4/14
梨菜「ふぁ…は…は…。」
今日は雨。
天気は随分とご機嫌斜めな中、
本日も昨日に引き続き
宝探しの日となっていた。
正直な感想を言うと
雨なのだからあまり参加は
したくないなー…なんて。
靴がずぶ濡れになるのは嫌だから。
たったそれだけの理由なんだけど。
昨日に比べて大層涼しくなっても
欠伸や眠気は一切止まず。
梨菜「今日は波流ちゃん部活行くって言ってたしなー…。」
教室では未だに多くの人が
今日あれする、今日はこうだった、
明日はどうしようと
それぞれに話をしている。
独り言をマスク内に溢しながら
帰る準備を進めていた。
マスク社会だから
どれだけ口元がちょこちょこと
動いていようがバレないのは
好都合だったのかも。
波流「じゃあね、梨菜。」
梨菜「あ、うん!またねー。」
波流ちゃんは気の抜けた私に
ひと言声をかけると、
走ることなく部活へと向かった。
走らないあたり余裕があるのか、
それとも今日はあまり
行きたくないなと思ってるのか。
雨ということもあり、
今日はランニングがないだろうと
喜んでいた姿が記憶に新しい。
波流ちゃんにとって
楽しい部活時間になるといいな。
梨菜「ふぅー。」
息を長く細く弱く吐き続け、
息が切れ切れになったところで
スマホを手に取った。
少し前まではあまりTwitterを開かずとも
全然生きていけたのに、
いつからかSNSがないと
生きていけないとさえ思ってしまう
自分がいることに気がついた。
ただ、今だけかもしれないけれど。
この一連の謎な娯楽が終われば
きっともうネット世界とは
おさらばなのだろうと、
漠然ながらに時々思う。
宝探し一連の流れは
表面だけ見れば楽しいことが多いが、
少し掘り返せば謎なことが多い。
宝箱の中身、主催者、参加者。
そのどれもに一貫して
不可解という文字がちらつく。
梨菜「……まぁ…最後のお宝を取るまでは考えなくていいのかな。」
スマホを操作し、宝探しのアプリを開くと
本日も9つの赤い光が
私達を歓迎していた。
毎回9つなのだろうか。
1人ひとつの換算みたい?
昨日は7つ回収した。
NO DATAさんは相変わらず
何ひとつとしてコンタクトを取れず、
行動ひとつしているかすら怪しい。
そのくらい音沙汰がない。
宝探しにも出かけていないみたいだし
404からの連絡が
うまく回っていないとか
そういった類のミスだろうか。
…なんて考えたけれど
気になるだけ気になって答えはお預け。
私はこの状態が無性に苦手だった。
胸の内がもやもやと翳り
口から吐き出したとしても、
また内部からぐわりぐわりと
積乱雲のように大きくなってゆく。
梨菜「……うーん。」
悩んでたって仕方がない。
宝探しでも出発しようか。
…だが、なんとなく気が進まない。
雨のせいだろう。
それもある。
それもあるのだが、それ以上に
お宝を見つけた時に
その嬉しさを共有出来る相手がいないのが
なんともつまらないなんて思う。
誰か一緒に行ける人はいないだろうか。
美月ちゃんはどうだろう?
同じ学校だし探せばいるだろう。
それにそもそもTwitterで連絡すれば
すぐに返ってきそう…。
梨菜「あ、でも今日からは部活の体験入部か…。」
すっぱりと美月への望みは断たれた。
美月ちゃんは新1年生。
今日の放課後を奪ってしまうなんて
さすがに可哀想だ。
美月ちゃんのことだから
何かしらの部活に入るだろう。
それこそ、バドミントン部に興味があるって
盛り上がってた記憶がある。
そして波流ちゃんと仲良く
なっていたのだから。
梨菜「ってなると他校組…。」
Twitterをぼんやりと眺めながら
他校の人達のタイムラインを覗く。
三門さんは多分最初から
参加はしていないし、
多分他校組で集まって探すよね。
駄目かと諦めかけたその時だった。
Twitterの通知が光る。
梨菜「あ、花奏ちゃん。」
あくまで独り言だから
声量は抑えているけれど、
それでも隠しきれない
嬉々とした声が漏れた。
そこには昨日取ってきた宝物の写真が
貼り付けてあった。
ベストタイミングでの返信に
思わず笑みが溢れる。
誘うだけならタダ。
その考えを胸にひとつ、
お誘いをしてみることにした。
思い切りが大事。
ふと、星李のことが過る。
今日はちゃんと傘を持って
外出しているだろうか。
朝も雨だったから流石に
心配ないか、とか。
どの心配事が浮かんだとしても
全ては星李だから大丈夫か、
っていう言葉で済んでしまう。
寧ろ私が心配される側だもの。
ぼけっと待っている間に
教室の中は随分と静かになり、
随分と寂れていった。
中に数人残っているが、
友人と楽しそうに話をしているので
これはすぐに帰ってしまうだろう。
勉強しているなら
遅くまで残るイメージはあるけれど、
話している場合はそのまま一緒に
すぐ帰っていることが多い気がする。
私と波流ちゃんの経験上か、
将又ただの偏見なのか。
梨菜「…あ。」
ぴこんと音が鳴ったかと思えば
花奏ちゃんから返信が来ていた。
花奏『ええで!ちょうど私も誰か誘おうかなって思ってたしな』
と。
内容はなんと了承の意。
しかも、相手側としても
ベストタイミングだった様で。
梨菜「よかった…。」
花奏ちゃんにはTwitterで
画像を送ってもらったり、
そもそも初日に割と話したりと
結構関わりのある人だったからか、
安心が滲んで止まるところを知らない。
先輩らしくない私だけど、
現に後輩がいると
嫌でも先輩なんだという実感が湧いてゆく。
こうやって年をとって大人になっていくのか。
なんて、考えすぎか。
梨菜「んー…。」
伸びをもうひとつお裾分けして、
花奏ちゃんとDMをして
集合場所を決めた。
今すぐ出ずとも間に合いそう。
少しだけ寄り道をしようか迷うところ。
それこそ学内なら
迷う心配もないし暇潰しには
ちょうど良さそう。
梨菜「どこか寄ろうかな…。」
図書室もいいし、自習室でもいいな。
あ、波流ちゃんが部活しているであろう
体育館でもいいかも。
それとか校庭もいいよね。
でも雨だから今日はやめておこう。
ひと通り脳内で校舎を回った後、
どこに行ってもぼうっとしすぎて
花奏ちゃんを待たせてしまう
未来しか見えない。
梨菜「…今のうちから向かっておこう。」
今日に至っては波流の力添えもないのだ。
1度時間を忘れたら
次はいつ思い出すのか分からない。
寄り道したいという欲を抑え
今日ばかりは先に先に行動するよう
頑張ろうではないか。
そんな自分を偉いと褒めつつ、
帰りの用意が済んだ鞄を肩にかけて
春から少し離れてしまった学校を後にした。
***
深々と降る木の葉。
秋だろうか。
奥に眠るように静かに建っている
お屋敷のようなものが見えた。
懐かしいような気がするような、
しないようなー。
***
うとうとしかけていた中、
ごもごもとしたアナウンスが流れる。
この駅だ、とぼんやり思っていると
すぐに扉が開いたので、
慌てて駅へと足をつける。
夢を地ていたような気がするが、
どんな夢だったのかも忘れた。
切なくなるようなものだったのかもしれない、
涙なしでは見られなかったような
感動ものだったかもしれない。
将又笑い転げるような
面白いものだったかもしれない。
今となっては分からないけれど。
時々思うのだ。
夢の世界は雑に扱われている、と。
私自身が覚えていなかったら
その夢は無かったことになってしまう。
夢の方が現実だったかもしれない。
向こう側にも地球のような
人が住める世界があってー
…ということを稀に考えだしては
止まらなくなってしまう。
悪い癖だ。
梨菜「ふぅ。」
哲学が好きなわけじゃないけれど、
未だ解明されていない物事には
そこはかとなくわくわくした。
未知って好奇心を擽るコツを
完全に習得している。
梨菜「さて。」
集合の駅はここであっているはず。
2人の学校の間の位置にある駅周辺の
宝物を開けていこうという話になっていた。
ただ、この近辺にあるのは2つ、
少し離れてもう何個か。
1人1個回収して解散でも
いいのかもしれない。
雨だし、その中での移動はきついし。
初めて降りる駅に緊張するも、
基本は駅なのだ。
いつも使っている駅。
そう思えばどこか愛着が
湧いてくるほどだった。
花奏「あ、梨菜さんこっち!」
改札を出てすぐ、
身長の高い彼女の姿が見えた。
こういう時に高身長は
役に立つのかとしみじみ思いながら
花奏ちゃんの元へと向かう。
私の着ているセーラー服とは違って
ブレザー型の制服。
花奏ちゃんが着ているとどうやら
さらにかっこよく見えてくるようで。
梨菜「ごめん、待った?」
花奏「んーん。1本前で来たからちょうど。」
梨菜「本当?よかった。」
ほっと胸を撫で下ろす。
花奏ちゃんはきっと怒るような人では
ないのだろうけど、
波流ちゃん以外の人を
待たせていたとなると
ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになる。
とはいえ、これまでの自分を変えることは
そう簡単には出来ないわけで。
梨菜「あ、そうだ。どっちの方先行く?」
スマホのアプリをぱぱっと開き、
花奏ちゃんと一緒に眺む。
駅を中心に左右に開いている感じだ。
しかも、程々に距離がある。
1時間のお散歩コースだろう。
花奏「うーん、どっちでもええけど…じゃあ、こっちから。」
梨菜「了解!じゃあ早速行こうか。」
花奏ちゃんとの世間話は
今の所一切なく、
ひとまず歩き出すことにした。
ぽつぽつと小雨が降っているのが
妙に鬱陶しい。
小雨は傘を刺すか刺さないか
ちょうど迷うものだから、
それとなくむっときてしまう。
梨菜「花奏ちゃんって雨好き?」
花奏「登校中は面倒やなって思うけど、割と好きな方かな。」
梨菜「そうなんだ!大雨なら学校が休みになるかもしれないからいいけど、これくらいの小雨は嫌だな。」
花奏「あー…それは私も嫌やな。」
梨菜「この微妙さが何とも言えないよね。」
花奏「降るならいっそ降ってくれた方が楽しいのは分かるわ。」
梨菜「だよねだよね!」
花奏「梨菜さんは傘持ってる?」
梨菜「勿論!電車で忘れたりもしてないよ。」
花奏「あはは、よかったよかった。梨菜さんはいつも折りたたみ傘入れてそうやしな。」
梨菜「そんなイメージあるの!?」
花奏「何となくな。」
梨菜「逆だよ逆。いつも傘を忘れてずぶ濡れで帰るか波流ちゃんに半分貸してもらうの。」
花奏「意外や。しっかりしてそうなんに。」
梨菜「全然。妹の方がしっかりしてる。」
花奏「そや、妹さんおるんやったね。」
梨菜「うん!今年中3だから…花奏ちゃんの1つ下かな。」
花奏「今年受験生かぁ…大変やな。」
梨菜「今からひいひい言ってる。」
花奏「あはは。頑張ってって伝えとって。」
梨菜「そうする!」
ちらと花奏ちゃんの顔を伺うと、
大人びているからか
年上の人と話しているような感覚になった。
母性があるとか、そういうこととは
また違った雰囲気で。
梨菜「花奏ちゃんってさ、なんというか…大人っぽいよね。」
花奏「そうかいや?身長があるからやない?」
梨菜「それもあるかも。」
頼り甲斐のある先輩のような出立ちに
若干甘えたくなりつつも、
2人で歩幅を合わせて
宝箱の方向へ向かった。
傘を突く小雨はいつからか止みだし、
陽は差さないものの
歩きやすくなった事で
私の気分は目に見えて良くなっていった。
***
梨菜「よし、終わりかな!」
花奏「2つは回収出来たな。」
梨菜「今日の戦利品は?」
花奏「『私を助けて』と数字の羅列。住所もトリッキーやったけど今回のもなかなかやな。」
梨菜「ね。まるでわけが分からないや。」
夕暮れ時、私と花奏ちゃんは
近くのコンビニで少しのおやつと
飲み物を買ってゆっくりしていた。
雨も上がった事だし、
天気予報を見るにとりあえず
曇りのまま安泰のようだったので、
私から少しだけゆっくり話そうと誘ったのだ。
そしたら快諾してくれた。
花奏ちゃんは断る事を
知っているのか気になるくらい。
梨菜「今日はありがとね。」
花奏「んーん、こちらこそ。」
梨菜「いやいや、こちらこそのこちらこそだよ。だって嶺さんや他のみんなと探す予定とかあっただろうに。」
花奏「あー…それ、気にせんでええよ。」
梨菜「え、でも。」
花奏「何となく麗香さんから距離置かれてるの分かってたし、多分私おらん方が愛咲さん達と楽しい時間過ごせるやろうと思って身を引いただけやから。」
梨菜「そうなんだ…。嶺さんってやっぱ怖い?」
花奏「んー…怖いっていうよりかは自軸があるというか、パーソナルスペースをしっかり守ってるって感じかも。」
梨菜「パーソナルスペースかぁ。花奏ちゃんは優しいんだね。」
花奏「…?全然そんな事ないけど。」
梨菜「優しいよ!自覚して自信を持って!波流ちゃんなんて私の悪口めちゃくちゃ言ってくるんだから!」
花奏「あはは、それは仲の良さが滲み出てるだけやん。」
梨菜「それはそうかも。でも、昼ごはんをよく奪っていくのは違うと思うんだ。」
花奏「取ってくん?」
梨菜「そう!親しき中にも礼儀ありって言葉を突きつけてあげたいくらい。」
花奏「あっはは。信頼関係ばっちりやん。」
梨菜「そうともいうけど!」
刹那、髪をぐわりと揺るがす風が
冷気と共に吹いてくる。
夜が迫ってきていることもあってか、
制服の上にセーターを着ているにも
関わらず段々と冷えてきていた。
今日の宝箱は
『私を助けて』
『354528713964876』
という数字の羅列。
随分な変化球であると同時に、
私を助けてという言葉に
ほんの少し体が震えた。
恐怖、だろうか。
感情を名づけるだけなら簡単だが
感情から名前を引っ張ってくるのは難しい。
宝箱を開く私たちを見て
目を輝かせていた男の子がいたのを思い出す。
確か、お母さんと一緒に歩いていて。
幼稚園か何かの帰りだったのだろうか。
嬉々としてこちらを見つめる目を
忘れることは出来そうになかった。
暖かそうな家庭に
ふと、過去を思い出しかけるも、
今の生活に不満なことなど
ないことを思い出す。
大好きな妹と2人でひとつ屋根の下。
渇望してきた生活がそこにあった。
夕闇が迫る中、
頃合いを見て花奏ちゃんと
一緒に駅の方へ向かった。
乗る路線は真逆だったため
そこでお開きとなって。
梨菜「ふう。」
さて。
今日の夜ご飯はなんだろう。
***
「波流ー!帰ろー!」
波流「うん!ちょっと待って、すぐ片付けるから。」
「はーい。」
ラケットをぱぱっとしまい、
タオルや水筒を手に更衣室へと向かう。
今日は雨だったために
体育館内の滑りは悪く、
これはバドミントンをするには
好都合だった。
いい具合に滑り止めになるのだ。
晴れの日こそ滑りに滑って
やる気が落ちてしまうというもの。
ノック等でネット付近に落ちた時、
右足をぐっと伸ばしてシャトルに食いつく。
そして戻ろうとした時に滑る。
そんな晴れの日は苦手だった。
且つ、晴れだとランニングがある。
苦手なこと三昧にも程がある。
だが、遊びに行く時や通学の時は勿論
晴れの方がいい。
都合よく部活時間だけ
毎回雨にならないものかと
何度思ったことだろう。
「雨降る前にさっさと帰りたいよね。」
波流「ねー。午後はあんまり降ってなかったよね?」
「朝は降ってたから午後まで長引くかと思えばあんまりね。」
波流「下校楽だし全然いいや。」
「しかも今日ランニングなかったしね!」
波流「まじで最高だったー!」
「ランニング好きな人いないからなしになってほしいわー。」
波流「でもバドは持久力大事ってよく言われるし…意味はあるんだろうなとは思うけど…なくなって欲しいわー。」
よく部活で一緒に入る子と
口々に文句を垂れながら着替えをする。
昨日はあんなに暖かかったのに
今日は程々にひんやりする。
特に雨だったし、部活後で
汗びっしょりということもあるだろう。
汗を大量に吸った運動着は
すーっと涼しい風を通した。
更衣室は広めだが、
着替えをしているのは1、2年生のみ。
3年生は部室で着替えられるという
謎の上下関係があった。
1、2年生で着替えているとは言っても
1年は1年で固まり、
2年は2年で固まって着替える。
それが今まで見てきた光景だったし
当たり前だと思っていた。
波流「…あ。」
ふと、見たことのある影が
扉から出ていくのが見えた。
遠目だったし人も多いから
声かけられなかったけど、
あれはきっと美月ちゃんだ。
「ん?どうしたの。」
波流「ああ、いやー、知り合いの子がもう帰っちゃったぽくてさ。」
「知り合い?あー、体験に来てくれた子?」
波流「そうそう、雛美月ちゃんって人なんだけど。」
「雛さんって…あ、めっちゃ美人さんな子じゃない!?」
波流「そう!身長小さめのあの子!」
「なーんで波流があの子と知り合ったのか気になるわー。」
波流「運だよ運。」
「適当なこと言っちゃって。」
波流「えへへ。そういえばさ、結構沢山の子が体験入部来てくれたよね。」
「それな。今年多くない?」
波流「まあ、コロナも落ち着いてきたからじゃない?」
「あるかも。今年は去年以上に不自由なく部活できるかもね。」
波流「合宿消えたから今年はあって欲しいよね。」
「分かるー!んで、後輩と仲良くなりたーい。」
波流「あー、分かるー。」
雨が降る前に早く
帰りたいなんて言ったものの、
うだうだと話しながら着替えてたせいで
下校時刻が迫りつつあった。
尻を叩かれる様な思いをしながら
学校を出ようとした時だった。
波流「あ。」
「何々。急に。」
波流「やばい、明日提出の課題教室に忘れたかも。」
「あー、それはやばい。」
波流「そのまま帰っていいかな。」
「結構量えぐかったし、あの先生容赦ないから取りに戻った方が良さそうじゃない?」
波流「だよね…ちゃちゃっととってくる!」
「そうしなそうしな、待ってるから。」
波流「追っかけるから先進んでて!」
「いいよ待ってるって。」
波流「ほんとありがとう。急ぐから!」
「校門にいるねー!」
その最後の言葉が発せられた時、
既に走り出していた私には
確と聞き取ることは出来ず。
ただ、待っててくれるとのことだ。
急がなければ。
待つのはそこそこに得意だが
待たせるのは慣れていない。
少々胸だか脳だかが痛む。
毎度のこと梨菜の迎えで
嫌という程待っているからか、
待つことには慣れたのに。
梨菜と一緒に行動するからには
梨菜の性質だろうか、
共に遅れることもしばしばある。
それでも慣れない。
何故だろう。
毎度、きりきりと胃が痛み出す様な
変で不思議が感覚が過る。
…それで言うと、梨菜は待たせるのが
得意ということだろうか。
そう思うと、ふふっと思わず
鼻で笑ってしまう。
波流「はっ…はっ…。」
宝探し、どうだったんだろう。
新曲は出てるかな。
帰ったらまた曲の発掘したいな。
…。
楽しいことを考える様、
脳の中を無理矢理に書き換える。
じゃなきゃ今のこの
薄暗がりに佇む学校の中にいると
思い出してしまうから。
人が少ない、もしくはほぼいない中、
私は学校の中を走っていることを
忘れることが出来るから。
波流「はっ…ふぅっ…。」
私はいつからか怖いものが苦手だった。
いや、これに関しては
嫌いの域にまで達していた。
どうしてホラー映画を観れるのか、
お化け屋敷に入ろうだなんて思えるのか。
私にはこれっぽっちも理解が出来なかった。
校舎を駆け、階段を駆け上った先で
一瞬外を確認した。
幸い今は雨が降っていなさそうだ。
ラッキーなのかもしれない。
今のうちに帰ることができれば。
余所見をした刹那、
目の前に唐突に現れた人。
驚きのあまり、体を翻して
壁に激突しかけてしまう。
「わっ…!」
波流「あ、ごめんなさー…って、美月ちゃん?」
美月「え、えぇ…。」
唐突に現れたのは、
先ほど帰っていったはずの美月ちゃん。
美月ちゃんは私にぶつかる寸前、
頭を何かの本で守り
咄嗟にしゃがんでいた。
そのせいでより小さく見える。
波流「ごめんね!全然前見てなくって。」
美月「いや、いいんですよ。大丈夫ですから。」
波流「無事でよかった。そういえば何でここにいるの?帰ったんじゃなかったっけ。」
美月「本を読み終えていたのに返すのを忘れてて…それで部活後に来たんです。」
波流「そうだったんだ!間に合った?」
美月「はい。時間ぎりぎりだったけれど、快く対応してくれました。」
波流「へぇ、司書さんって優しい人なんだね。」
美月「はい、とっても。」
美月ちゃんはスカートについた
綿埃をぱっぱっと優雅にさえ見えてくる
手つきで払った後、
花が咲く様に可憐に笑った。
その仕草に、同性の私でさえ
少しばかりどきっとしてしまう程。
美月「先輩こそ、どうしてここに?」
波流「はっ…そうそう、教室に忘れ物しちゃって。」
美月「そうだったんですね。」
波流「あのー…さ、よかったら何だけど教室までついてきてくれない…?」
美月「え…?」
波流「怖いのがほんとに無理なの!ずっと心臓がどきどきしてて…。」
美月「それは…走ってきたのもあるとは思いますけど…。」
波流「お願い!もう先輩の威厳なくしていいから!この通り!」
手を合わせて頭を下げる。
本当に威厳のない姿だと
自分ですら思う。
けれど、怖いことは仕方がない。
だから出来るだけ怖くない方法を
取るしかないのだ。
美月「頭をあげてくださいよ。」
波流「来てくれる?」
美月「…本当のことを言うと、私も暗いところや怖いことは苦手なんです。…私が側にいても心もとないと思いますが、それでもよければ。」
波流「本当!?やった、ありがとう神様美月様。」
美月「先輩がどっちなんだか分からなくなりますね。」
波流「それ、友達からもよく言われるの。波流って下級生の子と燥ぐタイプだよねって。」
美月「ふふっ、想像つきます。」
美月ちゃんは清楚にお嬢様の様に、
静かに微笑んでいた。
なんというか、オーラが違う気がする。
雰囲気に呑まれるとは
こういうことだろうか。
今までで出会ったことの
ない人というか。
言葉を選ぶのが難しい。
優しく誰とでも接せられるけれど、
どこか孤高の花のような。
そんな、感覚を覚えた。
そこから教室までは意外にも近く、
あっという間に着いた。
図書室は学校でこの1年間を
過ごしてきた中で1度も
行ったことがないのではなかろうか。
否、入学して早々探検気分で
1度は入ったことあったっけ。
確かすぐに出てきたんだろう。
図書室内部の構造の記憶がまるでない。
波流「よし、到着!」
美月「待ってますね。」
波流「わーんごめん、ほんとに急ぐ。」
さっきから人を誘っては
待たせてばかりの様な気がして、
再度胃がきりりと痛む。
ささっと机から課題を取って
学校を出てしまおう。
そう思い1歩、教室に踏み込んだ時だった。
波流「…?」
自分の席に着いた途端、
何だか奇妙な感じがした。
夜も近くなっているからか、
それとも学校だからなのか。
この違和感が何か分からないが、
人が見ている様な気もする。
そりゃあ、美月ちゃんがいるから
人の目があるのは分かるが。
何というか。
こう…窓からも誰かが
視線を注いでいる様な。
…そんな、まさかね。
恐怖の心はぐんぐんと肥大していき、
一定のラインを超えている。
だが、気になる。
どうして怖いにも関わらず
気になってしまうのだろうか。
唯一、人間の機能の中で
直して欲しい部分だ。
遊留という苗字の為、席は毎回窓側。
窓はすぐ側にあった。
さっさと課題を取らなければと思いつつ、
ゆっくりと窓の方へ。
波流「………何にもないよね。」
外では校舎の外が見えた。
薄暗い中、大量の生徒達が
道を塞ぐ様に歩いている。
部活をしている生徒は
思ったよりも多い様だ。
波流「何かあるはずないない。…大丈夫…。」
ぶつぶつと小さく呟き、
大丈夫だと言い聞かせる。
大丈夫。
怖くない。
怖くなー
波流「…?」
机の引き出しに手を突っ込んだ時だった。
冊子ではない…何かを掴んだ。
もじゃもじゃしているような。
波流「ひぃっ…!」
気持ちが悪くなってばっと
手を引っ込める。
あれ。
私何を入れていたんだっけ。
けど、こういうのは
昼間に自分で入れた
布巾着の紐だったとか、
そういうオチなのだから。
美月「大丈夫ですか?」
波流「あ、あははー、へーきへー…」
遠くから聞こえる美月ちゃんの声に
適当に返事をしながら
さっさと課題を取ってしまおうと思い、
引き出しの中を見ずに手を伸ばす。
もじゃもじゃを避けては取れず、
下にある課題の紙をぐっと引っ張った。
波流「よし、じゃ……っ!?」
引き出しから出てきた課題の紙。
それから。
…それから、大量の黒い
もじゃもじゃとした何か。
まるで、まるで髪の毛みたいで。
波流「きゃああーっ!?」
無意識のうちに声が上がっていた。
途端、美月ちゃんだろうか、
駆け寄ってくる音がする。
これ、髪の毛じゃないよね?
え?
もし本当に髪の毛だったら
どうしてここに?
何で?
誰の?
そういうことを考えると考える程
ぞっとする。
背筋が凍っている。
美月「先ぱ……!?な、何ですかこれ…。」
波流「分かんないよ!」
美月「早く出ましょう!」
美月ちゃんに手を取られ、
その場をずるずると後にする。
課題を持つ手にはまだ数本
髪の毛が絡んでおり、
中途、美月ちゃんの手を離し
ばたばたと乱雑に髪の毛を払った。
制服にも着いているかもしれない。
怖い。
気持ちが悪い。
そう思いながらもふと
教室の方を振り返ってしまった。
目が慣れてきたのだろうか。
暗いながらもさっきまでよりは
断然見えやすくなった。
なってしまった。
だからこそ分かる。
私の席だけでなく、
他の席や掃除用具入れにまで
黒いヒビのようなものが見えた。
ヒビではない。
近くでみればきっと髪。
そこからは2人で走って
学校を後にした。
夢だ。
夢だと信じたい。
じゃなきゃ現実だから。
現実になってしまうから。
嘘だと思えばきっと嘘になるんだ。
そういう時だけ人間の頭って
都合よく出来てるのだから。
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