ディー・ブレイカー~敵を祝福して強化するスキルを発現させてしまったので、当たり前ですが追放されてしまいました。 ~

七国山

「敵を祝福して強化するスキルだと? いらねえよそんなもん! 貴様は今日限りで追放だ!」

「ま、待ってくれ! 追放だなんて! 僕がいったい何をして……!」

 

 僕は叫んだ。

 いや、本当なら、冷静に相手を落ち着かせるよう、静かなトーンで制したつもりだった。

 でもその時は、僕は明らかに動揺していて。

 卓の上に身を乗り出し、声も半ば上ずっていた。ついでに自分の樽ジョッキを倒してしまい、まだ半分以上残っていたエールを全部ひっくりかえしてしまった。


 店の中にいる客たちが、一瞬だけ僕のいる卓に眼を向ける。

 が、しかし。すぐに視線を戻した。

 冒険者の店が騒がしいのはいつものことだし、パーティの中で言い争いが起こるのも珍しいことではない。

 互いに武器を抜いて刃傷沙汰になれば大事だが、今はまだそこまでの話にはなっていない。


「そうか。待ってほしいか。いいぞ。ならお前が納得するまで、たっぷりと待ってやる。新米クン」


 むしろ。落ち着いているのは相手の方だった。

 腕を組み、卓を挟んで向こう側に座る男。

 この界隈では、知らぬ者はまずいないとされているS級冒険者。

 要するに超有名人。英雄と言っていいほどの。


「俺はな。こう見えて忍耐力には自信あるほうなんだ。

 なんならもう一度、最初から説明してやろうか? 新米クン。お前が、なぜ、パーティを追放されなければならないか……その理由を」


 倒れたジョッキやこぼれたエールも意に介さず、パーティのリーダーである彼は僕をじっと見つめている。

 追放。

 王都に来て、冒険者の店を見つけて。これから始まるはずだった僕の人生が、つまずき転げ落ちる最悪の響きを突き付けて。


「ウチのパーティは……手前で言うのもナンだが優秀だ。元暗殺者にして呪いの専門家。『|不吉なるシータ』に……」

 

 男の右手に座る、少女が頷く。

 銀の髪に同じ色の耳と尻尾を持つ猫族の少女。体中に白い包帯を巻きつけている。

 このパーティにおいては前衛に切り込み、敵の注意を引き付け、かく乱する役割を担っていた。


黄金教エルドラドの司祭にして最速の癒やし手でもある『黄昏のファイ』……」


 シータの反対側。男の左手に座っている女性も頷く。

 黄金教エルドラドの司祭が纏う青い修道服に、長くつややかな金髪が映えている。

 パーティにおいては後衛のサポート役であり、奇跡の力を用いた味方の強化や、負傷者の治癒の役割を担っていた。


「そして俺。『がらくた屋のシグマ』。この三人が『正式』なメンバーだ」


 最後に。向かいの男が親指を両手とも使って、自分の顔を指し示す。

 非常に明るい色合いをした、オレンジ色の髪。鮮やかな赤色をしたサーコートに身を包んでいる。

 このパーティの中衛にして、隊長でもある男。それがシグマだ。


 シグマのパーティは、彼の技能スキルを最大限活かすために構成されている。彼は自身を『がらくた屋』と名乗ってこそいるが、古今も東西も問わず、非常に多くの、高性能な武器を使い分けることで知られている。

 シータのかく乱も、ファイのサポートも、シグマが武器を用いて放つ強力な『一撃』のためにあると言っても過言ではなかった。


「俺達のパーティは三人だ。それで何年もやってきたし、困難なクエストも凶悪な敵も切り抜けてきた……が、しかし……」


 シグマが。親指を立てたまま、両方の人差し指を僕に向けてくる。


「数か月前から。新しくお前をパーティに加えていたな? なぜだか理由を覚えているか? 新米クン?」

「……それは……冒険者の店からのクエストで……」

「そうだ。俺達のパーティはどんなクエストもこなしてきた。だから冒険者の店からのクエストも、わざわざ指名されたのなら断りはしない。それが『新人研修』だとしても……だ」


 新人研修。

 経済や政情の不安定により、近年さらに急増した冒険者。

 新米である彼らを、ある程度実力と実績のある冒険者のパーティに随行させ、経験を積ませること。及びそれを目的として、冒険者の店から依頼されるクエスト。


「いくら冒険者と言ってもな。新人に適当なクエストを任せて、勝手に逃げたり怪我したり、挙句死んでしまっては商売にならねえ。特に最近じゃ、王都周辺でも強い魔物を見かけることが多くなったしな。そういう新米達に、成長の機会ってやつを与えるのも、ベテランの務めってわけだ」


 わかるか? とシグマは斜めから僕の目を覗き込む。


「まあ。まあ。あくまで新人研修だから、当然俺達もあまり派手なクエストは受けられない。新人のレベルに合わせ、おつかいみたいなごくごく簡単なクエストに付き合ってやるしかない……ってわけだ」


 内容としては、山や森でのキノコ狩りやタケノコ堀り。あるいは薬草集め。時には鉱石を掘ったり、戦闘があってもジャイアントバットや犬ネズミがせいぜいで、基本的に危険度が低いモノに限られている。

 当然。シグマのような高ランク冒険者にとっては、ごく簡単で、報酬も安いクエストにすぎない。だからこそ、わざわざ冒険者の店が『新人研修』をクエストとしてシグマに依頼し、いくらか報酬を上乗せしているのだ。

 

 さらに。この『新人研修』のクエストは、ただ能力があるパーティに任せれば良いというものではない。実力は当然備えているものとして、店側が十分に信頼できるパーティでなければ依頼は出せない。

 今回は冒険者の店が、シグマのパーティを直接指名して『新人研修』を依頼していた。同業の冒険者からは元より、依頼を出す冒険者の店からも、シグマのパーティは高く評価されているというわけだ。


 だからこの『新人研修』も、何のトラブルも無く終了するはずだった。


「……そのおつかいみたいなクエストで、負傷者が出た。その上で、途中撤退を余儀なくされた。起きないハズのトラブルが起きて、使えるハズの対策が機能しなくて、事故に至った」


 何事もなければ。無事に終わるはずだったのに。


「まあな。タケノコ掘りの最中に魔物に襲われるなんてのは良くあることだ。それが丁度冬眠から覚めたトロルだっていうのも、まあまあ有り得る。実はそのトロルがダークトロルで、レベル99の強力な個体だったっていうのは……ちょっと驚くが怖くはない。俺達は。優秀だからな」


 巨人型の魔物の代表格であるトロル。それも上位種のダークトロルは、非常に強力な魔物として知られている。知性こそ低いが、巨体ゆえにパワーもタフネスも相応に高く、シンプルなだけに厄介な相手だ。

 

「新人クンを護る必要はあるが、敵が一体なら話はそう難しくない。いつものようにシータがかく乱して、ファイがサポートして、俺がトドメを差す。それで終わるハズだった。だが……」


 とはいえ勿論。S級冒険者であるシグマのパーティにとって、ダークトロルは脅威になり得ない。足手まといの僕を差し引いたとしても、お釣りがくる。

 苦戦すら論外。簡単な相手のハズだった。

 なのに。

 その時、異変が起きた。


「シータが。トロルの攻撃を避けそこなった。スピードも角度も計算して、拳一つ分ほどの余裕をもって攻撃を避けるハズが、命中した。それも二回もだ。トロルが振り回す骨の棍棒で、体の半分をやられちまった」


 凄惨だった。

 暴風のような勢いで振り回されるトロルの巨大な棍棒を、シータは蝶が舞うようにひらりひらりと躱し続けていた。

 そんな。どこまでも完璧に見えた幻惑のダンスが、骨と肉が潰される音で突如中断されたのだ。

 トロルが。横薙ぎに払った棍棒で。シータを撃ち落として。さらに地面へ振り下ろして。追撃。

 赤い血を飛び散らせて、銀色の少女がハエのように潰れていた。


「あと一秒。たった一秒でもファイの治癒魔法が遅れていたら……あのままシータは死んでいただろう。本当にギリギリだったし、それからも勢い付いたトロルは暴れ回って手がつけられなかった。俺達は、撤退するしかなかった」


 ファイの扱う技能スキル。回復の奇跡は強力だった。

 即座に体を再生させたシータは、トロルによるさらなる追撃を紙一重で躱し、棍棒の射程圏内から逃れることができた。

 だがシータの血で棍棒を濡らしたトロルは、極度の興奮状態にあった。攻撃のパターンを掴みにくくなっていた上に、パワーもスピードもさらに増していた。


 シグマはその場で、戦闘の継続は困難と判断し、クエストを放棄し撤退することを決めた。

 ファイが目くらましに【閃光】の奇跡を放ち、シータが僕を抱えてその場から走り去る。

 それは。どう取り繕ったとしても、敗走としか言いようがなかった。


「……怪我は、大丈夫か?」


 シグマが、シータを見る。

 シータは目を合わせず、手をひらひらと振って、話を進めるよう促した。


「……冒険者は引き際が肝心だ。命あっての物種と言うし、あそこで撤退したこと、クエストが失敗したこと自体は大して問題じゃない。問題は……なぜシータが敵の攻撃を読み間違えたのか? ってところだ」


 そこでシグマが、一枚。石のような物体を取り出し、卓の上に乗せた。

 黒曜石のように黒く、手のひらに収まるサイズの、小さな板のような形状。


「冒険者ならお前も持っているだろう? 『知恵の実』ってやつだ。機能はいろいろあるが、こいつを使えば、仲間や自分自身の情報を見ることができるし、探知系技能スキル次第では敵の情報も確認することができる」


 すいすいと指を滑らせ『知恵の実』を操作するシグマ。

 やがて目的の情報に行き当たり、石板を僕の方へ向けてきた。


「これが先日の戦闘記録だ。誰が戦闘に参加して、何と戦って、何が起こってたかがわかる。まあ、こういうのは読むのにコツがいるから、新米クンが見ても良くわからんかもしれないが……」


 ここだ。と、シグマは一行の文字列を差し示す。


「読めるか。『新米冒険者イクスの技能スキル【汝の隣人を愛せよ】により、ダークトロルが祝福強化』……と、書いてある」


 新米冒険者イクス。つまり、僕のこと。

 わかりやすく区別するために、パーティに参加する際に通称を『新米冒険者』として登録することには同意していた。だから、それについて問題ない。

 しかし。使用したとされる技能スキル》。【汝の隣人を愛せよ】については覚えがない。

 そんなもの。そんな技能スキルは、見たことも聞いたこともない。


「これはな。この戦闘の前か、あるいは最中に発現した新米クン自身の『固有技能ユニークスキル』だ。それも、おそらくは冒険者の店でも把握していない未知の技能スキルだろう。その点はお手柄だぜ。これでまた、冒険者の技能スキルについて研究が進むわけだからな」


 だが、言葉に反して、シグマは固く冷たい面持ちを保っていた。


「ほれ。固有技能ユニークスキルの効果を見せてやろう。わかるか?」

「…………」

「今度は自分で読みな。声に出して、はっきりと」

「……『敵を、祝福の力で強化する』」

「そうだ。祝福の力を利用して能力を強化する、補助的な効果の技能スキルだ。ただし……新米クンの技能スキルは、味方ではなく敵を強化する」


 『知恵の実』の戦闘記録に記された、技能スキルの効果。

 そのたった一語が、今の僕を絶望に陥れていた。


「おそらく、発動は任意ではなく自動的だろう。射程距離については、後ろに下がっていた新米クンの方からでも、敵のトロルに届く程度には長い。そして。効果の強さについては……説明するまでもないな? つまり、シータが格下相手のダークトロル相手に体半分を潰されるくらい、実力差がひっくり返るってわけだ」


 突然、敵が強化された原因。

 それは、僕が発現させた僕自身の固有技能ユニークスキルのせいだと言う。

 発動は自動的で、僕の意志でそうしたわけではない。だが同時に、それを止めることは僕の意志ではできないということ。


「ハッキリ言って。こいつはハズレの中のハズレ。マイナス技能スキルだ。こんなものを抱えた奴を、冒険者として認めるわけにはいかない」


 冷徹に。シグマは断じる。


「いや、でも……レベルを上げれば制御もできるかも……」

「できるかもな。ただし、もっと強力に敵を強化する可能性の方が高い」

「それなら封印するとか、放棄するとか……」

固有技能ユニークスキルってのは、後天的にも身に着けられる単なる技能スキルじゃない。本人の魂に結びついた業であり、お前がお前である限り付きまとうモノだ。消したり捨てたりはできない」

「だったら……だったら……! もっと他にも有用な技能スキルを身に着けてカバーするから……!」

「おい。イクス」


 ついにシグマが、僕の名前を呼ぶ。『新米クン』ですらないと、呼び捨てる。


「お前。おかしいぞ。こんな技能スキルで敵を強化して、それで、何を考えている? 仲間を危険に晒す気か? なぜそうまでして冒険者なんてやろうとする?」

「だから、違う……! 僕はただ……」

「もしかして、シュミか? シータが潰されるのが、そんなに楽しかったのか? いつも調子に乗っていて、ざまぁとでも思ったか? もっと冒険者が刻まれたり、燃やされたり、吹き飛ばされたりするところが見たいのか?」

「違う……違う!」

「ほら。強化された」


 瞬間。

 僕はシグマに首根っこを掴まれて、卓の上に押さえつけられた。

 いや、違う。

 卓そのものが、シグマが僕を押さえつける力に耐えきれず、砕け散った。

 多くの冒険者が利用する、必要以上に頑丈であるはずの丸卓が。シグマが僕を片手で押さえつけた力のみで、砂糖菓子のように崩れてしまったのだ。

 

「……やり過ぎたな。思ったより強く強化されてるみたいだ。だが意味は無いな。お前にこうして強化を貰えた時点で、俺はお前の『敵』になってしまっているわけだからな」

「…………」

「もう反論はないか? ならもうお前とはこれっきりだ。言っておくが、他所でパーティを組もうだなんて考えるんじゃねえぞ。お前が冒険者をやること自体が、皆にとってのリスクになるんだ。お前のこの厄介な技能スキルは、冒険者の店に報告させてもらう」

「…………」

「あばよ。もう二度と会うことはないだろうな」


 それだけ言い残して、僕の頭の上から三人分の足音が遠ざかって行った。

 

 僕は。

 砕けた丸卓にうつぶせに突っ伏したまま、顔を上げることもできず、ただ泣いていた。

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