第6話 それは確かな決意

あれから、ずっと悩んでいた。

貴族が60階層を超えたと聞いた時から、悩み続けていた。


塔からの帰り道、酒場の前を通るといつもの酔っ払いの声が聞こえた。


「よぉ!リオ!お疲れさん」

「やぁアントン、いつも飲んでるな。塔にはちゃんと行ってるのか?」

「おぅよ!今日は18階層で鉱石掘りしてきたのさ!武器がへたってきたからな」


平民街には武器屋は多くある。塔で産出される鉱石は無限に採れるのだが、少しでも珍しい鉱石だと全て税として取られてしまうため、鉄で武器を作るしかなく、損耗率が高いので頻繁に購入する事になるからだ。


「それよりもよぅ、最近元気ねぇじゃねぇか」

「...わかるかい?」

「そりゃあな、まぁ例の件のせいだとはわかるからな」

「...まぁね」


リオは目に見えて悩む顔をした。


「わかっているんだ、彼らは神聖武器を大量に使い捨てにして突破したって事は」


神聖物の中でも武器に使用できる物は神聖武器と呼ばれているのだが、王侯貴族が神聖武器を使い捨てにしたのには理由がある。


塔は10の倍数階層に門番と言われる強力な個体がおり、次の階層への転移装置を守護している。

50階層までは王侯貴族は加護と神聖武器の力で難なく進んできたが、それは60階層に現れた。


「雷を纏った羊、だったか」

「そうだよ。分厚い羊毛に阻まれて攻撃が効かず、雷に撃たれて、今までは突破する事が出来なかった」


だが、遠距離から神聖武器を暴走させ、一瞬の火力を上げて投擲して無理矢理羊の高い防御力を突破したのだ。


「父も羊の防御力を突破できなかったんだと思う」


平民は、現在でのリオを除いた最高到達階層は39階層である。31から39階層は30階層の門番より弱いのでこの階層となっている。


「てか、待てよリオ。それでお前が悩むって事は...」

「うん、60階層に挑みたいんだ」


それは、アントンも知らなかった真実だった。


「はぁ!?お前そこまで行ってたのか!?」

「59階層まではね。60階層はまだ入った事無いよ。入ってしまったら、止まれなくなってしまいそうで」

「マジかよ...」


それは尋常な事ではなかった。リオの父でさえそこまで到達したのは30歳を越えてからだったのだ。


「リオお前、何歳だっけ?」

「18だけど」

「マジかよ...」


それからしばらく、アントンは「マジかよ...」しか言えなくなった。

因みに、父が亡くなったのは33歳の時である。


「よく、神聖武器無しでそこまでいけたな、加護もないのに」


その顔は内心を雄弁に語っていた。


(やはり、変態一族...)


リオは苦笑するしかなかった。

その様子を見て、アントンはばつの悪い顔をして誤魔化す様に咳払いした。


「それで、挑戦するんだったか」

「それを悩んでるんだよ」


リオは難しい顔をして呟く様に言った。


「父でさえ、突破出来なかったんだ。ここで僕が死んだら、これまで続いてきた全てが無駄になってしまう」


リオの一族は、全ての者が神の試練を超えるため、人生を懸けて、それでも届かず、次代に託してきた。

もはや、記憶にも記録にも残らない昔から、連綿と受け継がれてきたのだ。


「それでも、今すぐにでも挑みたいって顔してるぜ」

「えっ?」


リオは驚いた顔をアントンに向けた。


「俺にはなぜそんな事がしたいのかよくわかんねぇが、お前が本当は挑んでみたいんだって思ってる事だけはわかったよ」


驚愕の顔を続けるリオを横目に、話を続ける事にした。


「いいじゃねぇか。どうやらそういう一族だったみたいなんだから。自分のやりたいようにやりゃあ。それでくたばってもお前のご先祖だったら笑い話にでもするんじゃねぇのか?」


そうかもしれない。ふとリオは自分でもそう思った。


アントンは、リオのその様子を見た後、無表情になってぽつりと告げた。


「それに、安全な場所なんてどこにもないしな」


それは、ただの周知の事実だった。塔の中よりもむしろ外の方が平民の死亡率が高いなんて事は。

平民は、王侯貴族の家畜として生かされているだけだなんて真実は。


だから、リオは決意する。


「うん、ありがとう。行ってみるよ」


命ある限り、先に進み続けると。

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