3「隠し部屋」

 壁に隠されていた通路の先には小さな部屋があった。埃っぽいその部屋には石でできたテーブルと椅子が1つずつあり、テーブルの上にはスケッチブックくらいの大きさの石板が置かれていた。石板には何も書かれてなくて平らだった。


「隠し部屋か…、それにしても自動で動く仕掛けとは驚いた。動力はどうなっている?」


 教授はぶつぶつ言いながら部屋の中を隅々まで調べている。そしてふいに屈んだと思ったら何かを拾い上げた。


「これは石の塊…には見えないな。」


 教授がそれを石のテーブルに置く。見てみると石の箱のようなもので、側面に切れ目のようなものがある。


「何か重要なものが入っているのでしょうか?」


「もしかしたら財宝かも!」


「そうだな。蓋を取ってみるとしよう。」


 教授は持っていたランプを石板の上に置き、両手でその箱を開けた。いや、開けようとした。


「びくともしないな。トーマス君、頼む。」


「はい、わかりました。」


 若い分、教授よりも握力が強いであろうトーマスが蓋開けに挑戦するがそれでも箱は開かない。


「すみません、僕にも難しいようです。」


「ふむ。もしかしたらこれも用途不明の品かもしれないな。現物を得られるとは運がいい。一先ず持って帰るとしよう。」


 教授は自分の荷物の中にそれを入れようとしたが、どうやら入らなかったらしくトーマスに持つように指示した。


「すみません。僕の荷物もいっぱいです。」


 しかし彼も荷物がいっぱいらしい。全く二人とも私を見習って軽装で来れば良かったのに。私の荷物なんてお弁当(ふかした芋)とおやつ(ふかした芋)と非常食(ふかした芋)だけなんだから。あ、あと水筒も持ってた。因みに懐中電灯は教授から借りたもので私の荷物ではない。


「では仕方ない。ソフィア君、頼んだ。」


「…え?」


「僕と教授は荷物が多いんだ。リュックが空っぽの君が持っていくしかないだろう。」


「…えー!?そんな重いもの無理ですって!」


「いや、そこまでの重量はない。ソフィア君でも持てると思う。任せたよ。」


 そう言って教授は私に石箱を渡す。確かにそんなに重くはないけど、まぁまぁのずっしり感だ。この重さのリュックを長時間背負っていたくはない。どうして石で箱を作ろうと思ったのだろう、絶対木とかの方がいいと思う。


「はぁ…わかりました。」


 私はリュックを広げて少し中を整理する(芋を端に寄せただけ)と、石箱を睨みつけた。


(本当に開かないのかな、これ。)


 未練がましくそんなことを考えつつ、試しにお弁当箱の蓋を開けるようにして力を込めた。


―パカッ


「あ、開いた。」


「…なっ!?」


「…ええっ!!?」


 あっけなく開いてしまった。二人も驚いて私の手と腕と顔を順に見つめる。いや待って、違います、私はか弱い女の子なんです。そんなゴリラを見るような目で見ないでください。


「…きっとあと少しで開きそうだったんですよ!だって、全然力入れてませんから!」


「あ、あぁ…そうか。そうだな、うん。確かにソフィア君の細腕では難しいだろう。それよりもその中身だ、いったい何が入っているんだ?」


 教授に言われて中を見てみると、教授とトーマスも顔を寄せて覗き込んできた。石の箱に入っていたのは私の予想に近いものだった。


「これは…指輪か。…良く見えないな。」


 教授の言う通り、みんなで覗き込んでいるためか箱の中が薄暗くなってしまっていて見づらい。教授は手に取って見てみようと指輪を箱から取り出した。


「…ううっ!?」


 だが、突然ボディブローでもくらったようなくぐもった声を上げて指輪を落としてしまった。指輪が転がる音が辺りに響く。


「大丈夫ですか!?」


 トーマスが咄嗟に教授の肩を持ち支える。


「…あぁ、すまない。突然気分が悪くなってしまった。指輪はどこにいった?」


「えーっと確かこっちに転がったと…あっ。ありましたー!」


 私は指輪を見つけると拾い上げ、石のテーブルの上に置いた。そこで、その指輪の異常さに気が付いた。ランプの光にさらされた指輪は、いや、正確には指輪に嵌め込まれている石は黒く輝いていた。教授とトーマスもその様子を見て驚いている。


「これは一体…。指輪の周りだけが暗い?いやしかし光は絶対に直進をするはずで…。」


 教授はぶつぶつと考察モードに入ってしまった。


「何か仕掛けがあるのかもしれません。ちょっと調べてみます。」


 トーマスはそう言って教授に確認をとって、指輪を摘まみ上げた。


「うっ…!!」


 だが先ほどの教授のように、タンスの角に足の小指をぶつけたような声を出して指輪を取り落としてしまった。再び指輪が転がる音がする。


「トーマス君、君もかね?」


「…えぇ、突然気分が悪くなりました。」


「やはりか…。すまない、ソフィア君。その指輪は君が持っていてくれ。」


「え?持ったら気持ち悪くなるんですよね?」


「君はさっき拾ってみせたじゃないか。」


「…あ、確かに。」


 思えば私は普通にこの指輪を手にすることができている。もしかしたら女性用の指輪で男には触れないとか?


 とりあえずまた指輪を見つけ出して拾い上げたが、特に何ともなかった。それにしても不思議な指輪である。


「教授―。この指輪嵌めてみてもいいですか?」


「…いや、何が起こるかわからない。もしかしたら毒針が飛び出たり、指が切断されてしまったりといった仕掛けがあるかもしれない。やめておいた方がいいだろう。」


「ヒエッ…。」


 私は恐る恐る指輪をリュックの中に放り込んだ。なぜか嵌めた方がいい気がしたんだけど、教授の言う通り罠だったのかもしれない。


隠し部屋には他に何も調べられるようなものはなく、私たちは一旦集落に戻ることにした。教授はテーブルの上の石板も持ち帰ろうとしていたが、さすがに重すぎるのでやめることにした。


 遺跡の入り口まで戻ってくると既に辺りは薄暗くなってきて来ていた。一日中この遺跡にいたのか、どうりでくったくたに疲れてるわけだ。


 外に出ると案内役の男が木を背もたれにしてぼーっとしているのが見えた。男は私たちに気づくと立ち上がり、着いて来いと言わんばかりに顎で帰り道を指し示しさっさと歩いて行ってしまった。


「何ですかあの態度―、ここでサボって昼寝してただけのくせにー!」


「待っていてくれただけ良かったじゃないか。さぁ、戻ろう。」


 そう言って教授は男を追いかけるように早足で歩きだし、トーマスもそれに続く。


「あー、待ってくださいよー!」


 私も疲れた脚でみんなの後を追いかけた。


 集落に戻ると、私は自分の部屋に戻り藁の上に倒れ込んだ。今日はもう疲れたから、少し休んで水浴びしたらもう寝てしまおうと思う。


 教授は持ち帰ってきた物を眺めて研究、トーマスは教授のカメラに記録された画像データを種類ごとに分類する作業をさせられている。因みに私は夕食の支度をするようにと言われているが動く気力もないので、余った非常食(ふかした芋)を献立のメインにしようと考えている。


 例の指輪は私しか触れることができないので、教授に言われるまでは私のリュックの中に芋と一緒に寝かせておくことにした。いや、芋は夕食にするんだった。残念だけど指輪には一人で寝てもらうことにしよう。


「…とりあえず水浴びしよーっと。汗で気持ち悪いし。」


 私は重い体を持ち上げて、干しておいたタオルと着替えを持って水浴び場までゾンビのように進む。


 誤解の内容に言っておくが、体が重いというのは慣用句であって別に本当に重いわけではない。むしろ平均体重よりも少しばかり軽い方だ。私はスタイルも抜群なのだ。友達たちにも、ソフィアって結構ひんny…スレンダーで余計な脂肪ないよね、肩とかこらなさそうで羨ましいなって言われたことがある。そう、私は健康的なのである。モデル体型なのである。


 水浴び場には集落の女たちが何人かいて、水浴びをしながらなにやら歌を歌っていた。彼女たちは私の存在に気づいてもお構いなしに歌い続ける。私は完全に空気的な扱いをされているが、絡まれるよりはマシなのでこちらも気にせず水浴びをする。スタイルの良さを見せつけてあげることにしよう。


 私が服を脱いだ瞬間、女たちから可哀そうなものを見る目で見られた。私のスタイルと比べると締まりのない自分の体型を憐れんでいるのだろう。


 水浴びしている間中、彼女たちは繰り返し同じ歌を歌っていた。よく飽きないものだと思ったけど、こんな未開の地ではテレビもゲームも本も何にも娯楽がなくて、歌うことしか楽しみがないのだろうと思ったら少し可哀そうになった。


 さて、宿泊している家に戻ると教授とトーマスもいなかった。二人も水浴びに行ったのだろうと思い、私は今のうちに夕食を作っておくことにした。


「えんでぃげどーにー、くぇりぁせまる~♪」


 まずはリュックから余っていた非常食(ふかした芋)をとりだして、鼻歌交じりにテーブルに並べていく。


「くぇむーるぁせせきにぇ、はれぁほぬせぉろぁい~♪」


 広間の中央には焚き火用の囲炉裏のような場所があるので、ライターを使って火をつける。


「えびにんそおーいと、うぃけぃくぉんで~♪」


 鍋をヒモ的なものに引っ掛けて火にあたるように調整をする。そして昨日のうちに汲んであった井戸水(教授がなにやら浄水っぽいことをしていたので多分安全)を鍋にどばーっと入れる。


「らーにゃんてんさぇ、ぬぇんぬぉいそ~い♪」


 そして集落の人がくれた肉と葉っぱを鍋に入れて塩を振る。これが煮えればスープの完成である。ついでに鼻歌もいよいよクライマックスである。因みにこの鼻歌はさっき水浴びしていた人たちが何度も繰り返し歌うので覚えてしまったものだ。


「らーしぇんらいてん~…まぎゐれー…ま゜~~~~~~♪」


 歌の終わりと共に、鍋の持ち手をタオル越しに掴み、焚き火の上からテーブルの上に移す。


「…あ、おかえりなさーい。」


 料理に夢中で気づかなかったが、入り口には教授とトーマスが立っていた。おそらく丁度帰ってきたところだったのだろう。教授は興味深そうな目で、トーマスは珍獣でも見るような目で私を見ていた。


「今のは何だ?歌?」


 トーマスがただいまも言わずに私に尋ねる。鼻歌を聞かれていたようだ、恥ずかしい。


「いやぁ、気分が乗っちゃって。てへへ。」


「まぎうぃれ…ま?」


「違う違う、まぎゐれま゜。」


「ま?」


「違う、ま゜。」


「一体どこから声を出しているんだ…。」


 何だかわからないけどトーマスは考え込んでしまった。


「ソフィア君、今の歌は何だい?」


「今のですか?水浴びしてる女の人たちが歌ってたんですよー。」


「…メラ族に伝わる歌か?もしかしたら、あの石板の後半部分…なるほど、通りで解読が困難なはずだ…。おそらくは…。」


 そして教授も考え込んでしまった。このまま放っておくわけにもいかないので、とりあえず食事にしようと思う。


「ほらほら、二人とも座ってください。ごはんできてますよー。」


「あ、あぁ。そうだな、一先ずは腹ごしらえをしようか。」


「そうですね、頂きましょう。」


「はい、スープ用の器でーす。」


 二人が食卓に着くと、私は取り皿を三つ分用意して各々の席へスプーンと共に置いた。


「今日の献立は芋とスープでーす。いただきまーす!」


「「頂きます。」」


 そしてみんなで食事をした後は自由行動になった。教授はトーマスが分類分けした画像データを見ながら何かの解読作業をしていて、トーマスはもう寝てしまっている。


 因みに私の作ったスープは話し合いの結果、残すのは勿体ないということで全てトーマスが食べることになり、私と教授は芋を食べただけだった。私が歌っていた鼻歌が古代文字解読のヒントになったらしく、その功績で明日からの食事当番はしなくてもいいということになった。


「…うぅぷ。肉の臭みと野菜の灰汁が絶妙な塩加減のもと強調されているぅぅぅぅ。」


 トーマスは何やらうなされているようだ。悪い夢でも見ているのだろうか。

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