13「脱走」
帰国してから3日が経った。大使館から迎えの車に乗り途中で野生動物に襲われながらも、同乗していた軍の兵士たちのおかげで無事に首都までたどり着いたのだが…
「暇―っ!」
何故か未だに自宅に帰れずにいる。ここはVIP御用達のホテルで帝国議会のお偉いさんや芸能人などが密かに利用しているような凄いところらしい。
らしい、というのは実際に聞いたわけではなく、透明化してホテル内を散歩したときにテレビで観て知っている顔が泊まっているのを目にしたからだ。
基本的にこの部屋から出ないように言われていのだが、テレビを見るくらいしかやることがないのでこっそり抜け出すくらいは大目に見て欲しい。
連日に渡り、いろんな人にこれまでの経緯を説明したが指輪のことはやっぱり話していない。
ただ、そうするとどうやって部族の集落やマフィアのアジトから逃げ出せたんだということになるので、勝手にみんな気持ち悪くなったと説明してある。
やはり説明に無理があるから信用してもらえなくて帰してくれないのだろうか。それならいっそ全て正直に話した方が…うーむむ。
因みに家族に連絡はつき、状況を話すとみんな驚いて心配してくれた。いずれ国の方で車を手配して自宅に送ってくれるということで、今頃は私の帰りを今か今かと待っているところだろう。
『ニュースの時間です。』
暇つぶしに見ていた映画の再放送も終わり、夕方のニュースが始まった。チャンネルを変えようにもリモコンが遠いので、私はそのまま惰性でニュースを見る。
『本日、世界政府は世界的動物災害についての対策本部をIPO主導で新たに設立する旨を発表しました。新組織の代表ザック・ノーザン氏によると、IPO研究所の協力により狂暴化した動物に共通する因子を体内に発見することに成功、これにより効率的な動物の駆除が可能になったとのことです。一部のIPO兵士を中心に構成される討伐部隊も編成され、対策本部の指揮下に置かれる予定で、各国からも兵士を募るようです。それを受け、ロイド帝国議会は…』
ふーん、特殊部隊みたいなのが作られるのか。さっさと動物被害無くなってくれればいいけど。
『この新組織発足を受け、世界動物連盟WAFは抗議デモを…』
なんで抗議するの?…あー、ふーん。動物が可哀そうってわけね。確かにそうかもしれないけど、人を襲う動物なら駆除されても仕方ないんじゃないかなー。
『イサディアの集団意識不明事件の続報です。昨日、一部の避難民の意識が戻りました。目を覚ました運転手の男性によると、長距離トンネル内で蝙蝠の超音波によって乗客が意識を失ったものと思われるとのことですが、引き続き事情を確認しています。』
あー、はいはい。例の列車の事件かー。これのせいで列車が止まっちゃって帰れなかったんだよね。どうやらニュースによると近々運転を再開するらしい。
『続いてのニュースです。ユール連合諸国にて集団殺人事件が…』
ここ数日でなんとなく世界の様子はわかったような気がする。あの遺跡に向かってから何日もテレビも携帯も見ない生活をしていて世の中の出来事に置いて行かれたように感じていたけど、ようやく追いついたって感じだ。
あとは家に帰っていつも通りの日常を過ごせればそれでいいや。…あ、そういえば単位はどうなるんだろう。教授、死んじゃったしな…。
「こ……に…女……いま…。」
「わ…った、手筈通…に…。」
何やら外から話し声が聞こえる。この階には他に宿泊客はいないし、また事情聴取の人かな?それともやっと帰れる?
ほどなくしてドアがノックされたので、私は返事をしてドアを開ける。
「はーい、何ですかー?」
廊下にはおじさんが一人と若い男の人が2人、若い女の人が1人立っていた。
「ソフィア・ウリヤーナだな?」
「…そうですけど。」
おじさんはこちらを威圧するように睨みつけた。何やら不穏な空気である。
「私はロイド軍事局のドナート・スルコフという。早速だが、質問に答えてもらいたい。」
「あー、はい。」
いつもと同じ事情説明かと思い適当に返事をする。なにもこんな大勢で来なくてもいいのに。
「偽証は罪になる。正直に答えることだ。さて…。」
ドナートさんは私の手に目線を移した後、再び私の目を見て言った。
「指輪を持っているな?」
「ぎくぅっ!」
面倒なことになるだろうから誰にも話さなかった指輪のことをこの人は知っているようだ。あー、やっぱり隠してたから怒られるのかなぁ。
「ごめんなさい、話しても信じてもらえないと思って黙ってました。」
「…ふむ。それで指輪はどこにある?」
「あ、ここです。」
私は指輪にかけてある透明化の魔法を解除し、右手をドナートさんの目の前にかざした。
「ん?いつの間に身につけたんだ?…まぁいい、その指輪をこちらに渡してもらおう。」
「あー…やめた方が良いですよ?触ったら気分悪くなりますから。」
この人たちは多分指輪に触れないタイプの人たちだろう。私や料理上手なマフィアのお兄さんのように体に青いオーラを纏ってないと指輪に触れることはできないのだ。
「渡すつもりはない…ということか?」
「…!」
ドナートさんはおもむろに懐から拳銃を取り出し、私に向ける。
「これはお願いではない、命令だ。」
「渡します、渡しますから!」
私は慌てて指輪を外し、差し出された彼の掌に乗せる。
「ぐぅっ!」
案の定ドナートさんはそのまま蹲り、指輪と拳銃を床に落としてしまう。その様子を見た後ろの人たちが一斉に拳銃を構えて私に向ける。
「ちょ、待って!だから言ったじゃないですか!」
いつ撃たれてもおかしくない緊張感の中、敵意がないことを両手を万歳して必死に示していると、ドナートさんが起き上がり後ろの人たちを制した。
「なるほど…指輪だけでは駄目だということか。面倒だな。」
「…どうしますか?」
後ろで未だに銃を構えている男が尋ねると、ドナートさんは落とした銃を拾い上げながら不穏なことを口にした。
「この女も一緒に連れて行く。他に代わりがいなければ何らかの方法で服従させればいい。」
「わかりました。」
「ソフィア・ウリヤーナ、指輪を拾いたまえ。そして我々に着いて来い。」
私は言われた通りに指輪を拾って元の指に嵌め直すと、恐る恐る尋ねる。
「わかりました…でもその前に着替えてもいいですか?これ、部屋着なので…。」
「構わん、早くしろ。」
そうは言うもののドアを閉める様子はない。
「…あの、恥ずかしいので一度外に出てもらえると。」
私の訴えに眉一つ動かさずにその場で銃を構えている。着替えを堂々と覗く気なのかこのエロおやじは。
「…えっち。」
「ぷっ……、すみません。」
私の一言に後ろにいた女性が噴き出し、ドナートさんに睨まれて姿勢を正す。
「仕方ない。ジーナ、中に入って監視を。」
「はい。…失礼するわよ。」
吹き出した女性はジーナというらしい。後ろに下がって彼女を部屋に入れる。
「不審な行動を取ったら殺さない程度に撃っても構わん。」
「了解しました。」
そしてドアが閉じられて部屋には私とジーナだけになる。彼女に銃を向けられながら私は両手を挙げたままクローゼットへ向かうとまずは薄手のパーカーを脱ぎ、ベッドの上に落とす。続いてブラトップを脱ぎ去ると上半身は裸になった。
最後にスウェットを脱いだら下着だけの状態だ。靴下は履いていない。
「…服を着る前に、トイレに行ってもいいですか?」
私が尋ねると、ジーナは真意を見定めるように険しい目つきになった。
「も、もれそうなんです!」
「…わかったわ。ただし、ドアは開けたままよ。」
私の懇願は受け入れられたが、彼女はトイレまでしっかりついてきて私を見張っている。下着を下ろし便座に腰かけたのだが、いくら同性でもこの状態は恥ずかしい。
「…あの、恥ずかしくて出ないんで、ちょっとだけ横向いてもらってもいいですか?」
「それはできないわ。」
「私、今ほぼ全裸ですよ?銃も向けられてるし、何も抵抗できませんって。」
「…仕方ないわね。」
ジーナは顔は動かさずに目線だけ横に移してくれた。
「じゃあ音が聞こえると恥ずかしいんで、最初に水を流しますね。」
ジャー…ゴボゴボゴボ…
トイレのレバーをひねると同時に私は透明化の魔法を発動して、水が流れる音に紛れて立ち上がり、下着を素早く脱ぎ捨てて一先ず便座の横にしゃがみ込んだ。ドアの前にはジーナがいるのでまだ外に出ることはできない。
「きゃー!トイレに流されるー!」
私の叫び声にジーナは目線をすぐさま戻すがそこに私の姿はない。
「なっ…!え…?」
彼女は暫く呆然と水が流れる様を眺める。
「…流され、た?いやいやいや嘘でしょ!?」
きょろきょろと辺りを見回すが、どこにも私の姿はない。やがて、トイレから離れて部屋の中を探索し始めたので私もトイレから出て音を立てないように部屋の隅まで移動した。
ジーナが応援を呼ぶために入口のドアを開けるとドナートさんや男の人達がドカドカと部屋になだれ込んできた。
「どうした!?」
「それが…突然彼女が、消えたんです。」
「目を離したのか?」
「いえ、トイレに行きたいというのでドアの前で見張っていたんですが…気づいたら。」
「…ラゴス、トイレに抜け道がないか確認しろ。ジーナはこの部屋の捜索。イワンはエントランスに今すぐ向かい監視。私は支配人に命じて一斉に館内を捜索する。」
「「「了解です!」」」
ドナートとさんと男の人が部屋の外に出ていくタイミングで私も廊下に出た。幸い廊下には絨毯が敷いてあるので裸足でもペタペタと音はしない。
ホテルの正面玄関は見張られているので、従業員用の裏口まで進みそのまま外に脱出した。
さて、また困った状況になってきたなー…。
「とりあえず家に帰ろうかな…。」
私は薄暗くなりつつある街を彷徨い歩き始めた。まずは移動手段を見つけよう。
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