8「グラディ軍本部にて」

「よぉ、マーカス!久しいじゃねえか!」


 そう言って部屋に入ってきたのは立派な軍服を着た初老の男だった。髪は殆ど白髪で短く刈り上げていて体は筋肉質。見るからに軍の偉い人だとわかる。


「モーガンか、相変わらず声がでけぇな。」


 マーカスが返事を返す。どうやら知り合いらしい。


「こいつはモーガン、俺のかつての同僚さ。今はこの国の軍の総指揮官をやっている。」


「よろしく、モーガン・ラフマーンだ。」


 手を差し出されたので、握手をしつつこちらも自己紹介をする。


「敷島亮です。」


「まずはこの街を巨大なサイから守ってくれたこと、感謝する。」


 モーガンはそう言って頭を下げた。


「たまたま撃退できただけですよ。」


「普通はあんな化け物ひとりでどうにかなるもんじゃねぇんだけどなぁ…。」


 いきなり偉い人に頭を下げられてしどろもどろになっていると横からマーカスが茶化してくる。


「…ミスター敷島。」


「亮でいいですよ。」


「オーケー、リョウ。報告では聞いているんだが、君は大きな瓦礫を自在に操ってサイを倒したんだって?」


「えぇ。」


「信じられないな…、いや、疑っているというわけではないんだが。」


 確かに実際に目にしないと荒唐無稽な話だと思う。これは実際に見てもらった方が早いだろう。


「この椅子を見てください。」


 今まで座っていた椅子を指し、それを空中に持ち上げる。手品のような光景を目の当たりにしてモーガンは目を見開いた。


「マジかよ。…超能力か?」


「だよなぁ、俺も初めて見たときは信じられなかったぜ。それでリョウの力でこの街まで車を飛ばしてきたんだ、文字通りにな。」


 一通り椅子を弄んだ後、ゆっくりと元の位置に下ろす。とりあえず納得はしてもらえたらしい。


「リョウ、お前は一体何者なんだ?」


 そう尋ねられたので、正直に答えることにした。


「ただの旅人ですよ。まぁ、今は旅を終わりにして自分の国に帰りたいですけどね。」


「おぉ、そうだった。モーガン、部下から話は通ってるか?リョウを飛行機に乗せてやりたいんだ。」


 俺の言葉で思い出したようで、マーカスが例の話を切り出してくれた。


「あぁ、もちろん手配する。…と言いたいところだが、IPOがリョウに用があるそうなんだ。」


「俺にですか?」


 何やら雲行きが怪しくなってきた。もしかして人体実験とかされるのかな、だ、大丈夫だよね。


「あぁ、詳しくはあちらに聞いてみるといい。」


 モーガンに促されて入り口を確認すると、そこには二人の男がいた。片方はさっきのIPO隊員のリーダーらしき男で、もう一方はクマのような大男だ。


「お疲れ様です、ザック司令官。」


 その姿を確認すると、俺たちの後ろに控えていた越野が敬礼をした。大男は片手を挙げてそれに応える。


「おう、お疲れさん。…取り込み中だったかい?モーガン指揮官。」


「この街を護ってくれた彼に礼をしに来たついでに旧友と挨拶を交わしてたところさ。」


 大男はそのままこちらへ歩いて近づいてくる。モーガンとも面識があるようだ。


「こちらの用は大体済んだ、俺はもう行く。」


 そう言ってモーガンは入口へ向かうが、途中で振り返り俺の目を見て言う。


「リョウ、帰りの足が必要になったらいつでも言ってくれ。俺はこの本部にいつでもいるからよ。」


「あ、はい。ありがとうございます。」


 そしてそのまま振り返り片手を挙げて去っていった。


「君がリョウ・シキシマかい?」


 大男に尋ねられたので、俺はそうですと答えた。


「私はザック・ノーザン。IPOの隊員でこのグラディ国の支援部隊司令官をしている。宜しく頼む。」


 どうやらこの人は偉い人らしい。


「俺はリッド・コールマンという。さっきは助かった、でかいサイに踏みつぶされるところだったぜ。」


 そう言ってザックの隣に控えていたさっきのIPOのリーダーらしき人物リッドが片手を挙げる。俺はそれに応えるように会釈をした。


「さて、シュンスケから翻訳機は受け取ったようだな。できれば君の素性が知りたいんだが、構わないかい?」


 シュンスケというのは越野のことだ。さて、今度はこちらが自己紹介する番だろう。とりあえず簡単な自己紹介とここまできた経緯を話した。


「…なるほど、偶然無人島でその指輪を見つけたというわけか。」


 ザックたちの視線は俺の指に嵌っている指輪に集まっている。指輪を手にしたことについては必然のような気もしているが、根拠もないのでこの場では偶然ということにした。


「リョウ、すまないがその指輪の力を確認させてほしい。そうだな、この時計を操ってみてくれないか?」


 そういってザックが懐から懐中時計を取り出したので、彼の言葉に従ってそれを空中でくるくると回転させてみた。


「ううむ…確かに浮いているな。次は振り子のように揺らしてみてくれないか?」


「こうですか?」


 懐中時計のチェーンの端を空中に固定し、時計本体を左右に揺らして見せた。


「なるほど、ありがとう。確かにタネも仕掛けもない、人知を超えた力だ。」


 もういいとのことなので懐中時計を彼の掌の上に返す。自分の所有物を操らせることでこの力がインチキじゃないかを確かめたということか。さっきのモーガンとは違い慎重に物事を判断するタイプらしい。


「君の目的は自国への帰還だったね?」


「えぇ、そうです。」


「帰国する前に我々に協力してくれないだろうか?」


「協力?一体どういうことです?」


「…君はもしかしたらこの世界的な動物災害の鍵となる人物かもしれないんだ。」


「え?」


「君が持っているその指輪だが、実は他にも存在している。」


 そこで俺は初めて指輪が一つではないことを知った。











―――――――――――――――――――――――――――――――

「アイラ!大丈夫?!」


 突然の衝突音とともに大きな衝撃が私たちバスの乗客を襲った。私は気を失っていたらしく、エイミーの声で目を覚ました。


「…ん、うん。どうなったの?」


 体が少し痛む。どうやら全身を打ち付けたようだ。何とか体を起こすと、目の前では横転したバスが車道を塞いでいた。


「気が付いたのね?良かったー!…牛がバスに突進してきたんだって。」


 エイミーの話によると、どこかの家で育てていた牛が突然バスに体当たりしたらしい。よく見るとバスの横には大きめの牛が血を流して倒れている。


「騒ぎを聞きつけたお巡りさんが撃ち殺してくれて、それで近くにいた人たちも一緒に私たちをバスから助け出してくれたの。」


 エイミーが指し示す方を見ると、警官がもじゃもじゃ頭と話しているのが見えた。ルーカスに状況を聞いているのだろう。私の周りには同様に救出された乗客が数人座り込んでいた。割れた窓ガラスで額を切ってしまった人もいれば、打ち所が悪くて手の骨を折ってしまった人もいた。私は幸いにも打ち身と気絶だけで済んだようだ。


「一応、バスに乗ってた人は診療所で検査するから迎えの車が来るまで待っててほしいってお巡りさんに言われたんだ。」


「わかった、ありがとう。」


 時刻はまだ昼過ぎ、診療所で検査をしても夕方までには帰れるだろう。診療所からなら歩いても帰れる。


「とりあえず診療所で電話を借りて家に連絡しないとだね。」


「そっか、確かに。…はぁ、お腹空いてきたなぁ。」


 エイミーの言う通り、学校が終わってから何も口にしてないので確かに空腹だ。


 その後、診療所で診察を受けた。特に大きな怪我もなく、小さい擦り傷と打撲の治療をしてもらって家に帰ることになった。


 家に帰ると心配した母に出迎えられた。母はどうやら心配過ぎて食事の準備もまだしてないらしく、結局私の空腹が満たされたのは日が暮れてからだった。

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