7「導きの指輪と賢者の石」

「失礼します。」


 ノックの音が響き秘書のレナードさんの声が響くと、すぐに扉が開き二人の人物が入室する。


「お連れしました。」


 一人はレナードさんで、彼に連れられて来たのは派手なスーツを着た男だった。


「やぁ、初めまして。所長さんはどなたかな?」


「あ、私が所長のリリス・フィドリーです。」


 スーツの男が訪ねるとリリスが小さな声で答える。


「まさか、こんな可愛らしいお嬢さんが所長さんとは。初めましてリリス、僕はディエゴ・ロッソ。宜しくどうぞ。」


 ディエゴと名乗ったその男は手を胸に当て、執事のように会釈した。その手には緑色に光る指輪が嵌められていた。


「そちらの二人は?」


「ザック・ノーザン。IPOの軍で司令官を務めている。」


 ディエゴがこちらに問いかけると、隣にいたザックがまず自己紹介をしたので俺も答えることにする。


「俺は敷島亮。世界旅行をしてたらこれを手に入れて、色々あってここにいる。」


 右手の薬指に嵌めてある指輪を見せると、ディエゴはうんうんと頷いた。


「それは【手】の指輪だね。そっか、君も魔法使いなのか。」


「あなたはこの指輪のことを知っているの?」


 その言葉を聞いたリリスが興味深げな様子で尋ねる。ディエゴは視線をリリスに戻すと得意げな笑みを浮かべ、まるで役者のような手振りで返答する。


「あぁ、知っているとも。指輪のことも、動物たちが突然変異した原因も…今、世界に危機が迫っているということも、ね。」


「…詳しく話してもらえるのかな?」


「勿論だとも、ミスター・ノーザン。僕は世界を救うためのメッセンジャーとしてここにやって来たのさ。」







―――――――――――――――――――――――――――――――


「あぁ、どうも。頂くよ。」


 レナードがディエゴの前のテーブルにコーヒーを置くと、彼はカップを持ち上げて香りを楽しんだのちに一口飲んだ。


 立ち話も何だろうということで、応接室のテーブルをコの字に囲みながら俺たちは座っている。俺とザックが隣り合って座り、向かいにはディエゴが、そしてその間で垂直に配置された椅子にはリリスが座っていて、レナードが彼女の後ろに控える形で立っている状態だ。


「まずは僕がこの指輪を手に入れた時の話からしよう。」

 ディエゴは表情を切り替え、真剣な顔で話し始めた。


「僕はユールのタリーズで美術商をしていてね。ある日、お得意先から美術品の買取を依頼されてとある富豪の屋敷に行ったんだ。財産の整理をしたいとかで、蔵の中にある不要な美術品を買い取ってほしいと言われたんだが…その中にこの指輪があったのさ。」


 ディエゴが視線を指輪に落とすと、自然と指輪に注目が集まる。


「何だかこの指輪が気になって、店に戻った時に嵌めてみたんだ。そしたら一気に色んな情報が頭に流れ込んできたのさ。それがこの指輪…【筆】の指輪の効果だったんだ。」


「これが【手】の指輪で、それが【筆】の指輪?」


「あぁ、そうだ。これらの指輪以外にもあと3つ、全部で5つの指輪がある。」


「あと2つあるんだ…。」


 リリスの呟きにディエゴが首を傾げた。彼はここにもう一つの指輪があることを知らないのだ。


「あぁ、ごめんなさい。実は研究所にもう一つ指輪があるんだよ。」


「そうなのか!色は何色だい?」


「えっと…黒、なんだけど。」


「なるほど…まだ所有者が決まっていない状態なんだな。適合する人物が嵌めてみないことには何の指輪かはわからないね。」


「リョウの指輪を見たときはすぐに種類を断定していたようだが?」


 先ほどのことを思い出し、ザックが尋ねる。確かに何の指輪かわからないならばどのように判断したのかわからない。


「それはね、色さ。5つの指輪は赤が1つ、青が2つ、緑が2つという内訳で、僕が持っているのが緑色の【筆】だからもう一つ緑色があったら【手】ということになる。最も、指輪の内側に小さく刻まれてる古代文字を読めばはっきりわかるんだけど…残念ながら僕には読めない。」


「へぇ、緑だけじゃないんだ。確かに指輪の内側には何か刻まれていたけど…そっか、古代文字だったのか。どの文明の文字だかわかる?」


「いや、わからない。この指輪によって知った情報ではかつて最も栄えていた国の言葉だってことはわかるんだけどね。」


 それを聞くとリリスは自分の世界に入り込み、どの時代の文明なのかの考察を始めたが、レナードにそれは後でいいでしょうと諭されて戻ってきた。


「それじゃあ次は指輪によって与えられた記憶を話すとしよう。そしたら今の世界の状況がわかるはずさ。」


 ディエゴはコーヒーをもう一口飲み、魔法について語り始めた。


「かつてこの世界には魔法というものが実在した。魔法の才能さえあれば、人間たちは魔法を扱うことができたのさ。


 魔法には赤魔法、青魔法、緑魔法の3種類がある。魔法の才能がある人間にはこの3つの内のどれかの適性が備わっていて、その種類の魔法を生まれながらに1つだけ使うことができた。どんな魔法なのかは一人ひとり違い、千差万別だ。人々はそれぞれの魔法を活用し、文明を発展させていった。


 ある日、そんな時代に一人の男が現れる。彼は生まれながらに3種類の魔法属性に適性があり5つの魔法を使うことができた。彼は当時の人々から『賢者』と呼ばれ称えられ、或いは畏れられていた。


 その賢者が魔法の研究の末、強大な力を持つ物質を作り出した。それは『賢者の石』と呼ばれ、彼の魔法を人知を超えた強力なものへと変化させた。彼が腕を一振りするだけで数百人の命が掻き消え、魔法の杖を突き立てただけで大地が割れた。それはもう凄まじい力だったようだ。


 そんな強大な力を利用して、彼は世界を支配しようと目論んだ。邪魔をする者は簡単に殺され、抵抗した多くの魔法使いたちも太刀打ちできなかった。


 少しずつ世界は賢者に支配されていったが、かつて賢者の弟子だった者たちが彼を止めようと立ち上がった。弟子たちは賢者の石の研究を流用し、賢者に対抗できる道具を作り出すことに成功する。


 それがこの指輪、『導きの指輪』だ。賢者の石があらゆる魔法を強化するのに対し、この指輪は単属性に特化している。さらに複数の指輪が揃うと相乗効果で更に強力な魔法を使用することができ、賢者とも互角に渡り合うことができた。


 これらの指輪はそれぞれの魔法属性に最も適性のある人間を感知すると、その人物の手に渡るように世界の運命を操作するという特徴がある。そして指輪によって5人の魔法使いが選ばれ、賢者に立ち向かっていった。


 だが、結果は引き分け。当時の魔法使いたちでは賢者を封印するだけで精一杯だった。だから後世に託したのさ、賢者との戦いの記憶をこの指輪に込めてね。


 賢者は世界中のマナを賢者の石に取り込んでいる状態で封印された。その結果、人々は魔法を使うことができなくなり、代わりに科学技術が発展していくことになったというわけさ。


 さて、今の世界の現状だが、全ての発端は賢者の封印が綻び始めてしまったことにある。賢者と共に封印されていたマナが封印の綻びから少しずつ外に漏れだし始め、それが導きの指輪を再び目覚めさせた。


 同時に、マナを取り込む資質がある動物が『魔物』に変貌した。今現在、世界中で暴れ回っているのはその魔物さ。賢者の封印と共に姿を消したが、かつては普通に生息していた生き物だよ。


 昔は魔法使いたちが駆除して回り、都市を防護していたんだが…魔法を使えない今の人間たちには荷が重いだろうね。


一先ずはこんなところかな。質問があれば応えるよ。」


 ディエゴは説明を終えると再びコーヒーカップを持ち上げた。ザックとリリスは魔法という存在を前提とする話に多少面食らった様子であるが、俺としては逆にしっくりきていた。この指輪に適性を見出され、あの無人島まで漂流することになったというわけか。じゃあ、あの時の感覚は…


「俺からいい?」


「どうぞ、リョウ。」


「この指輪を嵌めて魔法が使えるようになった時、魔法を“覚えた”んじゃなく“思い出した”と感じたんだけど、それはどういうこと?」


 俺の質問にディエゴは腕を組み、指で顎鬚を撫でながら思案する。


「ふむ…それは賢者の魔法によるものだね。彼は指輪の魔法使いたちに封印されるときに、いずれ復活するときのための準備をしたのさ。復活後、自分が有利に立てるように世界から魔法使いを消し去ろうとしたんだ。その為にマナを全て集め、人々の中にある魔法という概念を記録魔法で書き換えた。“魔法は適性があれば誰でも使える”という認識を“魔法は架空の物語に登場するもので現実には起こり得ない”という風にね。それによって人類は魔法の使い方を忘れてしまったわけだが、僕たちは指輪の力で賢者の魔法を打ち消し『思い出す』ことができたというわけさ。」


「記録魔法?」


「あぁ。緑魔法の一種でね、記憶や情報に関する魔法だよ。因みに僕の【筆】の指輪はその記録魔法に特化している。リョウの【手】の指輪は操作魔法だね、色々出来て使い勝手がいい魔法だよ。」


 確かにディエゴの言う通り効果が分かり易くて応用が利くと思った。攻撃手段にも移動手段にもなるし、建設にも役立ったし。


「ふぅ、色々聞きたいことはあるけど、まずは魔法という存在を前提にしないと話は進まないみたいだね…。他の指輪はどんな魔法が使えるようになるの?」


 そう尋ねたのはリリスだ。色々と考えるのは諦め、今は多くの情報を得ようとしている。


「オーケー、それじゃあそれぞれの指輪の特徴を説明するよ。紙とペンはある?」


 ディエゴの言葉を受けリリスがレナードに目配せすると、すぐにコピー用紙とボールペンが用意された。


「どうも。…それじゃあまず魔法の分類からしようか。」


 ディエゴはペン受け取ると、コピー用紙に文字を書きながら説明を始めた。彼は流れるように共通語で“緑”、“青”、“赤”と綴る。これくらいの単語は知っているが難しいものはわからないので、支給されている携帯を取り出して文字翻訳アプリを起動した。


「まず、魔法は3種類あるっていうのはさっきも話したね。この3種の内、緑魔法と青魔法はさらにその効果によって2つに分類される。…こんな感じだね。」


―――――――――――――――――――――――――――――――

緑魔法①『操作魔法』

緑魔法②『記録魔法』

青魔法①『保存魔法』

青魔法②『観測魔法』

赤魔法 『破壊魔法』

―――――――――――――――――――――――――――――――


「さらに細かく分ける場合や例外もあるけど、全部話すとキリがないから省略するよ。それで、それぞれの魔法に5つの指輪が対応してる。」


―――――――――――――――――――――――――――――――

緑魔法①『操作魔法』…【手】の指輪

緑魔法②『記録魔法』…【筆】の指輪

青魔法①『保存魔法』…【瓶】の指輪

青魔法②『観測魔法』…【鏡】の指輪

赤魔法 『破壊魔法』…【切】の指輪

―――――――――――――――――――――――――――――――


「魔法適性と指輪の色が合致すると魔法が使えるようになる。例えばリョウは緑魔法に適性があって、操作魔法寄りの力を持っているから【手】の指輪によって魔法を使うことができる。でも青魔法や赤魔法の適性はないから【瓶】【鏡】【切】の指輪を嵌めても何も起きない。因みに同じく緑魔法の【筆】の指輪によって魔法を使うこともできるけど、効果は弱くなるだろうね。」


「…ちょっと待って。」


「なんだい、リリス?」


「つまり、魔法適性を持っていればその指輪によって誰でも魔法が使えるということ?」


「そうだね。指輪に選ばれた人間よりは劣るだろうけど、魔法は使えるようになる。ただし、指輪をつけている間だけね。僕もリョウも指輪を外したら魔法は使えなくなるのさ。」


「なるほど…指輪は魔法を授けるものではなく、魔法を使うための媒体ということね。」


「そういうこと。さて、それじゃあさっきも話した複数の指輪による相乗効果についてなんだけど…。」


―――――――――――――――――――――――――――――――

【手】の指輪

Lv1.単色(緑) …物体操作

Lv2.二色(水色)…?

Lv3.全色(白) …?

―――――――――――――――――――――――――――――――


「指輪によって使えるようになる魔法は全部で3種類ある。【手】の指輪を例に説明すると、今の時点で指輪は緑色だから1段階目の“物体操作”だけが使えているね。でも、指輪は他の種類の指輪が近くに存在すると相乗効果で新たな魔法が発現するんだ。新たな魔法が発現するとそれに応じて指輪の色も変化する。」


「…光の三原色?」


 指輪についてのメモを見てリリスが小さく呟く。ディエゴはそれを聞き取ると彼女に向かって微笑んだ。


「その通り。【手】の指輪の新たな魔法を覚えるためには【瓶】か【鏡】の指輪の青い光が必要なのさ。」


―――――――――――――――――――――――――――――――

【手】の指輪

Lv1.単色(緑) …物体操作

Lv2.二色(水色)…?    ※緑+青で取得

Lv3.全色(白) …?    ※緑+青+赤で取得

―――――――――――――――――――――――――――――――


「指輪によって二段階目に必要な色は決まっていて、その順番で色が変わっていく。例えば【手】の場合は、青の光で水色にしてから赤の光で白色にすることで全ての魔法が使えるようになる。僕の【筆】の場合は赤い光で黄色にしてから青い光で白色だね。」


「それじゃあ、研究室にあるもう一つの指輪があれば二人のどっちかが新しい魔法を覚えるということ?」


「そう、指輪の所有者が現れて指輪に光が宿ったらね。」


「…あの指輪も持ち主を見出して、引き合わせるために運命を操作しているの?」


「だろうね。近いうちに適合者が現れると思うよ。さて、最後に指輪によって覚えられる魔法の具体的な内容だけど…。」


―――――――――――――――――――――――――――――――

【手】の指輪

Lv1.単色(緑) …物体操作(誰でも共通)

Lv2.二色(水色)…?(所有者による)※緑+青で取得

Lv3.全色(白) …?(所有者による)※緑+青+赤で取得

―――――――――――――――――――――――――――――――


「3種類の内1つは指輪特有の魔法で、誰が嵌めても同じ効果の魔法が発現する。でも残りの2つは指輪の所有者によって違って、習得するまではどんな魔法かわからない。これは他の指輪も同様で、どの段階の魔法かは異なるけど1つだけ定まっている魔法があるんだ。」


「その定まっているという魔法とやらで、今の現状が解決できるのか?」


「うーん…やっぱりそれ以外に習得できる魔法にもよるかな。でも、最低でも今までの生活を取り戻すことはできるさ。」


「なるほど。それじゃあ次は私が質問する番だ。」


 今まで腕を組んで背もたれに身体を預けたまま黙って聞いていたザックが、腕を解き身体を起こして言った。


「正直なところ、まだ魔法やら指輪やらについては半信半疑だ。だがそれは検証や裏取りをすればいいだけの話。俺が聞きたいのは、具体的な解決策が何かあるのかということだ。」


「オーケー、ザック。それじゃあこれからのことを話そう。」


 射竦めるようなザックの視線に臆することもなく、ディエゴは堂々と話し始めた。







―――――――――――――――――――――――――――――――

ディエゴ・ロッソ 【筆】の指輪 [属性:緑/状態:緑]

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