Magic Hand

柳居紘和

1章 緑の指輪編

1「無人島にはTPがない。」

 無人島に何か一つ持っていくとしたら、なんていう良くあるトークテーマを思い出していた。その回答も人によって、ナイフや脱出用のボート、当面の食糧、サバイバルの教本、青くて丸い未来のロボット…と、様々だ。


 さて、色々あって無人島に来たわけだが、今一番欲しいものは何といってもTP。そう、トイレットペーパーだ。おしりを拭くものがない。助けてド○えもん…。


 話は数か月前に遡る。


 俺の名前は敷島亮。入社3年目の会社員で、趣味は旅行とジム通い。後輩に色々と仕事を教えながらも日々の業務を着々とこなし、休日は映画を流しっぱなしにしつつ旅行雑誌を眺めて次の旅行先を検討する、そんなありふれた生活を送っていた。


 そんな俺の平和な日常を脅かしたのは、会社の経営不振である。ギリギリのところで持ちこたえていた会社も最後はあっけなく倒産してしまった。


 そんなわけで無職となってしまったわけだが、幸いにも貯蓄はまあまああった。普段から節約しつつ将来のために貯金をしておいたのが良かったのだろう。


 何故貯金をしていたのかって?そう、それが今回の無人島トイレットペーパー不在事件に繋がるわけだ。


 簡単にいうと、いつか世界一周旅行をするために貯金をしていたのだ。そして仕事もなくなって年齢的にもまだ焦るような歳ではないので、思い切って行っちゃおう、と。


 旅行の前半は凄く楽しかった。言葉がわからないなりに、タブレット端末を使いながら翻訳して各国の美味しいものを堪能し、名所を見物し、記念写真も色々撮った。


 機会があったら是非見て貰いたかったのだが、生憎それはもうできない。持ち物は全て海に流されてしまったのだろうから。


 海を渡る際に折角なので船で行こうと考えたのが失敗だった。通りすがりのクジラにぶつかって船は損傷。救命ボートに乗り込んだが、波に煽られてそのまま海へダイブ。気づいたらこの見知らぬ砂浜で寝ていたというわけだ。


 びしょびしょの服で体も冷え、海水をたらふく飲んだので腹も壊し、目覚めて間もなく便意に襲われた。


 もう、状況を理解するやいなや光の速さでズボンとパンツ下ろしたよね。他に着る服もないわけだし、汚しちゃまずいって真っ先に思ったんですよ。緊急時って変なことに気づいちゃうからさ。そして気づいたんだ。…紙がないって。


 もう面倒くさいので、下半身丸出しで海水で洗ったよ。


 さて、ここはおそらく無人島だろう。何しろ海岸沿いをぐるっと一周してみたが、1時間もしないうちに元居た場所まで戻ってきてしまったのだから。


 島の中央部は木が生い茂っているのでとりあえず探索してみることにした。しばらく歩いたが、静かな森である。この島には野生動物などはいないのだろうか。


 なるべく早くここを脱出したいとは思うが、その方法も検討がついていない。もし長期間を過ごすことになったらタンパク質が不足してしまうかもしれない。海で魚が獲れればいいのだけど。


 でも、危険な動物がいないだけ良かったのかもしれない。虎とかいたら洒落にならないからな。そういえば出国前、動物園を虎が脱走したとニュースで言っていたけど、どうなっただろう。無事に捕まっていればいいけど。


 しばらく散策していると、食べられそうな果物(名前は知らない)を見つけた。これを食べればとりあえず数日なら生きられるだろう。


 それに小さいが洞窟も見つけた。夜はここで寝ることにしよう。幸いにも洞窟の近くに湧き水が出ていたので、火を起こして煮沸すればいけそうな気がする。


 問題はどうやって火をつけるかだが…そういえば砂浜に色々なものが漂着していた。何か役に立ちそうなものがないか探してみることにするか。


 そして再び最初の砂浜へやってきた。そこには見渡す限りの漂着物。思っていたより砂浜は汚い。それを見て海にものを捨ててはいけないなと思った。ゴミ袋とかペットボトルとか、旅行中の20代男性とか。


 さてさて、それでは漁ってみよう。ライターでもあればもしかしたら乾かせば使えるかもしれない。あとは刃物とかがあれば助かるけど、海に投げ捨てられた刃物ってなんか怖いな。絶対、凶器の類じゃん。


 ああでもないこうでもないと物色していると、いくつか使えそうな道具を見つけた。


 まずはボロボロのビジネスバッグ、持ち手はしっかりとついているので物を持ち運ぶのに役に立つだろう。続いて傷だらけのキャリーケース、キャスターも健在なので大きな物を運ぶときに便利だ。さらにナイロン製の巾着袋、隙間がないので腰にぶら下げて水を持ち運べるかもしれない。そして最後にボストンバッグ、これは何といっても物を持ち運ぶのに重宝するはずだ。これでどうにか生活していけそうだ。いや無理だろ。


 残念ながら火器類はまだ見つかっていない。中腰の姿勢に疲れて伸びをすると首の骨がごきごきと音をあげた。


「…ん?」


 瓦礫の山を見ると、何か違和感を感じた。


 近づいてみるとどうやら何かが光っているようだった。さらに近づき、それを手に取った。


 光の正体はどうやら宝石のついた指輪のようだ。しかしこの指輪は何かがおかしい。


 というのも、指輪が光っているのだ。光っているというのは光を反射して輝いているということではなく、指輪が光源となって光を発しているということ。いったいどういう仕掛けだろうか。


 しかしその光は眩しいというほどではなく、自分でもこんな弱い光によく気付いたものだと感心してしまう。それだけならばただの珍しい指輪なのだが、この指輪の最も奇妙な点はその光の色である。


 光の三原色というのは赤、青、緑だったと記憶しているが、この色は色をどう組み合わせれば作れるのか俺は知らない。


 その指輪は、黒い色の光を発していた。


 なんとなくだが、わかった気がする。俺はこの指輪に呼ばれて来たのだろう、こいつが俺をこの島まで導いたのだ。


 気づいたらその指輪を手に取り、指に嵌めていた。指のサイズよりも一回り大きかった指輪はぴったりと指に嵌るように縮む。


 そしてその宝石の黒い光がじわりと緑色に変化すると、俺は魔法の使い方を理解した。


 ―――魔法。人類のほぼすべてが知っているもので、誰一人として実際に見たことがないもの。架空の物語や創作の中だけの存在。誰しもが一度は思うだろう。魔法が使えたら良かったのに、と。


 不思議だった。どうして今まで魔法が使えなかったのか。そしてどうしてこの指輪が思い出させてくれたのか。


 そうだ、魔法が使えるようになったというよりも使い方を思い出したという感覚の方が近い。しかし過去の記憶のどこを探っても自分が魔法を使ったという思い出はない。知らなかったことを思い出すという矛盾。もうわけがわからんよ。


 さて、魔法といっても火の玉を飛ばしたり物を凍らせたりはできない。俺が使える魔法は一つだけ。それは物を動かす魔法、超能力でいうならサイコキネシスと呼ばれるものだ。物を浮かべて動かすというよりは、遠くの物を掴んで操るという感覚だ。普通に便利である。そしてこの力を使えば火も起こせるし、この島から脱出も可能だとわかった。


 しかし、あたりは夕暮れ。今日のところは一先ず休むことにしよう。


 俺は洞窟に戻る道中、落ち葉や枝を魔法で手元に引き寄せつつバラエティ豊かな鞄たちの中に次々と放り込んだ。ついでに高い木に生っている果物も回収する。


 洞窟に到着するとその辺に転がっている石を二つ動かし、集めた枯葉の上で高速で何度も打ち擦った。人の手では不可能なくらいの速さで、二つの石は火花を散らしている。


 やがて火花が火種となり枯葉が少し燃え始めた。その小さな燃焼を絶やさないように慎重に息を吹きかけて火をつけていく。やがて火は燃え広がり、太めの木の枝が安定して燃え始めたところで一息ついた。


 謎の酸っぱい果物を齧りながら、この魔法の使い方を確認する。どのくらいまでの重さの物を動かせるのか、どれだけ速く動かせるのか、どこまで精密な動きができるのか、固定されているものは動かせるのかなど一つ一つ確認していく。


 確認するといっても、想像するだけで何となくどこまで出来るかはわかる。自分の指がどういう風に動かせるのかを想像するように大体の限界は理解できるのだ。


 明日からは島を出る準備をしなければならない。どういう風に脱出するかを考えつつ、無人島生活初日は終わりを迎えた。











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敷島亮 【?】の指輪 [属性:緑/状態:緑]

Lv1:物体操作⇒無生物に対する物理的干渉

Lv2:???

Lv3:???

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