4/24
春の心地のいい日差しは
残念ながら雲に隠れている。
私たちの足は自分の家の最寄り駅から
電車でいくつか離れた場所に着いていた。
この宝探しのおかげで
今まで来たことのない土地に
じゃんじゃん足をつけている。
その度に新しい発見があったり、
今度散歩しに来てみたいと思ったり。
私は部活もしていないし、
意味があるのかないのか
分からないような日々を繰り返していた。
そんな味気なかった生活から一転、
薄気味悪い影を落としながらも
きらきらと輝く楽しい日々に変わった。
美月ちゃんや花奏ちゃんと
関われているのだってそのおかげ。
ただ、数日経た今でも
中々関わるのにはひとつ
勇気を要する人もいるけれど。
今日は午後から雨が降るんだっけ。
緩やかな雨の音楽が聞こえてきそうな曇天。
それでも花粉は酷く舞っているのか、
隣を歩く波流ちゃんは
遠慮なく鼻を啜っていた。
波流「ぐずっ…うぅ…。」
梨菜「大丈夫?」
波流「花粉症辛い…。」
梨菜「わあ、辛そう…。」
波流「絶対思ってないでしょー。」
梨菜「大変そうだなぁとは思うよ?ちゃんと人並み程度に。」
波流「あぁ…本当の辛さが分かってない人の意見だわ。」
梨菜「だって花粉症じゃないもーん。」
波流「ずるい。その体質分けて。」
梨菜「ご飯じゃないんだから。」
波流「半分こ。」
梨菜「絶対やだ!」
波流「ほら、10年来の仲じゃん?」
梨菜「親しき中にも?」
波流「…ちぇー。」
波流ちゃんはマスク越しながら
頬をぷくーっと膨らませたのか、
頬の形が歪になっていた。
今日は波流ちゃんと宝探し。
先週の休日にも会ったっけ。
先週は今の顔ぶれに加え
美月ちゃんもいて3人で探した。
唐突に始まった宝探しは
そろそろ終盤だという意味だろうか、
赤い点は今までとは違い6つになっていた。
結構取り尽くしたってことだろうか。
画面上に示されている。
最後の宝箱はここに表示されるのだろうか。
それとも表示されないとか?
今までのお宝をもとに探し当てよと
暗に示されている
…なんてことがありそう。
その方が今までの意味不明は
宝箱の中身も報われるというものだ。
梨菜「あ、あそこの公民館じゃない?」
波流「っぽい。」
梨菜「よおし、張り切って行こー!」
波流「元気だねぇ。」
梨菜「波流おばあちゃん、ほれ、頑張って。」
波流「わしゃ無理だよ。筋肉痛。」
梨菜「それ言えばいいと思ってる?」
波流「うん。」
梨菜「脛蹴ろうか。」
波流「それは筋肉痛関係なく誰でも痛いじゃん。」
梨菜「そっか。というか、本当は筋肉痛じゃないでしょ。」
波流「まあね。」
梨菜「あれだけ毎日運動してて、それを1年続けてるんだったらならないよね?」
波流「圧凄い…ならなくなってきたけど、なる時はなるよ。」
梨菜「へぇ。」
波流「長期休み明けとか死ぬほど痛くなる。」
梨菜「なるほど、自主練はしないタイプと。」
波流「やめてやめて、分析はしないで。」
ばしばしと肩を叩かれる中、
目の前に広がる大きめの公民館を眺む。
中に入ると館内地図が飾られていた。
公民館とはいえどちょっとした
公園のような広場が併設されており、
室内には自習室や体育館、
それから簡易ながら本の置いてある
図書館のようなスペースまである。
ぱっと見ではそんなに大きくなかったと
思っていたのだが、
見れば見るほど物凄い多機能な上
地下まであることから
だいぶ広いことを認識させられる。
波流「広いね。」
梨菜「ね。来たことない場所だから分かんなかったや。」
波流「どこから探す?」
梨菜「あれ、室内って駄目じゃなかった?」
波流「そうだったかも。ちょっと見てみる。」
波流ちゃんが鞄の中を
ごそごそを漁っている隣で
ポケットからするりとスマホを取り出し、
自分でも確認しようとアプリを開いた。
すると相変わらず点は幾つか光っており、
特定の場所からルールが表記された
ページへと飛んでみる。
『宝箱は室外にのみあり、掘り起こす等せずとも見える位置に設置されています。また、一軒家の庭や山頂等、他人に迷惑のかかる場所やたどり着くまでに危険が伴う場所には隠されておりません。』
と、何度か目にした文字列が。
無機質な文字だからだろう、
迎え入れてくれているのか
貶しているのだかまるで分からない。
不意に私の姿を見て、
波流ちゃんはスマホを探すのをやめた。
波流「見せてー。」
梨菜「はーい。ほら、やっぱり室内なしだよ。」
波流「本当だ。なら広場っぽい方行ってみよう。」
梨菜「うん!」
昼間手前の公民館ということもあってか、
それとも午後から雨だからか、
将又その両方か。
人は疎で緩やかに時間が
流れている気がした。
まるで時間の流れが0.5倍速に
なってしまったかの如く。
ずっとここにいれば
永遠に大人にならずに済むような。
そんな錯覚が私の心臓の
底の部分を優しく浸した。
波流「あのさ。」
梨菜「はいはい?」
スマホをカバンにしまいながら
広場へと向かう中、
波流ちゃんは随分とのんびりした口調で
空気を僅かに震わせた。
呟く声にどこか見覚えがあるような。
波流「宝探し、終わるのかなー。」
梨菜「私もそれ気になってた。今日で終わっちゃうかな?」
波流「え、何で今日って思うの?」
梨菜「アプリでマップを確認したらね、今まで9つ赤い点が出てたのに今日は6つなんだよ。」
波流「そうなんだ。底を尽きたみたいな感じなのかな。」
梨菜「だと思ってる!」
波流「なるほどね。宝探し終わったとして、Twitterも戻るかな。」
梨菜「あー。結局理由分かんないよね。」
波流「別にアイコンとか名前とか変えなくてもレクリエーションって出来たじゃん?」
梨菜「確かに。なんか理由あったんじゃない?」
波流「そりゃそうなんだけど…そんな適当?」
梨菜「うーん。考えても分からないなって思って。」
波流「何だか先行き不穏だなぁ。」
梨菜「そう?まずは最後のお宝目指して楽しもうよ!」
波流「梨菜は前々から先を見るのが得意だよねー。」
梨菜「お褒めいただき光栄です!」
波流「若干の皮肉だよー。」
梨菜「え?」
遠回しに悪口を言われた…?
何奴と思って波流ちゃんを見るも、
目を細めくしゃっと笑う彼女を見てしまっては
どうにも怒る気になんてなれなかった。
お互い胸の中で煮えるような
憤りを感じたことはあるだろう。
私だってある。
けれど、こうやって妥協してきたんだなって
今更ながらに実感した。
否。
許しあってきた、かな。
こうして10年共に歩んでいたのかと思うと
ふとした瞬間に思い出が蘇って、
目元にじんわりと暖かさが滲む。
波流「さて、探しますか。」
梨菜「だね。」
私も波流ちゃんも出会った時より
身長は伸びて体重は重くなった。
考え方だって多少は変わった。
それでもこの関係だけは
あんまり変わらなかった。
梨菜「探す前にひとつ!」
波流「え、何?」
梨菜「どっちが先に見つけられるか勝負しようよ!」
波流「勝負?」
梨菜「そう!」
波流「あぁ…私に勝てるとでも?」
梨菜「勝つもん!」
波流「まだ覚えてるよ、梨菜は隠すのは得意なのに探すの苦手って。」
梨菜「いやいや、波流ちゃんだって探すの苦手じゃん。なんなら隠すのも」
波流「よーいどん!」
梨菜「えっ、あ、待ってよー!」
波流ちゃんはぱーっと
広場へと駆けていく。
その後ろ姿がー
°°°°°
「名前なんていうの?」
梨菜「………梨菜…。」
波流「梨菜ちゃんって言うんだ!私、遊留波流って言うの!」
梨菜「……。」
波流「一緒に遊ぼ!」
梨菜「……何で?」
波流「遊びたいから!」
梨菜「じゃあ…1人で遊べばいいじゃん。」
波流「だってみんなと遊びたいもん!梨菜ちゃんもあーそーぼー。」
梨菜「やだ。」
波流「何でー。」
梨菜「遊びたくない。」
波流「みんなと遊んだら楽しいって!はーやーくー行こーよー!」
梨菜「…でも」
波流「もー、ほらー!」
°°°°°
あの日から10年。
あの時は無理矢理私の手首を引いて
嫌々駄々を捏ねる私を
輪に引きずり込んでくれた。
それからの日々、
私は波流ちゃんにいい意味で付き纏われた。
何であんなにも話しかけてくれたのか
今になってもわからない。
聞いたことはないから。
そんな過去の背中とリンクするも、
今では波流ちゃんは私のことを
梨菜と呼び捨てするようになったし、
何より手首を引いてはくれなかった。
波流「よっし…探すぞー。」
私に視線を寄越すことなく
早速近場にあるベンチの下を覗くべく
しゃがみ込む彼女の姿が映った。
私たちの関係はあんまり
変わらなかったとはいえ、
いつの間にか微々ながら変わっていたのだ。
…なんて、らしくもなく
思い出に耽ったところで、
私も探すぞと心の中で1度声を上げる。
梨菜「絶対負けないからねー!」
波流「その言葉ー、そっくりそのまま返すからー!」
結局口から溢れ出る言葉は
波流ちゃんに対しての戦線布告だった。
高校生になってからする宝探しは
何とも子供染みている気がしたが、
やってみればそんなことはなかった。
大人に近づいたからこそハマるものでも
あるのかもしれない。
昔は波流ちゃんとよく
宝探しゲームをやったもんだ。
隠すものは消しゴムやどんぐりなど
身近なものを選んだ。
過去は他の人も巻き込んで
幾つ見つけられるかと競争したものだ。
それが今でも競争をしている。
昔に戻ったようで楽しかった。
一緒に探したら探したで
楽しみはあったはずだけれど、
きっと思い出たちは反抗の意を
唱え出していただろう。
それからはいろんなところを探し回った。
波流ちゃんが探していたベンチから
建物の隅の植木鉢、
自動販売機の後ろまで。
私は隠すのは得意だったが、
相手の思考を読むのが苦手なのか
見つけることに関しては
小学生の頃からずっと下手なまま。
上手くなることなんて一向になかった。
波流ちゃんは両方苦手だけど。
それも昔から変わらない。
苦手ながらも負けず嫌いなのか
「あと1回」と何度も催促されて
宝探しをしたのは未だ
記憶に濃く焼き付いている。
もし私が見つけたら、
見つけなかったふりをした方が
いいのかもしれない。
けど、そんな不正をしてまで
波流ちゃんは勝ちたくないだなんて言いそう。
面倒なことは避けて通りたい私とは違って
正面衝突が好きなイメージがある。
好き、というか性、というか。
だからそんな曲がった優しさよりもー
波流「あったー!」
梨菜「へ。」
波流「梨菜ー!こっちー!」
…どうやら杞憂だったようだ。
考えるだけ無駄だったのかも。
波流ちゃんは昔からは成長して
これまで見つけにくかったものが
少し見つけやすくなるくらい、
視野が広がっていたのかもしれない。
…なんて、どうでもいいことにまで
結びつけて話を飛躍させてしまうのは
私の悪い癖だな。
しゃがんでいたからか膝下に
砂が少々、埃や塩のようにくっついている。
それを片手で払ったのち
波流ちゃんの元へ向かった。
砂らは虚しく舞っていった。
向かうと、案の定ドヤ顔で
宝箱を持っているのが分かる。
どうやら設置されていた滑り台の
着地地点と地面の間にあったらしい。
隠す側も隠す側でよくもそんな
ぎりぎり隠せるような場所を
選んだものだと感心してしまう。
波流「ジュース奢ってもーらお。」
梨菜「いつもご飯取ってってるじゃんー。」
波流「それとこれとは別でしょ。」
梨菜「もー。」
波流「今度カラオケ行くとき奢るから!」
梨菜「それ、波流ちゃんの方が出費大きいけどいいの?」
波流「あ、そっか。」
梨菜「今の聞いたもんね。言質とったからね?」
波流「はいはい、分かったよー。今度カラオケね?」
梨菜「うん!んで、中身は?」
波流「切り替え早いなぁ。いくよ…じゃーん。」
子供たちが近づいてきているのか
話し声が遠くから聞こえる中、
波流ちゃんは気にすることなく
効果音をつけて箱を開いた。
やはり軽々しく開き、
中には当たり前のように紙が1枚。
波流「ま、だよねって感じ。」
梨菜「だね。えっとー…『記憶は土の中』…とのことです波流ちゃん。」
波流「ここほれわんわんってこと?」
梨菜「ヒントなしで?」
波流「今までの宝箱の中身がそうなんじゃない?」
梨菜「なるほど。やっぱり並び替え選手権かな。」
波流「えー、私頭使うの無理。」
梨菜「苦手だもんね。」
波流「やろうと思えば出来るし。」
梨菜「それやらないやつだよ。」
波流「その説も崩そうか。」
梨菜「あはは、崩したら教えてよ。」
波流「もー、他人事だと思ってー!」
それからは雨が降り出すまでの
ほんの数分間、子供らしく追いかけっこをし、
次の宝箱を開きに行った。
波流ちゃんと2人で過ごす時間は
いつからか私の宝物になっていた。
それを思い出させてくれるような
レクリエーションだなってひしひしと感じる。
この少しばかりの非日常も
もうすぐ終わってしまうのかと思うと
寂しさが足元で巣食い出す。
それに気づかぬふりをして
持ってきていた傘を差したのだ。
***
麗香「…ふぅ……。」
ぐーっと背伸びをした後、
人形のようにだらりと腕を垂らす。
雨の中は散歩のしがいがあった。
どれ程独り言を言おうが何だろうが
雨の音にかき消されていくからだ。
歌うことが好きな人なのであれば
歌いながら歩いたっていいだろう。
雨が隠してくれるのだ。
夜ながらいつものコースを通る。
この道は4月当初も通った道で、
確かいろはとあったのではなかったか。
もう2、3週間も経てしまっては
覚えていたことも段々と
抜け落ちていき空箱になっていった。
この道は散歩じゃなくとも
塾の行き帰りにも通るからか、
いつもの道という感覚が強くなっていた。
それと同時に、見知った道ばかりで
やけに胸の内側がむかむかする
感覚が嵩んでゆく。
見知った猫に会うのも
どこでも迎え入れてくれる
だだっ広い夜だって嫌いじゃない。
なのに、どこまでも広がる闇夜だからこそ
不安に苛まれるあての姿があった。
麗香「…あ、この辺…。」
ある角を曲がってふと
思い返された出来事があった。
先週の火曜日だったか水曜日だったか、
塾の帰り道に猫と出会ったのだ。
しかし、1番出会いたくない形で。
猫は車に轢かれたのか、
足の一部が完全に潰れており
変な方向へと曲がっていた。
思い出しただけで吐き気がする。
生命が亡くなったからって
急に吐き気を催すのは
大層失礼だろうけれど、
その悲惨さには口元を覆う他なかった。
塾へと向かうときには
まだ猫は轢かれていなかったので、
命を落としてからまだ数時間。
生暖かそうな液体だったであろうものは
コンクリートの地面へと
みるみるうちに吸われていった。
街灯元だからだろう、
妙に明るく輝ったそこは
まるで裏側へと誘い込んでいるかのような
異彩を放っているようにも見えた。
虫が辺りを飛んでいない事を確認し、
手を合わせ数秒。
そしてその場を去ったのだ。
麗香「…。」
猫だけに限らず、動物を轢いたなら
その本人がどうにかしようと
するべきではないのだろうか。
その部分に憤りを感じているあてもいた。
猫が特別好きだからかもしれない。
将又、それ以外の理由が
見当たらないだけなのかもしれない。
麗香「……。」
今日もまた罪なき命が
亡くなりませんように。
特に猫。
脳内で付け足しながら会話して夜道をゆくと、
例の街灯が遂に見えてきた。
麗香「…?」
街灯下に、また何かがある。
そこであての足は
誰かに止められたかの如く
ぴたりとその場で静止した。
遠目で見るに、何か。
しっかりと何かまでは判断できないが、
大きさからしてカラスだろうか。
にしても動きがない。
じっと観察して時間が経る。
1分が経ったか経っていないかという頃だが、
身動きひとつとりやしない。
だが、鈍く光を反射するものがあるようで。
最近猫が死んでいたのだから
あてが不審に思うのもおかしくないだろう。
ゆっくりと足音を殺して
そっと、そっと近づく。
街灯はまるで祭りの夜のように
夜を明るく、明るくしようと
懸命に辺りへ温かみを飛ばしていた。
それにも関わらず、
遠くまで広がらない光は
見窄らしく真下のみを照らした。
麗香「……また…。」
可哀想。
それが第一に思ったことだった。
口からは出なかったものの、
内側ではみしみしと音を立てて
心臓が締め付けられていく。
また、猫が死んでいた。
先日会った猫とはまた別だった。
今度は腹部から轢かれたのか
胴体が変な風にひしゃげている。
行き場の無くした臓物が
正確な場所は分からないが、
ぷちっと少し漏れ出ている。
あてはホラー映像だとか
恐怖映像に多少は慣れているからか、
叫ぶようなことはなかった。
夜だということもあり、
無意識下で配慮していたのかもしれない。
どうやったらこんな轢かれ方をするのだろうか。
普通なら逃げきれる猫が多い。
それでもボンネット付近にぶつかって
跳ね飛ばされることの方が
メジャーではないのだろうか。
こんな道路の真ん中で
野良猫がのんびり寝ているなんて
あまり考えられない。
それこそ、動けなくなった猫を
車の通る場所に設置しておくだとか、
そのような方法でないと
こんな惨劇にはならないのではないか。
ひとまず触れれるほどにまで近くに寄り、
今度はしゃがんでしっかりと手を合わせる。
ご冥福をお祈りしますと
心の中で口にする。
ふと、地面がじっとりしていることに気づく。
そういえば昼間は雨が降ってたんだったか。
いつ轢かれたのかまでは分からないが、
雨にあたったとしても当たらずとしても
さぞ寒かっただろう。
こんな事故、2度と起きてほしくない。
胸が痛んで仕方がない。
麗香「………ん?」
手を解き、立ち去ろうとした手前、
猫の顔が妙に膨らんでいるように見えた。
種類的に毛がもさもさしているわけでもなく、
不自然に膨張している。
よくよく見てみれば、頬の部分に
何かが詰まっているような、
リスのような膨らみ方を
していると見当がつく。
麗香「…ちょっと失礼…。」
汚れたならすぐ洗えばいい。
幸い、ここから家までは然程遠くない。
ささっと見て、ささっと戻ってしまおう。
折角なら地面に埋めてあげたかったが、
掘るものも場所もない為
断念する他ないと判断していた。
猫の口元を両手の指先でそっと開いた。
死んでいるからか
気味が悪い程重たく感じる。
口元に何がー。
麗香「…っ!」
刹那、ぱっと手を離すも
口からはぽろぽろとよく分からないものが
漏れ出てしまっていた。
反動か、尻餅をつきそうになりながらも
足に力を振り絞りその場で立つ。
まるで未知の生物と
目があってしまったような感覚。
だが、実際には死んだ猫しかいない。
上からものの数秒見つめるも、
赤黒いものから白っぽいものまで
四角や月の形などざっくばらんに
かたどられた固形物が目に入る。
絶妙なバランスで影になっており、
それが一体何なのかまで
判断できないままでいた。
いい。
判断しなくていい。
きっと。
これはきっと、知らなくていい。
いつもなら好奇心に負け
すいすいと未知に誘われゆくのだが、
今回ばかりは好奇心なんて好きに泳がせ
見逃しておいた。
後ろを振り返り、何も見なかったかの如く
何度も通った帰路を辿る。
何度も通っていたはずなのに、
今回ばかりは初めて通るように思う。
誰かから見られているのではないか。
そんな不安まで襲ってくる。
麗香「……手、洗わなきゃいけない…。」
さっきの固形物は何なのだろう。
猫の口いっぱいに詰まっていた何か。
ガラスというわけでもなさそうだった。
口から落ちてくるとき、
そこまで堅そうな音はしなかったから。
だったら何なのだろう。
ふと浮かんだのは。
麗香「…………爪…な訳ないか。」
今日のあては疲れているだけ。
そう。
きっと、それだけ。
今日だって普通の日の延長線上だ。
そうだろう。
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