第3話 それはいつもの日常
朝、日が昇る少し前に起床する。
部屋の隅に置いてある大きい箱に向かい、箱の中に大量に詰め込まれている紫玉をいくつか桶に移した。
「また補充しないとな」
桶と布と剣を持って家を出る。そこは第6塔の貴族街を塔の前方として右方にある平民街の外縁部である。
周囲に家はあまり無い。平民は外縁部とはいえ貴族街の近くに住みたがらないからだ。
家の前に出ると、素振りを始める。
この時代では王侯貴族は加護があるので、加護の導くままに武器を振ることが最上とされているので、素振りをするといった努力をする者など平民にもいない。平民は生きるだけなら日々必要な分の食糧と資源を確保するだけでよく、加護が無い事で諦めている者が大半だからだ。強くなるための努力をする者などただの変態である。
リオの家系は代々変態が生まれる事で一部では有名で、貴族からは加護に抗う者として侮蔑と嘲笑を、平民からはパンダを見るような目で見られている。
精神と肉体を完全に一致させ、一振りに魂を乗せる。
流派など生まれていないこの時代では、先祖から伝えられる事などこの程度でしかなかった。しかし、この言葉と素振りをする姿を子へと伝えていく事で受け継がれる何かはある。悲しい事に周囲には変態性が受け継がれているようにしか見えなかったが。
リオは素振りを終え、桶に入れた紫玉を外に出し、1つを手に取り念じることで水にして手を洗い、残りをまた1つずつ念じて全てを水に変え、桶を満たした。その水で水分補給と汗を軽く流し、布で軽く拭き取ると家に戻り、朝食を取る。
この家はリオ1人で住んでいる。母は小さい頃病気で亡くし、父は3年前、塔の60階層に平民であるにもかかわらず到達し、帰ってくることがなかった。
故に、リオは尊敬する父の意志を継ぎ、その先へ進もうと決意している。
朝食を終えると装備を身に付け、体づくりの一環として塔まで走って向かう。塔の出入口に併設されているチャレンジャー管理局の入口に入り、塔に入る手続きをして塔の1階層に向かう。30階層より上で活動するチャレンジャーは大型の生物が出現するようになるので、ここで台車を借りることが出来る。
「なぁあそこ」
「ん?あぁ...変態か」
ここではリオはいつも注目を浴びる。と言うのも、普通台車は1人で引いたりしないからだ。台車自体も大きいし、帰りは獲得した資源を乗せて帰るのでかなり重くなり、1人では動かせなくなるからだ。ただ、リオは高い階層で活動しており、その分肉体が強化されているので、いつからか1人で引く事が出来る様になっていた。ぼっち気質なのも主な原因ではあるが。
「今日も1人かぁ?頑張れよ!」
「あぁ!ありがとう!」
リオは平民のチャレンジャーの中では人気もある。平民であるにも関わらず、1人高い階層に挑戦を続けていて、帰還するとたまに上層の美味いものを酒場で奢ってくれるからだ。それでも共通認識は変態で固定されているが。
塔の1階層はコンクリートのような灰色の空間が広がっており、そこに紫の太い線が引いてあるだけという大型転移装置が多数配置されている。
この大型転移装置は塔に最初から存在したらしく、行きたい階層を念じる事で、行ったことがある階層ならば目的の階層の転移装置に何にも重ならないように移動させてくれる。まさに神の奇跡である。
今日の目的は、紫玉の補充と先日の件で焼肉が食べたくなったので31階層に向かい、牛を狩る。そのため、大型転移装置に乗り、(31階層へ)と念じて移動した。
31階層へ転移すると、周囲の景色が変わり、見渡す限りの草原に変化する。まばらにいる人を横目に人の少ない方へ移動した。
少し移動すると初めに遭遇するのはスライムである。リオは出会い頭に蹴り飛ばして弾けた膜の中にあった紫玉を回収した。
スライムとは丸いぷにぷにした外見をしている、塔の1階層以外の全ての階層に存在する塔の放置物回収システムだ。
昔はそういう生物かと思われていたが、ある時、放置されていたゴミに纏わりついていたスライムがゴミを消化吸収しているのではなく、スライムごと塔に沈んでいく様子が確認された。
それにより、スライムは紫玉を核とした生物ではなく、紫玉をエネルギー源とした塔そのものの回収システムであると今では分かっている。
スライムは動きも遅く、子供の蹴り程度の衝撃が加わるだけで表面の膜が弾けて紫玉が採れ、触っても消化されたりしないため、低階層は子供達が競うようにスライムを探し回る姿が見られる。
リオは遠くに見えた牛に近づくまでに台車備え付けの箱いっぱいに紫玉を回収し、牛に近づくと台車を放置して剣を構え、牛と対峙した。
凄い勢いで突進して来るが、31階層の牛は美味いので何度も通っていて慣れている。危なげなく避けて首を一閃した。
倒れた牛を近くにある水深も幅もあまりない川に運び、血抜きを行う。この階層では中心地で水が湧き出て放射状へ川が流れる構造になっているので、外周の方では偶に血が含まれた水が流れてくる。最終的に水は何処かに流されていっているようだ。
血抜きが終わり、台車に牛を乗せる。こちらに来る時と同じ様に、台車備え付けの足場板を川を渡る都度敷きながら帰還する。
こういった作業も人手があれば作業を分担して行う事が出来るのだが、悲しいかな、ぼっち気質のリオはいつも1人で行なっている。なお、王侯貴族は神聖物に空間拡張鞄の様な物があり、全てそれに入れて行動するため身軽なものである。そもそも食糧などの通常の資源は税でいくらでも手に入るので、わざわざ狩りに来たりもしないのだが。
1階層に帰還すると、塔に来た時に乗った大型転移装置に出るので元の塔の右方の出入口に向かい、管理局に戻る。なお、元の出入口がわからなくなったとしても、王侯貴族が使う前方の出入口は何やら金箔が貼られているし、転移装置を使用する者達も独特の雰囲気があるのでそこを基準にすれば方向を把握する事ができる。
管理局ではそのまま物資搬入スペースに行き、資源を税の取締受付に回収され、大型の箱に資源を投入されると、紫玉は半分に、牛は解体された状態で半分になって出てくる。
解体された状態で半分というのが曲者で、貴族街に不足している物から優先的に徴収されてしまうのだ。今回の場合、牛皮全てと特に美味い部位の肉を持っていかれた。リオは一撃で首を飛ばすため、皮や肉が良い状態で残るのでそれでも肉は多めに持って帰れるが、通常の平民はもっと傷がついて使える部位が少なくなるので手元にもあまり残らなくなる。
「確認終わりました。それでは税として資源の半分を徴収します」
確認終わるも何も全自動な訳だが、どうやら定型文が決まっているようで、いつもの無機質な声で言い渡される。
神聖物の中には人と全く同じ様に見える人形もあるが、この定型文しか話さない受付の人達は、決して人形の神聖物などではない。また、神聖物や加護に精神を操る物は存在していない。
この者達は、奴隷を作り上げる役目を持った貴族に心を壊され、洗脳された元平民だ。
王侯貴族は平民に近づきたく無い上に、税の徴収を塔から出てくる全ての者に、一々自分達で行う事を嫌がった。そのため、そういう雑事を全て行なってくれる奴隷を欲したため、拷問したりする事が好きな貴族に奴隷を作る役目を持たせたのだ。
奴隷にされる平民は、口減らしなどの他の世界で一般的な理由ではない。そもそもこの世界では食糧と水はほぼ無限に手に入るからだ。
奴隷になるのは、王侯貴族が気に入らない者、逆に一時的に気に入って飼っていた者、そして平民の中に稀に生まれる加護を持つ者だ。
特に加護を持つ者が便利で、偶に税などが気に入らないで暴れる者を処理するのにも役立っている。
「残りの資源はどうされますか?」
「持って帰る」
「お疲れ様でした」
リオは資源を背負袋と手提げ袋に入れると管理局の出口に向かう。入口と出口は完全に分けられており、混雑するからという理由もあるが、1番は税の徴収を確実なものとするためである。
整備されていない道を通り家路につくと、活気のある声がそこかしこから聞こえてくる。平民街は貴族街に比べて明らかに発展していないにも関わらず、不思議と治安はそこまで悪いわけでは無い。食糧事情はそこまで悪くないからだろうか。
酒場の前を通ると、いつもの酔っ払いの声が聞こえてきた。
「よぉリオ!今日は荷物いっぱいだなぁ!というか、いつもよくそんなでかい物背負えるな」
「ま、鍛えてるからね」
リオが答えると、アントンは苦笑いした。
「まぁそうなんだろうけどよ。そんで、今日はどうする?飲むか?荷物いっぱいあるけどよ」
リオは考えるそぶりを見せる。
「そうだね、じゃあ牛狩ってきたし、今日は奢るよ」
その言葉に、周囲が一斉にざわつき始めた。
「なんだと!?おい!みんな!今日もリオが奢ってくれるってさ!」
アントンが口火を切るとそこに歓声が沸いた。
「やっぱりリオは最高だぜ!」
「よっ!ナンバーワンチャレンジャー!」
「やっぱリオなんだよなぁ!」
「やっぱり変態は一味違うぜ!」
「
「やはり、今日はリオが奢ってくれる日だったか...」
「ありがとな!」
なんだか変な事を言っている奴もいたが、リオは苦笑して酒場の店長に肉を渡した。
「店長、この場は奢るんで残った肉で相殺でお願いします」
「別に奢る必要は無いと思うんだがね」
いつものやり取りに互いに苦笑した。
突発的な宴会も途中で抜け出し、家に帰宅すると、紫玉を箱に移し、宴会でも余った肉を倉庫に保存する。
ナマモノでも管理局での解体により薄いビニールの様な物で包まれ、ビニールを剥がすか穴が空がない限り、3日は保存することができる。逆に3日を過ぎるとビニールが溶け出し、ナマモノだけでなくその周囲ごと目も当てられない事になる。
装備の整備なども終えると、剣を持ち再び外へ出て素振りを始める。
一振りに魂を込めて
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