは。そう」


 ファイの膝の上で、うつ伏せになって寝転がる、猫族の少女。

 体中に白い包帯を巻きつけ、獣の耳も尻尾も髪も、夜闇に映える銀色をしている。

 彼女は『凶兆のシータ』と呼ばれていた。


 三人。焚火を囲んで、話し合っている。

 しかし実際には、シータとファイが二人で、シグマに対して『詰問』しているようにも見えた。


「けれど。あそこまでやれとは言っていません。追放することは決定しましたが、イクスさんの心を折れとは言ってませんよ?」


 ファイの口調は静かだったが、その目元は笑ってはいない。

 心臓を撃ち抜くような鋭さで、シグマの次の言葉を待っている。


「……ああいう手合いはな。あれくらい言わなきゃわからねえんだよ。あれくらいで、丁度良い」


 シグマは少し目を逸らしながらも、応える。

 言葉を選んではいるが、ファイの視線は変わらず厳しい。


「丁度良い? 暴力まで振るうのが丁度良いと?」

「だから。あれはイクスの技能スキルのせいでもあったって言ったろ。確かに配慮は足りなかったが、実際に見せてやらないことには本人も納得しないだろう」

「では一秒『も』余裕があったことを、一秒『しか』余裕が無かったと言ったのは? わたくしたちにとっては、一秒もあれば十分でしょう。想定内の事象です」

「シータが痛い目を見たのは事実だ。それは看過できない」

「それはわたくしが治しました。そのための『回復役』でしょう? シータちゃんもそこは納得しています」


 ファイが背中を撫でると、シータも頷いた。


「シータ。平気。ファイ。治す。してくれる。だから。イクス。責任。違う」

「ずいぶんと、あいつをかばうじゃねえか。身体の半分潰されたっていうのに」

「うるせえ。カス」

「カスって言ったか今!?」

「シータ。イクス。好き。五千兆いいね」


 両方の親指を立てるシータ。しばばと両手を前後させる。


「でも。シグマ。嫌い。クズ」


 そしてその両手をシグマに向け、中指を両方とも上に突き立てる。


「このメス猫が……」

「シグマくん。それは人種差別発言ですよ」

「カスとかクズはいいのかよ!」

「それは単なる事実ですから。別にシータちゃんはあなたをヒューマンクソオスとは言っていないでしょう? イキリチートスキルやれやれ最低太郎とは言ってないでしょう?」

「言ってねえなあ! お前が言っただけで!」


 歯ぎしりしながらも、どうにか拳を抑えるシグマ。

 どうも、シグマはファイとシータ二人との折り合いは良くない。一応はパーティを率いている身ではあるし、戦闘中ならば良く指示も聞いてくれるが、平時ではこの有様だ。


「わかったわかった。確かに。イクスの件は俺も残念に思ってるよ。あいつがあんなクソ技能スキルを抱えたりしなけりゃ、良い冒険者になっただろうけど……」

 

 頬杖をついて、シグマはぼやく。

 新人故に前線を任せることは無かったものの、イクスのことはシグマも評価していた。

 冒険者の仕事は多岐に渡る。全体の割合から考えれば、単純な戦闘のみで済む仕事の方が少ないと言っても過言ではない。

 

  『タケノコ掘り』という単純な仕事すら。山に入る際に安全で速いルートを決めること、タケノコの群生地に関する情報や知識を収集すること、実際にタケノコを発見し掘り出すこと、以上の行動計画を立てて、必要な時間を算出し機材を調達すること……と、多くの手間や事務処理が必要になる。

 

「イクス。タケノコ。掘る。上手い。山。歩く。とても速い」

「狸族の人と交渉して、タケノコの群生地の情報も集めてくれましたねえ。山育ちってすごいですねえ」

「なんなら自然薯まで掘って市場で売ってたからなあいつ……要領はいいんだよ。要領は……」


 クソ技能スキルさえ無かったらなと、再びシグマはため息をつく。


「シグマくん。技能スキルは神が人に与えたモノです。世に魔物は尽きませんが、その魔物に対する反証として、神は人に技能スキルを与えたのです。イクスさんも、何かしら天命を与えられているはずですわ」

「はん。魔物を直接掃除せず、戦う力だけを与える神様か。だとしたらそれは、祝福でも加護でもなく、呪いって言うべきなんじゃあないか?」

「試練です。イクスさんも今、自らの運命と戦っているハズです」

「……その戦いが、これか」


 シグマが『知恵の実』を操作し、通信機能を起動させる。

 周囲のエーテルが霊波を媒介し、『知恵の実』がエーテルネットワークと接続される。

 そしてシグマの知恵の実には、ある風聞ニュースが表示されていた。


『冒険者の店。襲撃される。主犯は魔女ネイピア。新米冒険者と共に逃走中』


 記事には【映写】の技能スキルで描画された事件現場の店の画像が掲載されている。さらに、魔女ネイピア及び彼女と共に逃走した冒険者の似顔絵も描かれていた。


「これ。イクスだよな? なんで魔女になんぞに連れてかれている? いいや、十中八九魔女が何かしらを企んでのコトだと思うが……」

「こんなことになるくらいなら、イクスさんを追放すべきではなかったかもしれません……」

「イクス。いいやつ。していた。シータ。忘れない」


 三人とも、腕を組んで唸る。


「どうする? 助けに行くか?」

「助けると言って、どこに? 流石に相手が魔女ネイピアとなると、そう簡単に居所を掴むことができるとは思えません」

「それ。無理」

「じゃあおびき出すか。何かしら囮や餌を用意して、張り込むとか」

「それすら一手遅れている感はありますね。魔女が何らかの目的をもってイクスさんを誘拐した以上、おびき出すには『次』の行動を予測して先回りしなければいけません」

「魔女。何する?」


 それこそ魔女に聞いてみたいと、シグマは足を投げ出す。

 夜空を見上げて、そのまま、首を後ろへ投げ出す。


 ぱち。


 焚火の炎が弾けて、一瞬光の加減が変わる。

 シグマたちを取り囲む闇が、ほんの一瞬だけ照らされた。


 そこには、おびただしい数の、死体。

 すべて人型の、しかし決して人では有り得ない巨体。異形。

 ダークトロル。それも、一体や二体ではない。


「わからん……が、ダークトロル狩りでは無さそうだ」

「……ダークトロルが、こんなに一斉に、冬眠から覚めるとは思っていませんでしたわ」

「目が覚める。同じ。変」


 ここは。かつて三人がイクスと共にタケノコを掘りに来た山。

 ダークトロルを一体取り逃していたため、再調査に訪れたところ。今度はダークトロルが群れをなして三人に襲い掛かってきたのだ。

 その数。十二体。


「でも。シータ達。敵。ならない」


 三人で戦うなら、問題は無かった。

 シータが戦線をかき回し、ファイが支援を行い、シグマが一気に殲滅する。三人の連携は見事かみ合い、特に苦も無くダークトロルを撃滅することができた。


「ここ最近。王都周辺にも強い魔物が増えてきている。増えてきているが……こりゃもういよいよヤバい話になってきたな……ダークトロルだってカテゴリ4なんだぞ……」

「森ではヘルカイトの目撃情報もあります。そろそろ王都で戒厳令が出る頃ですかね……」

「まさか。魔女。やりたいこと」


 三人。沈黙する。

 

「……いや、流石に災害級の魔物を王都に集めて、テロとか企てたりはしないだろ」

「ですね。いかに魔女と言っても、人類種の天敵というわけでは無いのですから……」

「ないない。それは。ない」


 そう。思いたい。

 三人。目配せして。しかし確信は持てず、言葉にはできない。


「……でも待ってください。これは順序が逆かもしれません。そう……光が強くなるほどに、影は濃くなる。つまり、強力な魔物が一か所に集まることで、より強力な技能スキルに目覚める者が多く現れるようになる……と考えたのでは?」


 ファイの推測。

 技能スキルとは、神が人に与えた魔物に対する反証とされる。事実。魔物が強力になればなるほど、技能スキルもまた強力に進化してきた。その繰り返しの中で、人類は魔物との戦いを生き残ってきたのだ。


「強力な技能スキルを求めた? だが、現状だってあの魔女が倒せない魔物は存在しないだろう。なぜ力を求めるんだ?」

「傲慢や強欲……では説明がつきませんね。彼女は、余裕があるように見えて、いつも何かに駆り立てられている様子でもありました」

「そもそも、なぜそこでイクスを選ぶ? あいつはただのマイナス技能スキル持ちだ。わざわざ弱い技能スキルを持つ奴を連れてく意味がわからん」

「それはわたくしにもわかりませんが……何か隠された別の効果があるのかも……」

「有り得ないな。『知恵の実』に表示されている以上の効果なんて……」


 もう一度、イクスの戦闘記録を開こうと『知恵の実』を操作するシグマ。

 しかし。その手が、止まる。


「シグマ。ファイ。構えて」


 シータがいち早く異変に気付き、闇に向かって四つん這いになり、両の眼を紅く光らせる。

 その視線の先。ダークトロルの死骸の中。

 何かが蠢いているのが、見えている。


「……アンデッドの類か? やはり、火葬しておくべきだったかな」

「いいえ。アンデッドの瘴気を感じません。それに。火葬などせずとも、ダークトロルの魂はすでに『向こう側』へ還しましたよ」


 ファイが、腰のホルスターから自身の武器を取り出し、構える。

 金色の拳銃。それも二挺一対。しかしそれらが発射するのは鉛玉ではなく、教会にて祝福された金貨である。

 黄金教では死者を送る際に、冥銭として硬貨を二枚与える。これは冥府の河を渡るための渡し賃と信じられている。やがてその二枚の硬貨は、時代が下ると『異界の者の魂をあるべき場所へ還す』力があると信じられた。

 故に、黄金教の祓魔師エクソシストは、祝福された金貨を武器に用いる。


「じゃあ、あれは何だ? 死体が動いている。生きていないものがどうして動く?」


 シグマは片目に【暗視】の技能スキルを施し、さらに闇へ目を凝らす。

 死体の山。

 そこで。千切れた手足がじたばたと蠢き、はらわたがのたうちまわっている。びちゃびちゃと血がまき散らされ、骨が軋む音すら聞こえてくる。

 つんとした腐臭が、シグマの鼻を突く。


「来る」


 シータが一言だけ呟き、刹那。駆け出す。

 そのシータがいた場所に、肉と骨の塊が吹っ飛んできて、地面に当たって弾けた。

 

「シータ! 距離を詰めすぎるな! 敵が何をしてくるかわからん!」


 飛び散る肉や骨の破片を躱しつつ、シグマが叫ぶ。

 シータの方は応答もせず、自身に巻きつけていてた包帯を緩め、くるくると解いていく。

 彼女の包帯は、怪我を癒すために巻いているのではない。

 包帯は理力に反応しやすい銀スカラベの腸が織り込まれている。これにより、包帯はシータの理力に反応し、自在に動かすことのできる可変硬化布としての機能を持っていた。

 

 死体の山が、弾ける。

 疾走するシータの頭上から、腐った臓物が降りかかってくる。

 だがシータはそれらには目もくれず、包帯に理力を注ぎ込む。硬化させた包帯を変形させながら振り回すことで空中で細切れにし、弾き飛ばした。

 

「シータ! 敵の本体がどこかわかるのか?」

「知らない。とりあえず。突っ込む。本体。誘き出す」

「だろうな! だったら、そのまま辛抱して走っていてくれ!」


 シグマは自身の武器を構える。

 しかしこの武器は、古代の技術が用いられたアーティファクトであり、起動には時間がかかる。しかも使用時には多大な理力を必要とするため、使用回数も限られている。

 使うなら、敵の本体に、正確にブチ込まなければ意味がない。

 

「ファイ! 明かりを頼む!」

「承知!」


 シグマの指示を受け、ファイが金色の銃から金貨を数発放つ。

 【閃光】の技能スキルが付与された金貨は、空中で光を放ち、夜の闇を照らし出した。


「……う」


 シグマが、思わず眉をひそめて、呻く。

 ダークトロルの死体が、残らず全て、裏返っていた。

 表と裏が、という意味ではない。内と外が逆さまになり、皮膚が内に巻き込まれ、内臓が外に晒されている。はらわたや臓物が、下等な生物のようにそれぞれ好き勝手に蠢き、のたうち回っている。

 もはや、死体が動いているという話ですらない。

 まるで見えざる手が、粘土遊びでもしているかのように。魔物の死体をこね回し、振り回して遊んでいるかのような、冒涜的な光景だ。


「シータちゃん! 跳んでください!」


 ファイの指示を受け、シータは考える間も無くその場から飛びのく。

 瞬間。魔物のはらわたが触手のようにうずまき、ねじれ、シータを捉えようと空へ伸びてくる。

 その触手に、ファイの撃ち出した金貨が命中した。

 聖なる光を纏った金貨に撃ち抜かれ、触手が砕け散る。

 しかし。


「違う! 上だシータ!」

 

 既に、宙へ跳んだシータに、肉と牙の塊が振り下ろされていた。

 シータは包帯を操り、空力と慣性を利用し空中で軌道を変えようとするが、間に合わない。それ以上に肉塊のスピードは速く、大きすぎた。

 脳天から打撃を食らい、地面に挟まれ潰されるシータ。


「……ッ!」


 逡巡する間もなく、ファイは潰されたシータに金貨を撃ち込む。

 【再生】の技能スキルを込められた金貨は、すぐにシータの身体を復元した。シータも包帯を操り、その場から這うようにして逃れる。

 そして見上げる。


「なんだこいつは……!」


 まず。巨大だった。

 ダークトロル十二体分の死体。それらを繋ぎ合わせ、こね合わせて作った肉の塊。

 だが、その作り方はめちゃくちゃだ。骨を砕いて肉をかき混ぜ、臓物をまぶして無理矢理型にはめてつくったかのような、秩序も理性もない醜悪なモノでしかない。


 だがシグマを驚かせたのは、かの敵が『知恵の実』に表示させた名前だった。


 『魔物レベル0』

 『繧「繧コ繝ゥ繧、繝シ繝ォ』



 どこの国の何の言葉かもわからない文字が、『知恵の実』に示されている。


「レベル0だと? 該当データ無しって言うならまだわかる。しかし、名前自体がバグってるのはどういうことだ……?」

「あるいはあの『敵』が、何らかの技能スキルで情報を隠そうとしているのでしょうか?」

「関係。無い。一つ。まとまる。した。それで。おしまい」


 四つん這いになって、身体のバネをためるシータ。

 ファイも銃に新しい弾倉を装填し、構える。


「……そうだな。俺もチャージは完了した。一気に決めちまうぞ」


 シグマもまた、自身の武器を起動させ、突撃体勢を取る。


 しばし。沈黙し。

 そして、動き出す。


「浄財いたしますわ!」


 ファイが両の拳銃を乱射し、金色の弾幕を張る。

 その一発一発が、下級の魔物であれば一撃で浄化できるほどの威力を持っている。ついでに値段も、市井の人間が一年間タダ働きしても返せないような額を一瞬で消費してしまっている。


「足元。狙う。デカい奴。基本」


 その金の雨の下を、銀色の閃光となってシータが駆ける。

 瞬きする間に巨像の足元にまで接近し、自身の包帯を繰り出し、その足や手を縛り付け、その場へ拘束する。

 さらには、シータの包帯を伝い『呪い』の力が巨人を蝕み、その幽体にも負荷を与える。


 二人の攻撃はしかし、死肉の巨人に対して完全とは言えない。

 放たれた金貨は食い込みはするが貫通することはなく、巻きつけられた包帯も、その『呪い』も、ほんの数秒間動きを止めるのがやっとで、すぐに破られてしまうモノでしかない。


 だが。それで十分。

 たった数秒でも、シグマにとっては永遠に等しい。


「しゃぶってみやがれ! たっぷりとな!」


 シグマが突撃し、振り上げた武器。

 先端をダイヤモンドコーティングで強化された、円錐状の鉄塊。それが、彼の理力を注ぎ込まれる事で、猛烈に回転している。

 古代の地下遺跡で、未だに遺跡の拡張を続けようとする自動人形。彼らが削岩用に使うドリルをそのまま奪って、無理矢理携行用に改造した規格外の兵器。


 シグマは躊躇なく、巨人の胴体の真ん中に叩きつけた。

 轟音を轟かせ、ドリルが肉の塊に食い込み、巻き込み、掘り進む。

 ドリルと一体となって、シグマもまた肉塊を突き進み、血や腐汁まみれになりながらも、これを貫いた。


「ざまたれが!」


 死肉の巨人に大穴を空け、尚も突き進んだシグマ。

 振り返り、そして、驚愕した。


 聖なる金貨の弾幕を受けて尚。包帯から流し込まれる呪いを受けて尚。胴体にドリルで大穴を空けられても尚。血を吹き出し肉をこぼし骨を折って尚。死肉の巨人は健在だった。

 『知恵の実』の情報を見ても、『繧「繧コ繝ゥ繧、繝シ繝ォ』は何のダメージも受けていないと表示されていて。事実『死に続け』にも関わらず、活動が止まっていない。


 そればかりか、零れた肉を拾い集め、腹の穴に押し込むだけで、穴が塞がってしまう。

 粘土人形に穴を空けたところで、別の粘土でも問題なく穴を塞げてしまうように。


「物理攻撃も魔法も呪いも効かない上に高速再生だと!?」


 死肉の巨人は、表裏も関係なく、背後まで突き抜けたシグマへ歩み寄る。

 シグマはもう一度ドリルを構えようとするが、理力の充填が足りず、ドリルを起動できない。武器が巨大すぎる故に、一度使用するだけでも相当な消耗を強いられるのだ。連続使用は想定していない。

 ファイとシータが足止めを試みるが、泡立つ肉塊が金貨を受け止め、呪われた包帯も腐れた肉に滑るばかりで巻きつかない。

 脳がどこにあるのかもわからないが、一度受けた技能スキルに対し『対策』できる知性は備わっているらしい。


 だから。シグマを潰せば終わると判断したのだろう。


「……はは」


 シグマは動かないドリルを担ぎ上げるが、それだけだ。

 もはや逃げることもできない。間に合わない。


 死肉の巨人が、胴体を縦に割り、牙がぞろりと生えそろった『口』を開いた。

 それを。シグマに。ゆっくり。ゆっくりと近づけて。迫っていく。

 シグマは。

 それでも。最後まで。目を逸らさず。その口の中の闇を見つめていて。


 瞬間。爆発。


 巨人の、その口の中で突如『爆発』が起こり、死肉の塊に過ぎない巨人が爆発四散した。

 文字通りに、四つの塊にわかれて、吹き飛んでしまったのだ。

 そのはずみで、飛び散った腐った血液を、もろに頭からかぶるシグマ。


「あーはっは! 気持ちの良い姿になったじゃあないかあ! シグマくん!」


 そして。闇夜に響いたのは。

 下っ足らずで幼い、あの魔女の声だった。

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