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何気ない普通の日。

何気ない普通の人。


当たり前でつまらない平日。

そこから1人、見事なまでに欠けていった。

不登校になったとか

転校しただとかそんな話ではない。

行方不明、と。


歩「…。」


窓の外を見つめていると

忽ち霧が立ち込めてくるのではないかと

思うほどの天気の悪さ。

とはいえ雨は降っていない。

けれど、じめじめとした地面を踏む

あの音が耳の奥で木霊している。

雲の奥では神さまでも怒っているのか。


1人欠けようと私の生活に支障など

何ひとつもない。

変わったことはないに等しい。

煩いやつが学校から姿を消した。

たったそれだけだ。


…私からすればそれだけだ。

特に長束の周りの人間は

暗い顔をするようになった。

先日、学校から行方不明になっていると

クラスに連絡があったのだ。

不審者がいるかもしれないから

気をつけて帰れと、

なるべく夜遅くに1人で出歩くなと、

先生は疲労の溜まった目つきで

生徒たちを見やっていた。

やつれているのが目に見える。

対応に追われてたんだろう。


歩「……はぁ…。」


放課後。

バイトまでの暇つぶしでもなく、

ただ家に帰る気がしなくて

自分の席で頬杖をついていた。

視線は相変わらず窓の外。


いつだか、夢を見たものだ。

窓の外はずっと遠くまで

甘ったるい空気が延々と

流れている…という奇妙な夢。

今思い出すことではないか。


肘がびりびりと痛み出してしまい、

仕方なく逆手に変える。

すると一気に血流がよくなり、

指先は麻痺していく。

この自分の体では無くなっていく感覚が

どうにも好きになれなかった。


歩「…。」


長束が消えた。

私はあいつが消える前に

何となく気づいてはいた。

正確に分かっていた訳ではない。

ただ、宝探しを3回休んだら

死ぬかもしれないと直感的に思ったのだ。


1回、2回と休んだ時、

私は死ぬかもしれないと感じるほどの

不可解な出来事に遭遇した。

きっと他の皆もそうだったはずだ。

死ぬかもしれない程ではなくとも、

普段では起こり得ない

奇妙極まりない出来事があったはずだ。


歩「…そういや、チュートリアルは含まれなかったんだ。」


まあチュートリアルと謳っているのだから

多めに見てくれたんだろう。


スマホを片手に情報を遡る。

やはり、チュートリアル時の宝箱の中身は

「仏の顔も三度まで」とある。

3回休んだら終わりだった。

現に長束は消えた。


それが意味するのは死なのかまでは

まだわからずじまい。

死体になって出てきた訳ではない。

長束はまだ帰ってくる可能性だって大いにある。


だが、所詮他人だ。

そもそもこんな宝探しなんてなければ

関わらなかった人間だ。

きっと小津町もそう。

他人、赤の他人。

今更同情なんてしない。

…しないが。


…。

…少しばかり汗ばんだ手で

スマホをぎゅっと握る。

その際、指先は凸部分を捉え

電源はぽとりと落ちてしまった。

真っ暗な画面に自分の顔が映る。

1日を終え、疲れ切っている自分の顔だ。


歩「……馬鹿馬鹿し…。」


今更、気づいていたことを

情報を伝えなかったことに後悔しているのか、

心臓がきゅっと締まる思いがする。


どうでもいいはずだ。

たかが他人なのだから。

興味など微塵もない他人なのだから。

そうやってこれまで割り切ってきたのだから。


過去に縛られ続けている私は

こんなにも滑稽なんだ。





***





梨菜「ここら辺かな。」


曇りの隙間に現れた陽に撫でられながら

スマホを片手に横浜の街を歩く。

海が近づく度にこの世から

離れていくのではないかという

期待と不安が膨らむ。


海は好きだ、嫌いでも苦手でもない。

幼い頃から波流ちゃんに連れられて

何度も訪れた。

それでも尚、海には引きずり込まれそうだと

不意に感じる時がある。

異国を訪れているような、

けれど日常でもあるような。

海の近くで住む人々の姿を見ると、

特に海の近くのマンションのベランダから

洗濯物を干している人や

自転車を漕いで近くのコンビニへと

向かっている人を見ると、

海だって日常を成り立たせる

ひとつに過ぎないと実感した。


梨菜「…。」


深呼吸をひとつ。

潮っぽい匂いが鼻を擽る。

花粉症だったら深呼吸だって

出来なかっただろうななんて、

波流ちゃんの顔を浮かべながら。


先日、宝箱の中身のひとつであった

数字の羅列はある地点を指しているのでは

ないかという情報があった。

数字の羅列の紙は3つ。

どれもが横浜の赤レンガ倉庫の近くの部分。

それをもとに宝箱か長束さんか、

何かがあると信じて探した。

すると、宝箱があった。

今までとは違い、1枚の紙は

3分割されていたのだ。

それと同時に、jack、queen等の文字と共に

3つの建物が記されている

マンホールのような目印を目にした。

見つけた紙を合わせると、

「物語の4つ目を探せ」と。


今日はその4つ目の宝箱であろう場所を

探しに来ていた。

これを見つければきっと

レクリエーションは終わる。

楽しかったような不気味だったような。

少しばかりの非日常は終わってゆく。

長束さんの件は何ひとつとして

解決には向かっていない。

依然として姿を消したままだ。

彼女が姿を消したのは

このレクリエーションのせいなのか

将又全く関係ないのか。

それは分からないけれど、

私達はこの宝探しを終わらせなくちゃいけない。

そんな予感がしていた。


日々の気温は徐々に上昇し、

今では冬用の制服では

腕を捲っていないと汗が噴き出るほど。

そのまま歩いていたら

頭がくらくらしてしまう。

暑さのあまり、水分不足になっているのだろう。


梨菜「……あっつ…。」


鞄から水筒を取り出して冷水を口にすると、

忽ち正気が蘇る思いがする。

胃まですぅっと冷たいものが流れるのが

気持ち悪くなるほど分かる。


水筒を鞄にしまった後、

また1歩と踏み出す。

先日来たばかりの馴染みがありすぎる

風景とまた顔を合わせた。

微々ながら風があり、

前髪を悉く崩してくる。

これだって日常かと思えばそれまでだけど。


駅から降りて、

先日写真を撮った場所を通り抜ける。

海が見えたところで、

大さん橋に向かう手前の

象の鼻パークという部分に向かう。


梨菜「………あ。」


象の鼻パークと言われるその部分は、

道から大きく外れて景色を楽しめる

スペースがあるのだ。

象の鼻のようににゅっと伸びていることから

名付けられたのだろうと

容易に想像がついてしまう。

実際どうなのかは分からないけれど。

家に帰ったら調べてみようかな。


そんなことを考えている中、

遂に宝箱を見つけた。

この数週間の間幾度となく見てきた箱。


黒い箱だと思って近づいてみれば

どうやら木目の入った木っぽい素材で

出来ていそうなもの。

ぐるりと1周回って見ずとも

開き方は良く想像される

宝箱と同じだと既に知っている。

掌に乗るほどの小ささで、

不可解なことに巻き込まれておらず

この宝箱の存在を知らないままだったなら、

子供のおもちゃのゴミかと

通り過ぎてしまうだろう。


梨菜「……よし、みっけ。」


しゃがみ込むと箱はぐいっと近づいて、

何だかいつもより大きく感じた。

冷ややかな表面にそっと触れる。

やはり開くのはとても心地がいい。

引っかかることは一切なく

するりと絹に触れるように滑らかに開く。


さざぁ…と波の音が聞こえる。

波から連想されて波流ちゃんの名前が浮かんだ。


梨菜「…?」


開いてみると、今までの紙が1枚。

そして、今までとは違い

固形物が入っているのが見える。

まずは紙を取り出してみる。

刹那、背筋が緩やかに凍っていくのを感じた。


梨菜「…『嶋原梨菜の所有物』……私…?」


宝箱の中身に自分の名前が書かれている。

それは奇妙にも程がある。

自分の名前が見知らぬ誰かによって

記されているとはこんなにも

奇妙で不可解でぞくっとするとは知らなかった。


何を思ったのか、将又何も感じなかったのか

宝箱の表面よりも冷たい鎖に手を伸ばす。

そして固形物をそっと持ち上げた。


梨菜「何だろう、これ。」


金属の目の細かい鎖の先に1つ小さな飾り。

ぱっと見てすぐの感想は

子供が頑張って作ったアクセサリーのよう。

もしもこれが星李や波流ちゃんの

作ってくれたものなら

勿論大事に持ち歩いただろう。


それは奇妙なブレスレットに近しい何かだった。

ピンクでハートを象った紙の上に

四つ葉のクローバーが乗せてあり、

それ全体を透明な液体でコーティングして

固めたような飾り。

爪ほどの小さい飾りのため、

目を凝らして見ないとピンクのハートの紙や

クローバーは認識しづらい。


梨菜「お洒落ではないなぁ。」


ぼんやりと脳から取り出した言葉は

考えるのをやめてしまったよう。

それでも、どこか懐かしいような気もする。

子供の頃に家庭科で作ったものが浮かんだ。

私の創作物は全て変なふうに曲がってしまい

波流ちゃんに下手だと笑われた記憶。

今でも私ではこんな器用な真似は

出来ないだろうなと零れ落ちた。

私の所有物という紙と共にあったということは

私が持っておけということなのだろうか。

そうであると信じてきゅっと

鎖を握りしめる。

ちり、と返事をしてくれた。

目が細かいからか微々ながら痛い。


生ぬるい風が頬を撫でる。

潮騒が聞こえる。

私は一体何をしてるんだろう。


突如、ぴろりろと聞いたことのない音楽が

スマホから流れ出した。

爆音というほどでもないが、

電車で鳴ったら迷惑だろうな程度。

軽快な音楽だけど、

どこかレトロな雰囲気が漂っているからか

すぐにスマホを確認する気にはなれなかった。

その場に立ち、潮の風を顔面いっぱいに受け、

しょっぱい匂いを盛大に吸う。

すると体内で濁った何かが織り混ぜられ、

息を吐き出すと同時に

濁った澱も抜けていく。


梨菜「…?」


遠くに影を見た。

綺麗に整った髪の毛の女の子。

私のことを一瞥すると

何事もなかったかのように歩き去っていった。

そして次々と見知らぬ人が遠くを通る。

私が何もないところで

しゃがんでいたものだから

心配してじっと見ていたのかもしれない。


すっきりした訳ではないけれど

いい加減能天気な音楽が

耳障りになってきた為、

嫌々ながらスマホを手に取った。

真っ暗な画面を持ち上げて

ホーム画面へと移動したかと思えば、

何もしていないにも関わらず

宝探しのアプリが起動した。





『最後の宝箱が開かれました。これにて宝探しは終了です。お疲れ様でした。』





そのたったひと言が

やけに脳裏に焼き付いた。


梨菜「……終わった…?」


何だか終わりは呆気ない。

そう気づいたのは卒業式や

発表会の後だった。

今まで沢山の練習をこなしたのに

終わる時は一瞬なのだ。

長くても2、3時間もすれば

大体は終わっている。

そのたった数時間のためだけに

何十時間も費やす。

何が残ったのか分からないような、

そんな感覚に陥っている。


改めてスマホを見やる。

すると、今度は自然とアプリが落ち、

しまいにはアプリが

アンインストールされてしまった。

一瞬の出来事だったからか、

何も操作することが出来ずに

眺めているだけで終わってしまった。

宝探しが始まる前の、

4月頭の頃のスマホ画面と

全く同じになっていた。


梨菜「…終わっ…た…んだ…。」


虚無感に苛まれる中、

私達が得たのは微かな繋がりと

多大な不可解だけだったのかもしれない。


からり、と。

きめ細かい鎖が風に煽られ、

手中で寂しく鳴いていた。











夢の中ならば 終

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