4/13
結局チュートリアルをして以降
次の日は普通に来た。
その次の日だって普通。
月曜日から1週間は平穏に始まりだした。
学校休みにならないかなとか
地震が起こって家が崩れるとか
いつもとは違う日常が
あての事を出迎えてくれるんじゃないかと
期待した割にはこのざまだった。
数日前宝探しの
チュートリアルというものをしたが
そんなに大層なものじゃなかった。
探すのは案外楽しい気もしたけれど
簡単に見つかってしまってどうにも
つまらなさの方が勝ってしまう。
麗香「ふぁ…ぁ…。」
マスクをしているけれど
それに関係なくパーカーで口元を隠し
大きな欠伸を1つ放ってやった。
今日の朝、例の謎のアプリから
通知が来ていた。
アプリのアイコンは真っ白。
名前もないから奇妙極まりない。
そんなアプリからの通知。
『今日は宝探しの日です』って。
みんなで探しに行きましょみたいな
戯言も書いてあった気がするが
そこは興味がなくしっかりとは
見ていなかったし見る気もなかった。
そもそも通知をオンにするかどうかとか
確認画面が出ていなかった覚えがある。
勝手に通知オンになっていたのだろう。
面倒だなと思って設定画面を開くも
アプリ自体が見つからない。
そのため通知のオンオフもろくに
操作できないままだった。
愛咲「なぁーんか眠そうだなー。」
麗香「暇けぇ。」
愛咲「お?暇故の眠さってやつか!?」
麗香「その通りけぇ。」
愛咲「よっしゃあっ!珍しく当ててやったぜ…どうしてこういう時に限って羽澄はいねぇんだか。」
とほほ、と呆れるように
ジェスチャーをつけて喋っている
先輩が横にいた。
今は2人で関場先輩と小津町
という人を待っているところだった。
今日は指定の日だったため
校内で話したりDMで話したりとかして
決めた事だった。
誰が言い出しっぺだか忘れたけれど
TwitterのDMでグループを作るみたいな
ことが出来るらしく、
長束先輩によると作ったは作ったらしい。
ただあてと三門という人も
あてと同様入っていないとのこと。
あては面倒だっただけ。
三門って人はどうなんだろう。
愛咲「ったくー、羽澄のやつ部活を休んでくるよう言うだけだからっつって何分かかってんだよー。」
麗香「まだここで待ってて5分も経ってないけぇ。」
愛咲「5分ありゃ帰ってこれるだろ?」
麗香「脳筋陸上部はこれだから駄目だけぇ。」
愛咲「全部筋肉ってことだな!速そうじゃねぇか!」
麗香「あーもう手遅れだけぇ。」
愛咲「何…!?なな、治してくれよぉ麗香ぁー。」
麗香「だーからくっつくなって言ってるけぇ。」
どうして先輩はすぐに抱き着きたがるのか。
本当理解できないまま
今日まで来てしまった。
抱きつかれそうになるたび
あては先輩のおでこを押さえて
こっちにくるなと威嚇する。
…が、暫くは諦めてくれず
少しの間は攻防戦が続くのだった。
麗香「そういえばあののっぽはどうしたけぇ?」
愛咲「のっぽ?あー、花奏の事か?」
けろりとしてあてから
離れてくれたもんだから
1つの話題しか覚えてられないんだろうなと
不意に思った。
よくこの高校に受かったなと
何度思ったことか。
先輩は既にのっぽとは仲良くなったのか
名前で呼んでいた。
元より先輩はすぐ仲良く慣れる且つ
距離を急激な詰めるタイプだ。
今更妬きなんてしないけれど
どうしてそんなちょちょいと
関係を築こうとするのかは分からないまま。
愛咲「花奏なら書類出してすぐ来るってよ。」
麗香「へぇ。」
愛咲「新入生だしなー。なんか色々出した思い出あるわー。」
麗香「大体遅れて出したけぇ、にぃ?」
愛咲「うちにどんな印象持ってんだよ!大切なものはちゃんと期限内に出したわ!なんなら翌日持ってってるんだよーだ!」
麗香「意外けぇ。」
愛咲「ったくー麗香さんよぉ。うちだってやるときゃやるっての!みくびってもらっちゃあ困るぜい?」
麗香「あ、猫。」
愛咲「へっ…!?どこどこ!?うう、うちは逃げるからな!?」
麗香「嘘けぇ。」
愛咲「だっ…なぁーんだよー!びっくりするじゃねえかー!」
麗香「みくびりポイント、発見だけぇ。にしし。」
愛咲「戦略的すぎるっ…!やられたー!策士策に溺れろー!」
麗香「そういう微妙に難しそうな言葉は知ってるけぇ?」
愛咲「お?難しい言葉だったのかこれ!?」
麗香「前言撤回。簡単な言葉だけぇ。誰でも知ってるけぇ。」
愛咲「うおー、うちもまだまだだなー!」
麗香「ポジティブ脳筋は疲れるけぇ。」
普段通りのつまらない会話。
先日行われたつまらない宝探し。
それでも今日探しに行こうと
思ってしまうのは一体何故なのか
あてには皆目検討もつかない。
先輩と話しながら靴箱付近で待っていると
ふらふらと見たことある影が
あて達の方へと近づいてくる。
麗香「…あのポニーテール…。」
愛咲「あ、花奏じゃね!?」
麗香「身長的にものっぽに違いないけぇ。」
愛咲「麗香ぁ、本人の前でもそう呼ぶのか?」
麗香「いいや。流石に場は弁えるけぇ。」
愛咲「偉いな!ならよし、だ!」
手を腰に当て威張るような体制をとって
ふふんと鼻を鳴らしていた。
何故先輩が得意げなのか
あては全く分からないままだった。
そして近づいてくる影は
ボールを投げるように真っ直ぐ
声を飛ばしてきていた。
花奏「お待たせ!」
愛咲「おうおうおうよ!おせーじゃあねーか!」
花奏「あはは、ごめんな。書類出した時丁度歩さんに会ったから今日来れるか聞いててん。」
愛咲「それならうちも聞いたぜ!まぁ結果はお察しって感じだけどな。」
花奏「愛咲さんも駄目やったんかぁ。」
麗香「…。」
愛咲「三門、なんか言ってたか?」
花奏「馬鹿じゃないの、行くわけないみたいなこと言われたわ。」
愛咲「思ったけど麗香より辛辣なんじゃね?」
麗香「…さぁ。」
愛咲「あーとぼけてやがるー。このこのぅー。」
麗香「ダル絡みしないで。」
愛咲「だっはは、駄目かぁー!んで、あ、そっか。三門はじゃあ来れねーんだな?」
花奏「そうやな。後羽澄さんやったっけ?」
愛咲「そーそー!羽澄は部活休んでくるってよ。熱心だよなー。」
麗香「かく言う先輩も先輩。」
愛咲「元から休むつもりだったしいーんだよ。」
花奏「ほんとにええん?」
愛咲「おうよ!ってかうち1年の頃からこんな感じだし?朝練行ってる代わり午後手抜くみたいな?」
先輩は語尾を上げながら
盛り上げるように言っていたけれど
内容が全然ついてきてなかった。
まあ長束先輩はよくも悪くも
うまくやってるなと屡々思う。
人間との付き合い方が
とても上手くてとても狡い。
人ととても距離を縮めるような行動を
とっておきながらも最終的な一歩は
踏み出さずに深くまでは到達しないのだ。
今まで関わってきて、
そして近くで見てきた上でそんな気がした。
…けれど一度だけ。
一度だけのこと。
深くまで関わってくれた気がした事があった。
本人としてはどうだったんだろう。
こんなおふざけモードしか普段見せない中で
垣間見えてしまったあの先輩さえ
表面上なのだろうか。
羽澄「お待たせしましたー!」
先輩とのっぽは話したまま、
あてはどうでもいい事を考えている間に
関場先輩が走ってやってきた。
鞄は教科書など一切入っていないかの如く
身軽に背中で跳ねている。
愛咲「おせーぞ羽澄ぃー!」
羽澄「はっ、はぁー…だからお待たせしましたって言ってるじゃないですかー!」
愛咲「たた、確かに…っ!?麗香気づいてたか?」
麗香「はいはい。分かった分かった。」
愛咲「だはは、聞く気なしかよー。」
花奏「無事合流できてよかったな。」
羽澄「ほんとそれに限ります。まぁ学校内だからきっと何とかなるだろうとは思ってました!」
愛咲「た、たたた、た、確」
麗香「さっさと行こ。」
口をパーカーで隠す。
今日のパーカーはお気に入りのもの
だったことを既に忘れたまま
会話を投げ捨てていた。
のっぽが居る前や他の人、
クラスの人がいる時には流石に
こんな喋り方はしない。
ただでさえ浮いている方なのに
口癖だか語尾だかつけてる人がいたら
頭のおかしいやつもしくは
アニメキャラクターに影響を受けてる
イタイやつと思われるのがオチだ。
あてはそんな野暮な理由ではないけれど
簡単にはなるような事でもないし
誰かに話すような事でもないから
結局黙ったままだった。
1人称だってそう。
あて。
これだって語尾の理由と同じ。
そして長束先輩の前以外では
絶対にあてなんて言わないように
心がけているつもりだ。
思えば、自分は変わった人生を歩いている
変わり者だと漠然ながら思ってしまった。
芋づる式に幼馴染のいろはの姿が浮かぶ。
あれには劣るな、
と再確認を脳内で行った後
よかったと一息撫で下ろした。
羽澄「やる気満々ですね!レッツゴー!」
愛咲「ゴー!」
花奏「おー。」
麗香「…。」
なんだか話は進んでいたようで
片手を天井に突き上げる
長束先輩の姿が目に入る。
いつまでも天真爛漫で元気で
馬鹿な人だなと感慨に耽りながら
あてはみんなの後ろに
くっついて歩くだけだった。
ナビゲートは長束先輩が
自らやりたいと志願したものの
あてや関場先輩が主に止め、
結局のっぽと関場先輩に頼むことになった。
空は青く高く春を誇張している。
空が青いせいで体感よりも
暑く感じるほど。
夏が来るのは嫌。
暑いのはもちろんのこと、
パーカーを着づらくなると言うのが
1番のダメージだ。
羽澄「学校から近いのはこっちの方ですね。」
愛咲「ってかラッキーだよな。学校から歩いて行けるところにあるんだしよ。」
羽澄「そうですね。それに羽澄が住んでるところの近くにもあるみたいです。」
愛咲「うひょー、まじか!んでも2人以上で行くならあれだな、ついてきてもらわねーとな。」
花奏「移動費嵩むな。」
愛咲「そーなんだよな、それが問題なんだよな。」
花奏「自転車あるならそれで走りまわるとかせなお財布痛い痛いやんな。」
羽澄「なるほど!なら愛咲は走ればいいんです!」
愛咲「なぁーんでうちは自転車使わせてもらえねーんだよー!」
羽澄「己の体が1番の武器ですよ…。」
愛咲「はっ…!それに気づかせてくれるとは…。やっぱ羽澄は心の友だぜぃ!」
関場先輩と長束先輩は
息がとてもあっているようで
2人はハイタッチを繰り広げていた。
普段からこんな会話を繰り返していて
疲れないのだろうかと心底思う。
あては正直なところ長束先輩と
話すときは結構体力を使う。
今まで学校帰りにいつもの公園で
待ち合わせもせず集まることが
何度もあってそこで話す度
1週間分は話したなと感じて帰る。
疲れるなら公園に行かなければいい?
ほんと、その通り。
これでも自然と公園の方に
足が向いてしまうのは最早癖か慣れか。
花奏「あはは、ほんま元気やし仲ええなぁ。」
愛咲「お?なんだなんだぁ羨ましいのかい?んじゃ花奏も!ほら、いえーい!」
長束先輩は何故かのっぽとも
ハイタッチをしていた。
ノリと勢いだけで生きているって
こう言う人のことを言うんだろう。
のっぽは長束先輩よりも背が高いから
長束先輩はほんの少し腕を上げて
より楽しげに手を叩く。
愛咲「よし、麗香もだ!」
麗香「はい?」
愛咲「んだーかーらー、麗香も手出しな?ハイタッチだよぅ!」
麗香「私はいい。」
愛咲「んなこと言わず!」
こうなってしまっては長束先輩は
引かないことの方が多い。
本気で嫌な顔をすれば辞めてくれるが
そんな事をするとすぐに場の雰囲気が
険悪ムードになってしまうので
今回は避けたいところ。
何かうまい言い回しがないかと
脳の中を探っていると突如
これだと言うのが思いつく。
麗香「宝。」
愛咲「ん?」
麗香「宝を見つけた後ならしてもいい。」
愛咲「…おおお!よしきたっ、ぜってー見つけるぞー!」
長束先輩は納得が行ったようで
またるんるんと関場先輩の横へと戻り
先導するように歩き出していた。
納得したのかちょろいのか。
きっと宝を見つける頃には
忘れているだろう。
それとやはりのっぽには
どこか反感の意志を抱いたまま
歩いていていた。
いきなりタメ口だったからだろうか。
長束先輩とはまた違った距離の詰め方に
気持ち悪さを、嫌悪感を覚えたからだろうか。
細かく真髄までは分からないけれど
何か気に入らなかった。
学校から歩いて数分。
通学路ではないものの
最寄駅の方向だなと感じていたら
中途コンビニが見えてくる。
この時間だからか通学路ではないからか
将又両方ともだからか、
生徒の姿は全く見当たらず
地域の住民が数人いるくらい。
随分と穴場らしい。
羽澄「ここのコンビニ近辺ですよ。」
花奏「そうやね、ここら辺やな。」
2人はスマホを確認しつつ
ここだと言い放つ。
早帰りなのかサラリーマンが
1人コンビニへと入っていった。
愛咲「ほうら、邪魔になるから寄った寄った。」
麗香「そういうところはちゃんとしてるの意外。」
愛咲「まあな。だぁーからみくびってもらっちゃ困るっての!」
花奏「ありがとな愛咲さん。」
愛咲「まっかせろーうぃ!」
羽澄「よし、探しますよ!」
愛咲「そうだな!マップ的にはコンビニの中そうか?」
羽澄「それが全体的に光ってる感じで特定までは難しいですよ。」
愛咲「おおお、流石にチュートリアルよりちょびーっとむずくなってるっぽいな。」
花奏「店員さんや通行人とかには迷惑かけんように探さなな。」
羽澄「そうですね。」
あても長束先輩の傍に立ち
彼女がいつからだか開いていたスマホを
覗き込ませてもらった。
するとこのコンビニ、
隣のよく分からない謎スペース、
車1台しか通れないような
細い道を挟んだ向こうに駐車場。
謎スペースに関しては
住宅を取り壊した後であろう、
荒んだ空き地になっていた。
花奏「そういや、宝箱のある場所のルールみたいなんが追加されてるん知ってる?」
羽澄「何ですかそれ?」
花奏「ここのな、宝箱のヒントって書いてあるところを開いたら見れんねん。」
愛咲「あー…これか?」
長束先輩の程よく切られた爪が
軽くスマホの画面に触れ、
ささやかな音を立てる。
ぼけーっと眺めていると
マップには9つの点。
今日回収出来る分の数だろうか。
それとも全部の数なのだろうか。
先輩が操作をしていると
宝箱の置いてある場所の
ヒントが出てきていた。
『宝箱は室外にのみあり、掘り起こす等せずとも見える位置に設置されています。また、一軒家の庭や山頂等、他人に迷惑のかかる場所やたどり着くまでに危険が伴う場所には隠されておりません。』
よくよく読んでみれば、
ヒントというよりは
ルールに近いかもしれない。
何だか昔テレビで見た
宝探しゲームを思い出す。
最近は大人がハマりつつある、あれ。
ジオ・うんたら、みたいな。
愛咲「なーるほど。そんなら外だけ探しゃいいんだな!」
指をぱっちんと鳴らし、空高く掲げる。
まるでスーパースター。
動きがひとつひとつ大きいせいで
コメディを見ているような気分になる。
ま、あてはコメディなんて見ないけれど。
見ずとも目の前で供給が絶えないもんで。
羽澄「んじゃ、一応2人1組にでもなりますか!」
愛咲「よし、そうするか!」
麗香「…。」
羽澄「じゃあ…。」
関場先輩が人差し指を
空に向け立てたまま思案していた。
のっぽとは嫌だし関場先輩とは
正直微妙な雰囲気になりそう。
とはいえ関場先輩は長束先輩同様
空気を読んでわいわいする方だから
なんとかその場はくぐり抜けられるだろう。
…が、ただ単純に気疲れするだろうな。
関場先輩はきっと仲のいい長束先輩と
組みたいに決まってる。
となると余りはのっぽ。
仕方ないと唇を噛みかけたその時だった。
羽澄「羽澄は花奏ちゃんと組みます!だから愛咲は麗香ちゃんとペア!」
と、声高らかに言うのだ。
あり得ない、と心の中で第一声が響く。
びっくりしてしまって
思わず目を見開いていると
関場先輩はウインクを飛ばしてきた。
長束先輩と楽しんで遊んでね、
とでも言うような目。
あては表情が豊かではないから
むっとした顔で彼女を
睨むかの如く見つめてまう。
当の本人は余り気にしていないみたいで
けろりとしていたけれど。
愛咲「麗香ぁー!よろしくなぁー!」
ナチュラルに腕を組んでこようとするから
慌てて先輩から距離を取ると
真後ろで自転車が通る音。
視界の端には曇り空。
ちりんと錆びた音が耳を掠めると共に
背中に何かぶつかってる感覚。
ぶつかるとはいえ痛くなくて、
なんなら心地いいくらいのー
花奏「危ないで!」
麗香「…!」
自転車が叫ぶ音よりも
もっとずっと近くで聞こえてくる
先輩達とはまた違う声。
こっちの方が嫌だ、と反射的に判断すると
猫のように飛び上がり
長束先輩の後ろに隠れるあてがいた。
その間何秒だっただろう。
たった今の動きだけは
長束先輩が陸上で走る時よりも
断然早いであろう自信があった。
先輩の影に隠れて熱が冷めるのを待つうちに
だんだんと何をしでかしてしまったのか
理解し始めてしまう。
明らかにのっぽのことが嫌いだと
周りにも伝わってしまっただろう。
隠していたわけではないけれど
完全に提示していないだけまだ
穏便に済むと考えていた。
やってしまった。
数秒の沈黙が辛い。
きゅっと手元にある長束先輩の
制服の背を掴む。
あては今どんな顔をしているのか、
あてでさえ…いや、
あてだからこそ分からなかった。
長束先輩の熱が制服越しに伝わってくる。
自分から触れるのは苦手という事を
今は忘れて一生懸命にしがみつく。
まるで赤子のよう、
善悪さえわからない小さな子供のよう。
そう自分を客観視していると
馬鹿馬鹿しいと考え出すあてがいる。
愛咲「だっははー!」
静寂を破ったのは長束先輩の笑い声。
暫くの間様子を伺っていると
笑いが止まらない様子で
けたけたずっと笑っている。
麗香「……何。」
愛咲「あっひゃひゃひゃ!だってよ、あんなに焦ってる麗香の顔見た事ねーんだもん!」
羽澄「あはは…にしても愛咲は笑いすぎです…。」
愛咲「しゃーねーだろ!いやぁー、貴重なワンシーン見れたわー!」
麗香「う、煩い。」
愛咲「ん?うちの頭に永久保存しといてやるから、任せとけ、な?」
麗香「最悪、ほんと最悪。」
愛咲「あっはは、もう満腹満腹ー!」
花奏「それをいうなら眼福やな。」
愛咲「そーそーそれよぅ!」
麗香「…はぁ。」
全く。
ぎゃーぎゃー騒ぐものだから
住民達の視線が集まっている。
コンビニから出てきた人が
怪訝な顔をしてこちらを見てくるのが
嫌でも分かってしまう。
けれど数人は微笑んでいるように
目元が細くなっており、
大部分は無視している、と言ったところ。
目元が細くなっている人は
長束先輩の笑い声に釣られたんだろう。
関場先輩ものっぽも
目元は笑っているみたい。
先輩に、長束先輩に助けられたな。
今回だけ。
…今回だけな訳ないか。
今まで沢山彼女には救ってもらってた。
けど今更畏まって感謝なんて言えず
その代わり鋭くなる棘言葉。
ほんとあては素直じゃないなと
どこかに彷徨うあてが言う。
花奏「周りの人に迷惑にならんうちにやろうや!」
羽澄「そうですね!そしたら…まず羽澄達はコンビニの外周を見て回ります!」
愛咲「ラジャー!健闘を祈る。」
羽澄「任せなさい。」
先輩2人組は敬礼を交わし、
関場先輩グループはコンビニの
傘立てやら何やらの方を
見に行ってしまう。
残されたあて達は
突っ立っている訳には勿論いかず、
長束先輩が満面の笑みを咲かせながら
手招きをしているのが見える。
愛咲「麗香、こっちこっち!」
麗香「はいはい。分かったけぇ。」
不思議と口角が上がってしまう。
この人は、先輩はほんとに
笑顔を咲かせるのが上手な人だとよく思う。
そう思うと名前もぴったりだな。
愛が咲で愛咲。
先輩の親御さんは
よくこんなぴったりな名前にしたものだ。
逆、かな。
よくこんなぴったりは性格を持つ人に
育て上げたものだ。
誰から目線なのだろう、と
脳内で横から突くあてがいた。
愛咲「まずこの変な空間でも眺めてようぜ。」
麗香「変な空間て。」
愛咲「だってそーだろ?」
麗香「家を取り壊しただけだけぇ。」
愛咲「なるへそ。麗香はきっと将来探偵になれるぞ!」
麗香「こんなんで探偵が務まるんなら世の中誰でもなれるけぇ。」
愛咲「マジ…?んじゃあうちもなれるってわけか!」
麗香「先輩は無理だけぇ。」
愛咲「な、なんでー!?」
麗香「にしし、理由が解けないならまだまだ程遠いけぇ。」
愛咲「自分で見つけて謎を解いてこそ探偵、か…深いな。」
麗香「多分そうでもないけぇ。」
愛咲「頼む。師匠と呼ば」
麗香「却下けぇ。」
愛咲「フライング却下だと!?」
麗香「ほら、漫才してる場合じゃないけぇ。」
愛咲「漫才じゃないやい!」
コミカルな動きを繰り返していて
疲れていないのが不思議極まりない。
小さい頃からこんな感じで
生きてきたんだろう。
だからこそ染み付いた言動。
…習慣の一環なんだろう。
そう言う事として片付けて、
空き地スペースを見渡す。
入ってはいけないなどの張り紙はなく
ただただつい最近撤去を終えたかのよう。
簡単に入れると言えば
入れるような状況だった。
愛咲「ほうれ、早くさがそーぜ。」
麗香「はいはい、そうするけぇ。」
愛咲「眺めてる感じ見当たんねーな?」
麗香「更地けぇ。」
愛咲「だなー。ここでキャッチボールとか出来そうだよな!」
先輩の言葉は無視して
荒地をぼんやりと見渡す。
空き地特有の看板みたいなものは
刺さっているが立ち入り禁止ではない。
これじゃきっとすぐに
近所の子供達のいい遊び場になるだろう。
植物が生えている事もなく
何もないと言うにほぼ等しかった。
愛咲「さぁーて、ぱっと見看板の麓にもねーし見えるとこにゃねぇな。」
麗香「それなら駐車場行くけぇ。」
愛咲「おう!そーしよーぜ!」
そう言うや否やあての手を
パーカー越しに掴んでくる。
懲りない人だな。
何度も嫌だと言い拒絶しているのに
どうして懲りもせずこう
スキンシップをとろうとしてくるのか。
あてには一切分からない。
駐車場は視点の上に看板があり、
コインパーキングと記されていた。
コインパーキングには数台だけ
車が止まっていて空きの方が目立っていた。
良くこんな狭い場所に
パーキングを作ったなと思う。
ナンバープレートは近所の地名ばかりで
新鮮味ったら全く感じない。
曇り空は歓迎するように流れてく。
愛咲「ここありそうじゃね?」
麗香「何でそう思うけぇ。」
愛咲「そりゃあ愛咲さんの勘よ。」
麗香「頼りにならないけぇ。」
愛咲「えー。」
ぷくーと頬を膨らませ
不服の意を前面に表すもどうも子供っぽい。
そんな先輩を他所に
とりあえず駐車場を眺める。
側から見たら大いに不審者だろうな。
あての後ろを走る音がする。
風がひと吹きしたせいで
寒気があてへと正面衝突した。
背中が震え、妙に背筋が良くなるも
先輩にはその様子は見えていなかったらしい。
先輩はさっさと駐車場に入って
車の下を覗き出した。
麗香「はしたないけぇ。」
愛咲「そんな引いた声出すなよー!」
麗香「だって大の女子高生が自動販売機の下に小銭落ちてないかな、みたいに車の下を見てるけぇ。はしたないけぇ…。」
愛咲「足閉じてたらセーフだっての。」
麗香「基準がわからないけぇ。」
愛咲「うちも麗香の基準が分からねぇぜ…!」
キメ顔をするも地面に膝と手をつき
おすわりをするようにあてを見つめる姿は
威厳などないに等しかった。
車の下は先輩が探してくれるし
何よりあてはそういう事はしたくなかったから
コインパーキング内の別の場所を
粗なく探すことにした。
とはいえど探す場所は少なく、
車のタイヤ付近や料金を払う機械の周りを
歩き回りながらそれとなく
見てみるも何もなく。
麗香「はぁ…。」
雲が上を通り過ぎる。
猫は通り過ぎてくれない。
…はぁ。
心の中ですら遠慮なんて微々すらなく
溜息が漏れ出ている。
何してるんだろ、あて。
不意に正気に戻ってしまったのか
未知への好奇心は薄れて
呆れと面倒臭さの方が際立っていた。
先輩の様子を見ると
相変わらず車の下を覗き
うーん?と唸っていたけれど
見つかる算段はたっているのだろうか。
思えば関場先輩あたりから
見つかったという報告もない。
道を挟んで反対側のコンビニを
ちらと見てみるも姿は見えない。
コンビニ内へと入って行ったのかもしれない。
建物の中に宝箱があるのか否か
確認しなきゃと思いつつしてなかったな。
けど、まあいいやと放り出す。
愛咲「おうい麗香!見つけたかー?」
麗香「ううん、ないけぇ。」
愛咲「そっかー。」
しょぼんと目に見えるほど落ち込む彼女。
何だか慰めたくもなるし
いじってやりたくもなる表情。
にい、な心の中では笑ってみせるも
表面上はきっといつも通り。
愛咲「んじゃあしゃーねぇ。羽澄達んとこ1回行こうぜ。」
麗香「はあい。」
つまんなーい、と愚痴るように
欠伸を1つパーカーに吸わせる。
パーカーも眠いのか
暖かさを纏っていた。
春の陽気を吐いていた。
愛咲「よおし、こっちはなかったって報こ……。」
意気揚々とコンビニへ向かいかけた先輩は
どこかを見つめて不意に立ち止まる。
後ろをついていたから
急に止まられると迷惑だった。
ぶつかりかけるがなんとかあても
急ブレーキをかける。
けれど間に合わず片手で先輩の
背中を思いっきり押してしまった。
パーカー越しに伝わる熱はあまり無く、
パーカーがまた吸っていったらしい。
愛咲「あぁぶぇっ!なぁーにすんだー!」
麗香「にしし、ごめんけぇ。」
先輩は数歩ととんとステップを踏むと
こちらを振り返って言っていた。
流石陸上部。
体幹は随分とあるようで転ぶことなく
笑いながら大声を飛ばす。
余裕がまだまだある雰囲気だった。
とはいえど予告もなく背を押したからか
変なポーズで止まっている。
非常口の緑の人が走っている例のポーズを
中腰で再現しました、みたいな。
愛咲「ったくー、困ったもんだぜー。」
麗香「それはこっちのセリフけぇ。急に止まるのはびっくりするけぇ。」
愛咲「あそっか。そりゃあ悪かったな!ごめんな!」
麗香「いいけぇ。あても悪かったけぇ。」
愛咲「お?麗香が謝るなんて珍しい事もあるもんだな!」
麗香「ちゃんと悪いって思った時は謝るけぇ。」
もしも先輩の体幹がなくて
あてがもっともっと強く押していて
そこに車が通っていたら
先輩は怪我では済まなかったかもしれないし。
ただ今その条件は
1つも当てはまらなかったけれど。
車さえしばらく通っていなかった。
とはいえ押してしまった
非があるのは事実だろう。
麗香「そういや何で止まったけぇ?にぃ?」
愛咲「あそーそー、それだよう!ほれ、上見てみろよ!」
麗香「上けぇ…?」
あては思いっきり空を見上げるも
湿気った灰色の雲が背泳ぎするのみ。
あ、鳥が横切った。
…けれどそれ以外何もない。
珍しいものでも飛んでいたのかな。
でも先輩の事だからそうだな、
ビニール袋とかが
浮いてたってのがオチだろう。
そう思って期待せずに見上げていた。
愛咲「ちげーちげーよ!見上げすぎだよって。」
麗香「え?」
けたけた笑いながら
あての肩をぽんぽん叩く。
愛咲「お金払うとこの上にな、箱、あんだよ。」
麗香「あぁ、ほんとにあるけぇ。」
愛咲「だーろぉ?」
麗香「今回ばかりは先輩の勝ちけぇ。」
愛咲「うちらやっぱ勝負する仲だったのか!」
麗香「勉強なら勝てるのに。」
愛咲「そ、それはご勘弁を…。」
恐れ慄いているのか数歩後退った後、
何事もなかったかのように
精算機の上へと手を伸ばす。
正面から見たら結構な高さがあるが、
横から見れば正面の数十センチ以外は
若干ながら低くなっている。
ぱっと見だとわかりづらくしているのか。
それとなく感心しつつ
先輩が箱を取り終えるのを待った。
先輩の身長でも多少足りないのか、
背伸びをしているのが目に入る。
愛咲「いょーし、取れたぞー!」
麗香「早く開けるけぇ。」
愛咲「うちが開けていいのか?」
麗香「勿論。先輩が見つけたけぇ。」
愛咲「もー、優しさ受け取っちゃうぞー?」
麗香「この後3個見つければいいけぇ。」
愛咲「一瞬で鬼に見えてきたぞ!」
麗香「さ、早く。」
愛咲「えー、みんなの前で開ける方が味があるくね?」
麗香「中身見せればいいけぇ。味は元々ないけぇ。」
愛咲「今回だけだぞー?」
何が今回だけなのだ、
と脳内で言葉を漏らしながら
先輩が箱を開けるのをただ眺む。
マスクをしているのにも関わらず
口元をパーカーで隠した。
いつからか身に染みて根付いた癖だった。
先輩は力を入れず簡単に開いてみせる。
チュートリアルの箱を開閉したのは
記憶に新しい。
この箱は摩擦がないのかと思うほど
心地よくすんなり開くのだ。
愛咲「んー?あ、また紙だな!」
麗香「前と一緒っぽいけぇ?」
愛咲「だな、ほれ見てみ?」
箱を片手に紙をペラペラと風に靡かせた。
確かに色は一緒っぽい。
そりゃあ毎回紙が違っても
ただ困るだけだけども。
麗香「中身は?」
愛咲「おいおい、ちょっと落ち着けってー。」
麗香「落ち着いてるけぇ。」
愛咲「そうか?さっきからめちゃくちゃ焦らせてくるじゃねーかよぅ。愛咲さん緊張しちゃうよぅ。」
麗香「先輩は緊張しないから大丈夫けぇ。」
愛咲「うちだって緊張する時あんだぞ!」
麗香「へぇ。」
愛咲「興味ないな…?まるっとお見通しだぜ!」
うだうだと先輩が話しているものだから
ひょいと紙を没収したところで、
風に任せて1人でに開く。
春風を通り越して最早暑いまである今日。
パーカーを着てくるのは間違いだったのかもと
今更ながらにして過る。
愛咲「おわ、ちょっとなーにすんだよー!」
麗香「…『大元を断て』…?宝箱の中身ってのは意味分からないものばかりけぇ。」
愛咲「暗号みたいだな!」
麗香「思ってない癖に。」
愛咲「バレたか!?」
麗香「まるっとお見通し、けぇ。」
愛咲「くそぅ、なんか悔しいぜ…。」
麗香「その悔しさをバネにまた挑んでくるんだけぇ。」
愛咲「待っててくれんのか!」
麗香「いーや、あては聖人じゃないから待たないけぇ。」
愛咲「えー待ってくれよー。」
麗香「2人のとこ、行くけぇ。」
愛咲「おわーっと待て待てい!」
麗香「…?」
長束先輩はあての目の前に飛び出した後、
通せんぼをするように両手を広げた。
…なんだ?
抱きついてこいってことだろうか。
長束先輩のことだからあり得ると
自己完結した後に先輩の声が耳に届く。
それと同時に両手を上に上げる姿。
愛咲「ハイタッチ!うちが宝箱見つけたかんな?」
麗香「…はぁ、仕方がないけぇ。約束は守るけぇ。」
愛咲「よしきた!」
あてが小さく両手を出すと
ここぞとばかりに強く1度、
それから何度も高速で
てしてしとしてくるではないか。
馬鹿だ。
先輩はどうしようもなく馬鹿なのだ。
愛咲「そういや今、約束は守るって言ったよな?なら適当に口約束させるかー!」
麗香「約束を守るのはこれっきりだけぇ。」
愛咲「そんなぁー!じゃあ駄目もとで…また麗香と遊びに行きてーよぅ!遊びに行こーぜ!」
麗香「この前海に行ったし猫カフェも行ったけぇ。」
愛咲「じゃあ今度は山だな、また海でもいいけどさ!」
麗香「次は猫カフェけぇ。」
愛咲「それだけはやめろよー?」
長束先輩は寒いと訴えるような
ポーズをとりふるふると体を
震わせて見せた。
怖がっている演技らしい。
先輩のお遊戯レベルの身振り手振りは
あての錆び付いた心には
少し刺激が強すぎる。
嬉しそうに話しているかと思えば、
のっぽと関場先輩の姿を見つけたのか
一目散に走っていってしまった。
相変わらずだ、と
鼻で笑うあてがいた。
***
愛咲「長束探検隊の今日の調査はこれにて終了であります!」
羽澄「了解であります!」
西日が頬に刺さって
しばしば苦痛を訴えかけてくる頬。
パーカーで妨げても熱が篭り、
結局は無駄になってしまう。
コンビニあたりを探して以後、
他3つの近辺の宝箱を開いた。
1人ひとつずつ開いた換算だ。
それぞれの宝箱には全て
黄ばんだ汚らしい紙が入っており、
その全てに意味不明な言葉が記されていた。
『大元を断て』
『曲は夢の在処』
『繋ぐ公衆電話』
『青が現実』
といった4つが今日の成果。
移動中も長束先輩や関場先輩と
どういう事だろうかと
思案を巡らせていたが、
一向に解決への糸口は見つからない。
もしかしたら最後の宝箱とやらの
ヒントなのかもしれないとは思った。
だが、そもそもとして宝箱の個数は
いくつなのかを知らされていない時点で
どれが最後になるのか
分からない気もするが。
探している間にいつの間にか
開いてしまうなんてことは
起きてしまわないのだろうか。
羽澄「いやー、結構疲れましたね。」
花奏「歩き回ったしな。」
愛咲「おうおうおう、へこたれてんのかーい?」
麗香「先輩は元気すぎ。」
愛咲「ま、これでも陸上部だしな!」
羽澄「流石です!」
愛咲「ぐへへ、褒めんなよぅ。なんにも出てこねーぜ?」
羽澄「無理に奢らせれば飲み物が出て」
愛咲「野蛮すぎるだろ!」
羽澄「はいはい、嘘ですよー。」
愛咲「なっ…腕を上げたな、羽澄。」
羽澄「元から愛咲のレベルが低いだけです…。」
愛咲「呆れてるだと!」
麗香「んで、もうお開きする?」
愛咲「おああ、そうだな。ここでだらけちゃっても麗香も困るよなぁーいい子だもんなぁー。」
麗香「先輩よりはいい子だし。」
愛咲「宣戦布告っ!?」
先輩達の話がまだ続きそうなのを察して
スマホに手を伸ばし、
例のアプリを開いた。
すると、9つの点のうち
あて達のいる近辺では
しっかりと4つ彩度を失った点がいた。
宝箱を開いた証拠らしい。
その他にも、灰色に落ちぶれた点が3つ。
1人以外は全員参加したか、
他3つは1人で全部漁ったのか。
そこまではぱっとマップを見ただけでは
判断はできなかった。
花奏「あ、そや。今日ってこの4枚だけやんな?」
のっぽが急に声を出したかと思うと
手元に4枚の紙が広げられている。
4枚とも、あての知っている通り
訳の分からない言葉の連鎖が
記されているもの。
愛咲「おうよ!」
羽澄「大丈夫です、隠し持ってませんよ。」
愛咲「なな、疑ってるのかい、てやんでい?」
花奏「そういうつもりやないんよ。」
羽澄「隠す事は難しいと思いますけどね。」
愛咲「えー、なんでだ?」
羽澄「アプリで今日取った宝箱の位置を確認出来るんですよ。」
愛咲「優れものじゃないか!」
長束先輩はまたオーバーリアクションで
場を温めていたが、
その情報を先に知っていたあては
ただぼんやりと眺むだけ。
あてはいつだって傍観者。
それから灰色になった点の話や
見つかった宝箱の中身の話など
ひと通り話したところで
漸く解散となってくれた。
やはりあての予想通りだったようだ。
先輩達の話がまだ続きそうなのを察し、
スマホに手を伸ばしたのは
ある意味正解だったのかもしれない。
***
歩「…。」
足の裏ではごろごろと小石があり、
それらは最も簡単に
私に踏まれていく。
ブレザーの上着さえいらない程の熱気に
うんざりとしている最中だった。
家の最寄り駅から家まで帰る中
通りゆく人は皆衣を1枚剥いでいる。
それもそうだ。
4時に近づいていても尚
冷気というのは全くと言っていいほど
やってこないのだから。
歩「…はぁ。」
通りゆく人は私のことなんて
これっぽっちも気に留めず、
横をするりと猫のように抜けていく。
これが田舎の方だと
割と声をかけられたりする。
経験談だ。
私はこれまで様々な土地へ移住してきた。
勿論親の都合でだけれど。
家族で移動する中、
人1倍いろんな人達を見てきたつもりだ。
優しいだとかクールだとか
お淑やかだとか人見知りだとか
優等生だとかいじめっ子だとか。
学校なんてどれほど狭い世界だと
何度思った事か。
今でも尚、学生ではあるから
狭い世界に引きこもっているわけだけど、
高校生はこれまでと違って
バイトも出来るからか、
それ程までに窮屈だとは思ってなかった。
だからこそ、今回の様々な異様な件に、
出会った事ない系統の人に
戸惑いを隠せないでいる。
特に長束や小津町といった部類は
見たことがなかった。
大体は突き放すことをいえば
相手側から縁を切ってくれるのだ。
なのに。
歩「…はぁ。」
何度目かのため息を漏らす。
止まるところを知らずに延々と
息は吐かれ続けるばかり。
歩「…?」
まるでリストラされたサラリーマンのような
人生疲れましたムードが漂う中、
ふと遠くに白い花の大群が見えた。
ただ、立地がおかしい。
道路のど真ん中なのだ。
道路とはいえそこまで広いものではなく、
車1台が通れるくらいの一般的な道。
家が遠目に見えるところでの
異様な花の群集に思わず立ち止まった。
昨日や朝すらこんなものはなかったのに。
よくよく見てみれば
花の群集の下には
水溜りのようなものがあるのか、
緩やかに陽を反射している。
午後の温かな気を吸って
花達は踊っているようにも見えた。
変なことをする人もいるものだと完結し、
横を通り過ぎようとだんだんと近づく。
白い花…小学生の時に
花のことなどつゆ知らず
よく引き抜いてしまったもんだ。
多分雑草だったとは思うが…。
小学生の頃はよく外で遊んだ。
よく分からない植物の汁や蜜を吸ったり
一輪車でグラウンド何周出来るか競ったり。
今振り返れば恐ろしいとも言える所業を
ずっと繰り返していた。
懐かしいが、あまりいい思い出ではないな。
脳内でそのような終着点に着く頃、
花の大群は徐々に迫りー
…。
歩「…っ!?」
遠目からだと、それは当たり前だが
白い花に見えていた。
風に揺られ心地よさそうに。
だが。
実際には違うということを
今ここで知ったのだ。
歩「……………手…?」
花一輪一輪がやけに大きいと思っていたら、
人の手がいくつも地面から生え、
ゆるりゆるりと揺れていた。
ぞっとした。
そうだと気づいた刹那心臓が止まり、
急速に動き出したせいで
頭の中で囂々と血が唸っている。
一瞬、体が芯まで冷えたかと思えば、
この日差しに当たりすぎたのか
熱が生み出されて止まない、止まない。
ただ、どこか冷静になっている
自分もいるわけで。
じっと眺めたままもう少し、もう少しと
1歩近づいてゆく。
真っ白な手が緩やかに揺れる。
そのどれもが骨張っていて、
栄養なんて全く行き届いてないであろう
輪郭を成していた。
ついに私も見えるように
なってしまったのだろうか。
そっち側というやつに
なってしまったのだろうか。
これまで幽霊だとかの類は
微塵も信じてこなかった。
所詮嘘だと思っていた。
だが、今のこの風景を見て
嘘だと言えるかと問われると、
どうしても首を縦には振れなかった。
もしかしたら。
もしかしたら、水分不足等で
幻覚が見えているだけかもしれない。
そうだ。
きっとそうだ。
疲れているんだ。
連日の宝探しとかいう変な出来事や
小津町からの執拗な関わり、
それから3年としての新生活、
掛け持ちのバイト等々に
疲れてしまったんだ。
歩「…馬鹿みたい。」
ひと言溢し、心臓はまだばくばくと
音を鳴らす中手のようなものの横を
通り過ぎようとした。
道路の真ん中を占領しているせいで
縁を歩くにも狭苦しい。
関係ない。
私は何も見ていない。
そう、心の中で呟きながら。
ふと。
歩「……はっ…!?」
ふと、足首に感触。
嫌な予感がした。
息を呑んでしまい、
軽く咽せながら下に視線をやると、
細々とし、骨張っている手のひとつが
私の足首をとんでもない力の強さで
握り出したのだ。
歩「…!…離して!」
声をかけたって無駄な事は分かってるが
叫ばずににはいられなかった。
なにこれ、何これ。
握られていない側の足を
ぐんと手から遠ざける。
両足を掴まれたら終わる。
連れていかれる。
何も知らないながらにそう悟った。
その細さで出る力じゃないって程
手の力は異常に強く、
そのまま水溜りの方へ引き摺られる。
歩「…っ!…痛…!」
このままじゃ足が千切れるか
水溜りへと誘われて終わりだ。
現に骨はみしみしと悲鳴を上げ始め、
足の指先の間隔は無くなっている。
正座のしすぎで痺れてしまった時のように
血が回っていないのがわかる。
咄嗟に近くのフェンスを掴んだ。
死ぬ。
そう、過った時だった。
不意に大きな道路から曲がってきたのか、
1台のトラックがこちらに向かうのが
視界の端に見えた。
歩「…はっ……はっ…!」
このままじゃ轢かれる。
嫌だ。
死にたくない。
その一心で足も身もを端へ端へと来るよう
これもでにない程力を込め引っ張った。
トラックの運転手は私に気づいていないのか
スピードを出して通常通り
突っ込んでこようとするではないか。
歩「…っ!」
出来る事を懸命にした。
それでも駄目ならもう駄目だ。
そう思い、目をぎゅっと瞑った。
…。
…。
…。
…?
轟々とトラックが通る音が
耳をずたずたになるまで轢いてゆく。
…。
…足の激痛は止んでいった。
怖い。
どうなったのだろう。
手は?私は?
恐る恐る目を開いてみると、
私の足を掴んでいた手は
中途でひしゃげ潰れており、
その先は消えていた。
その他大量にあったはずの手もなくなり、
ただただ私の足首を掴む
真っ白な手だけがそこにあった。
その手にはもう力が入っておらず、
最早紙粘土のような物体に見えた。
と、思えば徐々に溶けていき、
最終的には乳白色の泥水のような物体が
片方の靴に付着している状態になった。
骨の部分はどうなったのだろう。
ちらと見えるのは泥と、
あとは小魚の背骨のような
細やかな物体。
不意に力が抜けてしまい、
立つことがままならなくなって
地面に座り込んだ。
床は無情にも暖かかった。
コンクリートだからだろうな。
歩「……っ…はぁっ…はっ…。」
いつの間にか止めていた息を
やっと吐いた。
すると、脳内に酸素が
急激に回り出したせいで軽く頭痛がし出す。
生きている。
…生きている。
歩「あぁ…。」
情けない声が漏れる。
側から見たら、
道端に座る女子高生がいる状態だろう。
変な人を見るような目で見られるのだ。
そこまでは想像つくのに、
今回の事態が何故起きたのか
まるで想像つかない。
帰ろう。
そうだ、帰ろう。
そうすればきっと日常に戻ってきたと、
怖い事は何もなかったと感じられるはずだ。
震える足だが、何とかしてその場に立つ。
まだ膝がかくかくとしている。
やっと血が回ってきたのか、
片足が猛烈に痺れ出した。
歩「…靴…洗わなきゃ…。」
現実から、夢から離れたくて
ぽつりと独り言を溢した。
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