4「グラディ首都にて」

 リッド・コールマンは戦場にいた。彼はアリシア共和国出身の軍人である。


 世界各地で起こっている大規模な動物被害を受け、世界政府は国際平和維持機構IPOを世界各地に派遣していた。IPOは世界政府が運営する機関で、災害救助や紛争地域での避難民支援活動などに駆り出される組織だ。様々な国から軍人や医師、研究者などが集まっている。


 リッドはそのIPOに所属している。数年前まではアリシアの陸軍に所属していたが、上官からの推薦を受けて移籍をした。IPOに有用な人材を提供することで自国の世界政府内での立場も良くなるため、良い人材には積極的に声がかかるというわけだ。


 リッドは現在、グラディという小国にて狂暴化した狼の群れと戦っていた。場所は首都の市街地、住民を屋内に避難させてグラディ軍と共に市内にいる狼たちをサブマシンガンで駆除している。流れ弾が逃げ遅れた住民にあたってしまう場合を考慮して武装の威力は控えめにしていた。


「リッド!粗方片付いたからこちらは外壁班の応援に行く!」


 同僚の東洋人、越野俊輔がそう叫んだ。リッドも越野も分隊長であり、彼らの任務は住民の安全の確保及び狂暴化した動物たちの駆除である。また、彼らの任務とは別に市街の外壁を修繕して魔物の侵入自体を防ぐ作戦も同時進行で行われている。


 グラディは自然保護を国家として推進している国であり、住宅施設や商業施設は国が指定した地域にしか建設することができない。そのため、各都市の市街地外縁は殆どが森や平地となっている。そこには多くの野生動物が生息していて、当然狂暴化した動物たちもそこからやってくる。


 元々野生動物の市街への侵入を防ぐ柵や壁などはあったのだが、狂暴化した動物たちによって殆どが壊されて穴が開いてしまっていた。IPOはグラディの建設業者と共同でその復旧・強化作業も行っているのだ。越野はそこへ応援に行くという。


「わかった!こちらは引き続き駆除、救助活動を並行して行う!」


 リッドが応答すると、越野の分隊は軍用の車両に乗り込み市街の中心部から離れていく。その後もリッド隊は建物内で外に出られずに孤立している住民を救出し、市街中央の安全圏へ送ったり時折現れる野生動物を駆除したりして回る。


 市街中央部へ続く道路は大型バスを横向きに駐車して即席のバリケードにしていて、隙間にはなるべく頑丈な建材などで埋め、各所には人間が通れるように梯子やロープを持った者が待機している。


「隊長!先ほどの救助者を救助車両に引き渡し完了、この区画の捜索も終了しました!」


「了解!では、我々も外周部へ移動する!」


 部下の報告を受け、担当していたエリアでの救助活動が完了したことを確認すると、リッドは次の指示を出した。


「弾薬はあとどれくらいだ?」


 軍用車両での移動中リッドが部下に尋ねると、持ってきた分の3割程度が残っているとのことだった。それを聞いてリッドは本部へ連絡を取った。


「こちら第12分隊、第6エリア作戦完了。残弾3割、これより外壁班の応援へ向かう。」


「了解。外壁班に弾薬輸送車両を先ほど送った。そこで弾薬を補充してくれ。」


「わかった。外周部の様子は?」


「依然変わらずの状況だ。まばらに現れる狼を交代制で処理している。外壁の修繕は概ねあと半月で完了する見込みだ。」


「まだ先は長いな。狼共を絶滅させる方が先になるかもしれないぞ?」


 オペレーターの声で相手が顔見知りであることに気づき、リッドは軽口を叩く。彼らがこの国へ来てから既に1週間が経過していた。世界政府は野生動物の分布状況から要支援国を選出し、IPOを各国に派遣した。その読み通りに先日この国でも大きな動物災害が起きた。


 狂暴化したのは狼を中心に鹿や野鳥、野良犬や野良猫などである。動物の種類によって狂暴化しやすいなどの傾向はなく、世界中でランダムに動物たちの一部が暴走しているのだ。この地域では特に狼と鹿の被害が大きかった。


 この国の狼は基本的に群れで行動するため、群れのリーダーが狂暴化すると正常な狼も人間を襲い始め、被害が大きくなりやすい。鹿は体もそれなりに大きく足も速いので、外壁やバリケードを突破してくる。


 さらに厄介なことに、これらの動物たちは通常よりも身体機能が不自然に高いことが報告されていた。狼たちは木の枝くらいは易々と咬み千切るほどの咬合力を持ち、鹿の体は非常に硬く、走行中の車と正面衝突しても無事なほど強靭なようだ。


 IPOの研究室に駆除した動物の亡骸を送り調べてみると、通常よりも明らかに筋繊維が発達していたことがわかった。この異常な変異に突然の狂暴化との関連性があるとみて調査は継続中である。


「研究室の報告によると、動物の筋力増強には個体差があるらしい。もしかしたらもっと強力な個体もいるかもしれない。あまり油断はしないことだな。」


「この国に来てから何度も鹿どもの体当たりを見て驚き慣れたところさ。もう狼がいきなり空を飛んだって冷静に対処してみせる。」


「だといいがな。健闘を祈る。」


 通信を終えると前方に外壁が見えてきた。そしてリッドは後悔することになる。変なことを言うのではなかった、と。


 前方では、まるで悪い冗談のように車が空を走っていた。











―――――――――――――――――――――――――――――――

 マーカスと共に車に乗り込んでから2日目、俺たちはこの国グラディの首都中心部にたどり着いた。辺りには銃声がいくつも響き渡り、狼たちの遠吠えも聞こえる。


 道中は概ね無事に移動することができた。道路は時々木が倒れていたりして通れないこともあったし、折角魔法で空を飛べるので基本的に空を首都まで一直線に向かった。


 時折野鳥に絡まれることもあったが、窓から石を投擲して撃ち落としていった。途中で無人のガンショップがあったので、そこで弾薬を拝借するとマーカスも戦力となり鳥を追い払ってくれるようになった。


 昨夜は比較的頑丈そうな建物を見つけ、交代制で睡眠をとった。マーカスの店からブランケットや食料などは十分に持ってきていたので、比較的快適な空の旅だったと思う。


 さて、なぜわざわざ首都まで来たかというと、ここに空港があるからだ。現在、交通機関は殆ど機能しておらず俺が自分の国へ帰るのは難しい状況だということがわかった。それならば、とマーカスが首都行きを提案してくれた。


 一般客用の旅客機は運航していないが、マーカスの伝手で軍用の戦闘機や輸送機に同乗させてもらえるかもしれないらしい。


 なんでも彼は以前この国の軍人だったらしく、退役後に海の近い田舎でコンビニ経営をしつつスローライフを楽しんでいたそうだ。軍での階級などは言葉がわからなかったのでピンときていないが、部外者でありながら戦闘機に一般人を乗せられるくらいなのだから相当偉かったのだろう。一時はどうなることかと思ったが、地獄で仏に会ったような出会いに助けられた。


 この国がグラディという国で、自然が多く市街が柵に覆われているなどといった特徴をマーカスから聞いて、以前に旅行案内誌で一度見たことがある国だということを思い出した。


 無人島に漂流する前は数日に渡って船に乗っていたので、自分が世界のどの辺りにいるのかも良くわかっていなかったが、ようやく現在地を把握することができた。グラディからなら飛行機で数時間程度あれば自分の国へ帰れるだろう。最も、本当に乗せてもらえればだが。


「ヘイ、マーカス。タタカッテル。ドウスル?」


 空から街の様子を見ると、兵士たちが狼や鹿と交戦しているのが見えたので俺はマーカスにどうするべきか相談した。


「アノ、ミドリノ、ヘルメット、グラディ。ハナシ、シタイ。」


 兵士たちは二種類の装備を着ていた。一方はマーカスの言うように緑色のヘルメットと迷彩柄の服を着ていて、もう一方は全体的に黒っぽい服にグレーのヘルメットだ。どちらの兵士も防弾チョッキを着用していて、黒っぽい服の方のチョッキの背中にはIPOの文字があった。世界政府直属の特殊部隊として名前は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。


 マーカスの言う方の兵士がグラディ軍というわけか。じゃあまずは話をするために狼と鹿をどうにかしないといけないな。


「オーケー、ドウブツ、ヤッツケル。」


 地上を見渡すと外壁付近にちょうどいい大きさの瓦礫があったので、それを持ち上げる。近くでは軍用のごつい車に乗った兵士がマシンガンを鹿に撃ちつつ追いかけてくる狼から逃げるように走行していた。


「まずは鹿か…。」


 持ち上げた瓦礫は軽自動車一台分くらいの大きさだ。それを空高くに持ち上げ、鹿の真上から思いっきり落下させた。そして瓦礫は自由落下よりも速く地上に到達する。幸い鹿は兵士による射撃で動けずにいたようなので問題なく命中した。


 その光景を見た兵士たちは何が起こったのかわからず、とりあえず瓦礫の降ってきた空を見上げる。そして俺たちの姿を確認し、驚愕の表情を浮かべた。運転手も車を止めてこちらを見上げていたので、彼らの後ろには狼たちが迫ってきていた。それに気づいた兵士が運転手を小突いて再び車を発車させる。


 俺は鞄から小石をいくつも掴み取り、狼たちに向かって投擲した。小石は空中でぐんぐんと速度を上げ、地面につく頃にはショットガンくらいの勢いになり着弾した。


しかし、全ての狼には命中せずに、2匹の狼はまだ車を追いかける。


「マカセロ。」


 2つの発砲音が響く。隣でマーカスがライフルを撃った音だ。弾丸は2匹の狼の頭に命中し、狼たちはそのまま動かなくなった。いやいや、凄すぎるだろマーカス。隣ではマーカスが満面の笑みで親指を立てていた。サムズアップというやつである。


 動物たちがいなくなったことを確認すると、車を地面にゆっくりと下ろしていく


「***!***、*****。」


 マーカスが車を降りて兵士に話しかける。事情を説明してくれているようだ。話が進むにつれ時折こちらをちらちらと見られるが、無理もない。空飛ぶ車でやってきているわけだからな。おそらくマーカスが魔法のことも話してくれたのだろう。


 しばらく待っていると、遠くから車の音が聞こえてきた。見てみると、市街の方からIPOの兵士らしき男たちが黒いジープのような車でこちらへ向かってきていた。兵士たちは全員銃をこちらに構えている。もしかしてまずい状況か?


 マーカスと兵士たちもそれを見て銃を構える。


「…***!」


 IPOの兵士が叫ぶが、遠くて聞こえない。叫んでいる兵士に隣の兵士から何かが手渡される。どうやら拡声器のようで、次の一言ははっきりと聞こえた。


「…ウシロ!ニゲロ!」


 後ろ?彼らが向かってくる方向と反対方向を見てみると、そこには一匹の動物がいた。しかも見るからに興奮している様子でこちらを見ていて、今にも襲い掛かってきそうだ。


「…これは鹿よりもやばいだろうなぁ。」


 思わず冷汗がでてきた。そこにいたのは、大きさが2tトラックくらいはある巨大なサイだった。

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