6「世界動物連盟」
背後で地響きが起こる。
後ろを振り返ると、そこには地に伏せるサイの姿があった。どうやらうまくいったらしい。
瓦礫を普通にぶつけるだけだと致命傷にはならないだろうと思い、5つの瓦礫のうち一番大きい塊は、サイを暫く観察していたときに遥か上空へと上昇させていた。そして地面に降り立った時にサイの数歩前目掛けて全力で落下させると同時に魔法を解除したのだ。
そうすると、魔法で速度を制御されていた瓦礫は重力加速度を取り戻しさらにスピードを増していく。後は落下地点にサイを誘導するだけである。兵士たちが弱らせてくれていたので動きもだいぶ鈍かったし、そもそも的が大きい。魔法により撃ちおろしたので、落下地点に正確に着地してくれたのもある。
「それにしてもデカいな…。」
まるで象のように大きい。普通のサイがどれくらいなのか詳しくはわからないが、この大きさが明らかに異常であることはわかる。狂暴化だったり巨大化だったり最近の動物たちはどうなっているのだろうか。
「リョウ!」
空飛ぶ車からマーカスが手を振っている。そうだった、彼らとIPOの車を浮かせっぱなしだった。2台の車を近くまで引き寄せて地面に下ろすと、グラディとIPOの両兵士たちがこちらに向かってくる。
「***!******。」
「**、クルマ、*****。」
「****、***。グラディ***?」
「******、***。*****。」
みんな興奮して早口なので何を言っているのかちっともわからない。
「マーカス、タスケテ。」
俺はマーカスに全て丸投げした。
マーカスが説明している間、騒ぎを聞きつけた他の兵士たちも集まってきた。何だか大事になってしまった。まいったな、俺はただ帰国したいだけなのに。
マーカスと話しているのはIPOの隊員で、先ほど拡声器でサイのことを知らせてくれた男だった。どうやら彼がリーダーなのだろう。他の隊員たちは二人の会話を聞いては、信じられないという表情であったり訝しげな表情であったりでこちらを見てくる。非常に気まずい時間である。
一通りマーカスから話を聞いたIPO隊員は集まってきていた他の隊員たちにも状況を説明し始めた。グラディ側も同様である。すると、IPOから一人の男がこちらに向かってきた。
「すみません。もしかして僕の言葉わかりますか?」
そして、聞きなれた言葉で話しかけてきた。
その男は越野といい、同郷のIPO隊員とのことだ。話が出来ることを確認すると、一度他の隊員のところへ戻り、再びやってきた。
「お待たせしました、敷島さん。まずはお疲れでしょうから、市内にあるIPOの拠点までご案内します。」
「あ、はい。あ、いや、待ってください。」
「どうかしましたか?」
「その、グラディ軍に飛行機に乗せてもらう約束をしていまして…。」
俺はマーカスとグラディ兵たちの方を見る。
「なるほど、じゃあ彼らにも来ていただきましょう。」
「助かります。」
そして俺たちは一先ずグラディ軍の本部基地内にあるIPO仮拠点へ向かうことになった。
市街は閑散としていて、時々銃声が聞こえる。越野に聞くと市内に入り込んでしまった狂暴な動物を駆除しつつ市民を救助しているそうだ。外壁の補強工事が終われば再び通常の生活をすることが可能とのことで、今は一時的に市街中央に仮設避難所を設営し、そこに住民たちを集めて保護しているようだ。
そして気になっていた自国の様子も訪ねてみた。
「僕らの国のように、基本的に野生動物の生息数が少ない国はそんなに大きな被害は被っていないです。地方では野生のクマや野犬が暴れて被害者も出ていますが、警察や自衛隊の力で駆除活動は問題なく出来ていますよ。ただ…別の問題がありますね。」
「別の問題?」
「えぇ、敷島さんはWAFという組織はご存じですか?」
「知っています。…良くない噂も。」
世界動物連盟WAF。野生動物の生態系や絶滅危惧種の保護などを行っている団体だ。各国の動物愛護団体などが国境を越えて動物たちを護ろうと活動をしている。
しかし、その活動内容が過激であるために一部非難の声も上がっている。また、表向きは動物保護を謳っているが裏ではマフィアと繋がっていて、保護したという名目で捕まえた動物の珍しい毛皮や肉などを輸出入しているといった噂も流れていた。
「そのWAFが狂暴化した動物の駆除を非難・妨害しているんです。」
「…動物被害には死者も出ていると聞いてますが。」
「えぇ、今回の騒動は世界的に少なくない死者が出ていますし、当然わが国にも死傷者はいます。ですが、WAFにとっては人間よりも動物の方が大切なようです。…彼らの中にも狂暴化した動物に襲われた者もいるでしょうに。」
「じゃあやっぱりWAFの黒い噂は本当なんですか?」
「…守秘義務があるためお答えはできませんが、僕個人の意見としてはやはり妨害活動にも裏はあるでしょうね。敷島さんもその能力に目をつけられないように気を付けて下さい。」
「えぇ、そうします。」
確かにこの指輪を拾ったのが自分だったから良かったものの、悪人の手に渡っていたらまずかっただろう。この魔法は人をいくらでも殺せてしまうのだから。
「さて、そろそろ着きますよ。」
そんなことを考えていると、前方にグラディ軍の本部基地が見えてきていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
その人物は暗闇の中にいた。辺りは夜というわけではなく、その場所が地下深くの古代遺跡だからだ。
そしてその人物は遺跡に入り込んだ侵入者であるが、この場所に立ち入ることが許されている唯一の人物でもある。永い眠りから目覚めてこの遺跡まで来るのに結構な時間がかかってしまった。
侵入者がここに来たのは指輪を手に入れるためであった。ランプの明かりを頼りに最奥の部屋までたどり着き、祭壇に書かれた文字を確認するとそこには記憶にある通りの文章が記されていた。侵入者はその古代文字を読むことができるし、内容も理解することができる。
次に侵入者は壁の仕掛けを確認しようとして、ふと気付いた。壁の一部が崩れていて、何かの模様が露出しているのだ。侵入者はそれが何か知っていた。その模様は今まさに起動させようと思っていた魔法陣であった。自分以外の誰かが起動させたということだろう。しかしどうやって?
この魔法陣は体内のマナを感知しなければ作動しないはずだ。そのため、起動したのも最近のはずである。侵入者はすぐに魔法陣の近くにある通路を通って奥へ進む。
本来この通路は厳重に隠されていて、魔法陣を作動させると通路が出現するようになっていた。すなわち、魔法陣を起動させた人物がこの奥に進んだということだ。
隠し部屋に入るが、そこには誰もいない。そして探していた指輪も既に持ち出された後だった。
(…誰かが指輪に呼ばれた?)
指輪がもうここにないのはわかった。それならば仕方がないので指輪の今の持ち主を捜すしかないだろう。
遺跡は去っていく侵入者を静かに見送る。祭壇の部屋は再び暗闇に包まれ、静寂に満ちる。無人のその場所では、石板の文字が変化したことを確認する者は誰もいない。
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