8「世界の危機と魔物」
「今、世界を混乱させている要因は狂暴化した動物たち、即ち“魔物”の仕業だ。まずはこの魔物についての対処から話そう。因みに、魔物についてはどこまでわかっている?」
ディエゴの問いかけにリリスが答える。
「通常の種とは明らかに違う変異を確認しているよ。筋力が明らかに増加していたり、体が巨大化していたり、特定の器官が硬質化したりと様々な特徴が見られるね。総じて通常よりも頑丈になっていて、駆除活動にも時間がかかっている。」
「銃弾でも難しいというわけかい?」
ディエゴが向き直りザックに尋ねると、彼は「そうだな…」と少し考えた後に答えた。
「まず、小口径の弾じゃ何十発と撃ち込まないとならないな。口径が大きいものでも一撃で仕留めるのは難しい。狼や野犬くらいならば護身用の銃でも殺せるだろうが、鹿や熊くらいになると軍用装備でも苦戦することがある。」
「なるほど…、現代技術でも手を焼いているわけだね。魔物はマナを糧に体を強化しているから物理的な攻撃だとどうしても苦戦するんだよ。リョウの魔法を使えば比較的簡単に倒せたんじゃない?」
「あー、確かにそうかも。」
言われてみると思い当たることもある。初めのうちはびびって全力で物をぶつけてたけど、慣れてくると狼くらいなら小石1発を視認できるくらいの速さでぶつければ倒せることがわかった。
“小石”を“見えるレベルの速さ”でぶつけているので、“銃弾”を“目にもとまらぬ速さ”で撃ち込んだ方が強いと思ってたんだけど、実際に銃弾を数発受けてもひるまない狼を見ておかしいと思ってたんだ。あれは狼がたまたま頑丈だったわけじゃなかったのか。
「本来、魔物を倒すためにはマナを利用した攻撃をする必要があるのさ。リョウの魔法で動かした物体はマナの干渉を受けて魔物に攻撃を加えているから、ただぶつけた時よりもダメージが通るということだね。」
「それじゃあ、君やリョウのように指輪を身に着けた者じゃないと駆除は難しいと?」
「いや、そういうわけでもない。指輪の所持者じゃなくても、魔法の適性がある人間は少なからず体内に微量のマナを取り込んで循環させ発散している。そういった人間なら魔物に対する攻撃も効果が高いはずさ。」
「その適性を持つ人間というのは多く存在するのか?」
「どうだろうね。かつては10人に1人くらいは素質を持っていて魔法も使えたんだけど、現代はそんなに多くないのかもしれない。僕も知り合いにお願いして確認してみたんだけど、僕以外の素質持ちはいなかったよ。おそらく、魔法という概念を書き換えられた影響で徐々に魔法の素質も失われつつあったんだと思う。」
「確認する方法があるの?」
「リリスはここの所長だよね?じゃあ知ってると思うんだけど、この指輪は魔法適性のない者が触れると活性化したマナに耐えられずにマナ酔いを起こすんだ。つまり、とても気分が悪くなる。」
それを聞いて俺はマーカスに指輪を差し出したときのことを思い出していた。あの時、彼は指輪に触れた途端顔をしかめてすぐに返してきた。つまりマーカスには魔法の適性がなかったということだ。ということは彼らには適性がある…?
「つまり、指輪に触れても気分が悪くならなければ魔法の適性がある?」
「そう判断していいだろうね。」
リリスの確認にディエゴは小さく頷き答えた。
「それなら、私たちは素質を持っている人物を一人知っているよ。ザック司令官、彼の名前は何だっけ?」
「リッド・コールマンだ。彼はこの研究所にある指輪もリョウが持つ指輪も触れることができた。最も、嵌めても何も変わらなかったがな。」
「なるほど。つまりそのリッドという人物は赤か青、ここに存在しない指輪の適性を持っているということだ。まずはそういった適性を持つ人を捜すといいよ。彼らは魔物に特効を持つからね。」
「…確かに彼の小隊は討伐数が他と比べて頭一つ抜けていた。彼のような人物を中心に特殊部隊を編成すれば効率化が図れるかもしれん。」
「でも、指輪に触れられたのは数百人のIPO職員の中で彼一人だけでしたよ?割合では1%にも満たない。それに確認のために指輪に触れてもらう必要があるから、一斉に確認することも難しいと思うし…。」
「適性持ちの判別方法なら他にもあるよ。観測魔法に強い適性を持つ者はマナを感知できることが多い。だから【鏡】の指輪の所有者が現れれば、見ただけで判断ができるはずさ。」
「…ここの指輪がそうである事を祈るばかりだな。」
現状打てる手がないという結論に至り、ザックはため息をついた。それに同意するようにディエゴが頷く。
「いずれにせよ、指輪の所有者を全員集める必要がある。問題は魔物だけじゃない。」
「マナが存在する限り、魔物たちは生まれ続けるということだよね?」
リリスの言う通り、魔物の討伐を続けても次々と生まれるのであればいつまでたっても事態は収束しないだろう。
「それもあるし、封印されている『賢者』と『賢者の石』をどうにかしないといけない。」
「…ん?ちょっと待ってくれ。賢者とやらが封印されたのは遥か昔のことなんだろう?もうとっくに死んでるんじゃないのか?」
「いや、生きていると考えていい。賢者を封印してるのは【瓶】の指輪の魔法で、封印内部では時間が流れない。それに賢者は病や寿命を超越している。殺さなければ死なないんだよ。」
俄かには信じられない話だが、ディエゴの言う通りならば賢者をどうにかしないと世界に更なる危機が訪れるということだ。
「賢者とやらを殺せば、全て収まるのか?」
ザックがそう尋ねると、ディエゴは腕を組み顎に手を当てて少し考えた後に答えた。
「殺せるならそうした方がいいけど、指輪の魔法使いの力量にも左右される。狙うのは賢者ではなく、賢者の石の方だ。石に世界中のマナを集めて再び封印すれば魔物は発生しなくなる。マナが無ければ賢者も魔法は使えないから、無力化できるだろうね。」
「具体的にはどうすればいい?」
「まず、封印を一度解除する。そして賢者からて賢者の石を奪って、世界中のマナを集めて封印すればいい。」
「それは可能なのか?」
「うーん…まずは指輪の所有者がどんな魔法を使えるのかを知る必要があるね。それに封印を解くには最低でもあと2つの指輪が必要だ。特に【鏡】の指輪は必須だね。」
「…いずれにせよ、指輪とその所有者を見つけ出さなければならないというわけか。」
「そういうことさ。そして世界中を捜して指輪を見つけ出すためには情報が必要なんだ。だから僕は協力を求めるためにここにやってきたというわけ。」
ディエゴは話し疲れたと言い、レナードにコーヒーのおかわりを頼んだ。ついつい話に聞き入ってしまって、俺の目の前にあるコーヒーもすっかり冷めてしまっていた。
その後も話し合いは続き、今後の指針をある程度検討した上でIPOの長官に報告することとなった。その結果、3日後に各国の代表者が招集され世界政府の緊急会議が開催されることになる。
話し合いの最後でディエゴは言った。
「なるべく急いだほうがいい。封印が完全に解けてしまう前にね。」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「この辺りは静かですね。」
一人のIPO隊員がジープを降りると同乗していた男、隊長に声を掛けた。住宅が点在し、道路もしっかりと舗装されている町と呼んでも差し支えないその場所は、彼の言う通り静寂に満ちている。
「そうだな。ここでは戦闘にはならなさそうだ。」
この小隊の隊長であるリッドはアサルトライフルを装備しながら副隊長の男に言葉を返す。他の隊員たちは既に武装が済んでいて待機状態だ。数日前のグラディ市街戦とは異なり今回は人命救助の必要のない狂暴化動物駆除作戦であるため、隊員たちの装備も強力なものになっている。
「さて、今日はこの区画が最終エリアとなる。住宅エリアである為、動物と遭遇する可能性はほぼないが油断はするな。」
「「了解!」」
「このエリアではツーマンセルで行動する。いつも通りの編成でまずカルロとジャックが…」
その時、静かな住宅街に一発の銃声が響いた。隊員たちは皆銃を構え警戒態勢に入る。
「サム、隊の指揮を一時的に任せる。俺は先行して様子を見に行く。」
サムと呼ばれた副隊長の男は頷き、了解と返した。
「グレッグ、信号弾はあるな?」
「えっと…は、はい!大丈夫です!」
リッドが自分とペアで行動する予定だった新人隊員に装備の確認を促すと、彼は慌てながらも信号弾を装填した拳銃を手に携えた。
「基本的には警戒しつつ散策。信号弾が上がったら戦闘準備をして辺りを包囲してくれ。それじゃあ、いくぞ!」
副隊長のサムに指示を出すと、リッドはグレッグ隊員を引き連れて銃声がしたと思しき方角へ移動を始めた。
それから数分が経過したが、2発目以降の銃声は聞こえておらず二人が耳にするのは自身の息遣いと銃を構える音だけだ。
「隊長!」
「どうした?」
リッドがグレッグの声に向き直ると、彼は地面に跪き何かを拾っている。
「これが落ちていました。」
「…銃か。火薬のにおいが残ってるな、恐らくさっきの銃声はこいつだろう。」
グレッグに渡された銃は銃身に温かみがあり仄かに硝煙の匂いがした。この銃を暴発させた犯人が野生の猿であることをまだ彼らは知る由もないが、グリップには猿の体毛が、銃身には驚いたときの猿の唾液が付着しており、後日鑑識の結果から真相を知ることとなる。
「発砲した人物がまだ潜んでいるかもしれない。開けた場所を避けて行動するぞ。」
「了解です。」
そして辺りを捜索していると、急な斜面の傍にある開けた場所に誰かが倒れているのを発見した。リッドはグレッグに指示を出す。
「俺が一人で見てくる。何かあったら信号弾を打ち上げてくれ。」
「了解、お気をつけて。」
リッドは民家の物陰から飛び出し、素早く倒れている人物まで駆け寄った。
「…おい、聞こえるか?」
素早く呼吸と脈を確認し生存確認をすると、倒れている人物へ声を掛けた。しかし返事は返ってこない。
「…ボロボロだな。」
その人物は日焼けした肌の少女だった。少女の服は所々破けていて、露出している肌は擦り傷だらけだ。幸いにも致命傷となるような怪我はないようで、大きな骨折も見られない。
「狼にやられて、この崖を滑り落ちて来たってとこか。…銃もその時に暴発したか?」
背中に残る爪痕と近くの崖を見比べ、そうリッドは結論付ける。そして懐から無線を取り出し、IPOの拠点へ繋ぐ。
「こちらリッド・コールマン。狼に襲われたとみられる住人を保護した、急斜面を滑落したと見られ現在意識なし。救護班を寄越してくれ。」
「こちら本部、すまないが救護班は手が離せない。」
「…何かあったのか?」
「あぁ、地方部からの避難民を輸送していた列車でトラブルが発生した。乗り込んでいた住民全員に意識がなく、原因不明の昏睡状態。首都ディリーの医療機関は飽和状態で我々の医療班も全て応援に出向いている。」
「何だって?…了解、では搬送はこちらで行う。第12分隊は作戦を中止し帰還する。」
「了解、ひとまず拠点で保護をする。」
通信を終えるとリッドは横たわる少女を抱えて待機させていたグレッグの元へ戻った。
「グレッグ、伝令だ。作戦は一時中止、これより帰還する。住民を保護したが意識不明、救急セットを準備して車で搬送する準備を。」
「はっ!了解しました!」
グレッグ隊員はリッドの抱える少女を一瞥すると、敬礼をして他の隊員の元へと走っていく。
「…一体世界に何が起きてるってんだ。」
その呟きを誰にも聞かれることなく、リッドは腕の中の少女を気遣いながら歩き出した。
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