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梨菜「うわーんごめーん!」


波流「ほら、遅れるでしょー!」


梨菜「すぐ用意するから待ってよー!」


どたどた、どた。

家の中のはずなのに騒々しい音が

チームを組んで大暴れしていた。

今は何をしているのか。

言わずともわかるだろう。

出かける準備だ。


波流ちゃんは相変わらず

予定の数分前には家に来てくれる。

けれど波流ちゃんが来てくれる時間に

私が起きている事は

4割はなく、急かされながら

出る支度をするというのが

長年の間で染み付いてしまった流れだった。

しかも今日は早く起きたものの

余裕をかましたらこれだ。

加えて、今日は特に

自分の準備が遅いと感じる。


今後ある予定に対して

緊張しているのだろうか。

…実際している。

めちゃくちゃに緊張している。

何せネットの人と会う事自体

私は初めてだから。

それにレクリエーションとはいえど

何をするのか分からないからだ。

少しの不安と大きな期待が揺らいでいる。


波流「今日遅れたら他の皆さんにも迷惑かかっちゃうからねー!」


梨菜「わかってるってー!」


波流ちゃんは玄関に上がって

待ってもらっている為

ちょっと距離がある。

だから大声で返答をするも

霞がかって行くような感覚。

リビングでお皿を洗っていた星李は

呆れてため息を吐いていた。


星李「どうして学ばないのかねぇ。」


梨菜「習慣ってやつだよ。」


星李「決め顔してないでさっさと準備する!」


梨菜「はあいっ!」


またため息の1つが耳に届く。

そーんなに呆れなくてもいいじゃんね?

星李はしっかりものだから

私の適当な部分が気になって

仕方ないのだろう。

そんなきっちりした妹には

何度も助けられてきていた。


波流「ほらあとごふーん!」


梨菜「出れる出れる、あと少し!」


大急ぎでコンタクトをつけ

髪をセットし鞄を用意する。

サイドテールに纏められた髪は

居心地が悪そうに肩を縮めてた。

前髪が数本目にかかって

邪魔だと感じて横に流す。

あ、時間がないんだった。

瞬時に切ろうとして鋏を手にとっていて、

時間がない事を思い出し

ぱっと手を離す。

からんからんと音が生まれ、

燦然と散ってゆく。


星李「だいじょーぶー?」


梨菜「へーきー!」


危ない危ない。

鋏をしっかり元の場所にしまった頃には

気になっていた前髪は

どこかに隠れてしまい

都合よく邪魔がなくなった。

ラッキーだ。

そう思って準備した鞄を手に取る。

貴重品しか入れていないから

波流ちゃんに比べるとだいぶ軽い。


波流ちゃんはというと

水筒や羽織りなどいろいろ入っているのか

リュックできていた。

荷物が多いあたり波流ちゃんらしいや。


波流「ほら、行くよー。」


梨菜「はあーいおっけ、出れまーす!」


走りながら玄関にたどり着いた頃には

セットした前髪は散ってしまっていて

もう1度集合の合図を

かけたいくらいだった。

けれど時間がないからそれは断念。


波流「りょーかい!星李ちゃん行ってくるねー!」


星李「うん、いってらっしゃいー。」


梨菜「行ってきまー!」


波流ちゃんと星李も仲がいいもんで

簡単に行ってきますと挨拶していた。

外に出てみると数日前と変わらず

春が佇んでいて自分の領地だと

胸を張って言っているのが分かる。

桜は風で少し散ってしまい、

寂れた雰囲気を保ちながらも

まだ現役と言ったところ。

学校が始まってしまって

自由な時間が減りなんとも残念だけれど

また波流ちゃんと登校できるのは

嬉しい他なかった。

朝起こしてもらう日々が

再開していたのだ。


昨日はきはきとものを言う子に出会った。

名前は雛美月ちゃんと言うらしく、

私達同様よくわからない事態に

巻き込まれてしまったと言う。

状況は同じだった。

昨日の昼休みに職員室前で落ち合い

場所を移動して話したものの

特に有用な情報は出なかった。

波流ちゃんは最後の方まで

美月ちゃんが犯人じゃないかと

疑ってはいたものの一旦は落ち着いたらしい。

なんなら雑談の中で美月ちゃんが

バドミントン部に入るかもと

言った時物凄く嬉しいそうにしてたくらい。

それくらい仲良さげにはなっていた。


波流「なんかね。」


梨菜「ん?」


波流「嶺さんとDMで話してたらね、私達と美月ちゃん以外は別の高校でまとまってるんだって。」


梨菜「へぇ。」


波流「反応薄いなぁ。」


梨菜「へぇー!」


波流「嘘っぽいね。」


梨菜「あーもう相槌打たないー。」


波流「あはは、ごめんって。」


やはり謝り慣れていて

てへへと笑顔を向けてくれた。


梨菜「じゃあさ、住んでるところや年齢が完全にランダムで選ばれた8人じゃないって事?」


波流「意図的なんじゃない?」


梨菜「意図的ねぇ…。」


波流「だってさ、なんだかんだ繋がってそうじゃない?」


梨菜「どゆこと?」


波流「私達は勿論知り合ってるでしょ?」


梨菜「そりゃもちろん。」


波流「んで、私は嶺さんが中学校が同じだったって偶然ながら覚えてた。」


梨菜「ほんと偶然だね。」


波流「お黙り。」


梨菜「はい。」


波流「んで、嶺さんと他の誰か…それこそ美月ちゃんが知り合いだったとして…とか。」


梨菜「あー…えっと、8人の中に誰かしら知り合いはいる…みたいな。」


波流「そうそう、そゆこと!」


実際あり得る話だろう。

でもそれならもっと関わりの深い

8人組だっているだろう。

どうして関係の薄い人が多い

この8人だったのか。

皆目見当もつかない。


梨菜「どうなんだろうね。」


波流「分かんない。他校組の5人の事ほぼ分からないし。」


梨菜「他校の人達は会ったことあるの?」


波流「さぁ。全員集合した訳じゃないけど数人で集まったーって感じかも。」


ふむ。

やはり行き着く先はわからないの、1点。

分からないという言葉は便利と共に

とても扱いづらい物だと気づいてしまった。


それ以降は電車に乗り、

1、2回乗り換えをして

片瀬江ノ島駅に着く頃には

もう昼が顔を出していた。

それもそのはず。

13時はとうに近づいていて

いつの間にか目の前に迫っていたのだから。


「お、あの2人じゃね?」


近くからそう聞こえたと思えば

後ろから圧がかかった。

圧を感じたのではなくかかった。

そう。

背中から軽くながら押されていたのだ。

数歩ふらつきながら前に出たところ

目の前に見知らぬ男の人が通る。

顔を上げるとあからさまに嫌な顔をして

そのまま何かを言うこともなく

通り過ぎてしまった。


「初めましてだな!驚かせてごめんな!」


振り返れば長い髪の毛が随分と自由に

遊んでいる人が大きな声をあげて

こっちに手をあげていた。

こんなにも距離は近いのに

声のボリュームが大きいのは

何故なのだろうか…?

その声の大きさ故に

近くを通りかかったり待ち合わせたり

していた人達が数人こちらを窺う。


波流「あ、えっと…ながつかさん…だっけ。」


「あれ、なつかって読むんだわ!」


波流「長束って読むんですか!すみません。」


愛咲「ううんー、何も気にしねーって!うち長束愛咲。よろしくなー!」


「また始まった…。」


身長は小さいながらも

鋭い視線がその長束さんにぶつけられる。

アイコンを見ていたから分かる、

あの人が嶺さんか。

長束さんは気づいているのか否か

そのままのテンションで

私達を輪の中に入れてくれた。

時間ぴったりに来たら

もうみんな揃って…ない。

まだだった。

2人いないようだった。

…けれど。


愛咲「よし、これで全員だな!」


波流「え?今7人ですよね?あと2人は…」


愛咲「あのな…透明人間って知ってるか?」


「歩さんはこうへんのやって。」


愛咲「うおい!驚かせるつもりがぁー。」


「流石に驚きはしないと思います。」


愛咲「うえーんそんなぁー。」


泣く真似をしながらも

表情はどこか笑っていたせいか

悲しんでいると言う事は

全く伝わらなかった。

賑やかな人だと話をみると

よく見たことのある顔がそこにあった。


美月「…。」


梨菜「美月ちゃんこんにちは!」


波流「やっほー!」


美月「えぇ、こんにちは。」


美月ちゃんは春らしいワンピースを着ており

髪型は前会った時と違って

ハーフアップになっていた。

私みたいにいつもの髪型があると言うより

ファッションによって

変えているという印象を持った。


「そこ3人はおうたことあるんやったっけ。」


梨菜「そうなんです。昨日偶然廊下でばったり会ったんですよ。」


「あぁ、敬語やなくていいよ。私1年やしさ。」


肩を少しくっとあげて笑う

高身長の彼女はどこからどう見ても

年下には見えなかった。

長い髪をポニーテールに結え

春風や潮風が吹くたびに

ゆらりくらりとゆりかごの中のように

揺れ動いていた。


美月「お互い一応名前はTwitterで確認してるだろうけれど、自己紹介でもしておきますか?」


愛咲「そーだな!じゃあ3年生のうちから」


「もう聞いたからいい。」


随分と軋轢を生みそうな

言い方だったからひやっとするも

そう言う人もいるかって

すぐに納得しちゃう。

親含め色々な癖のある人がいたから

耐性がついていたのだろうか。

美月ちゃんや波流ちゃんも

自分の耳を疑ったような顔をしていた

気がするけれどそのまま滞りなく

自己紹介は進みそうだった。


花奏「私1年の小津町花奏。よろしくな。」


波流「遊留波流、2年です!花奏ちゃん元々関西の方にいたの?」


花奏「うん、少しだけな。」


波流「やっぱり!方言いいなぁー。」


流石コミュ力の化身である波流ちゃんは

ここぞとばかりに話を振っていた。

花奏ちゃんは独特の方言を持っていて

どこの話し方だろう、

聞いたことがあるなと思えば

関西の方だと言う。

そりゃあテレビとかで聞き覚えがある訳だ。

お笑い番組とか見てたらよく聞くもんね。

星李が好きだから

昔からなんだかんだよく見たもんだ。


美月「話が逸れそうなので失礼します。私雛美月と申します。高校1年です。よろしくお願い致します。」


昨日の第一印象同様

丁寧にお辞儀をしていたその姿は

なんとも上品過ぎるあまり

いいとこ育ちなのではないかと余念が過った。


羽澄「はいはい!羽澄は関場羽澄、高3であります!よろしくお願いします!」


敬礼と共に挨拶してくれた関場さんは

とても元気と特徴のある声だった。

この方は特徴的な話し方をされるもので、

逆に何も特徴のない私だから

申し訳ないなと思ってきてしまうほど。


そこで一間が空く。

終わっていないのは私と嶺さん…だっけ。

そちらを確認しようと視線を動かすと

ばっちり彼女と目があってしまった。

私の様子を伺っているのか

先に言えと言っているのかまでは

流石に分からなかったけれど

何か訴えていそうと言うのは感じていた。


居心地が悪くなってしまい、

ぐるりとみんなの顔を見渡す。

波流ちゃんとも目があったところ

いいよと言っているようにも見えた。

終いにはいつの間にか口を開いていた。


梨菜「嶋原梨菜、2年です。よろしくお願いします!」


麗香「……嶺麗香2年。」


私が言葉を発したあとほぼ間髪入れずに

嶺さんは名前と年齢を口にしていた。

あまりの速さに驚いて再度

彼女の方を向いてしまう。

嶺さんはというと出番は終わったと

言っているかのように下を向いて

口元を袖で隠していた。


梨菜「大丈夫?気持ち悪かったりする?」


麗香「………何ともない。」


愛咲「そーそー、これ麗香の癖なんだよ。夏でも冬でもいつもパーカー着ててな、それで口んところを」


麗香「解説しなくていい。」


愛咲「そうかぁー?いるだろ、実況解説はよぉ!」


羽澄「あはは、これから競馬でも始まるんですか!」


愛咲「競馬というチョイスっ…!オリンピックとかじゃないあたり羽澄色が出てるぜ…。」


羽澄「ありがとうございます!光栄です!」


ハイペース且つハイテンションで

進む会話に私はどうしても

ついて行けそうになかった。

なんならついて行く気が

なかったのかも知れない。

そして分かった事がある。

長束さんと関場さんを放置していたから

半ば無法地帯にらなるだろうという事。

2人のペースはとてもあっているようで

楽しそうに会話をしているのが見てとれた。

そして麗香さんはというと

その2人以外には緊張しているというか

心を開いていないというか。

あくまで自分のペースでっていう

雰囲気を感じていた。


愛咲「あ、そーだ。あと三門歩ってやつがいるんだよ。うちや羽澄と同じく3年!」


花奏「DMしたんやけどこうへんって。」


愛咲「興味なさそうだったしなー。」


波流「そっか。あとは…NO DATA…?」


羽澄「ああ、忘れてました。」


梨菜「来るのかな?」


波流「連絡はしてみたけど未読だったよ。」


愛咲「んじゃあ、こねーのかなー。折角のレクリエーションなのによぅ。」


美月「ともかく、です。」


手を軽やかにぱんと鳴らし

みんなの注意を集めていた。

特に長束さんは尋常じゃない速度で

手の叩いた音の方

…即ち美月ちゃんを見ていた。


姿勢は常にすっと一直線で

凛々しいと分かる身長は小さめである

美月ちゃんは場を制していた。

私よし年下だけれど

頼りにできる存在という事に

変わりはなかった。

近くを家族連れが通り抜けていった。


美月「指定された地図の場所はここから少し歩きます。時間も時間なので移動しましょう。」


愛咲「そーだな!ってかここから移動しなきゃいけねーのか?」


羽澄「あの連絡見ましたか?」


愛咲「おうよもっちろん!なんなら音読だってしたんだぜ?」


羽澄「それでも忘れてるとは…もう救えないですね。」


愛咲「なにっ!?うち死ぬのか…!?」


羽澄「不治の病であります…。」


愛咲「そんなあぁー!」


みんなが歩き出していたので

私もひよこのようについていく。

ほんのすぐ後ろでは

長束さんと関場さんがまだ立ち尽くしたまま

話しているようだった。

潮風の匂いがする。

春の癖になんだか夏を感じてしまって

どうにも違和感を覚えてしまう。

けれど既にサーファーは数人おり、

春ならぬ夏を先取りして

満喫しているようだった。


花奏「2人ともー、はよ行くでー?」


愛咲「あー!待ってくれよーぅ!」


羽澄「いけ!走れ陸上部!」


愛咲「ぜってー負けねーぞー!」


羽澄「羽澄も参加ですか…!負けないですよー!」


後ろにいたはずの2人は騒々しく

前へと飛び出していき、

横断歩道が赤だったためか

2人とも急停止をしていた。


波流「2人の行ってる方向であってるの?」


美月「そのまま浜辺の方であってます。」


波流「へー、ここで何するんだろ。」


梨菜「確かにね。スイカ割りとかなったらいいなぁ。ビーチバレーとか。」


波流「絶対ないよ。」


梨菜「絶対じゃないもんー。」


前にいる2人が、私たちが歩いている為

だんだんと近づいてくる。

何を話していたかと思えば

どっちが1位だったかといういかにも

ありきたりな口喧嘩大会を開催していた。


梨菜「あはは、元気だねぇ。」


波流「ね、ほんとに。」


梨菜「私と波流ちゃんみたいじゃない?」


波流「そう?私から見たら梨菜と星李の方が近いけど?」


梨菜「えー、こんなんじゃないでしょー。」


花奏「兄弟おるん?」


梨菜「あ、うん。そうなの。妹がいるんだ!…えっと…あなたの名前なんだっけ。」


花奏「私花奏やで。梨菜さんに波流さんであっとるよな?」


波流「大当たりー!覚えるの早いんだね。さすが若いっていいわねぇ。」


梨菜「そうねぇ。私たちにもあんな時代があったねぇ。」


花奏「あはは、そんな変わらんやろうに。」


波流「もうこの頃運動したあとは肩やらお腹やら痛くて。」


梨菜「それ筋肉痛。」


波流「辛いんですよぉ。」


梨菜「去年の方がきつそうだったよ。」


波流「あれ、そう?」


花奏「部活入ってるんや。」


波流「うん、バドミントン部!」


花奏「へぇ、ええやん!」


波流「まあ慣れ行きで入った感じはあるんだけどね。」


花奏「続けてる事が大事やと思うで。」


梨菜「私もそう思うー。」


波流「ありがとね、花奏ちゃん。梨菜は思ってないでしょー。」


梨菜「思ってるもん!見てよこの目を!」


波流「わぁまんまるだねぇ。」


梨菜「ってことは?」


波流「ダウト!」


梨菜「なんで。なんでそうなるんだ……。」


美月「信号変わりましたよ。」


結局再度最後尾に位置つけた

長束さんと関場さんの2人は

これでもかというほどに騒いで

楽しんでいるようだった。

嶺さんはというと輪には入らず

少し離れてついていき

私たちを観察しているようにも見てとれた。


遠くに江ノ島が見えて来る。

昨日マップを確認したところ、

マップは浜辺を指しているらしい。

そこまでは見たものの

細かすぎるところまでは

確認してしなかったから

美月ちゃんがいてくれて助かった。

それから少し歩いていくと

水族館があり駐車場があり、

その先に広大な海が広がっていた。

少し前に見慣れた景色の1つだった。


波流「そういえば最近来てなかったかも。」


梨菜「確かに。私もそうだなぁ。」


隣にいる波流ちゃんは

もとよりここ神奈川に住んでおり、

地元というには十分すぎるほどだった。

彼女は何度この景色をみたのだろう、

何度この景色にお世話になったのだろう。

家族と来たこともあれば

私と一緒に来ることもあったし

他の友達とも来ることはあったんだろうな。


美月「着きましたけれど…何も起きませんね。」


愛咲「まだ時間になってねーんじゃねーか?」


花奏「案外人多いもんやなぁ。」


愛咲「ま、休日だしな!」


羽澄「夏程は多くないですね。」


花奏「常連?」


羽澄「ここから遠くないところに住んでるんですよ。」


愛咲「んだなー。羽澄何かあったらすぐ海に行ってるイメージあるわー。」


羽澄「どんなイメージですか…。」


麗香「…。」


美月「とりあえず待ってみましょうか。」


それから数分もの間

隣にいる人と話したりする人もいれば

ひたすら無言でいる人もいれば

飽きたのかスマホをいじり出す人もいた。

私はというと、波流ちゃんや

近くにいた花奏ちゃんと話して

時間を潰していった。

NO DATAさんも来なければ

何も起こりやしない。

春を越して夏に近い日差しが

身を刺すように降り注ぐ。

各々好きなようにして過ごしたところ、

不意に呟いてしまってた。


梨菜「…何にもないね。」


波流「そうだね。」


羽澄「やっぱりただの悪戯だったんですかね?」


愛咲「やっぱりって羽澄…予知してたのか!」


羽澄「もちろんです!ちょちょいのちょいですよ!」


愛咲「すげー!うちも予知してみよー!んぬぬぬ…ぬぁー!今日は晴れるっ!」


花奏「まあ、実際には晴れとるしな。」


羽澄「羽澄を越えるとは…愛咲やりますね。」


愛咲「おうよ、任せなっ!」


美月「どうします?解散しますか?」


梨菜「うーん、13時にはなってる?」


波流「今確認するよ。」


波流ちゃんがごそごそと

リュックの中を弄り、

スマホを出したかと思うと

じっと画面を見て固まっていた。

無表情にも見えるし困っているようにも見える。

マスクをしているというのもあり、

しっかりとは分からなかったものの

何か負の感情側がわさわさと

働き出している事は感じ取れた。


梨菜「何時?」


愛咲「そこは何時というより何分だろ!」


羽澄「別にダメ出しするようなところじゃないですよ。」


愛咲「なぬっ!?そうか、うちの手法はまだまだだったか…。」


麗香「…。」


波流「ま、時間は13時7分で過ぎてるんだけどさ…。」


急に口をつぐんでしまって

静寂が訪れた。

こういう時長束さん達が

話してくれていたら助かるのかも

なんて思いながらも今に限って

静かに波流ちゃんの話の先を窺っていた。

長束さん達は空気を

読んでしまったのだろうか。

周りで子供やその親、

カップルなど様々な人がいたにも関わらず

私達は円になりただ浜辺に立っていた。

それが異様だとは

誰が見てもすぐに判るだろう。


梨菜「だけど…?」


波流「…『404』からDM来てた。」


その言葉が放たれた瞬間、

何を意味しているか微々たる間

わからなくなってしまっていた。

けれど時が進むにつれ

漸く何が起こったのかというのを

理解してしまった。

何かが進んだのだ。

そう漠然ながらに知ってしまった。


ずっとスマホを弄っていた嶺さんは

気づいていたのか否か

未だにスマホに視線を落としている。

喧騒が耳に入らなくなっていく。

さっきまでの人の話し声や叫び声は

どこにいってしまったのだ。

そう問いたくなる程に

波流ちゃんの放った言葉が

私の耳の周りをずっと浮遊している。


愛咲「まじかよ…!」


波流「はい…みんな確認してみてください。」


その一声で皆が鞄を漁ったり

ポケットに手を伸ばしたりして

それぞれ自分のスマホを手に取る。

春なのに冷たくなったままの無機物を

手に取り画面をつける。

どうなっているのだろう。

次の指示だろうか。

次は何を言って来るのだろうか。

怖い。

怖いと共にきっと好奇心。

この好奇心のせいで今が異常であることに

気づけなくなってきていた。

気づけないこそが異常だった。


美月「…流石に各々で読みますか。」


愛咲「音読し」


羽澄「人の目を気にするということを覚えた方がいいです。」


愛咲「ぐっ…長束は大ダメージをくらった。」


麗香「ほら、いいから読む。」


愛咲「喋ったと思えば麗香まで辛辣っ…!はあい、読むから少し待ってくれよなー。」


それからは黙読の時間となり

各々で読み進めていくこととなった。

波がいいBGMと化し

読むには十分すぎるくらいの集中力が

保たれたままだった。

ついにDMの内容に踏み込む。

みんなには同じ内容が

届いているのだろうか。

1人だけ違うとかみんな違うとか

あったりするのだろうか。

疑問が止まらない中でTwitterを開いた。




『ご参加いただきありがとうございます。

皆様にはこの度宝探しをしていただきます。

画面は移動させず、

そのまましばらくお待ちください。』




と言う文字。

これは三門さんやNO DATAさんにも

届いているのだろうか。

今いない人を浮かべながら

波の音に耳を澄まし

ぼんやりしていた。

いい天気だなぁ。

今日は気持ち良すぎるくらいの天気の良さ。

いい日だ、なんて思っていたらふと

スマホの画面が切り替わった。


愛咲「お、『宝探しに参加していただきありがとうございます。ようこそ。』だってよ!」


またまたジャジャーンと言わんばかりに

私達にスマホの画面を見せてくる。

とてもいいどんぐりを見つけた

子供のようにわくわくとしているよう。

嬉々として画面を覗いている

長束さんの姿があった。

そして何か操作をしたかったのか

再び自分だけが見えるように持ち替えていた。


波流「宝探し…?」


梨菜「だってね。」


花奏「レクリエーションは宝探し…かぁ。」


愛咲「お?おおおー?」


羽澄「どうしたでありますか!?」


愛咲「マップに点々がついてんぞ!」


美月「点々…?」


愛咲「ほれほれ、見てみろって!」


自分だけが見えるようにしたかと思えば

再度すぐに私達が見えるように

スマホを向けてくれる。

そこには私達がいる現在地のマップが

広がっており所々点々と

明るいランプのようなものが光っていた。

あまりに淡白なマップだが

重要な建物は書かれているようで

海賊が使ってた昔の地図といった雰囲気が

見受けられる気がした。

長束さんは自分の方へと画面を戻す。

それとほぼ同時だろうか。

自分のスマホ画面には突如、

『チュートリアル』の文字が浮き出る。

マップを目を凝らして見ていたがために

急な画面変更にぐるりと視点が回る。

チュートリアル。

練習があるという事だろうか。


愛咲「お?お!?始まんのか!?」


美月「はしゃがないでください。周りの人に迷惑です。」


羽澄「愛咲は普通でも大声だからテンションが上がると更にうるさくなる欠点持ちです。」


愛咲「取り柄だっ!」


羽澄「はいはい、分かってますよー。」


麗香「…。」


波流「結構長いかな。」


梨菜「さぁ。…というか神奈川県内で済むかな…?」


波流「え、お宝が隠してある場所って話?」


梨菜「そうそう。」


波流「まっさか関東全域とか日本全国なわけないでしょー。そうだったとしたら私パスだなー。」


花奏「県越える移動は東京とかならまだしも遠くやときついな。」


愛咲「海外もありだったらどうするよ!」


美月「皆さん結構やる気なんですね。」


麗香「…しょうもない。」


美月「…まぁ、言いたい事は分かりますけど。」


愛咲「『まずはルールをお読みください。』だってさ。」


愛咲さんが言うように、

私の画面にもルール説明が連ねられている。

文字がずらっと表示されていると

どこかうっ、と来るものがある。

それを我慢して視線を右に左に動かした。




『ルール



1.宝箱の中身は持ち帰り、大切に保管する事。まとめておくことを推奨します。箱自体は回収しないでください。


2.指定の日に指定の数の分のみ宝を回収することができます。アプリ内でも指定の数以上の宝箱は通知されないようになっています。指定外の宝箱は見つけても開けないようにしてください。


3.宝箱を開けた人が発見者とします。箱を見つけた際、自身は開かず他者に譲る事が可能です。


4.参加者9名以外が宝箱を開く事を禁じます。


5.最後の宝箱を開けたら終了です。最後の宝箱はいつ開けてもよしとします。


それではお楽しみくださいませ。』




最後の1行は不穏ながらも

静かに歓迎していた。

不気味な色を醸し出しつつ

そこで両手を広げ待っていた。

そんな印象を抱いていた。


梨菜「…。」


愛咲「『チュートリアルを開始します。近くの点の部分に行き、宝を回収しましょう。』だってさ!勝手に動いて始まってんぞ!」


羽澄「プログラムされているんですかね。」


愛咲「すげー!プログラムってのはあれだろ?情報の授業的なサムシングだろ?」


羽澄「それを75レベルくらいアップさせたものです!」


愛咲「おおー!微妙に分かりずれぇ!」


美月「……さて。」


美月ちゃんはため息をひとつ飲み込んで

画面を凝視したまま唸っていた。

気を抜くとすぐ海の音へと

気を引っ張られてしまって

転んでしまいそうになる。


美月「開けに行きますか?すぐそこのようですし。」


愛咲「開けよーぜ!宝だぞ!?」


花奏「入っとるものが砂とかやなかったらええな?」


愛咲「ぎょっ…砂だったらがっかりするにも程があるぜ…。」


梨菜「宝探しなんてちょっと懐かしいね。」


波流「だね。小学生の時、私が誘ってよくやったっけ。」


梨菜「そうそう。波流ちゃん隠すの下手くそなの。」


波流「優しさって言ってくれない?」


梨菜「えー?本気で悔しがってたじゃん。」


波流「恥ずかしいからやめてやめて。」


長束さんと関場さんはわいわいと騒ぎながら、

他のみんなは程よく話しつつ、

けど嶺さんは一言も話さずに

箱の前まできていた。

あったのは道路から浜辺へと降る

石の階段の麓に位置付けていた。

私もみんなで話している隙にいれた

アプリを確認してみれば

見事にその箱の位置を指している。


ただ黒い箱だと思って近づいてみれば

どうやら木目の入った木っぽい素材で

出来ていそうだった。

ぐるりと1周回って見てみれば

どうやら開き方は良く想像される

宝箱と同じよう。

掌に乗るほどの小ささで、

普通に歩いていれば

子供のおもちゃのゴミかと

通り過ぎてしまうだろう。


愛咲「お、真っ黒な箱があんな!」


羽澄「これが宝箱ですね。」


梨菜「鍵とかなさそう?」


愛咲「ぱっと見なさそうだな!」


麗香「…。」


愛咲「ほーんなるほど。んじゃあ誰でも開けられるって訳か!」


花奏「それまずいんやない?」


梨菜「へ?どう言う事?」


花奏「知らん人がこの箱開けるのは駄目やなかった?」


波流「そーじゃん!早めに探せって事かな?」


美月「条件が曖昧ですね。穴がありすぎるような気がします。」


花奏「うーん、しっかりしてそうでどこかやんわりって感じやもんな。」


愛咲「ま、とりあえず開けるか!」


長束さんは箱に手を伸ばし

軽々しく拾い上げた。

地面への固定もされていないらしい。

それから慣れたように

最も簡単に箱を開いた。

みんなの視線が注がれる中、

姿を見せた宝物ー。


愛咲「…んだこれ、紙か?」


羽澄「折り畳まれてますね。」


愛咲「よおし、開くぞー!ちょっと箱持っててくんねーか?」


梨菜「あ、はぇ、私?」


愛咲「おうよ!」


偶々近くにいたからだろう、

押し付けられるように

箱を手渡された。

実際手にしてみると随分軽く、

見た目とは合っていないなんて感じる。

箱の中をじろじろと見つめていると、

どうやら内側に鍵らしい金具が

見える気がする。

鍵穴とかではなく、どちらかと言えば

スライド式のような。

見たことありそうで

見たことのない形をしている。

ぱかぱかしてみると、開閉が異常なほどに

スムーズすぎて心地がいい。

子供でも赤子でも開けられそうなくらい。

ストレス解消道具として家に欲しい。


そういえば、と思い再度箱をまじまじと見る。

内側に鍵がついてるなんて

まるで意味のない構造じゃないか。

これはもしかしたら鍵ではなく、

宝箱っぽい装飾にしたくてつけたとか。

まるで404含め全ての意図が

分からずじまい。


愛咲「なになに…『仏の顔も三度まで』…だってよ。」


麗香「本当に?先輩が文字読めないだけじゃないよね?」


愛咲「ばーかにすんなよー!ほれ、見てみろって。みんなもさ。」


長束さんは紙を広げ

私達に見せてくれた。


古く草臥れた紙で、

黄ばんでいるようにも見える。

それとももともと

この色合いだったのだろうか。

その真偽は明らかにはならなかった。


そして、紙にはしっかり

『仏の顔も三度まで』と、

1度は目にしたことのある言葉が

ぽつりと残されている。

文字は宝探しの雰囲気を醸し出す為か

味のあるフォントだった。


花奏「これだけなん?」


愛咲「だなー。他にゃ何もねーよぅ。」


梨菜「箱の中も空っぽだよ。」


愛咲「ちぇー、小判とか入ってるかもって思ったのになー。」


羽澄「もしそれが入ってたら大事ですよ。」


愛咲「んま、チュートリアルだし今後凄いもんが出てくるっしょ!」


波流「チュートリアルはちょっと残念な感じだね。」


梨菜「だね。」


愛咲「分かったこともあるしいいんじゃね?」


美月「危険性は無さそうと言うことでしょうか。」


愛咲「それもちぃーっとはあるけどよ、宝箱はこんな感じで置いてあって鍵はなし。そんでもってこのアプリで分かる点の場所に行きゃいいって事よ!」


羽澄「愛咲にしては珍しく分かりやすくまとめてますね!」


愛咲「褒めんじゃねーよ、何にも出てこねーから!」


麗香「多分褒めてないけど。」


愛咲「あえ?」


口々にチュートリアルの

宝箱の中身について話したり、

箱が見たいと言う人もいて渡して

一緒に見てみたり。

箱を囲んで話している7人が

まさか今日初めて会った7人だとは

誰も思わないだろう。


慣れ行きか否かは分からぬが

ひとまず場は落ち着き

一旦解散する運びとなった。

今日来ていなかった三門さんとNO DATAさんに

起こった出来事を共有するのは、

小津町さんがやってくれるそう。

それとは別にTwitterでのグループDMを

作ろうと言う話になった。

これまでの話をまとめたり

連絡をとりやすくする為だそう。

確かにあれば便利だろうと思う。


三門さんやNO DATAさんは

一切参加しないのかな、

とぼんやり思考を巡らす。

何となくだけど寂しいような気もした。

けどそんなことは

すぐに忘れてしまうだろう。

この気持ちも全部1度眠ったら

けろりと忘れているのがオチだ。


なんだろう。

変にワクワクしていた。

これから何が起こるんだろう。

チュートリアルの箱に入っていた

仏の顔も三度まで、とは

何かのヒントになっているのかな。

それとも製作者の座右の銘とか何かを

適当に書いただけなのかな。

この先お宝って何が入ってるんだろう。

…とか疑問や説が浮かぶばかり。

思い返せばとても小さい箱だった。

全ての宝箱があの小ささなら

あんまりいいものは入らなさそうだよね。

ふとスマホを見返せば、

羅針盤のようなアイコンがひとつ。

これがきっと今回の宝探しで使う

アプリが何かだろう。

開いてみれば宝探しのマップやら何やら

いろいろと画面が変わっていった。

勝手にインストールされたのか。

今の私は楽観的すぎたのか、

まあいいかで済ませてしまう。


私と波流ちゃんは

海で遊んでから帰ることにした。

他のみんなはバイトやら部活やらで

一旦は家へと帰るらしい。

久々の海は晴れ晴れして気持ちよく、

潮騒が聞こえて止まなかった。





***





愛咲「だぁーよなぁー。」


羽澄「やっぱりカレーがいいです!」


愛咲「羽澄がカレー好きなのは知ってんだけどよぉ。」


羽澄「なのに最近家に行こうとしたら明太子パスタを作って待ってるなんて言ったんですよ。」


愛咲「ありゃ冗談だったろー。カレー作ったじゃねーかよー。てかうちは麺類も好きなんだよー。」


羽澄「パスタが1番ですか?」


愛咲「いや、ラーメン。麗香は何派だ?」


麗香「絶対パン。」


愛咲「何っ…第3派閥だと!?…派閥間争いきたぁー!」


宝探しの説明やチュートリアルを終え

帰っている時のこと。

電車内だから多少声量は

抑えられているものの

正面側の座席にまで聞こえるくらいには

声は音の波を作り

私の耳にまで泳いできていた。

周りに座っている人は休日にも関わらず

疎らで席にはまだ余裕があった。

どうしてこんなみんなで帰ることに

なったんだっけ。


片瀬江ノ島駅ではみんなばらばらの

車両のところに並んでいた。

梨菜さんと波流さんは

少し海にいるといい別行動、

愛咲さん、羽澄さんのペアは

一緒にいたのを記憶している。

麗香さんが愛咲さんと一緒にいない事に

驚いた事さえ記憶に新しい。

それが。


美月「…。」


花奏「…元気やなぁ。」


美月「…。」


隣では私の呟きさえ断絶され

ひたすら読書に耽る美月の姿。


乗り換えの時に梨菜さんと波流さん以外の

私達が鉢合わせしまって。

それで結局みんなで乗ろうぜって

愛咲さんが言い出して。

美月は乗り気じゃなく

「本を読むから返事はしない」

のいうような旨を伝えてたっけ。

あと麗香さんも嫌そうだった。

多分私のせいかな。


私、その隣に美月。

そして目の前の座席には

羽澄さん、愛咲さん、

麗香さんの順で座っていた。

愛咲さんはもしかしたら

麗香さんと羽澄さんの仲を

取り持っている、仲介しているのかな

なんて感じていた。


美月は同じ学年という事で

さん付けしなくてもいいやと

勝手に脳内で答えが出て完結していた。

美月は歩さんと同じくらいの

小ささをしていると思う。

さっき外で隣に立った時に分かったが

随分と小柄な子だった。

お嬢様のようだった。

昔本で読んだものの登場人物を

綺麗にそのまま持ってきたのかと思うほど

顔立ちが整っている。


美月「…。」


愛咲「そういや羽澄はこっちの方向じゃなくね?」


羽澄「気付くのが遅いであります!」


愛咲「なんだなんだ、どうしたんだ?用事か?間に合うか?どうしても行かなきゃいけないのか?何か大切なこ」


羽澄「部活ですよ。遅れていくって連絡してます!」


愛咲「おおー!すげぇー!うちは休むのに。」


麗香「にしし、関場先輩食いかかるレベルで被せてくるの流石けぇ。」


羽澄「えへへ、任せるでありますよ!」


愛咲「被せ担当だな。よっ大臣!」


羽澄「名誉ではないです…。」


麗香「…んで…用事?」


羽澄「え?」


麗香「ん?」


愛咲「おいおいー、そんな高度なボケは羽澄には通用しないぜー?」


羽澄「ん?羽澄のレベルが低いって言ってるでありますか?」


愛咲「んあら、よく分かったなぁ。」


麗香「ん…?……あ、そっか。部活って言ってたっけ。ごめんなさい。」


羽澄「ちゃんと謝れるなんて偉い!というよりあやまることないですよ。それに比べて愛咲は…。」


愛咲「もっと言ってくれよーぉ。」


羽澄「今は麗香を褒めてるんですよー。」


愛咲「何っ!?うちじゃないのかぁ。」


麗香「残念。」


愛咲「慰めてくれよ麗香ぁー。」


麗香「くっついてくるな、しっしっ。」


愛咲さんのせいかお陰か、

前の席では3人がわちゃわちゃと

戯れあっているのが見えた。

けれど麗香さんは本当に嫌そうに

振る舞うものだから

心配が霞みつつも色づく。

人とくっつきすぎるのは嫌でも

ただ愛咲さんとかと一緒にいて話す分には

楽しいから一緒にいるんやろうな。

そう思うと勝手ながらほっこりして

口元が緩んでしまう。

マスクをしていたものでそれは

誰にも知られず済んだ。


はら。はらり。

隣からは電車の轟音に塗れながらも

微かにページを捲る音が耳を撫でる。

懐かしい感じ。

小さい頃はよく本を読んだっけ。

紙の擦れる音はなんとも夏の匂いがして

回想に耽りかけたその時。


美月「…ねぇ。」


花奏「………私?」


美月「以外いないでしょう?」


美月から不意に話しかけられたものだから

驚いてそちらの方を確認してしまう。

美月はというと本から目を離さず

読みながらなのか

読んでるふりをしているのかまでは

分からないままだった。


美月「この後時間あるかしら。」


花奏「え?うん。今日は何もないで。」


美月「なら1つお願いがあるの。」


花奏「なんや?」


美月「今から行くところに着いてきて欲しいのよ。」


花奏「どこ行くん。」


美月「…それは行ったら分かるわ。」


花奏「それはそうやけども。」


美月「…。」


それ以降は口を噤んでしまい

尚更本へと視線を落とすのみ。

けれどはらりという音は

冬眠をしてしまったかと思ってしまうほどに

眠っていて聞こえない。

美月は下を向き何か考え事をしているのか

そのまま動いていなかった。

一体どう言ったお願いだろうか。

全く想像がつかないまま。

だが、別に断る理由もないだろうと

簡単に結論まで辿り着いていた。


花奏「分かった。ついてくで。」


美月「…いいの?」


花奏「うん。そのかわり1つ条件があんねん。」


美月「何かしら。」


花奏「名前で呼んでや。花奏ってさ。」


美月「…それだけでいいの?」


花奏「大きな事やで?」


美月「そうね…分かったわ、花奏。」


悪そうな顔をして私の方を

横目でちらと覗いた後

今度こそ読書を再開したらしく

ページをめくり出していた。

ちょっと無理矢理だったかもしれないが

距離は縮められたような気がした。

同じ学年だから仲良くしたい。

そういう思いからか否かまでは

判別なんてつきもしないままで。





***





愛咲さん達はまだ電車に乗ったまんまで

私たち2人を快く送り出してくれた。

羽澄さんも咲くような笑顔で。

麗香さんは寧ろ早く行ってくれとでも

言うような視線だけ。

麗香さんに至ってはもしかしたら

私の偏見や思い込みが

盛り込まれているかもしれないなと

感じる次第だった。


電車から降りると見たことのない景色。

降りたことのない駅である上に

私はずっと神奈川に居たわけではない

と言う事もあり知らなかった。

ただ、私の家からはだいぶ近い。

2駅程の差だろうか。


美月「付き合わせちゃって悪いわね。」


ほんの少しだけ申し訳なさそうに俯き

肩を越すくらいにまでは伸びている髪を

指でくるんと巻き弄る。

ホームでは人が多く降り、

周りを見る感じ住宅街と言ったところ。

何となくだが寂れた印象が

肌の上を滑ってゆく。


花奏「全然ええんよ。気にせんといてや。」


美月「…ありがとう、助かるわ。」


彼女は幼い子供のように屈託のない、

且つ大人びている笑顔を向けるものだから

あぁ、この人もちゃんと人なんだなんて

漸くそこで知った。

さっきまでみんなを

纏める役割をしていたからか

どうも遠い存在になっていた。

そんなのまやかしで今のこの美月の方が

自然体なんだろうなと直感的に過る。


美月「さ、行きましょ。こっちよ。」


花奏「うん。」


私の手を取る事もなく

先導してくれるような形で

はじめましての通りを歩いて行く。

廃れた商店街、

違法駐車されっぱなしの自転車、

子供連れの楽しそうな親子、

仕事の電話をしているらしい

作業服を着ている男性。

何処もかしこもやっぱりどこか朽ちていて、

でも懐かしさに包まれている。

昔の風景がちょっぴり混ざって

この街はできているように思えた。


美月「あなた…花奏はここから家までは遠いのかしら?」


花奏「近いでー。頑張れば歩いて帰れるくらい。」


美月「結構近いのね。」


花奏「うん。」


美月「そういえば、花奏は関西から出てきたの?」


花奏「昔住んどったことがあるだけや。」


美月「へぇ。大変そうね。」


花奏「まあな。多分もう引っ越すことは無いと思うで。」


美月「よかったじゃない。1人暮らし?」


花奏「んーん、家族と住んでるで。美月は兄弟とかおるん?」


美月「下が2人いるわ。」


花奏「兄弟おるんや!」


美月「えぇ。これでもちゃんと長女なのよ。」


花奏「あはは、しっかりしてるもんなぁ。姉っぽいわ。」


当たり障りのない会話を楽しみながら

数分程だろうか数十分経っただろうか、

更に住宅街の奥地へと進んでいった。

小さい病院から花屋さんまで

いろいろとあるもので

知らない土地を見ながら歩くのは

楽しいものだったんだって

ひしひしと感じていた。


美月は私のほぼ隣に居ながらも

ほんの少しだけ私の前を歩いていた。

微々たるものだから

気づかない人も多いだろう。

こっちだよと導こうとする

強い意志が見られるようでもあった。

責任感のある人だと

私の中ではどんどん植え付けられて行く。


彼女はずんずん歩くものだから

私も負けじと歩幅を広めて

歩いていると美月は急停止し

私の隣から戦線離脱した。


美月「ここよ。」


そこは赤と青、そして白がぐるぐると

蟠を巻くように回転している円柱が

根を張っている。

どうやら床屋の類のようだった。

こじんまりとしていて

家をそのままお店にしたのだろう。

観葉植物か分からないが

草や花が周りに丁寧に並べられていた。


花奏「…床屋?」


美月「ええ。」


花奏「ここに用事?」


美月「ええ、そうよ。」


こちらを振り返ること無く

その扉の取っ手に触れていた。


美月は臆せずにお店へと

足を踏み出すものだから

私は焦って彼女の後を追った。

接続部分が錆びてしまっているのか

きぃと耳障りな音が聞こえる。

店内は外見通り広くなく

個人経営だと理解するには十分すぎるほど。

きっと近所の人達が通う場所に

なっているのだろうか。

今お客さんはいないようで

それもあってか店員さんもいなかった。


美月「お邪魔します。」


花奏「お邪魔します…?……そういや予約でもしてたん?」


美月「いえ、してないわ。そもそも行くなら床屋より美容院じゃないかしら?」


花奏「そっか。」


お店に来たのにお邪魔しますとは。

謎ばかり深まる中で頭は回らず

店員さんが出てくるのを待っていると

どたどたと階段を降りてくるような音。


「はぁーい。…すみませーん、今日は定休…ん?」


こっちに駆け寄ろうとした瞬間

何が目に入ったのか動きが鈍くなり

そしてゆっくり止まってしまった。

忍足で歩み寄り顔を覗きながら

怪訝そうに近づいてくる。

猫のような動きに思わず緊張してしまうも

美月は堂々と背筋を伸ばしたままだった。


「あらー!美月ちゃんじゃない!」


それを第一声に駆け寄る女の人。

知り合いの方だろうか、

エプロンをしたままで急いで

こっちにまできてくれたという様子。


美月「お久しぶりです。」


「久しぶりねぇ。まぁ大人になっちゃって。」


美月「いえいえ、そんな。」


「ほんと綺麗になったわねぇ…。」


感慨に耽っているみたい。

しばしば言葉を発するも

見惚れるというか呆然とするというか

ただ美月の変化に驚きつつも

感動しているようだった。

笑顔の素敵な女性だった。


「この後時間あるなら上がって行かない?」


美月「とても嬉しいんですけど用事が入っていて。」


「あらぁーそうなの。残念ね。」


美月「すみません。また機会を改めてきます。」


「そうね、またきてちょうだいね。あ、そういえば何か用事かしら?」


美月「こころのお姉さんっていますか?」


「それがね、もう家から出て1人暮らししてるのよー。」


美月「そうなんですか…なら今年届いた年賀状とか…住所が分かるものってありますか?」


「探してみるわ。ちょっと待っててね。」


女性は再度階段へと向かい

駆け上がっていった。

以降、美月とは会話という会話はなく、

家の奥で物が漁られる音以外

木霊するものはなかった。


暫く言葉なしに待っていると

先ほどの女性が降りてきた。

手にはしっかりと紙らしき何かが

握られているのが見える。

そして、躊躇なく

持っていた紙を美月へ差し出す。

郵便番号や宛名が書いてあるあたり

葉書であることは確か。


「はい、これどうぞ。」


美月「ありがとうございます。いつ頃までに返せばいいですか?」


「そうねぇ…それあげるわよ?」


美月「そんな申し訳ないです。」


「いいのよ、住所だってわかるし確か写真撮ってあるから。大丈夫よ。」


美月「…本当にありがとうございます。頂戴します。」


「うん。そうなさい、そうなさい。あの子のことよろしくね。」


女性はぽんぽんと美月の肩を叩いており、

美月はというと薄く笑みを浮かべていた。


それからはそそくさとそのお店を出た。

美月はまだ喋らないまま

また駅の方へと向かっていた。

後ろを振り返ると先程対応してくれた女性が

お見送りしてくださり、

視界から外れるまで手を振ってくれていた。

こちらからも彼女から

視線が切れるまで歩いたところで

漸く美月ははあーと1つ

大きなため息を吐いていた。


花奏「お疲れ様。」


美月「…ありがとう。ほんと迷惑かけたわね。」


花奏「そんな事全くないで?」


美月「……ならいいのだけど。」


美月は疲れたのか立ち止まり

ぼんやりと葉書を見つめ出した。

日がもうすぐ傾き出すだろう。

橙色に染まりゆく間際、

自転車が横をすらりと通る。

壊れる直前なのか心地悪い音を

ぎいぎいと鳴らしながら姿を眩ました。


花奏「見てええ?」


美月「ええ。もちろん。」


彼女の後ろに回り込んで葉書を覗き込む。

どうやら要望通り年賀状を

持ってきてくれたらしく

今年の干支が真ん中を飾っている。


美月「ここ。」


花奏「ん?」


指をさしたのは住所。

ここからはまたちょっとばかり離れた

場所を指している気がする。

地理には疎いので何とも言い難いが。

けれど神奈川県内だ。

その横に文字。

それに驚いてしまって息を呑んでしまう。

驚きのあまりに数秒間声が出なかった。


三門歩。


その3文字。

文字らは主張を辞めなかった。


花奏「え…ってことはさっきの家…」


美月「実家よ。対応してくれたのはお母さんね。」


花奏「歩さん家出て1人暮らししとるんや。」


そういえばそんな話が

女性の口から出ていたような。

若々しかったからお母さんだという

発想までには至らなかった。

なんだかんだでさっきは

緊張していたのも

原因のひとつかもしれない。

所々聞こえていただけでしっかりとは

聞いていなかったと言う事があった。

思えば…歩さんは今高3だっけ。

それで既に家を出ているって凄いな、

自分だったらと想像してみると

想像がつかないと言う事態に陥る。

名前は勿論ひとつしか書いてなかった。

同居人などはいない様子。


美月「花奏。」


花奏「ん?」


美月「この年賀状持っててくれないかしら?」


花奏「え、私が?」


美月「えぇ。」


と言いながら無理矢理ながらに

押し付けてくるものだから、

思わず年賀状を受け取る。

暫くきょとんとしてしまい、

逃げ場を探すためか年賀状を再度見ると

華美ではない謹賀新年と直面してしまう。

ある意味質素とも言えるのだろう。


花奏「美月がもっとかないかんやろ。」


美月「…出来るならそうしたいんだけど…ごめんなさい、今は無理だなって思ってしまうの。」


花奏「無理…?」


美月「…えぇ。私が持ってても仕方がないだろうし。」


花奏「じゃあ何で年賀状もろたん?」


美月「…何でって聞かれると…うーん…そうね、腹を括ってた分、何かひとつ得たいとでも思ったんでしょうね。」


美月は視線を落としたままり

さっき、歩さんの親御さんは

美月に対して「久しぶり」と言っていた。

過去に繋がりがあったのは確か。

そしてふと違和感を感じたのだ。

ずっと美月は歩さんの名前を

頑なに呼ぼうとしていない気がする。

だんだんと嫌な風に結び付く。


花奏「…あのさ、聞きづらいこと聞くな。」


美月「いいわよ。」


花奏「美月と歩さんって昔何かあったん?」


美月「…そうね、少し。」


花奏「今日歩さんが来んかったのも関係ある?」


美月「あるでしょうよ。」


美月は俯きながら

手をぎゅっと握りしめていた。

振り返りたくないような

苦い過去があるのだろう。

落とす陰が縮こまっていることから

容易に推測できてしまった。

苦い過去。

そうよな。

思い出したくないよな。


それに同情してしまったのか

年賀状を鞄の中に閉まっていた。


花奏「分かった。持っといたる。」


美月「…!本当に?」


花奏「うん。言ってくれればすぐ返すから。」


美月「ありがとう、助かるわ。」


漸く顔を上げたかと思えば

緩やかな風が吹き、

髪を自由に舞わせる。

美月の顔が不意に見えなくなった。


美月「…まあ、今どこにいるのか知りたかったしこれで良かったのよ。」


小さい子供が言い訳をするように

ひと言、そう溢していた。

私はその切な雰囲気に気づかないふりを

することしか出来ずに。

年賀状を持つ手に何故か

力が入ってしまう。


花奏「そっか。この葉書写真撮らんでええん?」


美月「いいわ。また必要になったら花奏に連絡するから。」


花奏「手間やろ?」


美月「その手間を掛けて会わなきゃと思える程になるまでは辞めておくわ。」


花奏「本当にええん?」


美月「いいのよ。」


花奏「…分かった。私の方で大事に保管しておくな。」


美月「えぇ。よろしく頼んだわ。」


それからはあっという間で

美月はそこから徒歩で帰っていった。

近いのか聞いたら1駅も遠くないくらいで、

歩いてここから帰るとのこと。

駅まで送ると言われたが

丁重に断っておいた。

ただの主観でしかないが、

美月は酷く疲れているように見えたのだ。


流石に歩く時は本を開かず

私に背を向け振り返ることなく

角を曲がっていった。

人といるって疲れは多少なりともあるけれど

話すのは楽しいものだったんだって

改めて感じてしまう。

けどもう1人。

閑静な住宅街を後に私は

比較的騒がしい駅へと歩を進めた。


幸いにもここから家までは

学校に行くまでの定期券内だった為

費用は浮きそう。

手元に残った葉書を眺める。


花奏「…きっと今日決心がついてたんやろうな。」


じゃなかったら会いに行こうとは

しないはずだから。

今日心を決めて向かったにも関わらず

歩さんは既に家を出ていた。

出鼻を挫かれた事もあり

暫くはまた会う勇気が湧かないままだろう。

2人の間には何かがあった。

それは嫌という程理解していた。


歩さんの実家は床屋で

歩さん自身は1人暮らしで。

知らない情報ばかり入ってきて

私は歩さんの事を全く

知らないんだなって痛感する。

知らないのはそりゃ会って数日だし

そんな話していないから当たり前だろう。

けど本当に知らないんだなって。

言葉じゃそうとしか言い表せなかった。

まだまだなんだって。


花奏「……。」


今は午後4時。

帰ってご飯の支度をして勉強して…

と考えるとちょうどいい時間。

計算してしまってはもう

その通りに動きたくなってしまう。

今日は一応DMであったことや重要な事を

端的に伝えて細かい事は

明後日学校で会ったときに伝えるのも

いいのかもしれない。

それからこの年賀状は

丁寧に扱い抽斗に仕舞っておこう。

そう心の中で考えつつ呟き

この町に一旦のさよならを告げた。


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