2「脱出用ドア」

 翌日は生憎の雨だった。朝食に昨日の果物の残りを食べ、まずは海岸へ向かう。雨具は持っていないので、昨日見つけたキャリーケースを頭の上に浮かべて傘代わりにしている。


 今日は脱出に必要な資材を調達したいと思う。漂着物を次々と魔法でどかし、使えそうな木の板を探す。脱出方法は単純だ。板の上に乗って、海上を飛んでいくつもりだ。


 この、物に手を触れずに操る魔法には重量制限はほぼない。だが、重ければ重いほどしんどい気持ちにはなるので限界はあるだろう。試しに昨日寝る前にキャリーケースに乗って洞窟をふよふよと浮いてみたのだが、特に問題はなかった。


 そして動かせる速さも同様で、自分の限界次第でいくらでも速く動かせそうだ。しかし、重くなればなるほど速く動かすのは難しくなってくる。イメージとしては発生する運動エネルギーの上限が決まっていて、それ以上の質量のものは動かせないし、速度も出せないという感覚だ。


 もう一つ、この魔法について理解したことがある。それは、無生物しか動かせないということだ。海を泳いでいる魚や砂浜のヤドカリなどに魔法は通じていない。当然、自分の体を宙に浮かすということもできない。すっごい残念。


 しかし果物や木の棒には作用するので、無生物というよりは「動物」を動かせないということだろう。


 暫く物色をしていくと、やっといい感じの板が見つかった。壊れたドアである。どうしてこんなものが漂着したのか不明だが、幸い損傷は軽く上に乗っても大丈夫そうだ。これに乗って海の向こうまで行くことにしよう。ある意味どこでもドアである。使用方法は魔法の絨毯だが。数日様子をみて、晴れた日に出航するとしよう。


 翌日は晴れたので、海に出てみた。果物だけだと栄養が偏りそうなので漁をしようと思ったからだ。ドアに乗って海上を進んでいくと、すぐに魚を見つけた。この海は水が澄んでいて、リゾートに持って来いだと思う。


 鞄を海に放り投げて漁の準備は完了。海中の鞄を魔法で操り、魚に接近していく。すると魚が驚いて逃げるが、スピードを上げて捕獲、鞄の口を閉じて引き上げる。


 鞄の底に小さな穴が開いているのでそこから海水だけが流れ出していって丁度都合がいい。鞄を手元に引き寄せて中を除くと、活きのいい魚がびちびちと跳ねていた。


 同様に十数匹の魚を捕まえて回ったが、中には向こうから船に体当たりしてくるような敵意むき出しの魚もいた。魚は追いかければ逃げるものだと思っていたが、探す手間が省けるのでこちらとしてはありがたい。


 二時間ほど魔法を使い続けたが、まだ余裕だ。というか全く疲れていない。魔法が何を燃料にして発動しているかはわからないが、ゲームのように自分のMPを使用するようなものでは無いような気がする。


 それから数日かけて旅支度を進めていく。捕まえた魚は干物にし、流れ着いた瓶やペットボトルに水を汲んでおく。服は一着しかないが、旅行前に買った新しいものなのでまだまだ持ちそうだ。果物も日持ちするように干しておいたら、そのまま食べるよりも甘くて美味しくなった。干し柿的な効果だろうか。


 そしていよいよ出発の日。キャリーケースに当面の食糧を納め、宙に浮いたドアに乗る。時刻は早朝、日の出前でまだ少し薄暗い。


 陸にたどり着くまで不眠不休で進む必要があるので、前日はたっぷりと寝ておいた。人生で一番寝たかもしれない。途中で点々と島があれば休憩しながら進めるが、その保障はない。


 ドアノブにしっかりと掴まり、発進する。風もなく順調な滑り出しである。


 少しずつ速度を上げていくと、あっという間に自動車くらいのスピードになった。後ろを振り返ると島がもう小さくなっていた。もとから小さい島だったからな。


 良く晴れた海上をさらにスピードを上げて、俺は陸地が見えてくるのを待つことにした。






 それにしても暇である。


 島を出て何時間か経ちすっかり昼になったが、まだ陸地は見えてこない。


 空飛ぶドアの旅にも慣れてきて、今はうつ伏せでドアを抱きかかえるようにして進んでいる。ムササビのようである。


 そろそろ昼食にしようと思い、速度を徐々に落としていく。いきなり減速したら慣性で海に落ちてしまう。


 徐行運転くらいの速さで進みながら食事をすることにした。アイランドフィッシュの日向干しと大自然の湧き水、デザートはオーガニックドライフルーツである。そう、干物と水と干し果物だ。今の俺にはこれしかない。正直食べ飽きた、お米食べたい。


 もくもくと無感情で租借しつつ辺りを見回すと、海鳥の群れが遠くにいるのに気付いた。久しぶりに遭遇する恒温動物である。鳥がいるということはもしかしたら陸地も近いのかもしれない。


 しかし、群れの様子が何やらおかしい。仲良く海を渡っているというよりは、追いかけっこをしているような…。


 すると数羽の海鳥が仲間に襲い掛かり、その嘴で何度もつつき始める。しばらくすると襲われた方の鳥は力尽き、海へと落ちていった。その光景は逃げる側の鳥が全て海に落下するまで続いた。仲間の鳥を襲っていた数羽は満足したのか、そのまま飛び去って行った。


 落ちてしまった鳥は気の毒だが、そういう生態系も世の中にはあるのかもしれない。食事を終えた俺は進路を鳥がやってきた方角に変更し、空の旅を再開した。











―――――――――――――――――――――――――――――――

 とある大陸に古代の遺跡があった。何千年も前から存在するその遺跡はその大半が地下に埋まっており、最深部の部屋は光も入らずに暗闇に覆われている。


 今、部屋には誰もいない。一年に一回、近くの集落の者が訪れる以外はこの遺跡に立ち入る者はいないのだ。部屋の中央奥部には一段高い床があり、その上には平らな石板が台座の上に乗せられていた。石板には古代文字で何かの文章が記されているが、それを読むことが出来るものはこの時代には僅かしかいない。


 日の光の届かない遺跡はその殆どが暗闇である。しかし暗闇の中黒い光を放つものがあった。石板の部屋のさらに奥、未だ誰にも発見されていない封印された部屋の中で、その指輪は静かに主を待っていた。

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