14「2つ目の指輪」

 IPOのザック司令官に案内され、IPOの敷地内を進んでいく。


 敷地にはIPOの本部の他に兵舎、研究所、演習場兼飛行機発着所、病院などが併設されている。研究所では多岐に渡る分野で最新の科学技術が研究されていて、その隣の病院には最先端の医療技術が集約されているということを昔テレビで観た記憶がある。


 IPO本部はグラディの北西、ロイド帝国の隣に位置するユール連合諸国に存在する。この国は複数の国々が統合してできたもので、同じ国内でも地域によって国民性が異なることが面白い。それぞれの地域で政治の基盤も異なっていて、各地域の政治的代表者が集まり評議会を形成している。その中から全国民の投票によって評議長を選ぶ。実質的にその評議長が連合諸国の顔となるわけだ。


 世界旅行の最後に俺も行く予定だったが、こんな形で訪れることになるとは思ってもみなかった。しかもIPOの本部に来られるって中々貴重な経験だと思う。


「お疲れ様です、ノーザン司令官。そちらがシキシマ様ですね?」


 研究所の入り口で受付のお姉さんがザックに頭を丁寧に下げ、微笑みながらこちらを見る。


「あぁ。所長はいるかい?」


「所長は現在、先日搬入された巨大サイの解剖記録を確認、分析するために第4研究室におります。こちらで連絡をしておきますので、応接室でお待ちください。」


「わかった、ありがとう。…というわけだ、リョウ。エレベーターに乗って応接室に向かおう。」


「わかりました。」


 ザックが歩き出すので、受付嬢に会釈して追いかける。先日のサイは既にここに運び込まれていたようだ。重くて大変だっただろう。


 エレベーターで最上階に上る。廊下に出るといくつかの扉があり、そのうちの一つの前でザックは止まった。扉には何かのプレートが掛けられているが、読めなかった。おそらく応接室と書いてあるのだろう。


「ここが応接室だ。とりあえず中に入ろう。」


 ザックに促されるまま、その部屋に足を踏み入れた。そこはこれぞ応接室、というくらい想像通りの雰囲気だった。ソファの傍らに一人の男性が立っているが、彼が所長なのだろうか。その男性はまだ若く、茶色の髪をオールバックにして眼鏡をかけている。服装は意外なことにスーツである。研究所の所長と言えば白衣を着ているイメージだったが。


「お待ちしていました。どうぞお掛けください。」


 その男性は丁寧なお辞儀をすると、俺たちにソファに座るように手で差し示した。随分と丁寧な人なんだなと思ったが、ザックが何も言わずに座るので俺もそれに倣う。


「シキシマ様ですね。私は研究所所長の秘書をしております、レナード・サンベルクと申します。」


 と思ったら違った。なるほど、研究所の所長ともなれば秘書がいるのか。忙しそうだもんな。俺は秘書のレナード氏に軽く挨拶をした。


「シキシマ様、ノーザン司令官。何かお飲みになりますか?」


「それじゃあ、私はコーヒーを。砂糖はいらない。」


「じゃあ俺もコーヒーでお願いします。砂糖もお願いします。」


「かしこまりました、暫くお待ちください。」


 そう言ってレナード氏は奥の部屋へ引っ込んでいった。秘書というかまるで執事のような雰囲気である。


「所長ってどんな人なんですか?」


 特にすることもないのでザックにそう尋ねてみた。すると彼は「そうだなぁ…。」と少し考えた後にこう答えた。


「一言で言うと、『天才』だな。あらゆる科学分野に精通していて、その全てで多くの発見や研究結果を残している。この研究所には様々な分野の研究室があるんだが、その全ての研究を統括できる人物は他にはいないだろう。」


「すごい人なんですね。」


「あぁ。だが、研究以外のことは全くの無頓着でね。研究に没頭していると時計を見ることすらしないから、面会をするのも一苦労さ。でも今回はすぐに現れると思うがね。」


「どうしてです?」


「発見されてから何年もの間、何一つ研究が進まなかったその指輪の手がかりが掴めそうなんだ。きっと何よりも優先するはずさ。…ほら、噂をすれば。」


 廊下からバタバタと人が走る音が聞こえて来て、やがて応接室の扉が勢いよく開かれた。


「はぁ…はぁ…。ゆ、指輪!本当に光ってる!!」


 部屋に入ってきたのは小柄な女性だった。その女性は俺の手にある指輪を確認するや否や、走り寄ってきて俺の手を思いっきり掴んでまじまじと観察を始めた。


「緑色の光…これは光源が中の鉱石部分に仕組まれているの?それとも鉱石自体に何らかの発光、或いは蓄光能力が…いや、だとしても…。」


 何やらぶつぶつと呟いているが、そろそろ手を放してほしい。どうしようかと思っていると、


「所長。まずはご挨拶からです。」


 なんと、いつの間にか戻ってきていた秘書のレナードが彼女の頬を後ろから両手で挟み、俺の方に向けた。ぐいっと。流れるような雑な扱いに驚きを隠せない。


「ふぁあっ!ふぉふぇんふぁふぁいい!」


 そう言って彼女は俺の手を開放してくれた。まさかとは思ったがやはりこの女性が所長のようだ。白髪で白衣の眼鏡をかけたお爺さんを想像していたのだが、全く違った。


「…え、えっと。リリス・フィドリーです。この研究所の所長をやってます。」


 リリスと名乗った彼女はソファに座りぺこりと頭を下げた。何だか動きが小動物みたいな人だな。年齢はおそらく20代、10代にしては新鮮さがないし30代にしては落ち着きがない。だから多分20代だと思う。茶髪で白衣の眼鏡をかけた若い女性なので、予想的中率は40%だな。うん。


「敷島亮です。宜しくお願いします。」


 こちらの情報は既に伝わっているだろうから手短に自己紹介をすると、レナードがコーヒーをテーブルに置いてくれた。まずは俺の前、次にザック、最後にリリス所長、そして角砂糖がいっぱい入った容器をテーブルの中央に置く。


「では、私は執務室で雑務処理をしますので。」


 そう言ってレナードは去っていった。リリスは容器に入っている砂糖を小さなトングでせっせと自分のコーヒーに運んでいる。コーヒーには砂糖の氷山が浮かんでいる。


「甘党なんですね。」


「へ?いやぁ、カフェインと糖を効率的に摂取するにはこれが手っ取り早くて、あはは。」


 俺の問いに研究者らしいんだかそうじゃないんだかよくわからない返答が返ってくる。


「こっちは見てるだけで胸焼けするぜ。」


 彼女のコーヒーを見たザックはそう言って顔をしかめた。


「で、シキュシ…シキシュ…シキシュマ…、シキ…。」


「リョウでいいですよ。」


 そういうとリリスは安堵の表情を浮かべた。よほど言いにくかったのだろう。


「じゃあリョウくん。まずはキミの特殊な力を見てみたいんだけど、いい?」


「えぇ、わかりました。」


 俺はテーブル中央に手をかざすと、砂糖を2個空中に浮かべて自分のコーヒーの中に落とし入れた。


「本当に物体に触れずに干渉してる…。磁力…、斥力…いや、不可能だわ。ねぇ、リョウくん。どれくらい重たいものまで動かせる?」


「そうですね、限界を計ったことはないですがバスくらいなら持ち上がります。ただ、重いものほど動かせる速さが遅くなってしまいますね。」


「なるほど、力学的エネルギーは保存されているみたいだね。一応物理法則には則っているのか…。他に何か制限はあるの?無尽蔵で物を動かせるってわけではないよね?」


「確かに、沢山動かすと疲労感はあります。疲れ切っていたら影響が出るかもしれません。」


「なるほどなるほど…じゃあ次は…。」


 そういった具合で質疑応答が続く。この力の使い方から始まり、実際にどういう局面で使用したのかなど。指輪を身に着けたときの感覚は説明するのが難しかった。その間ザックはゆっくりとティータイムを満喫しているようだった。


 話をしていく中で、逆にこちらも新たなことがわかった。どうやら俺が何かをぶつける攻撃は、狂暴化した動物に対して限定的に通常よりも強力な攻撃になっているだろうとのことだ。


 本来、小石などを超高速でぶつけても狼の体の一部を貫通するだけであり、即死させることは難しいとのことだった。何か特別な要素が働いていると予測される。


「やっぱり、指輪と動物の狂暴化には関連性があるとみていいだろうね。」


 リリスはそう結論付けた。この辺りの話になるとザックも真剣な表情で話を聞いている。


「さて、そろそろ例の指輪を試してみないか?」


「うん、そうだね。じゃあ研究室まで行こうか。」


 ザックの言葉で俺たちはソファから腰を持ち上げた。コーヒーは既に三つとも飲み干されていた。結構長いこと話していたせいか身体が強張っていたので、ぐっと伸びをすると部屋にあった電話が鳴り始める。


 リリスは電話に歩み寄り、受話器を取った。


「どうしたの?うん、そう。…え?」


 通話をしながら彼女はこちらをちらりと見た。俺に関係することなのだろうか。


「いや、彼はここにいるよ。何かの間違いじゃない?…うん、そうだよ。シキュ…ごほん、リョウくん。」


 やはり俺のことらしいが、何か様子がおかしいな。


「…なるほど、わかった。とりあえずこっちに案内して。うん、それじゃあ。」


 そして彼女は通話を終えると、俺たちに言った。


「どうやらリョウくん以外の指輪の所有者が現れたみたい。」

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