11「眠れる少女」

「ここで降ろしてくれる…?」


 コルティ市街から少し離れた街道で、私は運転手に伝えた。


「わ、わかりました。」


「それじゃあ私は街を堪能したら成仏するけど…あなたたちがまた悪いことをしたら化けて出戻ってくるわよ…。」


「ひ、ひぃっ!わかりました!」


 私が車から降りてドアを閉めると、車はすぐにUターンして帰っていった。


「さてと、寒いからさっさと服を着よう。」


 わざわざ人気のないところで降りたのはこのためだ。透明化しているので見られる心配はないが、服や荷物が空中に浮いているのは目立つのである。


 夜は既に明けていて、早朝の空気が肌寒い。一先ず着替え終わると私は透明化を解除した。


「さーて、駅はどこかなーっと。」


 荷物のなかからサンドイッチを取り出して、食べながら街へと向かう。まだ始発は出ていないかもしれないし、慌てる必要はないだろう。


 そう思って街をぶらぶらしながら駅までやってきたのだが、困ったことになってしまった。


「すみませーん。」


 早朝で人気のない駅に私の声が響くと、改札の向こうで何かの設備を点検している駅員が私に気づいてこちらへ歩いてきた。


「どうかされましたか?」


 改札を挟む形で私たちは会話を始める。


「運行予定のところの貼り紙なんですけど…、あれっていつまでですか?」


「あぁ、先日のイサディアでの集団昏倒事件の影響です。詳細が分かって解決までの目処が立つまでは動かせないということになりまして。」


 先ほど始発の時刻を調べようとして運行案内板を確認したところ、そこには「暫くの間、列車を運休します」という旨の謝罪文が貼られている。


「イサディアの事件ってなんです?」


 そう尋ねると駅員は私がその事件を知らないことを察し、説明をしてくれた。何でも、列車に乗っていた乗客が全員意識不明の状態で発見されて、未だに誰も目覚めていないという怪事件が起こったらしい。鉄道会社は安全のため、様子見の運休を決めたという。


「いつくらいに復旧しますかね?」


「…いやぁ、僕にはなんとも。」


 復旧の目処が立たないほどの緊急事態らしいが、こちらも緊急事態だ。なにしろ2人も人が殺されているのだ。


「ロイドに帰らなきゃならないんですけど、どうにかなりません?」


「ちょっと難しいですねぇ…。」


「うふーん?」


「…。」


 色仕掛けも通用しないらしい。これは本当に困ってきた。私には自国への連絡手段もないし、お金だって運賃を払ったら殆どなくなってしまうくらいしかないのでしばらくこの街に滞在することも難しいだろう。


「実は…。」


 私は思い切ってこれまでの経緯を駅員さんに話してみた(指輪と魔法の件は信じてもらえないだろうと思いぼかした)。駅員さんは半信半疑といった表情だが、私の話をちゃんと聞いてくれたようだった。


「それでしたら…ロイド大使館に行ってみてはどうですか?ここからなら徒歩でも行けますよ。」


「そ、その手があった!さすが駅員さん!」


「は、はぁ…。」


 駅員さんのファインプレーにより、私は目的地を大使館へ変更した。駅員さんに場所を聞いてさっそく向かうことにする。ありがとう駅員さん、この御恩1時間くらいは忘れません。


 だが、それから道に迷ったりお腹が空いてご飯を食べたりして、結局大使館にたどり着いたのは昼を過ぎた頃だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 ソフィアが道に迷っている頃、IPO本部の指令室にノックの音が響いた。部屋の主であるザック・ノーザンが中に入るように促すと一人の男が部屋に入ってきた。


「失礼します。第12分隊隊長リッド・コールマン、帰還命令により只今戻りました。」


「あぁ、ご苦労。突然ですまないな。」


「いえ、問題ありません。それで…私は何故呼ばれたのでしょうか?」


「実はな…。」


 ザックは昨日、ディエゴから齎された情報を端的にではあるが包み隠さず伝えた。基本的に魔法や指輪の話は機密事項ではあるが、これから魔物討伐部隊の主力となるリッドは知っておくべき内容だ。


「魔法…冗談とかじゃないんですよね?」


「私も半信半疑だったが…今は認めざるを得ないと考えているよ。」


 魔法に関しては既に存在を肯定した上での実験がリリス・フィドリー研究所所長主導の下、現在行われている。とはいっても、ディエゴの【筆】の指輪の魔法は「所有者への記憶の伝達」というものらしく実験の余地はない。従って亮の持つ【手】の指輪の能力検証が中心であり、ディエゴはその記憶をもとに監修をしているようだ。


「午後に研究所にて例の黒く光る指輪の検証を行う予定だ。その指輪を君か、グラディのモーガン氏に預けることになると思う。」


「でも、あの指輪は俺には使えませんよ?」


「いや、もしかしたら嵌めているだけでも何かしらメリットがあるかもしれない。それも含めて午後に検証というわけだ。」


「わかりました。…モーガンさんも俺と同じってわけですか。」


「確定ではないが、リョウはそう言っている。」


「リョウか…まさかこんなに早く再会するとは。」


 溜め息をつきながら呟くリッドにザックは苦笑して返した。


「彼もそう言っていたよ。」


―――――――――――――――――――――――――――――――


 午後になり、指輪の検証が始まった。午前中の検証を終え、そのままリリス、ディエゴと昼食をとりIPO研究所の第一研究室で待っていると入口の扉が開いた。


「よう、リョウ。久しぶり。」


「久しぶりだなー、10数年くらい会ってなかったかもなー。」


 出会うなり冗談を言うリッドに俺も冗談で返す。リッドは続いてリリスやディエゴとも挨拶を交わす。


「お久しぶりです、所長。」


「うん、久しぶり。キミとは前にこの指輪を台座に設置してもらって以来かな。」


「そうなりますね。」


 二人の視線の先にはキャスター付きの教壇のような台座に指輪が置かれていて、アクリルのカバーが取り付けられて鍵が掛かっている。指輪は黒い色で光っていて、最初にこの【手】の指輪を見つけた時と同じ様子だった。


「やぁ、初めまして。」


「あぁ、どうも。俺はリッド・コールマン。どうやら魔法の素質があるらしい。」


「僕はディエゴ・ロッソ。奇遇だね、僕も素質持ちだよ。」


 ディエゴが右手を差し出すと、リッドはその手を掴み握手を交わした。ディエゴの右手には【筆】の指輪が嵌められているが、それに触れてもやはりリッドは平気なようだ。


「さて、それじゃあ検証を始めるよ。」


 そう言ってリリスはアクリルのカバーの鍵を開け、カバーを外した。


「まずは…へあぅううう。」


「え?ちょ、大丈夫ですか?」


 リリスは躊躇いなく指輪に触れると、変な声を出しながらその場にへたり込んでしまった。咄嗟にリッドが屈んで彼女の肩を掴んで支える。


「リリスちゃんはおっちょこちょいなのかな?耐性がないとマナ酔いするよ?」


「…ふぅ、落ち着いた。いや、指輪によってマナ酔いが引き起こされることの再確認だよ。」


 ディエゴがからかうが、どうやらリリスは故意に指輪に触れたらしい。


「じゃあ次は皆がこの指輪に触れられるか確認したいから取って回してくれるかな?」


「了解っす。」


 指示に従い、リッドが指輪を台座から持ち上げて見せた。


「触れますね。」


「うん、問題ないね。」


「ほい、リョウ。」


「あぁ。」


 リッドが差し出した指輪を受け取るが、問題なく触れることができている。


「うん、大丈夫だね。じゃあ次はディエゴさん。」


「はい、どうぞ。」


「ほいきた。」


 指輪をディエゴに手渡すが、彼も問題なく触れられるようだ。


「ディエゴさん、それ嵌めてみてもらっていい?」


「いいよー。」


 促されるままにディエゴは指輪を空いている指に嵌めてみるが、指輪に新たな光が灯ることはなかった。


「こんな感じで、魔法適性があっても属性が違うと指輪の力は発揮されないのさ。」


 その指輪を見せながらディエゴは説明をした。


「じゃあやっぱりこの指輪に合う属性の人を見つけないといけないんだね。」


「そういうことだね。まぁ、こちらから何もしなくても指輪に導かれてやって来るよ。」


「わかった。じゃあ、次はリッドくんが嵌めてくれる?」


 指輪はディエゴからリッドへ手渡され、彼の指に収まった。指輪の色に変化はない。


「その状態で私に触って?」


「え、大丈夫ですか?」


 指輪をしたリッドがリリスに触れると、先ほどのように彼女はマナ酔いをしてしまうはずだ。リッドはそれを心配したがリリスが「いいから。」と言って手を差し出すので、おそるおそる指輪が触れるように握手をする。


「にゃああぁ…っ。」


 リリスは予想通りに変な声を出して崩れ落ちた。


「だ、大丈夫ですか?」


「ほえええぇぇぇ…!」


「あぁっ!すみません!」


 先ほどのようにリッドが身体を支えようとしたが、不注意で指輪が触れてしまいさらに彼女を苦しめる結果となってしまう。


「彼はまだ指輪のある生活に慣れてないからね…。」


 ディエゴはそう呟くと、リリスの下へ歩み寄り左手を差し出した。


「立てるかい?」


「あぁ…うん。ありがとう。」


 ディエゴの手を取り立ち上がったリリスは呼吸を整えると次の指示を出す。


「じゃあ次は何秒触れたら私が気を失うか確認したいんだけど…。」


「いや、さすがにそれは…。」


 リリスに上目遣いに見つめられ、困惑するリッドにディエゴが助け船を出す。


「リリスちゃん、検証も大事だけどマナ酔いが酷いと死んじゃうこともあるからやめとこう?」


「じゃあ気を失う直前なら…。」


「所長、やめておきましょう。」


「うーん…じゃあ諦めるよ。」


 渋々といった様子ではあるが、何とかリリスの凶行を止めることに成功したようだ。


「とりあえずこの指輪はそのままリッド君がつけていてくれる?ここに置いておくよりも自由に動き回れる人に着けておいてもらった方が指輪を使える人に出会う可能性が高いからね。」


「…なるほど。わかりました。」


「あとはこの『マナ酔い』という症状が魔物に有効なのかを知りたいんだけど…。」


 リリスの目線に気づき、ディエゴがその問いに返答する。


「あぁ、魔物はマナ酔いしないよ。けど、魔物が体内に持っているマナを吸い出すことはできると思う。」


「それは、通常の動物に戻せるってこと?」


「うーん…どうだろう。そういう使い方をしたことはなかったからね。ただ、魔物化するほどマナを蓄えているわけだから全部吸い出すのは難しいんじゃないかな。」


「そっか…うーん…。」


 リリスは暫く独り言をぶつぶつと繰り返した後に、仮説を立てた。


「マナの総量が魔物の強さに影響するなら、指輪を使えば弱体化を狙えるかもしれないね。この前の巨大なサイみたいに強力な魔物が出たら試してみる価値はあると思う。」


 その後も実験は繰り返され、日が暮れ始める頃まで続いた。







―――――――――――――――――――――――――――――――


「ではソフィアさん、とりあえず今日はこの部屋に泊まるといい。」


「はーい、ありがとうございまーす。」


 大使館に到着した私はこれまでの経緯を職員に話した。指輪のことを話すと面倒なことになりそうだったので、そこは上手く誤魔化した。もちろん指輪も魔法で見えなくしてある。


 職員は私たちが遺跡へ行ったまま音信不通になっていることは既に把握していたらしかった。一通り話し終えると職員が奥の部屋に引っ込み、ロビーで数分待っていると一番偉いっぽい人が奥から出て来て帰国の手配をしてくれた。


 だけどすぐに帰れるというわけではなく、本国へ状況を説明して迎えの護送車を呼ばなくてはならないらしい。狂暴化した動物の影響で、都市部以外の道路は危険なのだそうだ。


 そんなわけで私は大使に今日泊まる部屋へ案内されたというわけだ。


「明日の昼までには迎えが来る手筈になっているから、それまではこの建物から出ないで欲しい。食事は出前をとるように受付に話を通しておくから、希望があれば伝えておいてくれるかな。」


「お散歩とかも駄目ですか?」


 この何もない部屋で明日まで過ごすのは退屈だと思い、街を見て回る許可をもらおうと思ったのだが、答えはノーだった。


「君を無事に送り届けるためだ。申し訳ないが我慢してほしい。」


「はーい…。」


「…そうだ、ご両親に連絡して安心させてあげるといい。電話はロビーのものを使ってもらっていいからね。」


「あー…でも、携帯が無いので電話番号がわからないんです。」


「自宅の番号もかい?」


「あ、うち家に電話ないんです。みんな携帯で。」


「なるほど。それなら住所はわかるかな?君の無事を知らせるように使いの者を送ろう。」


「住所なら何とか…。」


 私が住所を伝えると、大使は懐から手帳を取り出して高そうな万年筆でメモをとった。


「ありがとう、さっそく手配しておくよ。何か必要なものがあったら受付に伝えてね。」


 そして大使はそのまま部屋を後にした。何もない部屋ではあるが、置いてあるベッドやテーブル、椅子などはどれも高そうだった。


「特にこのベッドなんかふかふかで、まるで雲に乗っ…ぐー…。」


 ようやく安全な場所に来ることができた安心感からか私は夜までぐっすりと眠り続けてしまった。


 長かった私の旅もようやく終わりを迎えた。だが、平穏な生活に戻れるのはまだまだ先のことだった。




―――――――――――――――――――――――――――――――


 実験が終わり、リリスはそのまま研究室に残るというので、俺とリッドとディエゴは3人で研究所を後にした。研究所の入口の扉をくぐると、そこに1人の少女が女性看護士と共に立っていた。


「あれ、あの子は…。」


 リッドはその少女を知っているらしいが、少女は俺たち3人を見渡して隣の看護士に何かを聞いている。看護士は俺たちに一礼すると、リッドに話しかけた。


「昼前に意識を取り戻しまして、診察は一通り終わりました。検査の結果はまだですが、医師の所見では問題はなさそうということです。」


「そうですか、それは良かった。」


「えぇ。それでリッドさんにお礼を言いたいということでお連れしました。」


「あ、あの!」


 少女がリッドを少し見上げながら、緊張した様子で話し始める。


「私…アイラ・ヴァルマっていいます。あなたが私を助けてくださったそうで…あ、ありがとうございました!」


 その少女、アイラは深々と頭を下げる。礼を言われたリッドは少し照れ臭そうに頭を掻きながら言った。


「いやいや、住民の救助が俺の仕事だからね。それにしても無事でよかったよ。」


「はい、おかげさまで…。」


 再び頭をあげたアイラは少しよろめいてしまうが、すかさずリッドが彼女を抱きとめる。


「おっと、まだ休んでいた方が良さそうだね。」


「あ…ありがとう…ござい…ます。」


 体調が悪いのか、どことなくアイラの顔が赤いような気がする。看護士も心配そうに…いや、少し微笑んで…ニヤニヤしている。


「それじゃあ、そろそろ病室へ戻りましょうか。無理は禁物ですよ。」


「あ、はい…。」


 少し名残惜しそうするアイラを見て、看護士はリッドにある提案をした。


「あ、そうだわ。実は彼女の身に何が起きたのか、話を聞いて報告書にまとめるお仕事があるんですけど…リッドさん良かったら一緒に話を聞いてくれませんか?救助したときの状況と照らし合わせながらの方が良いと思うんです。」


「…あー、まぁそうですね。わかりました、司令官に許可をもらっておきます。」


「…っ!」


 アイラの目が少し見開かれたような気がした。心なしか嬉しそうである。


「では、私たちはこれで…。」


「ちょっと待ってくれない?」


 今度こそ去ろうとする二人を制止したのはディエゴだ。腕を組み、難しい顔でまじまじとアイラを見つめている。じっと見られていることに気づいたアイラは少し警戒して後ろに下がった。


「あぁ、ごめんごめん。怖がらせるつもりはなかったんだ。」


 それに気づくと、ディエゴはパッと笑顔に切り替えて両手を顔の横に掲げる。


「リッド、さっきそのお嬢ちゃんを抱きかかえた時…触ったよね?」


「触っ…!?いやいや、変なところは触ってないって!」


「いや、違う。そうじゃなっくてさ…。」


 慌てて手を振って否定するリッドを制止し、ディエゴは続けた。


「指輪した方の手で、触ってたよね?」

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