2「銀髪の美女」

「******、**********。」


「***、*****。」


 メラ族の族長と教授が会話をしている。私にはわからない言葉だったので、族長のおじいちゃんの表情を伺うが歓迎されているというわけではなさそうだ。


 やがて族長が集落にある建物のうちの一つを指さした。それを確認した教授は頭を下げ、懐から袋を取り出して族長に渡した。族長はその中身を確認すると、近くで控えていた集落の娘にそれを渡して指示を出す。更にその隣にいた男にも何か指示を出して去っていった。あとに残された男は私たちにこう言った。


「ツイテコイ。」


 片言ではあるが共通語だった。教授によると、さっき渡した袋は宿泊費代わりの宝石で片言の男は私たちの案内役だそうだ。


 男に案内された建物は、木と藁のようなもので作られていてまるで原始時代の住居のようだった。ここで数日生活すると思うと気が滅入る。幸い、個室のような空間もあるので私はその部屋を使うことにした。


「教授―、お風呂はどうしたらいいですかー?」


 個室に荷物を下ろした私は建物内に浴室がないことに気が付き、部屋から顔だけを出して教授に声をかけた。


「ここの人たちは近くの川で汚れを落としているようだ。集落の女性たちに聞いてみるといい。」


「…マジですか。」


 仕方がないので誰かに聞こうと思ったが、集落の人たちは皆私たちを遠目から見ているだけで積極的に関わる気はないらしく、水浴び場の場所を聞くだけでその日は終了してしまった。そもそも言葉も通じないので身振り手振りだったし、とにかく疲れた。


 教授たちのところへ帰ると、得体のしれないスープが出来上がっていて食べるように言われた。


「メラ族が食べている伝統的な主食らしい。どうだね?」


 教授にそう尋ねられたが、正直なところ美味しくも不味くもないので答えようがない。


「歴史の息吹を感じます。」


「そうだろう、そうだろう。因みにこの料理の名前はヌペペ・ゲゾマと言って、かつてこの地に…。」


 教授の蘊蓄をBGMにしながら食事をすすめる。


「(早く家に帰りたいなぁ。)」


 母の作るシチューの味が恋しくなってきた。まぁ、スーパーで売ってるルーで作ったやつだからどこでも食べられる味だけど。


 そんなこんなで初日は村での聞き込みで一日が終わってしまった。私が水浴び場を聞いて回っている間、教授は族長の家でメラ族についての話を聞いていてトーマスはこの家の掃除をしていたらしい。言われてみれば少しきれいになっている気もするが、元からボロいので大して違いはわからなかった。


「明日はいよいよ遺跡に向かうから、今日は早く休むといい。ここからは実際に古代文明の痕跡に触れながらその都度説明や観察・研究などをしていくことにする。」


「はい、わかりました!」


「りょーかいでーす。」


 食事も終わり、解散して自分の部屋に戻る。言うまでもなくベッドや布団はないので藁の上で寝ることになる。疲れていたが、そうのせいで中々寝付けなかった。


 翌日、メラ族の男に案内されて新しく発見されたという遺跡までやってきた。因みに昨日の片言の男とは別の男である。


「******。」


 着いたぞ。とでも言ったのだろうか、目の前には洞窟の入り口のようなものがある。


「****。****、*****?」


「…**。***、****。」


 教授が何やら尋ねるが、男は首を横に振り近くにあった岩の上に寝転んで昼寝を始めてしまった。


「中も案内してくれるかお願いしたんだが、ここまでのようだ。仕方ない、我々だけで進むとしよう。」


 教授を先頭に、私とトーマスも洞窟の中に入る。中は石造りの壁と通路が長く伸びていて、まるでゲームみたいだなと思った。


「教授、壁画があります!」


「うむ。遺跡の壁に当時の出来事や遺跡ができた当時に起こった歴史的事件などを記しているのだろう。他の遺跡にも同様の特徴がある。」


 そう言って教授はデジタルカメラを荷物から取り出すと、おもむろに写真を撮り始めた。


「今は情報の収集に努めて、帰ってから解読作業を行おう。話によれば、一日あれば一通りの部屋を見て回れるはずだ。」


「はい!」


 元気に返事をしたトーマスも自分の携帯を取り出し、壁画を写真に収めていく。私は特にやることもないので、ぼーっと立っていた。


「教授!部屋があります!」


「うむ、入ってみよう。」


「教授!何かの道具が置いてあります!」


「うむ、調べてみよう。」


「教授!ここにも壁画です!」


「うむ、写真に残そう。」


「教授!虫です!」


「うむ、刺されないように気を付けよう。」


 といった具合でトーマスと教授が遺跡を探索していくのを私は後ろからついて行きながら眺めていた。遺跡は下層に行くほど暗くなり、ついには完全な暗闇になってしまった。教授がランプを持ち、トーマスと私が懐中電灯で辺りを照らしながら進んだ。


「ここが最奥のようだな。」


 やがて遺跡の最深部にたどりつくと、そこはやや広めの空間だった。部屋の中央奥部には一段高い床があり、その上には平らな石板が台座の上に乗せられている。


「これは…古代文字のようだが?」


 教授が石板を見てそう呟く。石板には古代文字で何かの文章が記されているが、見たこともない文字で書かれていた。教授は石板の文字をそっと指でなぞると驚いたように息をのんだ。


「信じられない。これは彫られているわけではなく、何かの塗料で書かれているようだ。」


「…それは、すごいことなんですか?」


 なぜ教授がそんなに驚いているか分からず、聞いてみることにした。


「あぁ。普通は長い年月の間に塗料が削れてしまうだろう、たとえこんな誰も訪れないような地下にあろうとね。だが、この古代文字はまるで最近書かれたようだ。」


「誰かが最近ここに来て書いたということはありませんか?」


 トーマスが訪ねると、教授は少し思案して頷いた。


「その可能性もあるな。だが、その場合は目的がわからない。ここはメラ族の者ですら年に一度しか訪れないような場所だ。そんな人気のない遺跡の石板にこれを書き込む理由があるとは思えない。それに、もし誰かの仕業だとしたらこの石板はただの平らな石でしかなかったことになる。」


「なるほど。確かに何も書かれていない石板をわざわざこうやって台座に乗せる意味もないですね。」


「あぁ、だがもしかしたらこれが書かれた当時から現代に至るまで塗料が落ちないように重ねて書いてきた可能性もある。あとは…。」


 教授とトーマスの考察トークが止まらないので、私は壁を背もたれにして休むことにした。


「ふぁー、疲れたー…。」


 ぐぐぐと両腕を上に持ち上げてストレッチをしながら、壁に背中から身体を預けた。すると右肩付近で何かが滑り落ちるような気配がして、ゴトリと足元で音がした。懐中電灯で照らすと、そこには壁材であった石が転がっている。


「やば…。」


 冷汗が身体から吹き出るような感覚がする。遺跡の壁を壊してしまったらしい。重要な文化財だよね、遺跡って。え、もしかして逮捕されちゃう?それとも弁償?


「どうした、ソフィア君?」


 音に反応した教授がこちらにやってくる。証拠を隠滅する?いや、無理。もうランプの光が届く範囲に私の身体が入ってしまった。下手なことはできない。こうなったら正直に…


「…ッ!これは!!」


「ごめんなさいいいいい!!」


 教授が駆け寄ってきて、崩れた壁をまじまじと見ている。すごい形相だったから間違いなく怒られるだろうと思い咄嗟に謝ったのだが、教授は特に怒る様子はない。


「…教授?」


「これは…何の模様だ?」


 そう言って教授は荷物の中からノミのようなものとハンマーを取り出して、突然壁を壊し始めた。


「どうしたんですか!?」


 トーマスも教授の奇行に慌ててこちらへやってきた。教授は研究ばっかりで頭がおかしくなってしまった。そこに私がやらかしちゃったからショックでついに暴走してしまったのだ。


 …というわけではなく、教授は壁の奥に何かを見つけたようだ。


「見てくれ。」


 教授に促され見てみると、何かの模様のようなものが刻まれていた。その模様も石板の文字と同様に何らかの塗料で書かれているようだ。


「すごい!まさかこんなものが隠されているなんて!!」


 トーマスが興奮して身を乗り出すと、私は体勢を崩してしまった。慌てて壁に手をつこうとおもったら、うっかりその模様に触れてしまった。でも転ばなかったから良かったとしよう。


 すぐ近くからくぐもった音が響いた。擬音で表すなら、ゴゴゴゴゴ…っていう感じ。


「な、なに!?」


 突然の出来事に咄嗟にトーマスにしがみついてしまったが、彼は冷静に音のする方へ懐中電灯を向ける。


「そんな…馬鹿な。」


 そこにあったのは、さっきまでは存在しなかった一本の通路だった。教授はすぐに通路へ向かう。


「…放してもらっていいかな?」


 トーマスに言われて、しがみ付いたままだったことを思い出した。別にこっちだって好きでくっついているわけではないのですぐに彼を開放した。すると、照れる様子などは一切見せずに教授の元へ向かっていく。


「…私、これでも結構モテるんだけどなぁ。」


 勘違いしないでもらいたいが、トーマスが女に興味のないタイプのガリ勉君なだけで、決して私はブスではない。むしろ美人と言ってもらって差し支えない容姿だ。髪は綺麗な銀髪のストレートロング、肌はきめも細かく美白で目鼻立ちも整っている。友達からも、ソフィアは黙ってたら雪の妖精みたいに綺麗なのに勿体ないねって言われたことがある。そう、私は美人なのである。クールビューティーなのである。


 そんな私の心の叫びを余所に、古代文明バカの男二人は通路の奥に進んでいってしまった。こんな暗いところに置いて行かれるのも嫌なので私も急いで追いかけることにした。

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