12「トンネルにて」
列車の旅は新鮮だった。遠くの山々を窓から眺めながらエイミーたちと取り留めのない会話をして時間を潰す。1時間ほどそうしていたが、話す話題もなくなったのでトランプ大会が始まった。
「同じのないなー。」
エイミーの2番目の弟が座席から降りて、座っていた座席をテーブル代わりにしてババ抜きを始める前の準備を行う。
「ちょっと、1枚落ちてるよ。ほらこれもペアになるでしょ?あ、あんたジョーカー持ってるじゃん!あんたから引くの私なのよ?もー!」
エイミーがその準備の手伝いをしている。私は既に準備が終わっていて、リュートは両手でカードの扇を持ちながらペアをまだ探しているよだ。それから少しして全員の準備が整った。
「よし、始めよう!まずは私が引くわね!」
エイミーのターンからババ抜きが開始した。彼女が早速弟の手札からカードを引くと弟は喜び、エイミーはがっかりした。
「やったー!ねーちゃんババひいたー!」
「あー!やっちゃったー!」
もちろんわざとである。エイミーは弟の手札を作るのを手伝っていたので当然どれがジョーカーなのかはわかる。なんだかんだ文句を言うこともあるが、彼女は弟思いなのだ。
「じゃあ次はアイラね。ほら、これがジョーカーよ?」
そういってエイミーは扇状に拡げたカードの中の1枚を少し上に持ち上げて指さした。いつもの戦法である。
「じゃあ、これかな?」
私は持ち上げられたカードをそのまま引き抜いた。引いたのはダイヤのJ、ジョーカーではない。そして私の手札にはスペードのJがあるので、ペアが完成した。
「失敗したかー!なんかいつもアイラにはジョーカーを引かせられてない気がする。」
エイミーは頻繁にこの戦法を取るが、毎回ジョーカーの場所はランダムだ。しかし、私はどこにジョーカーがあるのかがわかる。彼女はカードを持ち上げてジョーカーだと宣言するときに本物のジョーカーをチラっと見る癖があるのだ。
「日頃の行いがいいからだね、きっと。」
当然種明かしはしない。単純に勝ちたいというのもあるし、隣で見ているリュートが「アイラ姉ちゃんスゲー!」と尊敬の眼差しで見てくれるからだ。
「はい、それじゃあ次はリュートだね。」
私はそろったJのペアを場に捨てて、リュートに手札を拡げて見せた。
勝負は順調に進み、最後に残ったのはエイミーとリュートだ。戦いも最終局面を迎えており、リュートの手札は2枚、エイミーの手札は1枚である。そして今はエイミーがカードを引く番、ジョーカーを引かなければ彼女の勝ちだ。
「リュート…これがジョーカーでしょ?」
エイミーは片方のカードを指し、尋ねる。
「違うよ?もう片方だよ」
リュートは否定するが、隣に座っている私にはそれが嘘だとわかる。そしてエイミーもリュートの泳いだ目を見て嘘だと確信したようだ。このままではリュートの手元にジョーカーが残ることになる。
だが、決着はつかないだろう。なぜならエイミーの手札とリュートの手札に共通する数字はないのだから。おそらく最初にペアを捨てる段階で誰かが間違えてしまったのだろう。その結果、この勝負は敗者が決まらないまま終了することになる。エイミーがわざとジョーカーを引いてもそれは変わらない。
「…あ!」
エイミーが声を上げた。どうやら勝負はお預けらしい。列車がトンネルに入り、辺りが暗くなってしまったのだ。
「暗い!何これ!?」
リュートとその弟が声を上げる。二人はトンネルが初めてのようで突然のことに驚いている。私とエイミーはバスでトンネルを通ったこともあるため、驚くようなことはない。
「これはトンネルだね。山の中を通る道だよ。」
「これが…トンネル…。」
私が説明するとリュートたちは感動した様子で呟いた。砂遊びで砂の山を作ったり、本で読んだりとトンネル自体は知っていても実際に自分が初めて通ることに感動しているのだろうか。
トンネルの中の明かりは点々と配置してあり、列車内は明暗を繰り返している。これではカードの柄を確認するのも大変だ。
「残念だけど、トランプはここま…でっ?!」
「うわああああ!」
エイミーと2番目の弟くんが突然耳を塞いで呻きだした。周りの座席からも悲鳴が聞こえる。見回すと、全員が耳を塞いで苦しんでいる。
「ど、どうしたの!?」
私は特に何も感じないが、周りはみんな苦しんでいる。いや、私の他にも無事な人間がいた。
「アイラ姉ちゃん!みんなどうしたの!?」
リュートも無事のようだ。理由はわからないが私たち二人以外はみな嫌な音に苦しむように耳をおさえている。
「きゃっ!」
「うわ!?」
突然の揺れと共に甲高い音、列車のブレーキ音が響く。緊急事態に運転手が列車を急停車させたのだろう。いや、もしかしたら運転手も同じように苦しんでいるのかもしれない。
私は咄嗟にリュートを引き寄せ、抱きしめる。急ブレーキの慣性によってそのまま私たちは進行方向に投げ出され、エイミーたちにぶつかった。他の席の乗客たちも同様だ。暫くして列車は何とか停車した。
「いつつ…大丈夫?」
「うん、アイラ姉ちゃんありがとう。」
どうやらリュートは無事らしい。
「ごめん、エイミー。痛かったでしょ?」
下敷きにしていたエイミーから身体をどかして、彼女に声をかけるが反応はない。
「エイミー!?」
慌てて呼吸を確認するが問題なく呼吸はしている。どうやら気を失っているだけのようだが表情は優れない。他の乗客たちも同様のようで、一部まだ意識のある人もいたがすぐに同じように気を失った。
「ねぇ…みんなどうしちゃったの?」
「わからない、でも…。」
私はエイミーの隣にいる弟君の呼吸を確認する。どうやら息はあるようだ。立ち上がり、通路の反対側の両親やエイミーの家族も確認するが気絶しているだけで全員呼吸はしている。しかし、苦しそうな様子ではある。意識が微かにあるのだろうか。
「とりあえず命に別状はなさそうみたいだね。」
心配そうなリュートにそう言葉を返した。
「とにかく、このままじゃ良くないよね。私たち以外に無事な人がいないか捜してみよう?」
「うん、わかった。」
リュートを連れて私は列車内の探索を始めた。薄暗いので、通路に倒れこんでいる人を踏まないように気をつけながら進む。さっきの急停車の衝撃で座席から落ちてしまったのだろう、私たちは可能な限り倒れている人を座席に座らせてあげた。
「だれか無事な人はいませんか?」
リュートの手を引きながら隣の車両、その次の車両と声をかけていくが反応はない。やがて最後尾の車両にたどり着いたがここも同様で、残すは私たちの車両よりも前の車両だけだ。と、その時だった。
「うわっ!」
「…っ!」
突然窓の外を黒い影が横切った。鳥のように見えたが、何だったのだろう。
「アイラ姉ちゃん、今の何?」
「…わからない。もしかしたら、狂暴化した鳥かもしれない。」
「…!」
しまった、リュートを怖がらせてしまった。
「大丈夫、鳥くらいだったら私が倒しちゃうから安心して!」
「…本当に?」
「もちろん。こう見えてまぁまぁ運動神経いいんだから。」
そういうとリュートは少しだけ安心したようだ。虚勢を張ったが私の運動神経は中の上くらいで、正直戦うのは苦手だ。でも、その時はやるしかない。何か武器になる物がないか探してみよう。
私たちはとりあえず元居た車両に戻り、両親たちの持ってきた荷物を広げて確認してみることにした。
「ナイフ…!」
母の旅行鞄のなかから果物ナイフを見つけた。ナイフと共にリンゴも見つけたのでとりあえずそれをリュートに渡す。
「お腹空いてきたでしょ?おやつにしましょう。」
「…うん、ありがとう。」
リュートはリンゴを受け取ると、シャツで少し拭いてそのまま齧りついた。今日は首都に到着してからレストランで食事をする予定だったので、まだ昼食は食べていない。時刻は12時前、到着予定は12時30分だったので首都まではこのトンネルを抜ければ間もなくだったのだろう。
この緊急事態によって間違いなく到着は遅れるだろうし、この後何が起こるかもわからない。今のうちに腹ごしらえをするのも重要だろう。
さて、武器はとりあえず手に入れたがリーチが短く上手く扱えなさそうだ。何かこれを括りつける棒のようなものがあれば、槍のように使えるかもしれない。そう思い私は引き続き荷物を探るが使えそうなものはなかった。仕方がないのでナイフだけでも持っていくことにする。幸い果物ナイフは木の鞘に入っていて携帯しやすい。
「アイラ姉ちゃん、これどうすればいい?」
リュートがリンゴの芯をどうするかを尋ねてきたので、とりあえずリンゴの入っていた紙袋の中にしまった。
「もう一個食べる?」
「ううん、大丈夫。アイラ姉ちゃんは食べないの?」
「…じゃあ私も食べておこうかな。」
緊張感で空腹を感じていなかったが、念のため胃に物を入れておくことにした。紙袋の中にリンゴの芯が2つ並んだところで探索を再開することにした。
前の車両に移り、再び声をかけていくが反応はない。突然のこの状況から暫く経って、苦しそうな表情をした人以外にも無表情で気を失っている人も現れ始めた。もしかしたら目を覚ますかと思い、声をかけ揺さぶってみたが、残念ながら気を失ったままだった。
次の車両に移る。ここも他と同じ様子で誰も無事な人はいないようなので更に前の車両に移ろうとしたが、ドアの前の通路で倒れている男の人がいて道を塞いでいる。まずはこの人をどかすしかないだろう。
「リュート、手伝ってくれる?」
「うん、わかった。」
男性はうつ伏せに倒れていたので、私が左肩をリュートが右肩を持ち上げることにする。
「いくよ、せーのっ!」
私の合図で一斉に持ち上げる。結構重かったが何とか動かすことができた、座席まで引き上げるのは難しそうだったので申し訳ないが通路に転がしておくしかないだろう。
「…う、うーん。あれ?なんでこんなに暗いの?」
持ち上げた男性が突然意識を取り戻した。驚いてその男性の顔を覗き込んで、私はさらに驚くことになった。
「え?…ルーカス!?」
その男性はいつも私が乗っているバスの運転手、もじゃもじゃルーカスだったのだ。
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