10「さらばグラディ」
巨大サイ討伐から二日後、IPOの隊員たちと共に外壁補強作業にやってきた。
市内では未だ兵士と獣たちの戦いが続いている。時折聞こえる銃声の中、軍用のジープに乗って外周部へと向かう。後部座席には俺と越野が座っていて、
運転しているのは彼の部下のようだ。この作業が終わるまでは彼の部隊が俺の支援に付いてくれるとのこと。
ちなみにマーカスはグラディの臨時兵士の教官をやっているらしい。兵士の数にも限りがあるため、一時的に仕事ができない状態になった市民を中心に、獣たちの暴走から再び平穏を取り戻すためにと国が募集を呼びかけて集まったそうだ。この事態を収拾して一刻も早く元の生活に戻りたいというのは誰しもが思っていることだ。
「見えてきました、あそこが今一番守りの薄いエリアです。」
越野が差す方向を見てみる。そこには市街への入り口があり、その先は大きな道路が走っている。市の正門とも呼べる大きな出入口なのだろう。外壁などはほとんどなく、ボロボロの柵がところどころに見られるくらいだ。元々は洗練されたデザインだったであろう柵も度重なる動物の襲撃で歪んでしまっている。街の外側は開けた平地になっていて森は遠くに見えるくらいだ。普段は人の出入りが激しく、野生の動物も近づかなかったのだろう。
だが今は森の方からは狼や鹿などの群れがしばしば現れ、それを多くの兵士たちが撃退している。中にはその隙間を掻い潜り街に侵入してしまう狼もいた。
「ちょっと失礼しますね。」
越野がそう言ってマシンガンを構え、狼に向かって撃つ。一発では動きが鈍らず、十数発の銃弾を浴びたところでその狼は動かなくなった。
「しぶといもんですね。」
「えぇ、研究所の話によると狂暴化した動物は通常の個体よりも毛皮や筋肉が強靭になっているそうです。」
「…じゃあこの前のサイも?」
「そうですね、何らかの原因によってあそこまでの大きさになったと考える方が自然です。あの大きさのサイが元々存在していたとは考えられません。」
狂暴化した動物は体が変化する、というのは初めて聞いた。狼ならその辺の小石を魔法で思いっきりぶつければ比較的簡単に倒せていたので、あまり普通の狼と変わらないような気がしていた。まぁ、普通の狼を倒した経験はないんだけどさ。
「到着です。」
運転手がそう言って車を停める。周辺には外壁に利用するのであろう建材がたくさん積みあがっていた。
「このエリアは一から外壁を建設する必要があるんですが、見ての通りすぐに動物が集まってしまって中々作業が進まないんです。とりあえずこの現場の責任者のところに行きましょう。」
「わかりました。」
越野の隊に護衛されながら、近くのホテルに向かう。ホテルのロビーを仮設の物資保管所兼ミーティングエリアとしているそうだ。兵士たちは交代制で客室で仮眠を取り、迫りくる獣たちを撃退しているという。
エントランスを通り中に入ると、数人の兵士がホワイトボードを囲んでいた。一人を除いて全員ヘルメットを被って武装している。
唯一ヘルメットをしていない人物はボードにマーカーで文字を書いたり、兵士に何かを指示したりしていて忙しそうである。あの男がこの現場の責任者なのだろう。一人だけヘルメットを装着していないので大変目立つ。その、なんというか、髪の薄さが…。
「ハーゲン中隊長。」
「っ…!」
越野がその責任者らしき男に声をかけた。危うく噴き出すところだった。何だよその名前、反則だろ。必死に平静を装っている俺を見て越野がにやにやしている。こいつ、俺の反応を楽しんでやがる。覚えてろよ。
「おぉ、コシノくん。そちらが我々の救世主かい?」
「えぇ、お連れしました。」
既に話は通っているようで、ハg…ハーゲン氏は気さくに手を上げて挨拶をしてくれた。こちらも会釈をして返す。
「こちらが外壁の建設に協力してもらえることになったリョウ・シキシマさんです。」
越野がハーゲンに俺のことを紹介する。ハーゲンはうんうんと頷いている。
「敷島さん、こちらがこのエリアの責任者であるウスラー・ハーゲン中隊長です。」
「ぶっ…!ゴホッゴホ…!…げふん、げふん、っしょーい!!」
吹き出しそうになったのを何とかこらえて誤魔化す。中隊長は不思議そうに俺を見ている。
「シキシマくん、大丈夫かい?」
いったん落ち着こう、深呼吸だ。すー、はー、すー、はー…よし、落ち着いた。
「…大丈夫です、失礼しました。」
「さて、それではハーゲン中隊長の方からご説明をお願いします。」
「あぁ、わかった。ではまず…」
気を取り直し、作戦の内容がハーゲンから説明される。一通り内容を聞いて、時折質問しつつするべきことを明確にしていく。大体理解できたと伝えると早速行動開始となった。
外壁建設は順調に進み、その日のうちにこのエリアの封鎖に成功した。重機も使わずに何トンもある建材を自在に動かせるのだ、多少邪魔が入ってもあっという間に終わってしまう。
途中で獣が乱入してきたが、面倒だったのでその度に鉄骨などでぶっ飛ばした。ある程度強固なバリケードを作った後は獣たちも内側まで入って来られず、作業はさらにスムーズに進んだ。
「いやぁ、助かったよ!これでこのエリアから動物が侵入することはないだろう。部下たちにも久しぶりにゆっくり休む時間を与えられそうだ。」
「いえ、お役に立てたなら良かったです。」
少しでも助けになったのなら良かったと思う。とりあえず今日の作業はここまでとして、本部へ戻ることになった。念のための見張り役を何名か残して現場にいた兵士たちと共に本部へと帰還した。
その夜、ザックから携帯電話を渡された。どうやら家族の電話番号を調べておいてくれたらしく、既にその携帯に登録されているという。一般人の個人情報など、世界政府の力を使えば簡単に調べられるものなのだろう。ありがたく受け取ることにした。
この携帯は暫く連絡用に持っていていいということで、電話帳には家族以外にもザック司令官直通の番号やIPOの本部に繋がる電話番号なども登録されていた。
また、近々家族の警護に3名のIPO隊員がつくことになったらしい。ザックはすぐに色々と動いてくれたようだ。
夕食、入浴を済ませ部屋に戻ってきたのでとりあえず電話をかけることにした。まずは母親でいいだろう。幸い俺の国とグラディとでは経度もそんなに離れていないので、時差も3時間程度だ。向こうはそろそろ寝る時間かな。
「…はい、もしもし。」
5回くらいのコールの後、聞きなれた声に繋がった。母である。
「あぁ、オレオレ。俺だけど。」
「詐欺とかそういうのは間に合ってまーす。ガチャ…ツー…ツー…」
通話が切れてしまった。今のは俺が悪かったな、うん。こちらの番号がいつもの電話と違うわけだから着信で俺だと気づくわけがなかった。失念していた。
というわけでもう一度かけ直す。
「はい、もしもし。」
今度は2回目くらいのコールで繋がった。
「母さん、亮です。」
「漁?…申し訳ないんですが網もなければ竿もないので参加はできなさそうです。他を当たってくださいな。ガチャ…ツー…ツー…」
またしても切れたのですぐにかけ直す。
「はい、もしもs…」
「あんたの息子は預かった。返してほしかったら今からいう口座に一億振り込め。」
「そんな!息子を返してください!」
「一億だ、一億の送金を確認したら解放してやる。」
「一億だなんて…2万くらいになりませんか?」
「値切るな!息子の価値ゲーム機以下かよ!?」
「(…え、何?…いや知らない番号なんだけど、亮を預かったって言ってて。うん、わかったかわる。)…もしもし、夫に代わりますね。」
あぁ、父さん隣にいたんだ。
「もしもし、敷島亮の父です。」
「あ、もしもし。敷島亮本人です。」
「やっぱり亮か。あんまり母さんを困らせるんじゃない。」
「だって母さんすぐ電話切るんだもんよ。」
「亮、母さんはつい先日迷惑メールに騙されて敏感になってるんだよ。」
「迷惑メールに?どんなん?」
「遺産の貰い手のいない老紳士が、見ず知らずの人間に遺産を渡したいからということで100人の人間を集めて神社で縄跳び大会をするから下記のURLから参加登録をしてほしい。という内容だ。怪しげなサイトに飛んで、会員登録させられてたよ…。」
「したんだ…登録。」
「あぁ、しかも遺産目当てじゃないぞ。縄跳び大会とか小学校以来で楽しそうって理由だ。その日のうちに嬉しそうに俺に話してきたから何とか大事になる前に処理できた。」
「そっか…お疲れ様。」
「で、どうした?いつもと違う番号からかけてきてるようだけど。」
「いや実はさ…。」
旅行の途中で海に投げ出されて無人島に漂流したことから一通り今日までの出来事を伝える。父は魔法のくだりで半信半疑だったようだが、母は「重いものも持ち上げられるなら、ちょうど部屋の模様替えをしたかったから助かるわぁ」とすぐに受け入れていた。(途中でスピーカー通話に切り替えた)
「それで、とりあえずIPOの研究室まで行くことになったから、まだ暫く帰国できそうにない。」
「そうか、わかった。大変そうだが無理するなよ。」
「帰ってきたら模様替え手伝ってね。」
「あぁ、それじゃあ。また何かあったら連絡する。」
電話を切り時計を確認すると、通話開始から1時間が経過していた。とりあえず両親とも無事なようで安心した。あとは実家暮らしの妹が一人いるが、今日は大学のゼミ仲間と飲みに行っていてまだ帰ってきていないらしい。まあ、無事ならいいや。
そういえばボディーガードがつく件を伝え忘れていた。もう一回かけ直すのも面倒だしいいか。父なら察してくれるだろうし。
それから数日後、母から「殺し屋が家に尋ねて来たけど、何で戦うのが一番効果的か」という電話がかかってきた。なお、その翌日に妹から「黒服が学校にまでついてきて目立って困る。帰ったら覚えていろ。」という内容のショートメッセージが届いたので、見なかったことにした。我が国は平和だなぁ。
そんなこんなで外壁補強作戦は順調に進み、結果的に3日間で市街の周りを壁で囲むことに成功した。
あとは市街に入り込んでしまっている獣の駆除と外壁の巡回、補修作業だけでいいだろうということだ。グラディ軍だけでも十分に対応できるので、グラディに来ているIPOは引き上げることにしたらしい。ザックと数名の部下は俺を研究所へ護送、他の隊員たちは隣国のイサディアへ向かい、人名救助や動物駆除活動の支援を行うそうだ。ハーゲン中隊長がザックから全体の指揮権を引き継いだらしい。
また、グラディ軍は市街の安全確保が済んだら地方都市部で救助活動をしている兵士たちに増援を送るとのこと。マーカスも軍に一時的に復帰して臨時兵たちの指揮を執ることにしたようだ。
「リョウ、刺激的な経験だったぜ。落ち着いたらまた来てくれよ、美味い飯を奢るからさ。」
「こっちこそ助かったよ、マーカス。必ずまた来る。」
別れ際にマーカスの連絡先を受け取った。俺の方は自分の電話が紛失してしまったため、改めて購入してからこちらから連絡をしなければ。
それと、外壁補強作業の報酬としてグラディ軍から結構なお金をもらった。前の会社の給料1年分くらいはあると思う。モーガンが今はこれだけしか渡せなくて申し訳ないと言っていたが、庶民の俺にはこれだけでも十分な金額だ。そもそもボランティアのつもりだったのだから、貰えるだけでありがたい。
早速、着替えなどの生活用品を購入して荷造りをした。いつでも出発できる状態である。色々なことがあったが、明日この国ともお別れである。
「リョウ、いるかい?」
荷造りも終わり、部屋でゆっくりしているとノックの音と共に来訪者が現れた。
「どうぞ。」
返事をすると、ドアが開きリッドと越野が入ってきた。
「どうも、亮さん。明日の準備は順調ですか?」
「別れの挨拶に来たぜ。」
二人とはこの数日間で結構打ち解けた。元々年齢が近いこともあり、気づいたら敬語もなく名前で呼んで話せている。それは無人島漂着以降気を張っていた俺にはいい緩和剤となった。
「あぁ、二人は今日出るんだっけ?」
「おう、今荷物を部屋から引き揚げてきたところさ。」
「暫くは世話しなく世界を回ることになりそうです。」
「お疲れさん。早く落ち着くといいね。」
「リョウが指輪を二つ使いこなしたら、もしかしたら事態解決の糸口が掴めるかもな。」
リッドがハハハと笑う。
「プレッシャー与えちゃ駄目だよ、リッド。」
「あぁ、悪い。ふいにそう思ってさ。」
「まぁ、どうなるかはわからないけど俺の力でどうにか出来るなら善処するよ。」
「あぁ、そのときは任せた。落ち着いたらリョウの国に行くから三人で飲みにでも行こうぜ。サケっていうのがあるんだろ?シュンスケから聞いてるぜ。」
「酒かぁ。しばらく海外旅行してたから最近は飲んでないな。いいね、行こう。」
再び会う約束をして、二人はイサディアへ向かっていった。帰国したらいい感じの居酒屋でも探しておこうと思う。
そして翌日、俺はザックと共にグラディを出発しIPO研究所へと向かうこととなった。
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