「敵を祝福して強化するスキルだって? 素晴らしい! 結婚してくれ!」

 それからの日々は、控えめに言って最悪だった。

 パーティ追放に伴う少々の騒ぎと、マイナス技能スキル持ちであるという噂。それらはあっという間に広がって、まともな冒険者は誰も僕の相手などしなくなった。

 一応。それでも店に頼み込み、なんとか隊員パーティメンバーの募集はかけて貰っている。しかし、どこを探しても誰をあてにしても、僕の参加を認めるようなパーティはどこにもなかった。


 パーティも組めない新人冒険者に、冒険者の店が回せるクエストなど無い。

 見かねた店長が、僕にいくつかアルバイトを紹介してくれた。クエストとして依頼する必要もない、ただの雑用。賃金もたかが知れているが、何もしないでいるよりはマシだった。


 けれど。そんな雑用すら。マイナス技能スキルが僕を悩ませることとなった。

 草刈りのアルバイトをした。雑草を刈ったハズが、半日と経たない間に元の長さまで伸びてしまった。雑草は僕の敵であり、僕の技能スキルは雑草を祝福していた。

 牧場のアルバイトをした。狂暴化した羊に何度も頭突きを仕掛けられ、高速のツバを吐かれた。羊は僕を敵と認識し、僕の技能スキルは羊を祝福していた。

 宿屋の掃除のアルバイトをした。カビもホコリも、ますますひどい状態になった。カビもホコリも僕の敵であり、僕の技能スキルはカビもホコリも祝福していた。

 酒場のキッチンで皿洗いのアルバイトをした。キッチンにゴキブリが現れた。どうなったかはもう語りたくない。


 とにかく、面倒な技能スキルだった。

 どうも『嫌っている』程度の感情でも、それは『敵対』であると技能スキル側に判定され、相手が強化されてしまうらしい。しかも、互いに『嫌っている』状態である必要はなく、どちらか片方でも相手を『嫌っている』のなら、強化の対象となり得るようなのだ。


 例えば、図書館でアルバイトした時。その時は本の順番にクレームをつけてきた老人を強化してしまい、彼の腰痛を治してしまったこともあった。

 だが、そんなことがあっても、老人にこの技能スキルを明かすことはできない。

 もしも僕が技能スキルについて明かして、老人に『感謝』されたとしたら?

 その瞬間に、僕は老人の『敵』ではなくなってしまう。『敵』で無くなればいずれ祝福は消え去り、老人は再び腰痛に苛まれることになるだろう。

 彼の腰痛を治し続けたいなら、僕は彼の『敵』であり続けなければならないのだ。

 

 故に。僕はなるべく、誰の『敵』にもならないよう立ち振る舞いに気をつけた。

 それ自体は、そこまで苦労することは無かった。作り笑いをするのは初めてでもないし、容姿や言葉使いや雰囲気の人畜無害さには自信がある。


 同時に。僕自身が誰かを『敵』と認識してしまうこと。それを抑える方法についても考える必要があった。

 何せ『敵』と思ってしまった時点で、相手がいつ強化されてもおかしくないのだ。

 だから。心を静かに保とうと努力した。

 深いところに。沈めて。やり過ごす。

 沼の底で、じっとしてるドジョウのように。

 何も感じないように。心に、重く、分厚い蓋をかぶせた。

 そうしていれば、大抵は何とかなった。僕の敵は現れず、僕の技能スキルが祝福し、強化すべき相手が現れたりはしない。


 そう。大抵は、何とかなった。

 ならないことも、当然あった。


「しゃあっすよったるるァおおォ?」


 冒険者の店というのは、ただ冒険者がクエストを受けるためだけの場所ではない。

 要するにそこは街の集会場であり、職人や商人の情報交換の機会であり、市民が困りごとを相談する窓口であり、礼拝の場であり、時には簡易の裁判まで行わることすらある。

 だから。ベッドと食事と酒は当然に求められるし、適切な料金さえ支払えば、それは誰にでも平等に提供される。

 どこから来てどんな仕事をしてるかもわからない酔っ払いでも、店で酒を呑むことは認められている。


「いてまうどコラ! コラお前コラぁ!」

「落ち着いてください。どうか。お静かに……」


 その日の僕は、キッチンには入らないことを条件に、給仕のアルバイトとして酒場で働いていた。

 正直これは、冒険者の店が幾重にも配慮を重ねた結果だし、ここまで来るともはやアルバイトというよりは『施し』に近い。店を掃除する度に『ホコリは敵じゃない。カビは敵じゃない。ちょっとどいてもらうだけ……ちょっとだけ……』とぶつぶつ独り言をつぶやく人間など、店としても雇いたいとは思っていないだろう。

 そんな状況は僕だって精神的にキツい。一日中動き回っていることになるので、体力的にも相当に消耗している。なのに、賃金は糊口をしのげるかどうかという程度であり、睡眠も十分ではなく、生活は限界に近づいていた。

 

「わかっとんのか! わかっとんのか!」

「ですから。他のお客様のご迷惑になりますので……」


 なぜ。ただの給仕の僕が、酔っ払いに絡まれているのだろう。

 エールがぬるかったとか、料理の味付けが気に食わないとか、他のテーブルの奴らが高いワイン頼んでたとか、ありそうな理由を考えてみるが、疲労でぼやけた頭では何が理由かさっぱりわからない。

 そもそも、酔っ払いが何を言ってるのかわからない。

 というか、少なくともたぶん僕のせいじゃないと思う。

 知らねえよ。わからねえよ。しかもうるせえよ。

 

「話にならんわ! 上の人間呼んでこいオラ! お前なんぞじゃ話にならん!」


 ああ。そんなことをしているから。

 目の前の酔っ払いが、僕の技能スキルで祝福されているのがわかる。

 僕が酔っ払いの敵になったのか、酔っ払いが僕の敵になったのか。それは定かではないが、今この状況で互いを『味方』と認識して和解することは不可能なようだ。

 祝福で強化された影響か、酔っ払いはますます高揚し、ついには立ち上がって僕の肩を押してきた。

 押した。酔っ払いとしてはそのつもりだったろう。

 だが祝福され、強化された酔っ払いの身体能力では、それはもはや『吹き飛ばす』に近い。僕の体は松ぼっくりのように弾き飛ばされ、他所のテーブルと料理にぶつかり、これらをぶちまけてしまった。

 

「何やってんだ!」

「大げさに倒れやがって!」

「またあいつか!」


 わっと騒ぎが大きくなる。

 酔っぱらいを引き留めようとする者もいるが、僕の技能スキルによる強化は続いている。腕っぷしの強い冒険者たちが数人がかりで抑えようとするが、なかなか上手くいかないようだ。

 一方で、スープやらエールやらをひっくり返し、倒れている僕を助けようとする者はいない。

 誰とも敵対しないこと。そうやって過ごすために、僕は人付き合いそのものを避けてきた。そうしたが故に、いつの間にか味方もいなくなった。

 しょうがない。結局の所、僕の技能スキルは、僕の味方になる者を祝福しない。それを理解する者ほど、僕からは離れようとするのだから。

 そんなことは。当たり前のことじゃあないか。


『だったら。もう。全部の敵になってしまおうか』


 水底に押し込めたはずの心から、ドス黒い『何か』がにじみ出る。

 

『何もかも全部の敵になって、何もかも全部を祝福しよう。そうすれば』


 考えてはいけない。

 それ以上考えてはいけない。

 僕はその場にうずくまり、体を丸め、耳をふさぐ。

 嫌だ。嫌だ。


 誰ともパーティが組めないのは良い。やろうと思えば、一人でも冒険者にはなれる。今は無理でも、経験を積めばきっとなんとかなるから。

 アルバイトが辛くても良い。技能スキルのせいで他人に迷惑をかけるし、疲れ切ってはいるけど、元より貧乏暮らしには慣れている。まだまだなんとかなる。

 雑草が生えても良い。羊にツバ吐かれても良い。酔っ払いに絡まれても良い。そんなことは、全然、まだまだなんとかなる。


 けれど。

 僕が、『何もかも全部の敵』になってしまったら?

 僕が、僕自身の敵になってしまったら?

 そうなって尚、僕は、なんとかなると、思えるだろうか。


 足元に、まっくらで深い穴が開くような、感覚。

 ぐらりと平衡感覚が揺らいで、そこに吸い込まれていく。

 その瞬間。


「なるほど。どうしようもないな!」


 やや舌ったらずな、女の子の声が、僕の頭の上から降ってきた。

 僕が顔を上げると、二本の脚が、うずくまる僕の頭を跨ぐ形で、そこに在った。


「しばらくだな! 凡俗諸君よ! 相変わらずこんな世界の果てのような場所でクダ巻いて、転生したり、悪役令嬢したり、パーティを追放されたり、賢者したり、もふもふしたり、インチキな技能スキルを研究しているのか! 全くお笑いだな!」


 酔っ払い以上の、とんでもない因縁をつけてくる幼女がそこにいた。

 夜色に染められたマントを床に引きずり、身の丈の三分一ほどの高さがある大げさなとんがり帽子。まるっきり、おとぎ話に語られるような魔女の出で立ち。

 しかし長くつややかな黒髪と、くりくりした緑色の瞳は幼い女の子そのままであり、見た目だけなら単なる仮装に見えなくもない。


 だが違う。本当に幼女の仮装なら、マントの下が裸だったりなんかしないはずだ。

 厳密には、全くの裸ではない。胸と腰を、申し訳程度に、薄い三角の布で三点覆ってはいる。だが、それを衣服とみなす人間はいないだろうし、ましてそれを年端もいかない幼女に纏わせるなど正気の沙汰ではない。

 おかげで、胸元から腰にかけて、あられもなく白い肌が晒されている。薄く肋骨が浮き出るあばらも、悪戯っぽいへそも、細く華奢な腰も、何も隠されず、守られていない。腕には肘まで覆う黒革のロンググローブをはめて、足元は太ももまで届くロングブーツで固めているが、一体それが何の言い訳になるのだろうか。

 

 突然現れて因縁をつけてきた幼女に対して、さしもの冒険者たちも咄嗟に反応できなかった。

 暴れていた酔っ払いすら、その動きを止めてしまう。


「今日はそんなキミたちのために……とっておきのプレゼントを用意してあげたよ! 是非受け取ってくれたまえ!」


 幼女は言うが早いか、右手に四角い棒を、左手にちょっとした辞典くらいの大きさの箱を手にした。

 箱の中に四角い棒をぱちぱちとはめ込み、これを指でなぞりながら何事かをぶつぶつ呟き始める。

 この時点で、察しの良い冒険者は窓から脱出を始めた。


「闇属性魔術第七位階【黒い天球儀】」

 

 幼女が唱えた瞬間、周囲のエーテルがその理力に反応し、『黒く』発光を始めた。

 黒く光る粒子は幼女の周囲を廻り、やがて四つの環状魔法陣リングを形成する。環状魔法陣リング自体も、互いに絡み合いながらも複雑に回転し、さらに理力を高めてより多くのエーテルを収束させていく。

 

 まずい。

 何が起こっているかさっぱりわからないが、ここにいるのはとにかくまずい。

 僕は身を起こし、幼女の足元から逃げることを画策する。


「おっと待ちたまえ。せっかくなんだから最後まで見ていきなよ」


 が。

 そんな僕の背中に、幼女のブーツのかかとが突き刺さった。しかもピンヒールだ。肺の空気が絞り出され、僕はその場に這いつくばる。逃げられなくなる。


「各環状魔法陣リングにエーテル流入順調。闇属性理力によりチャンバー加圧。発射数は……まあ、120発もあれば十分かな?」

 

 回転を続ける環状魔法陣リングに、突起が出現する。

 環状魔法陣リング一つにつき、計30本。その一本一本が、闇属性魔術である【黒槍】と同等の威力を持つ魔法弾だ。その環状魔法陣リングが四つ廻っているので、総数は120発となる。

 要するに、大砲の砲口が全方位に120門、射撃可能な状態でこの店内に出現したのだ。


「発射」


 幼女は何の躊躇も警告もなく、環状魔法陣リング上に展開された全ての【黒槍】を放った。


 結果は。わざわざ言うまでもない。

 全て残らず、破壊された。

 テーブルとか椅子とか料理がどうという話ではない。店自体が、柱も壁もぶち壊され、物理的に潰されてしまったのだ。

 それでも、幼女と、幼女のすぐ足元にいた僕だけは、無傷で無事だった。


「安心したまえ。生体に対してはダメージを与えぬよう非殺傷に設定してある。服や防具や、建物への被害はあるし、しばらくは闇属性による精神影響で悪夢障害に悩まされるだろうが……死にはしないさ。たぶんね」


 全く安心できない宣言を、全てが終わった後で告げる幼女。

 確かに、【黒槍】で貫かれたハズの冒険者も、倒れて苦しんでいるだけで、身体的なケガやダメージは無さそうだ。だが一方で、店の崩落に巻き込まれた者もいる。幼女の宣言は、被災者の無傷を意味しない。


「それにしても……本当に強化されるんだね。キミの技能スキルは。危うく理力の加減を間違える所だった。予想以上の性能だよ」


 しかも。

 幼女は、僕を知っていた。僕の、固有技能ユニークスキルを知っていた。

 知っていて。ただそれを試すだけに。無関係な冒険者と店を、圧倒的な力で破壊し尽くしたのだ。


「お? また強化の勢いが強くなったね。祝福の蓄積が高まっていくのを感じるよ。なるほどね。敵意が強くなるほど、より強力になっていくわけか」


 幼女は僕の背中から脚をどけて、膝をかかえるようにしてしゃがみこみ、僕の顔を覗き込んでくる。


「だが困ったね。ボクとしては、もうキミと敵対する理由は無いのだけど……どうしたらいいかな?」


 緑色の瞳が、僕を上から見つめてくる。

 僕はそれに射止められたまま、言い返すことすらできない。

 こいつは敵だ。あらゆる意味で。

 だが同時に、僕では彼女の敵にすらならない。


 幼女の指が、そっと僕の顎を持ち上げる。


「ふうん……まあ、この方法が一番良いだろうね」


 言うが早いか。

 目を閉じる間もなく、幼女の唇が、僕の唇と重なった。

 というか、押し付けられた。

 顎だけでなく、もう片方の手で後頭部まで捕まえられて、逃げる間もなく。

 そのまま。しばらくして。


「……祝福。止まったね。敵意がないことは伝わったと考えて良いかな?」

「…………」

「頭では理解できなくても、体にわからせることはできる。敵意が無いことを示すには、自身の急所を差し出すのが一番さ。人間の舌は急所だろう? ボクもそれを、喜んでキミに差し出そう」


 意味が。わからない。

 僕の技能スキルを知っていて、尚僕に近づいて。無関係な人を大勢撃ちまくって、怪我をさせて。それで今度は、唇まで奪ってきた。

 

「ボクはネイピア。『黒き星の魔女』と呼ばれている。『ネイピア』と呼び捨てにしてくれて構わないよ。だってキミは、特別な人間だと聞いていたからね!」


 何もかもを破壊し、何もかもを蹂躙し、何もかもを奪っていく。

 正しく『魔女』と呼ぶにふさわしい、人の形をした災厄。

 それが。


「敵を祝福して強化するスキルだって? 素晴らしい! 結婚してくれ!」


 あろうことか。僕に結婚を申し込んできたのだ。

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