2章 青の指輪編
1「遺跡調査へ」
私がその指輪を手に入れたのは、偶然だった。…と思う。考古学とかは全然興味ないし、単位のために仕方なく着いて行っただけだし。それに指輪を見つけたのも本当たまたまだった気がする。でもそのせいで大変なことになった。本当もう最悪だと思った。
始まりは大学でゼミの教授に相談を持ち掛けたことから始まる。
「学籍番号31-7767、ソフィア・ウリヤーナ君だったね。先日の課題で不可の判定をとっていたから印象に残っているよ。」
考古学教授ロイス・フィロー(51歳)は小さな丸眼鏡越しに値踏みする様な目で私を見下ろした。いや、実際は教授が椅子に座っていて私が立っているから見下ろしているわけではないんだけど、教授がふんぞり返って手と足を組んで顔は上を向きつつ目線を下に向けているから見下ろしてるように感じた。
「課題のレポートは読んだよ、大変素晴らしい内容だった。フィドリー博士に称賛の拍手を送りたいね。」
「あはは…、バレました?」
「ふむ…。バレるというのは何か隠し事を暴かれたときに用いる言葉だ。君の提出したレポートは誰が見てもコピー・アンド・ペーストなのは明らかだから、この状況では相応しくない言葉だと思うがね。」
「あはは…、すみませんでした。」
「そもそも、古代マギア文明の滅亡についての論文を課題として提示したはずだったんだがね。君が提出したフィドリー博士の論文はアブール地方の地質・気候・生態系調査から推測される生物分布の移り変わりについての研究記録のようだが?」
「それは…その、マギア文明は今のアブールで興ったということで…そのぅ…他の皆とは違う観点からその滅亡を解き明かそうかと…。」
「ほう。それで文明はどのようにして滅びたと君は推測するんだい?」
「えっと…新しくやってきた動物が新種のウィルスに侵されていて、それが国中に拡がった?みたいな感じです。」
「…はぁ、もういい。要するに君は碌にゼミにも参加せずに私の講義もすっぽかして遊び惚けていたんだろう?そして卒業単位まで一歩及ばずにいる、と。」
「…おっしゃる通りです。」
「課題の再提出を許可したとしても、君に可を出せる程のレポートが書けるとは思わないがねぇ…。」
「そこを何とかお願いします!何でもしますから!…その、えっちなこと以外なら。」
「私が性的奉仕で単位を授けるような人物に見えるのか、君は。心外だな。」
「あわわ、ごめんなさい!そういうわけじゃないです!」
教授の気分を害したらまずい。そう思って慌てて謝る私を尻目に教授は手帳を取り出してぱらぱらと捲る。
「まぁ、私も鬼じゃない。前途ある若者の未来を摘むような真似はできればしたくない。とはいえ、勉強不足な君に単位を与えるわけにもいかないのだよ。そこで、だ。」
教授は手帳を片手でぱたんと閉じて、こちらを見る。私は教授の次の言葉を待った。
「実は新たに発見されたマギア文明の遺跡調査の許可が下りたのだよ。ちょうどその調査に連れていく助手を捜していてね。特別課外授業として単位を与えることも可能だが、どうする?」
「行きます!」
「宜しい。既に一人、助手を志願してくれた学生がいるから詳細は彼に聞いてくれたまえ。学籍番号31-7701、トーマス・アライアン君だ。君の連絡先を彼に伝えても構わないかい?」
私は了承し、電話番号を書いた紙を教授に渡した。遺跡調査とか正直全く行きたくなかったけど、単位の為だから仕方ない。この時はそう思ったのだが…今となっては後悔している。
出発はそれから3日後だった。目的地である遺跡はアブール地方にあり、私の国ロイド帝国とは陸路で繋がっている。だから飛行機ではなく、電車を使って行くことになった。
道中は特に何も起こらずに無事、目的の駅にたどり着いた。まずはロイドの西の端にある終点の駅まで行き、そこからはレンタカーを借りて車で進む。運転は助手のトーマスと教授が交代しながらしている。私は運転免許を持っていないからのんびりと後部座席で携帯を弄っている。
でも残念ながら途中で電波が入らなくなっちゃった。携帯ナシの生活なんて耐えられるかしら。友達と卒業旅行の計画立ててたのに本当マジ残念だと思う。
「あれが国境だ。我々は古代文明発祥の地へ足を踏み入れようとしている。」
「いよいよですね、教授!」
トーマスは目を輝かせている。教授と彼はさっきから私には意味の分からない言葉ばかりを使って会話をしている。面白い会話でレディを楽しませようという気は微塵もなく、延々とつまらない話をしていてこっちを気遣う様子もない。この人たちはモテないんだろうなー、と思った。
「入国許可証を拝見します。」
国境は鉄線で囲まれていて、通用口に守衛みたいな人がいた。その人が運転席の教授に許可証を求める。
「ソフィア君、私のリュックを寄越してくれるかね?」
後部座席には全員分の荷物が置いてある。私は言われたとおりに教授の古臭いリュックサックを渡した。教授がその中をごそごそと探り、一枚のカードを守衛に差し出した。
「はい、結構です。お気をつけて。」
守衛はそう言って、許可証を教授に返した。今、お気をつけてって言わなかった?危ない場所なの?気になって教授に聞いてみたら、猛獣が出ることがあるそうだ。勘弁してほしい、どうか無事に帰れますように。
夕暮れまで車を走らせると、街にたどり着いた。今日はここのホテルに泊まって、明日になったら目的の遺跡まで行くそうだ。そして私は更に最悪なことを聞いた。
「いや、前に説明したよね。暫くは遺跡近くの集落に宿泊するって。」
「うそ!聞いてない!」
「いや…確かに説明したし、君に渡したスケジュールにもそう書いてあるでしょ?」
トーマスは困ったような呆れたような顔で、自分のリュックから取り出した予定表らしきものを私に見せた。受け取ったような気もするが、全く目は通していなかった。
「話をきちんと聞かなかった君が悪い。諦めたまえ。」
教授がそう冷たく言い放つ。はぁ、もう仕方ない。せめて今日はホテルで美味しいものを食べてゆっくり温泉にでも入ろう。何かお土産とか売ってるかな?
「食事の後は明日訪れる遺跡や近くの集落についての講義を行うから、私の部屋までくるように。」
「…拒否権は?」
「君は学ぶために同行しているんだろう?それとも単位はもう不要かね?」
「…。」
「教授に個人的に講義してもらえるなんて光栄なことなんだよ?」
トーマスはそう言って、教授の過去の研究の実績などを語り始めた。
「あーもう、わかりました。ご飯食べてお風呂入ったら行きます!」
面倒だったので私は自分の部屋の鍵をひったくって部屋に向かい、大きな荷物を床に放り投げてベッドにダイブした。ふて寝である。食事は1時間後だからそれまでおやすみなさーい。
「さて、それでは簡易的ではあるが講義を始めよう。」
食事と入浴を終え、渋々教授の部屋に入ると既にトーマスはやってきていてすぐに講義が始まった。私とトーマスは教授が執筆した古代文明についての本を開いている。
これはもともとゼミに参加した際に買わされたもので、私のものが新品同様な状態なのに対してトーマスのものはかなり使い込まれている様子だった。その違いを見て教授はため息をつきつつも、講義を始めた。
「まず、古代マギア文明の興りと滅亡の時期についてだが…ソフィア君、わかるかね?」
「うーんと…2億年くらい前ですか?」
「…そうするとマギア人は恐竜だったことになるね。トーマス君、正解を。」
「はい。出土品の技術による推測は極めて難しく、5000年前とする説もあれば僅か1500年前であるという説も存在します。」
「そうだ、つまり全く分からないというのが現時点での最適解というわけだね。」
「(答え、ないんかーい。)」
「最も、歴史の長いロイド帝国が興った時代には既に存在していなかったとみられることから、少なくとも1000年以上は前に滅んだということは確実だ。では、先ほどトーマス君も言っていたが、出土品に大きな特徴がある。ソフィア君、答えてくれたまえ。」
「えーと…すごく高度な技術で作られている、とか?」
「うむ、ある意味では正解だ。だが、注目すべきはその技術の差だ。高度な製法で作られた金属を使用した剣もあれば、石や粘土で作られた食器も出土している。とても同じ文明の中で生産されたとは考えにくいものが他にも多々見つかっている。…これは文明があまりにも長きに渡って栄えたが故の技術発展と見なす声もあるが、私はそうではないと考えている。トーマス君、その根拠は?」
「はい。品質差のある道具が同一の遺跡にて発掘されたため、それらの道具は同時期に使用されていたと考えられるからです。」
「その通り。それではどうしてこのような差が生まれたのかだが、予想できるかい?」
教授は再び私を指し示した。わかるわけないし、食後だから眠気がやばい。適当に答えておこう。
「魔法で作ったんじゃないですか?」
「…突飛な発想は時に大きな手掛かりに気づかせてくれるが、さすがに魔法は突飛すぎるね。」
隣ではトーマスがクスクスと笑っているが、もう苛立つ元気もないほど眠かった。
「私は、貴族と平民との生活水準の差が大きいのだと仮定している。形式的に貴族と平民と呼んでいるが、実際にはもっと大きな違いを持つ2種類の人種がいたと思われる痕跡が多数あるからだ。痕跡についてはその本に記してあるからあとで確認してほしい。」
教授の言葉に、トーマスはシャアゴッ!と勢いよくペンをノートに走らせた。見てみると、「コンセキ」と書いた文字が力強い丸で囲まれていた。後で確認するつもりなのだろうけど、その剣幕がちょっと面白かった。
「教授、その2種類の人種とはどういったものでしょうか?」
トーマスは元気に手を挙げて質問をする。
「あぁ。端的に言うと、独自の技術を持つ種族と一般的な種族だ。古代マギアで暮らしていた人々のうち、一般的な人々とは違った特別な技術を持った集団が存在していて、彼らはそれを何らかの理由で世間に広めていない。そう仮定すると様々な疑問点が解消できる。また、この説を裏付けるような出土品がある。ソフィア君、何だと思う?」
「はにわです。」
「違います。」
「残念です。」
「…ゴホン。出土品の中に、使用方法が不明のものがいくつか存在する。使用方法が不明と言っても何に使う道具なのかは想像できる。調理器具や掃除用具などの日用品や弓矢や剣といった武器などだね。だが、調理器具には薪や油をくべる場所もないし弓には弦も無く剣は柄の部分だけの物もあった。これでは使うことはできない。」
「教授、それは祭事用の飾りだったのではないですか?」
「いいや。私もそれは考えたんだが、飾りにしてはパーツが精巧に作られているし使い込まれたような傷もある。実際に使用されていたとみて間違いないだろう。」
「ふわあああっ…。あ、ごめんなさい。」
ついつい欠伸が出てしまった。だってもう眠いんだもん。
「ソフィア君は限界みたいだね。まぁ、そろそろいい時間だしまとめよう。」
お、やっと終わるみたいだ。やったー。
「明日向かう遺跡にもそう言った道具が眠っているかもしれないし、もしかしたら何らかの記録媒体がある可能性もある。些細なことでも気づいたことがあれば私に報告してほしい。また、明日から宿泊する集落でも貴重な話を聞けるかもしれない。その集落で暮らしているのはメラ族といって、彼らの使用する言語とマギア文明の古代文字には共通する言葉もあってね。」
教授は持っていた本を閉じつつ、キメ顔でこう言い放った。
「メラ族は…マギア文明の末裔である可能性が高い。」
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