4「再び遺跡へ」

 指輪を発見してから六日後、私たちは再び遺跡へ向かうことになった。


 それまでの間は持ち帰ってきた物の研究を教授が進め、トーマスはその助手として働いていた。私はというと、主に家事(料理以外)をしたり教授から課せられたレポートを書いたりしていた。


 今日は研究結果の裏付けを取る調査ということで、この探索が終われば晴れて家に帰れることになる。今日までは集落に泊まり、明日の朝に荷物をまとめてこの地を後にする予定だ。


 私たち三人の前を行く案内役の男は先日とは違う人物だ。前の男は見るからにやる気のなさそうな感じだったが、この男はどこかピリピリとしている感じがする。頻繁に私たちの方を振り返り様子を伺っているが、ちゃんと着いてきているかという確認ではなく、後ろから襲われないかの確認のような素振りだ。


「***。******。」


「*******?」


「**。******。」


 遺跡の入り口に着くと、案内役の男は教授に何かを告げた。教授が何かを訪ねるが、首を振り、遺跡の方を指す。


「どうやら、彼は中まで着いてくるらしい。…が、案内してくれるというよりは監視に近いようだな。」


 教授がさっきのやり取りを説明してくれた。その言葉通り、私たちが中に進むと案内役の男は後ろから着いてきた。そして私たちをジロジロと見てくるので、なんだか落ち着かず嫌な気分になる。


「余計なことをしなければ何もしてこないさ。さて、まずは壁画の配置についての再確認からしよう。」


「はい!」


 教授とトーマスは特に気にしていない様子で、元気よく探索を始めた。私はなんだか嫌な予感を感じつつ、二人の後を追いかけた。


 それから数時間、やっと一通りの確認か終わり、残すは最奥の石板の部屋だけになった。


 そこへ向かう道中、教授は石板に書いてあった文章について語り出した。その話にはトーマスが主に受け答え、私は歩きながら黙って聞いている。案内役の集落の男は変わらず私たちを監視するような目で見ながら後ろを着いてきていた。


「全てを訳せた訳ではないが、どのような構成なのかはわかった。あの文章は前後半に分かれていたのだよ。前半は年表のようなもので、この遺跡に関係のある何らかの出来事について記されている。」


「どういった出来事があったんですか?」


「断片的にしか訳せなかったが、『神』や『王国』それと『賢者』といった単語が並んでいた。かつての王国に一種のカリスマ的な存在がいて、その人物を神格化して祀っているといったところだろうか…まぁ、推測の域を出ないがね。」


「皇帝陛下のような存在ですか?」


「あぁ、大声では言えないがそういうことだろう。」


 私たちの暮らすロイド帝国は皇帝陛下という存在によって治められている。初代皇帝が現人神で超常的な力を以って国を興したという体だ。もちろん本気で信じている国民は殆どおらず、お伽噺のようなものだと理解している。


 そして初代皇帝は二代目にその力の一部を譲渡し、神界に戻り国民を見守っているということになっている。私が初めてこの話を聞いたのは初等部の国語の授業だった。その特別な力は代々の皇帝に受け継がれているとされていて、現代の皇帝で確か36代目だったと思う。


 君主制ではあるが独裁国家というわけではない。実際の政治は国民の代表から選ばれた議会によって行われているため、比較的民意も反映されているのだ。議会にもいくつか種類があったような気もするが、公民の授業は殆ど寝て過ごしていたのであまりよく覚えていない。


 因みに教授が大声では言えないと言ったのは、国内では皇帝の力を疑う素振りは不敬とされているからだ。


「そして後半部分だが…これはソフィア君が口ずさんでいたメラ族の歌がヒントになった。というか、恐らくその歌自体が記されていると考えていいだろう。」


「あぁ、あの訳のわからない…。」


 トーマスがちらりとこちらを振り返る。私の美声でも思い出しているんだろうか。


「一昨日、族長にその歌について尋ねてみたんだが、歌詞の内容はさっぱりわからないらしい。ただ、古くから伝わっている歌だというのは確かとのことだ。この歌にも『神』『王国』という言葉が含まれていることから、王国の繁栄などを願った歌ではないかと考えられるだろう。」


 話しているうちに目的の最奥の部屋へたどり着いた。因みに例の隠し部屋のことは教授が族長に話をしたらしいが、族長もその部屋のことは知らなかったそうだ。


 メラ族はこの遺跡のことをどう思っているんだろうか。住んでいるところにたまたまあった遺跡なのか、それともこの遺跡を厳重に管理しているのだろうか。教授なら知ってるかもしれないけど、特に興味もなかったので聞いていない。少なくとも、隠し部屋の件は大事にはならなかったのは確かだ。


「それにしても興味深いのはやはりこの塗料だな。石板に何かを遺す場合、普通は文字を刻むのだが…。」


 教授はポケットからデジタルカメラを取り出し、画像を眺めながらそう呟く。


「うむ、もう一度確認してみよう。」


「そうですね。」


 目的地の部屋までたどり着いた。相変わらず暗いため、入ってすぐの場所では石板があることすらわからない。教授はランプを掲げて中央奥の方へ足を進め、トーマスはその後を数歩離れて進んでいく。


 教授の持つランプの明かりが二人の周辺を照らし、やがて石板が確認できるようになった。私はゆっくりと後を追いかけ、この前の崩れた壁の辺りに腰を下ろした。ここでも長い確認作業があるだろうから休んでおこうと思ったからだ。そういえばまだ懐中電灯を出してなかったので、バッグから取り出しておくとしよう。


「これは一体…?」


 教授の戸惑う声にそちらを見ると、教授とトーマスの視線は石板を向いていた。何かあったのかと思い、私も石板を見てみたが、石板に記されていたのはやはり不思議な塗料で書かれていた文章だった。どこがおかしいんだろう。


「内容が…変わっている!」


 教授に言われて私も気が付いた。書いてある文字は全く読めないけど、確かに前に見た時よりも文章量が少ない。


「5つの…を…、大いなる…が蘇る?また詩のようなものか?しかし以前の文章は…。」


 教授はぶつぶつと呟き、トーマスは石板を懐中電灯で照らしじっと見つめている。そのときだった。


「ぐぅっ!?」


 声を上げたのはトーマスだ。彼の背後にはいつの間にか案内役の男が立っていた。トーマスは懐中電灯を取り落とし、腹を抑えて膝から崩れ落ちた。じわりと血が広がる。


「***!******!!!」


 案内役の男は血のついたナイフを両手に握りしめ、私たちに向かって何かを叫んでいる。


 この男がトーマスを刺したんだと私が理解すると同時に男はナイフを右手で逆手に構え、教授に襲い掛かった。しかし足元に転がるトーマスの身体に躓き、少しだけバランスを崩してしまった。その隙もあって教授は男の腕を掴み、刺されることを何とか回避できた。


「***!!」


「うおっ!」


だが男の力は強く、教授はそのまま押し倒されてしまう。


「*****…?」


「***!*******!」


 私の知らない言葉で二人は言葉を交わす。しかし男はナイフを力ずくで教授の胸の方に押し進めていく。教授も抵抗するが、力の差は明白でもうすぐ教授の身体にナイフがたどり着くだろう。


「ガァッ!!?」


 鈍い衝撃音と短い悲鳴が聞こえた。私が落ちていた石の塊を男の後頭部に叩きつけた音と、叩きつけられた男の声だ。先日壊れた壁の一部がすぐ近くに転がっていて良かった。


 男は教授の横に倒れ伏しているが動く様子はない。教授は身体を起こして男からナイフを取り上げ、首のあたりを確認した。


「どうやら気を失っているようだ。ソフィア君、ありがとう。助かった。」


「この人はどうして突然襲って来たんですか?」


「わからない…が、私たちを“厄災を齎す者”と言っていたな。…はっ、トーマス君は無事か!?」


 うつ伏せに倒れているトーマスを仰向けに転がし、様子を確認する。額には大粒の汗をかき、苦悶の表情を浮かべてはいるが意識はあるようだ。


 教授はリュックを下ろして上着を脱ぎ、彼の胴にきつく巻き付けて袖を縛った。止血のためだろう。


「とにかく、処置をしなければ…立てるか?トーマス君。」


「はぁ…はぁ…。はい…、なんとか。」


「よし、肩を貸そう。ソフィア君は荷物を頼む。」


「わかりました!」


 三人分の荷物を持ち、懐中電灯で前を照らす。教授はトーマスを支えながら歩いているので、ランプは荷物の中にしまっている。そのため、私が二人の前を照らす必要があった。


「集落に行けば、荷物の中に救急セットがある。そこで手当てをしてすぐに病院へ向かおう。」


 この集落の周りは森で囲まれていて、車で踏み入ることはできない。そのため、森の入り口にレンタカーを停めてある。トーマスを手当てしたとしても、森の中を何十分も歩かなければならない。


 それに森を抜けて車まで戻れたとしても、そこから都市部まではかなり距離がある。この森へやってきたときもホテルから2時間ほど道路を走り、途中から舗装されていない荒野を約3時間かけて走りたどり着いた。車を飛ばしたとしても4時間以上はかかるだろう。それまでトーマスがもつか心配だ。


遺跡の来た道をまっすぐ引き返し、10分程度で出口までたどり着いた。


「さて、帰りの道は確か…こっちだったな。トーマス君、もう少しで集落だ。頑張ってくれ。」


「…はい、…すみま…せん。」


「ソフィア君、さっきの男が目を覚まして追いかけてくるかもしれん。後ろには注意してくれ。」


「わかりました。」


「もし…。」


 教授は小さく呟く。私は二人の後ろを歩いているので、その表情はわからない。


「もし、また襲われるようなことがあったら…君だけでも逃げなさい。」


「でも、」


「私には君たちを無事に帰す責任がある。それに私なら彼らの言葉もわかるし、話し合うこともできるかもしれない。君には先に逃げてもらってロイドに救助を求めて欲しいのだよ。」


「…わかりました。」


 森の中を歩き続け、何とか集落へとたどり着いた。トーマスはまだ何とか意識を保っているものの受け答えが難しい程に衰弱していた。


「*****!」


 見張り番らしき男が私たちに気づき駆け寄ってきた。その手には男の身長よりも少し長い槍を持っている。私は身構えたが、教授が大丈夫だというので襲ってくるわけではないのだろう。


「******?」


 見張りの男が訪ねると、教授は早口で話し始めた。


「****、*******。*****、***。」


 教授の言葉に男は怪訝な表情を浮かべる。


「****?…***、*****。」


 男は独り言のように何かを呟くとどこかへ行ってしまった。


「とにかく住居まで行こう。処置をしなければ。」


「あ、私先に行って準備しておきます!」


「頼んだよ。」


 私は一足先に宿泊している住居へ走って帰り、両手に持っていた二人分の荷物を放り投げて藁の寝床の上に洗濯して干してあったバスタオルを敷いた。


「確か、教授の荷物に救急箱があるって言ってたよね…。」


 そして教授の旅行用のスーツケースを開けて救急箱を探す。中身は几帳面にポーチや箱で小分けされていて目的のものは比較的すぐに見つかった。それを寝床に敷いたバスタオルの傍らに置く。


「他には…何が必要だろう?」


「ご苦労様。すまないが水を汲んできてくれないか?傷口を洗い流しておきたい。」


 少し遅れて到着した教授が次にするべきことを教えてくれた。私は返事をしてすぐに桶を持って井戸へと向かった。


 井戸はすぐ近くの藪の中、集落の外れにある。水の汲み方はこの数日で身についているので問題はない。桶はすぐに水でいっぱいになった。急いで住居へ戻らなければ。


「****!******!」


「**…、*****。」


「******!!」


 住居に戻ると何やら入口付近に集落の男たちが集まっていた。ざっと見ただけでも10人はいるが、屋内にも何人か入っているようで話し声がする。教授の声も聞こえるから、彼らと何かやり取りをしているのだろう。


 トーマスを心配してやってきたのだろうか。とも考えたが、男たちは槍や斧で武装をしていて中から聞こえる声も穏やかなものではなかった。


 このまま戻るのは危ないと思い、建物の裏口から入ることにした。物音を立てずに中へ入ると、すぐそこに私が寝室として使用していた部屋がある。


 一先ず水の入った桶を置き、素早く寝室に入り込んだ。そして部屋に置いてあった荷物から携帯を取り出して自撮りモードにする。それを広間の様子が伺えるようにカメラ部分だけを出入口から外に除かせ、角度を調整した。


 画面には広間の様子が映し出され、教授と集落の男が立って話しているのが見えた。遮蔽物はほぼないので、寝かされているトーマスの様子もわかるが意識があるかどうかまではわからない。


「***!!」


 教授と対峙している屈強そうな男が短く叫び、教授を突き飛ばした。すると周りにいた他の男たちが倒れた教授の四肢を抑えて立てないようにする。そして屈強な男は仲間から大きな斧を受け取り、両手に持って掲げた。


「…おい、やめろ!!*****ッ!!!」


 教授の叫び声が一際大きく部屋に木霊し、聞いたことも無いような音がすると辺りはしんと静まり返った。


 震える手の中の画面には、胴体と切り離されて転がる教授の呆然とした顔が映っていた。

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