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梨菜「もー、何で数学の先生あそこで当てるかな。」
波流「あっはは、どんまい。」
梨菜「1番前だからって目についた人当てるのはどうかと思うんだけど!」
新年度2発目の授業。
数学の時間では復習が行われ、
席が1番前だった私は
いの1番に先生に当てられ吊し上げられたのだ。
あり得ない。
無差別にも程があるよ!
けれどこの苦悩は先生になれば
分かるものなのだろうか。
今は3時間目と4時間目の間の時間で
移動教室をしている最中だった。
御目当ての教室についたはいいものの、
その教室内にはまだクラスの人が
わんさかと茂っていた。
まだ早かったみたい。
波流「ちょっと早かったね。」
梨菜「あ、それ私も思ってた。」
波流「誰でも思うでしょー。」
梨菜「ちぇー、可愛くないなぁ。」
波流「お、言ったなー。」
梨菜「うん言った言った。やーいおたんこなすー。」
廊下の奥の方で別の学年の生徒らが
やいやいと奇声をあげていたもんだから
私が少しよそ見をしていたら、
波流ちゃんは態々教科書や筆箱、
下敷きは忘れたのかなくてその代わりに
メモ帳を躊躇なく床の隅に置いて
私の方を向いていた。
梨菜「やべっ。」
波流「逃がさんぞー!」
梨菜「あはは、来ないでー!」
波流「待てーいっ。」
まるでアニメや漫画であるような
青春の1ページとやらを謳歌する。
ありきたりな日常だけれど、
こんなどうでもいいお騒ぎくらいが
とても心地よかった。
そんな余談を脳内で繰り広げていると
油断したせいか波流ちゃんの手が
私の腕を離さぬよう強く掴まれてしまった。
現役運動部に喧嘩を打ったのは
落ち度のある策だったと
今更ながらに思い知る。
波流「つーかまーえたっ。」
彼女の余った手が私の腰に伸びてくる。
昔から弱点を突かれてたっけ。
梨菜「あっははははっ。」
波流「それ、こしょこしょこしょ。」
梨菜「はははっはは、待って待って!ふっははっ。」
波流「悪口言ったのは誰ですかー?」
梨菜「私です、わ、ははははっ、ごめんって!」
波流「んー?聞こえないなー。」
「ねぇちょっと、五月蝿いわよ。」
梨菜「あっはは、ごめんなさいぃっ。」
波流ちゃんに捕まえられ
くすぐりの刑に遭っていたところ
波流ちゃんと私の大声が先生の耳に
届いてしまったらしい。
私達が待っていた教室とは
また別のところから先生が
ひょこっと顔を出していた。
波流「はーいごめんなさーい。」
「まったくもう、やめてね?」
梨菜「はぁ、はぁ…ごめんなさい。」
私は軽く頭を下げ息を切らして謝るのに対し
波流ちゃんは慣れているかのように
片手は頭の裏を掻き
てへへと笑いながら謝っていた。
先生が部屋に戻って以降、
波流ちゃんは反省しているのか分からないが
自分の荷物を取りに戻って行った。
それについて行くように、
母について行くアヒルのように
波流ちゃんの後を追った。
指で弾き飛ばして散弾してしまったような
雲がこちらを伺ってるのが見える。
波流「あーあ、怒られちったー。」
マスク越しでもほっぺを膨らませているのが
妙にわかってしまう。
やっぱり感情が表に出やすいんだなって
性懲りも無く理解してしまって
思わず笑みが零れ落ちた。
私はさっきまでくすぐられていて
息ができなかったのも忘れて
もう彼女の隣に位置付けていた。
梨菜「それは波流ちゃんが大声出すからでしょー。」
波流「えぇ、私のせい?絶対梨菜の方だって。」
梨菜「違うもん。」
波流「ふうん、そういう事にしておきますよーだ。」
梨菜「部活のおかげか何だか知らないけどめちゃくちゃ声大きいもん。」
波流「歌歌ってるからかな。」
梨菜「はいはいそうですねー。」
波流「あー、納得してないね?」
梨菜「だって部活の方が声出すでしょ?」
波流「そうだけども。」
梨菜「ほれみろー。」
波流「もー。」
また追いかけたらそれこそ怒られてしまうと
学んでしまったのか肩を
軽く上げただけで許してくれた。
…ように見えただけで
波流ちゃんの目は未だ闘志に燃えていた。
けれどそれには気付かぬふりをして
彼女の横に佇み後ろの壁に凭れる。
学校は整備が良いためか
程よく温度調節がなされている。
とはいえど壁は生暖かい訳ではなく
冷たく見放すような温度だった。
梨菜「あのさ。」
波流「んー?」
梨菜「例のTwitterの件、どう思う?」
波流「あー…。」
緩い返事をされたと思えば、
内容を聞いて大事なことだと思ったらしい。
急に声のトーンを落として
私の話に向き合ってくれていた。
さっきまで騒いでたのが
嘘のように真剣に聞いていると言うのが
嫌と言う程分かってしまう。
波流「それね…私も全然分からない。」
梨菜「まあそうだよね。」
あの日以降私がフォローしている人は
日に日に増えて行った。
1日1人増えている。
その誰もが本名が晒されており
顔写真も流出していた。
波流ちゃんは嶺麗香さんという人に
心当たりがあったみたいで
即刻連絡してたっけ。
私は覚えていなかったけれど
中学生の時の同級生だとか。
流石波流ちゃん、交流関係が広い。
梨菜「このままフォローしてる人が増えていったらいつしか全アカウントフォローしてたりして!」
波流「総人口何人か知ってるの?」
梨菜「知らない。」
波流「でしょうね。」
梨菜「その上1人1つのアカウントしか持ってないなんてことありえないしね。」
波流「あー、裏垢もそうだし用途によって分けてる人も多いよね。」
梨菜「そうそう。」
波流「あ、一応全フォローは無理だろうなって事は分かってるんだ。」
梨菜「いいや、出来ると思ってる。」
波流「フォローのしすぎで早く凍結されちゃえ。」
梨菜「ひどーい。去年の波流ちゃんじゃあるまいし。」
ぷくーっと波流ちゃんのように
頬を膨らませて彼女を凝視したところ、
腰を人差し指でひと突きされた。
突くならほっぺたにしてよ…。
それだったらまだ微笑ましい図なのにね。
くすぐったいあまり反射か否か
腰を逸らせて対抗したものの
あまり意味はなかった。
目の前を学年の違う生徒が通る。
リボンのカラーが違う為すぐ分かったものの
クラスとかは当たり前だが分からない。
そんな人達が私達のことを横目で見ては
すぐ忘れたかのように友人らと話し出す。
移動教室だったのか、
1人で移動してる子に限って
こっちを見ず足速に去っていくのだった。
波流「にしても変だったよね。」
梨菜「変?」
波流「あのアイコンね、よく見てみたの。」
梨菜「ほう。」
波流「そしたらうちの高校の制服みたいなの着てるわけだよ。」
梨菜「ふむふむ。」
波流「と言うことは梨菜君、分かるかい?」
梨菜「先生、何にも分かりません。」
波流「なるほど…制服という事はね、多分どっかで撮った集合写真っぽいんだよ。」
梨菜「あぁ、文化祭後とかの?」
波流「そういう感じ。自撮りの角度でもなさそうだったしね。」
梨菜「本当に?今じゃ自撮り棒なんていう最新機器があるけど?」
波流「別に最新じゃないよそれ。」
梨菜「ありゃ、そう?」
一瞬のみ始まっていた
先生と学生ごっこはあっという間に終え、
いつものように話していた。
波流ちゃんは私の応答に対して
呆れているようで小さく息を吐いていた。
けど嫌なため息とかではなく
全く梨菜らしいやといった
一種私を認めているような息だった。
梨菜「あれ、でも私達去年行事という行事してないよね?」
波流「よく気付いた。そこなんだよね。」
新型コロナウイルスが蔓延していた影響で
私達の通っている高校では当初
文化祭は開催する予定だったものの
結局出来なくなってしまったのだ。
体育祭は競技に出る人は
一度外に出てそれ以外の人は
教室内でテレビ中継をされてたっけ。
異例な体育祭だった事から
それはよく覚えていた。
梨菜「唯一やった体育祭って写真撮ったっけ。」
波流「撮った撮った。けど体操服でね。」
梨菜「んじゃ何の写真だったの?」
波流「学期末とかじゃない?」
梨菜「集合写真みたいなの撮ったっけ?」
波流「一応撮ってた気はするけど…アイコンの写真とおんなじ顔してるか帰って確認してみるね。」
梨菜「その手があった。私もしてみる。」
波流「うん、お願いね。」
騒いだり話したりしている間に
クラスからは人が引いていき
みるみるうちに人が減っていた。
先生達も次の授業の準備の為
教室を既に出ている人も多く、
先程私達のことを叱った先生も
慌てて走り職員室へ戻っていった。
梨菜「そういえば波流ちゃん、全くツイートしてないよね。」
波流「あぁ…本名も全部バレてるしタイムラインに自分のツイートが沢山流れるのは嫌だなと思って。」
梨菜「別に気にせず使ってる私はどうなるの。」
波流「それは…フォロワー少ないし大丈夫じゃない?」
梨菜「マウント取ってる?」
波流「んなことはない。」
梨菜「そっか。…気にせず使っていいと思うけどな。」
波流「気にしなさすぎもどうかと思うよ?だって全部のツイートが匿名性なしだよ?」
梨菜「裏表がないと言っていただきたい!」
波流「はいはーい。」
梨菜「でもさ、聞いてよ。」
波流「ずっと聞いてるよ。」
梨菜「情報を集めるのに使ってもいいと思うんだ。力になろうとしてくれてる人はいるしさ。」
波流「…それは知ってるけど。」
梨菜「今はこの状況を打開すべき!そう思わない?」
波流「…時々は使ってみるけど、多用はしないようにしとこうかな。」
梨菜「って言って普通に使い出すんだよ。波流ちゃんは大体1回リミッター外したら爆走列車だよ。」
波流「それは梨菜の方でしょー。」
目の前を別の生徒が歩いてく。
高めに位置で括られた髪の毛は
とても上品に揺らぎ通りすぎていく。
刹那見えたリボンは
1年生を指し示す色を発色していた。
最近、というより昨日できた
友達だろうか。
将又中学からの付き合いだろうか。
仲睦まじく話しながら通り過ぎていく
彼女達はまだ距離を測りながらも
笑顔を浮かべていた。
梨菜「はーあ、何にも設定いじってないのに名前が変わったのも疑問のままだよね。」
波流「というよりその後じゃない?」
梨菜「後?」
波流「そう。設定のし直しができないってと」
「すみません。」
不意に私の隣から凛として通った声。
物怖じしないその姿勢は
上級生かと思われたものの
顔を上げて目があった時違うと確信した。
高めに位置で括られた髪の毛。
ついさっき目の前を通った1年生の子と
全く一緒だったんだ。
さっきまで並んで歩いていた
同級生らしき人は先に行っててと伝えたのか
ぱっとは見当たらない。
彼女は通り過ぎたのに戻ってきていた。
それが何を意味するのかなんて
全く想像つかなかった。
けれど、思えば見たことあるような。
「ちょっといいですか。」
波流「うん、どうしたの?」
私がコミュ力の化身と称している彼女は
ぱっとリボンを見て判断したのか
気軽そうに凛とした
声の持ち主に問いかけていた。
問われた側もやはり動じることなく
うっすらと笑みを浮かべたまま
波流ちゃんに対応していた。
「間違っていたら申し訳無いのですが、先程話されていた事ってTwitterでの事ですか。」
波流「…!」
梨菜「そうなの、よく分かったね!」
波流「ちょ、梨菜。言うのはよくないんじゃ」
「私もなんです。」
波流「ほら、やっぱ犯に……へ?」
波流ちゃんは何をまずいと思ったのか
私の口を塞ごうとしたところ
思わぬ返事が返ってきたことに
驚きの余り動きが止まっていた。
「私も」。
そう言っていたのだ。
私も聞き間違いかと疑って
予想以上に混乱してしまって
訳もわからず目を擦ってた。
この子から見て上級生2人は
とてつもなく変な風に見えただろう。
美月「盗み聞いてしまって申し訳ありません。私雛美月と言います。」
丁寧にお辞儀をされてしまった以上
さらに固まってしまうほかない。
こんなにも礼儀正しい年下が
いるものなのかと感心してしまう。
違う違う。
今はそれを考えるんじゃなくって
目の前のことに頭の容量を割かなきゃ。
なんて思ってるうちに。
きーんこーんー…
なんていう、なんとも慈悲のない音符。
ふと教室を見るとほとんどの生徒が座って
先生を待っている状態だった。
先生が1番の遅刻となりそう。
美月「…!…昼休みに職員室前で待ち合わせましょ!よろしくお願いします。」
波流「ええ、あ、うん分かった…。」
波流ちゃんが言い終える前に
美月ちゃんという子は一礼をし
颯爽と駆け抜けて行ってしまった。
いくら礼儀正しくても
廊下は走るもんなんだなと
漠然ながらに思っていた。
波流「ほら梨菜、早く入んないと。」
梨菜「え。」
波流「分かるけど話は後。」
梨菜「あぁ、うん。」
ぼんやりしていた私に一喝をいれ、
波流ちゃんは先に教室へと入っていく。
思えば。
…思えば。
梨菜「見たことあったね。」
Twitterのアイコンで
顔を見たことがあったじゃんか。
何度もあったじゃんか。
あの写真では優しい顔で笑っていて
屈託のないって感じだったけど、
今はきりっとしていると言うか。
…なんて言うんだろ。
余裕のない感じ、と言ったらいいだろうか。
写真と違うと言うべきだろうか。
そんな雰囲気を感じてしまっていた。
先生はその後数分遅れ、
1番最後に教室へと足を踏み入れたのだった。
***
憧れていた高校生活を送り始めて3日ほど。
想像以上に居心地が良い。
昔と比べてしまうからそう思うだけで
普通なら寧ろ居心地は悪いとさえ
思ってしまうのかもしれなかったけど
私には十分過ぎる環境だった。
とはいえされど3日。
とても仲がいいなんて人はいないし
勿論中学時代の友達なんて
この学校にはいない。
…はず。
とどのつまり、まだ探り探りな状態で
気の置けない友人はいなかった。
まあ3日なら当たり前だろうけど。
ただ、ぐいぐい話に来てくれる人が
いてくれたのはありがたかったな。
「花奏ちゃん、またね!」
花奏「うん、またなー!」
偶然にも隣の席だった子と
入学初日から会話を交わし、
自然と挨拶をするくらいには
仲良くなっていた。
今まであまり外関係を
作ってこなかったっていうことがあり
1つ1つの所作が変ではないか
気になってしまうものの、
なりたい自分像に近づいているようで
なんとも嬉しかった。
これからこの3年間、
高校生活を頑張ろう。
今までたくさん頑張ってきたけれど
さらにもっと、夢を叶えられるように。
闘志を抱きながらも
ほんの少しの休憩ならいいだろうという
気の抜けた考えが浮かぶ。
クラスからはほとんど人が抜けていて
残ったのは先生と生徒数人。
皆何か質問があるようで残っていた。
宿題だとか奨学金だとか他の書類だとか
そう言った関係のものだろう。
花奏「そういや今日もおるかな。」
誰にも聞こえない程度の独り言が溢れる。
3年5組の教室。
1番窓側の、1番後ろから数席前の場所。
彼女のいる席。
まさか入学して翌日の昨日に
歩さんに会えるなんて思っても見なかった。
思わぬ再開。
けれど会いたかった。
もしかしたら既に卒業してるのではないかと
ずっと不安に思っていたが
そんな鈍色の不安など一瞬で
払拭されてしまった。
三門歩さん、かぁ。
初めて出逢って以後約1年半。
初めて名前を聞いた。
歩さん、変わってなかったなぁ。
…脳内ではぐるぐると昨日の
歩さんとの再会が描かれていた。
こんなに頭の中を回っているのなら
さっさと教室を覗きに行けばいいやんか。
とは思っているもののもし今日もいたら
迷惑じゃないだろうか、とか
変なやつに思われてないだろうか、とか
今度突っぱねられたらどうしよう
…昨日既に突っぱねられてはいたっけ…
とか。
いろいろなことを
考えてしまってはまたぐるぐる。
花奏「んー…。」
後5分経ったらいくら
考え事をしていても行こう。
そう心に決め気を紛らわせようと
スマホを手に取る。
今日の隙間時間で勉強した分の記録を
さっさと済ませてしまおう。
じゃなきゃ忘れそうだから。
Twitterを開き、
とりあえず今の時間までの記録を
残そうとした時のこと。
花奏「…。」
また。
またフォローしている人が増えている。
あの日…私のプロフィール諸々が
変わって以降私がフォローしている人が
1人ずつ増えているのだ。
けれど私がした訳じゃない。
そもそも私自身が他の人や
今までフォローしていた人を
フォローすることは出来なかった。
不具合なのか乗っ取られているのか。
圧倒的後者だろうとは思う。
けれどもし乗っ取りなのだとしたら
変なツイートが知らずのうちにされていたり
変なリンクを周りの人の
DMに送ってしまっていたり
と言ったことが起きるのが
主流であるというイメージがある。
それはまだ起こっていないようだった。
好奇心の赴くままにフォローと
発光している部分に触れる。
すると数回のみ見た名前と顔写真が並ぶ。
初めからフォローしていた
嶋原梨菜さんに遊留波流さん。
その後に増えて行った他の方々。
どの人も若くて学生であると言うことが
制服から見て取れる。
かつ、2つの学校に分かれている様子。
セーラー服を着ているのが
梨菜さん、波流さん、美月さん。
他は私のいる高校と全く同じブレザー制服の
愛咲さん、羽澄さん、麗香さん。
と、後私か。
背景はどれも同じように見えた。
合成か何かなんだろうか。
そしてNO DATAという真っ黒のアイコン。
唯一名前も顔写真も伏せられている。
それから最後に見えた名前。
追加されてしまった1名。
私と同じ制服を着た、
リボンの色がネイビーブルーの…。
花奏「……っ!?」
息が詰まるような感覚に震え、
スマホを落としそうになってしまうも
何とか力を入れて握りしめる。
クラスに残っていた数人は私の異変には
気づいていない様子で
ただ先生と打ち合わせをしていた。
さっきより人が減っていたことに
私は気づけないままだった。
三門歩
そして優しそうに笑った顔。
昨日話した感じからして
こんなに朗らかに笑う印象は
失礼ながらなかったんだけれど
こんな顔をするのか。
…と現実から離れたくてそう考える。
何故。
…何故?
何故だか歩さんは巻き込まれてほしくないと
心の隅で思っていたんだろう。
何かが起こったわけではないのに
そう思ってしまっていた。
動悸が激しくなった気がした。
本人は異変に気づいているんだろうか。
早く行かなきゃ。
そう思った時には既に体は
動いてしまっていて、
鞄なんて放ったらかしで廊下を走った。
花奏「ふ、は…はっ。」
階段を1段飛ばしで駆け上がると
普段の生活では到底起こることのない
息切れが襲ってきた。
足を強く踏み出しているせいか
足裏がびりびりと波打っているのが分かる。
腕が重い気がしたが、
正直それどころではない。
焦る必要はない筈なのに、
それを理解している筈なのに
私自身の行動は変わらず慌てたままだった。
数人の生徒とすれ違う。
ちらと私の方を見たような気もするが
そんなのはお構いなし。
今だけは誰かに見られているとか
関係なしにただ只管走ることができた。
ずっと受験勉強のみに
打ちひしがれていた体はとうに
走ることなど忘れてしまっていた。
段数を越えるたび、廊下を走るたび、
歩さんのいる教室に近づくたびに
息が荒く整わなくなっていった。
すう、はあと自分の息が
耳の奥で木霊する。
気持ち悪い。
この反芻する感覚が気持ち悪い。
そう。
だってこれじゃー
花奏「歩さんっ!」
考え事はとある到達点へと着地する前に
無事吹き飛んでいき、
昨日歩さんのいた教室に着いた。
着くと同時に開け放たれていたドアから
教室内を見渡し声をかけると
まだ数人残っていたようで
視線がこっちに寄る。
日差しだけは私を無視していた為か
目が合わなかった。
歩「…!」
「お、知り合いか?」
歩「…。」
「見たことある顔。」
「ん、そうかあ?」
「そう。だってこの人も例の件に関わってる1人。」
「なな、なんだってぇー!」
歩「うっさい黙って。」
「はあいすんませーん。」
歩「はぁ。」
中には3人だけおり、
1人は歩さん、2人は見覚えのある人だった。
髪が長く下ろしている人は
やたらとはしゃいでいて、
もう1人はボブくらいで
これでもかと言うほどに落ち着き払っていた。
何度か画面の中で見た2人。
本当に存在していたのかなんて思ってしまう。
歩さんは昨日通りの席にいて
昨日通り呆れた顔をしているのが
マスクをしていても見て取れた。
見た事ある2人はまるで対照的で
どうやって出会ったのかを
知りたいほどだった。
不意にそれどころではないことを思い出して
歩さんのほうに駆け寄る。
伝えなきゃ。
…あ、でも。
……さっき落ち着いていた方の人が
言っていなかったっけ。
「例の一件に関わってる人」みたいな事。
見たことあると思えばもしや。
愛咲「ってか一応はじめましてだよな!長束愛咲って言いまーす!よろしくお願いしまー!」
「コミュ力お化けはこれだから。」
花奏「えっと…小津町花奏です。」
唐突すぎたあまりたじたじになって
答えは割にはいつものように
通った声が出ていた。
愛咲さんと言う人は動作も大きく、
万歳をするかのように手を上げたり
周りに蚊がいるのを叩くかのような
謎のダンスを繰り広げたりと
短時間での情報量ではない程のものが
ここには溢れ出ていた。
打って変わって落ち着いている子は
息をしているのかわからないほど
棒立ちのままパーカーで口元を隠し
目を細めていた。
笑っているには笑っている…みたい。
マスクをしているにも関わらず
口元を覆うあたり癖なのかなと思う。
愛咲「ほうら、麗香も自己紹介しなって。」
麗香「別に知ったところで今後付き合いなんてない。」
愛咲「んなこと言うなよぉ。あるかもしれねーだろ?なぁ花奏。」
何だこの雰囲気はと
気を抜いていたところに愛咲さんの
爆弾のようなストレートが入る。
不意を突かれたことで
どこか泳いでしまっていた視線を
急いで愛咲さんに目線を合わせた。
花奏「え、私?」
愛咲「おう、そうよ!」
花奏「まあ、出会ったっていう事実は変わらんしな。もしかしたら関わりあるかもしれへんで?」
愛咲「ほうれみろ、な?」
麗香「言わされてるだけ。」
花奏「あはは、まあね。」
愛咲「だーもういいからさ!」
麗香「はいはい…嶺麗香。」
愛咲「それだけ?」
麗香「…先輩と別に変わらないけど?」
愛咲「そうかぁ?私の方がもっと喋ってただろー!」
麗香「もう忘れた。」
愛咲「ぬあー!なんだとー!」
歩「…ちっ。」
一気に雰囲気を変えるかのような
舌打ちが入ったが愛咲さんは特に
何一つも気にすることなく
大きな言動であたりに
灯りを撒き散らしていた。
そのおかげでほんの一瞬ひやっとしたが
空気が悪くなることもなく
なんなら騒々しさを増している。
愛咲「そーいえば麗香、いつもの話し方じゃねーよなぁ!」
麗香「流石に他人がいれば控えるし。」
愛咲「ぬうあっ!?気遣いが出来るいい子じゃあねーか!」
麗香「はいはい。」
結局2人はやんややんやと
言い合いのようなものを始めてしまい
私は置いてけぼりになって
ただ眺めることしかできなかった。
例の件、フォローしている人たちは
何かしら繋がりがあるのだろうか。
あるのかもしれない。
とは思ったもののそれ以上頭が働かない。
目の前の2人の、
言い方は悪いが正直どうでもいい話ばかり
頭を握って離さない。
歩「呆れるでしょ。」
呟くように一声を溢していた
歩さんの方に視線をやると
一瞬目があってまた外れた。
歩さんは横目で私の位置を確認した後
すぐに手元にあるスマホを見やる。
少し距離があったからもので
日光が反射してしまい画面は真っ暗で
何を見ているのかまでは分からなかった。
ただ肘をつきぼんやりと眺める。
昨日のような体制だった。
…いや、昨日と全く同じ体制だった。
花奏「うーん、ま、賑やかなことにはええんちゃう?」
歩「長束はうるさすぎんの。」
花奏「あっはは。声は大きいよな。」
歩「…。」
自分の言いたいことを終えたのか
すぐに会話にはシャッターが降りる。
まるで猫。
気まぐれの塊のようだと瞬時に感じていた。
戯れ会い始めてしまった
…というより近づく愛咲さんと
遠ざけつついる麗香さん…
その2人を凝視するわけにもいかず
だからといって歩さんに助けを求めるように
これまた凝視するのも何だか違う気がした。
目のやり場に困った挙句、
昨日とほぼ同じく外を眺めた。
さっきまで日がさしていたのに
この短時間で雲が太陽を隠し
主張し続けていたためか
あたり一帯が雲の領地となる。
あの日は。
…去年のあの日は雨だったっけ。
歩「さっきより落ち着いたんじゃない?」
花奏「ん?」
空を見ていたもんで、
空模様が落ち着いたと言いたかったのかな
という変換がされる。
しかし、雲が出てきて
暑さが落ち着いたならまだしも
普通は雨が降った後晴れた時に
空が落ち着いたと言うような気がする。
そこで違う変換がされていたのだと
悟った頃には歩さんから次の言葉が
紡ぎ吐かれていった。
歩「とんでもないことが起きた、みたいな顔してたでしょ。」
花奏「そんな顔してた?」
歩「ん。」
花奏「だって歩さんのこと心配で…」
歩「は?心配されるような関係?」
花奏「もー、心配くらいさせてーや。」
歩「馴れ馴れしいうざい。」
スマホの電源ボタンを押して
画面をつけたか消したかした彼女は
毒を吐きながら机についていた肘を
右から左に変えていた。
近づくなと警鐘を鳴らしている風にも
とれるはとれるのだが
そう解釈したくなかった。
からり。
誰かが鞄を肩に掛け直したせいで
ストラップが乱雑な踊りを数秒踊る。
愛咲「心配くらいしたっていいよなぁ?」
歩「来ないで邪魔。」
愛咲「ええーひどーいぴえーん!」
麗香「悲しんでないし。」
愛咲「心は泣いてんだよ!ってか顔だって泣いてんだよ!」
麗香「涙が見えない。」
愛咲「いーぞ、目薬さしてくるから待ってろ。」
麗香「先帰ってるから。」
愛咲「さらっと置いてくな!」
麗香「えー。」
コントをしているのかと思うほど
すらすらと進む会話は
私たちを置いていくように流れてく。
思えば麗香さんと愛咲さんの
ネクタイの色が違うことに気がついた。
再度歩さんの背中を見ると
端から偶々顔を出していたネクタイの姿。
歩さんと愛咲さんのネクタイの色が
同じであることから愛咲さんは3年生、
麗香さんは残りの色だから
必然的に2年生と言うことがわかった。
そっか。
2年生に3年生、か。
学年についてを考えるだけで
感慨深くなってしまったけれど、
それどころじゃないと軽くかぶりを振る。
麗香「ってゆーか、今集まってるのは雑談のためじゃないけぇ。」
愛咲「はっ…そうだった。」
麗香「…あとは先輩頼んだ。」
愛咲「任せとけっ!…とは言ってもみんな一応の事情はわかるよな?」
花奏「あれやろ?突然Twitterのプロフィールがほぼ変わっとって変更は効かへんのやろ?」
愛咲「ああ。うち、友達に設定してもらってたから操作なんて全然分かんなかったんだけどな!」
麗香「それじゃあ設定し直せないって気づけないはず。」
愛咲「それは昨日学校あったろ?んで、その設定してくれたやつに聞いてみたんだよ。これどう言うことだってな。そしたらなんていったと思う?」
花奏「流石に分からんって言ったんとちゃうん。」
愛咲「それがなんとなんと、そいつもうちとおんなじ状況でさー!だっははー参ったねぇー!」
手を頭の後ろで組み、
お手上げだと言うことを表していた。
束の間の静寂があった後、
捲し立てるように麗香さんが
質問攻めをし出していた。
麗香「それってどう言うこと。」
愛咲「ん?だからぁー、うちとおんなじ状況だったんだってー。」
麗香「本名?」
愛咲「おー、全くおんなじだったぞー。」
麗香「自身の写真アイコン?」
愛咲「お、おう。だからそうって言っ」
麗香「制服…。あー…それ、関場って人?」
愛咲「ええー!?何でわかったんだよぉー!」
静寂を破った一言、
そして続く大きな驚きの声。
愛咲さんの声量、麗香さん5人分は
現にあるやろうな。
麗香「今回この件に関わっている人達のアイコンを何となく並べてみた。」
愛咲「ほうほう。」
麗香「その時に1人1人名前と顔、制服を照らし合わせてたから覚えてただけ。」
愛咲「おおー!ってか麗香は羽澄に会ったことあるはずだぜい?」
麗香「へー、覚えてない。」
にしし、と猫目を細めて笑っているあたり
実際には覚えているんじゃないかなって
思ってしまう私がいた。
どうやら麗香さんは
愛咲さんを揶揄って
面白がっているようだった。
けれど愛咲さんは間に受けている気がする。
愛咲「すげー!すげーよ麗香ぁー!」
麗香「近づかないで。しっしっ。」
麗香さんは抱きつこうとする愛咲さんを
パーカーで叩くように
あっちにいけと示していた。
その影響で愛咲さんの服がゆらりと揺れる。
全くの知らぬ人、
しかも学年が違う人と一緒にいる事に
今更ながら疑問を抱いてくる始末。
そういえば歩さんは…?
そう思って歩さんのいた席を見ると、
未だにスマホをいじっているようで
さっきと何ら変わりはなかった。
もしかしたら耳は傾けているのかもしれない。
気だるそうに肘をついていた。
愛咲「うわーん何でだよお。」
花奏「その羽澄さんって人は愛咲さんの友達なん?」
愛咲「そーだぜぃ!一昨年から同じクラスだったんだけどな、今年はばらばら。文転だってよー。そのかわり三門と同じクラスなんだぜーい!」
歩「…。」
歩さんは安定の無視。
愛咲さんも愛咲さんで安定の気にしなさ。
麗香「んで、その先輩も関係者…。」
愛咲「羽澄もなんだかんだ言って巻き込まれてたのかぁ。」
麗香「そういえばアイコンの写真をできる限り並べてみた結果変なことがわかった。」
花奏「変?」
麗香「……ん。」
麗香さんはスマホを取り出し
何か画面を触って操作かなにかした後に
愛咲さんにスマホを渡した。
自身で私や歩さんに見せにいくには
気が引けたんだろう。
何しろ初対面だ。
私だって今普通に話しているようで
きっと結構気を遣っているのだと思う。
自分が気づいていないだけでさ。
愛咲「……?…麗香、これみんなにも見せていいよな?」
麗香「うん。」
愛咲さんの表情が一気に曇った後
何か1つの答えにたどり着いたのか
ぱっと顔を上げ麗香さんにそう問うていた。
空気が変わったのを感じる。
それほどにまでしてしまう写真を
見せたのだろうか?
自分自身、好奇心と不安が戦っているのが
目に見えるんじゃないかと思うほど分かる。
愛咲「ほれ、これみてみろよ。」
花奏「…?」
愛咲「ほうら三門も。」
歩「興味ない。」
愛咲「ちぇー、つれねーなぁ。ま、できるなら話だけ聞いててくれ。」
歩「…。」
言われずとも、という意図なのか
そんな事するか、と言う意図なのか
判別は付かなかったが
首を傾けて気怠そうに目を細めた。
彼女はちらと再度私の事を見たせいで
またばっちりと目が合う。
嫌そうに眉間に皺を寄せた後
また元の体制に戻っていった。
私も視点を麗香さんのスマホへと移す。
そこには1枚の写真が残っていた。
青系やオレンジ系の色が
滲みかけた8人の顔写真。
…いや、9人。
…1つ、真っ黒の丸があった。
愛咲「…花奏見えてるか?」
花奏「う、ん。」
異様だった。
何が異様かって、顔写真の背景が
繋がっているように見えるのだ。
まるでこの顔の映っている8人で
集合写真を撮ったかのような、
そんな風に見えなくもない。
偶然にしては出来すぎていると
思わざるを得なかった。
花奏「…っ!」
麗香「背景は海っぽい。」
愛咲「なぁ花奏、三門。」
歩「…。」
愛咲さんの真剣で真っ直ぐな目つきが
私の目なり喉なりを刺すようで
思わずたじろぎそうになる。
さっきまでのおふざけは
どこへいってしまったのか、
どこに隠れてしまったのか。
真面目な話だと言わんばかりの形相に
私は一歩遅れて参戦する。
麗香さんはさっきの変わらず
ほとんど表情の変化はなかったが
きりっとした猫目は細くなっておらず
一切笑ってなどいなかった。
愛咲「うちら初対面だよな?」
花奏「…そや。今まで会った覚えなんてあらへん。」
愛咲「うちもそう。麗香は?」
麗香「私も。」
愛咲「三門はど」
歩「ない。」
歩さんは自分も聞かれるのだろうと
粗方予想がついていたのか
返事を準備していたのかと思うほど
食い気味に返答していた。
愛咲「そう。うちら今初めて会ったばっかの人もいるんだよ。集合写真なんて撮ってるわけねぇ。」
麗香「この学校ではない他3人のうち、2人は中学の頃の同級生らしい。」
愛咲「けどそれは中学だろ?この写真では高校の制服だろ?」
麗香「はいはい、そうですね。」
花奏「…なんだかんだ繋がりのある8人って事なん?」
麗香「…………さぁ。」
やっぱり麗香さんは私と言葉を
なかなか交わしてくれず
時間を空けて一言のみ返ってきた。
愛咲「分かんねえけど、何か大きな事が動いてんじゃねーかなって思うんだ。」
花奏「大きな事…?」
愛咲「…そう……宇宙人がうちらの記憶を書き換えちゃったーとかな!」
花奏「へ?」
愛咲「そんでもって、実はうちらにはもう1人大切な仲間がいたんだ!けど記憶を書き換えられちまって忘れてる…それがこの黒丸のやつ!」
麗香「想像力だけは満点だし。」
愛咲「でもあながち間違ってねーんじゃねーのか?」
麗香「…はぁ。はいはい、そうですねー。」
麗香さんは呆れたようにそう言ってた。
黒丸は一体…?
そう思っていたところ
麗香さんからきっと愛咲さんへだろう、
説明をしてくれていた。
麗香「黒丸はNO DATA。今日新たにフォローの欄に増えてた。」
ああそれか、と妙に納得がいった。
私たちとは違い名前も素顔も
隠されたままの例のアカウントだ。
花奏「私もさっき見たらおったからびっくりしてん。歩さんと同タイミングやったんかな。」
愛咲「そうなのか?全然気づかなかったー!」
麗香「いちいちオーバーリアクションすぎるし。」
愛咲「唯一の取り柄なんだ!」
麗香「まぁそれはいいとして。このNO DATAの位置がここなのは確定してる。」
すいすいと指を這わせ
画像を拡大してくれる。
見知らぬ高い位置で2つ結びをした
セーラー服の女の子の隣。
愛咲「何で確定してんだ?」
麗香「さっきまでの超真剣高学歴モードはどこにいった?」
愛咲「高学歴っ!もっと言ってくれ!」
麗香「あーあ、残念な人。」
愛咲「本人目の前にいるんだぞ?」
麗香「はいはい。んで、何でかって言うと」
愛咲「無視っ…!」
麗香「この間が不自然すぎる。だから、ここ。」
愛咲「ってことは実際には9人巻き込まれてんのか?」
麗香「知らない。ま、8人は確定。」
愛咲「だよなぁ。」
花奏「結局これって何の目的なんやろうな。」
不意に溢れていた一言は
この教室を支配するには十分すぎた。
そう。
目的が何一つわからない。
身代金を要求される?
私の家は裕福ではないから
あまり想像はつかないし、
痛い目に合わせたり社会的に殺したりが
目的なのだろしたら
すぐに実行しそうだけどな。
…あえて泳がせているとか?
何故ターゲットになっているのか
全く分からないがとりあえず
皆高校生であるだろう事は分かる。
若い人を狙った犯行?
詐欺?淫行?
分からない。
そう、何も分からないの。
愛咲「確かにな。」
花奏「詐欺とかならわざわざアカウント乗っ取って放置するかいや?」
愛咲「実は既に大金取られたりしてるとか!?」
麗香「あり得ない話じゃないと思う。」
愛咲「こ、ここ、怖いこと言うなよぉ…。」
愛咲さんは怖いものが苦手なのか
急になよなよと麗香さんに近づいていた。
案の定麗香さんはパーカーで
愛咲さんの額を押し付け
これ以上近づけまいとしていたけれど。
歩「あ。」
と、唐突に今までほぼ言葉を発さなかった
歩さんがスマホを見て声を上げた。
何とも淡白な1文字だったのに
好奇心は呆気なく敗北の文字に
染まってしまっていた。
花奏「どうしたん?」
歩「……。」
花奏「歩さん?」
歩「…。」
花奏「あーゆさ」
歩「ちょっと黙って。」
花奏「えー。言ってくれてもええやん。」
歩「…。」
歩さんは何があったのか
先とは見違えて食い入るように
画面を見ていた。
文字を読んでいるのだろうか。
バイト先からや家庭からの
重要な連絡だったのだろうか。
なんてどれだけ考えても答えは出ず、
歩さんの返答を待つのみだった。
愛咲さんは沈黙に耐えかねたのか
麗香さんに話しかけて
戯れようとした結果また拒絶されている。
そんな中私はただただ
歩さんの視線の先を眺めていた。
ふぅ。
そう聞こえると歩さんは顔を上げ
こちらをじっと見ていた。
昨日と同じく冷たく突き放すような瞳で。
歩「参加者、これで全員だってさ。」
そう、よく聞こえた。
よくは聞こえたのだが、
理解するまでには時間がかかりそうだった。
花奏「参加者…?」
歩「自分のDM見て。多分来てる。」
花奏「え、うん…。」
そういえばスマホ。
クラスでぱっと見て歩さんの名前があって
焦って出てきたんだっけ。
クラスに忘れてきたかも。
…なんて思っていたら現代人の象徴か、
しっかりと右手に持ったまま来ていたみたい。
無意識のうちに握りしめていたためか
手の皺にうっすらと水滴が浮かぶ。
再度焦りと不安が押し寄せてきているのが
嫌でもわかってしまった。
早速 Twitterを開きDMを覗くと
『404』という名前から
1通きているようだった。
愛咲「…読み上げるぞ。」
麗香「自分で読める。」
愛咲「こーゆーのはな、雰囲気が大事なんだよ雰囲気が!」
麗香「そう言ってる場合じゃない気が」
愛咲「ほら、うちが読むし聞くだけでいーから!」
麗香「…これもう引かないやつ。」
麗香さんは諦めて口を噤み
自分で先にスクロールして
読み進めてしまっていた。
愛咲「こほん。よし、読むぞー。」
まるで学校の先生を彷彿とさせる態度で
スマホの画面をじっとみる。
愛咲「『これにて全ての参加者が揃いました。嶋原梨菜、遊留波流、小津町花奏、雛美月、嶺麗香、関場羽澄、長束愛咲、三門歩、NO DATA以上9名となります。』」
詰まることなく名前を読み上げていて、
失礼ながらも絶対読めない苗字が
あるだろうと思っていたから些か驚いた。
愛咲「『明日の13時、下記場所までお越しください。第三者の介入は禁じます。』…んで、下にマップが付いてるな。」
麗香「……片瀬江ノ島駅から数分…これ海…?」
花奏「背景は海…。」
歩「……。」
さっき誰かが発していた言葉を
そのまま復唱するしか出来なかった。
海。
そこへ集まれと謎の人物からDMが来たのだ。
先ほど見せてもらった
集合写真のようなものが頭を過ぎる。
私達は今初めて会って、
今まで会った事はない。
そう、しっかりと記憶している。
なのに私達は既に会っていたのだろうか。
…そんなわけない。
結局のところ、きっと合成だ。
どうして早くこの結論に
行き着かなかったのだろう。
現代の技術は物凄いのだ。
こんなふうに8つの写真の背景を
同じにして上手いこと繋げるくらい
専門の人となりゃ造作もないだろう。
愛咲「行ってみようぜ。」
花奏「本気なん?」
愛咲「おうよ。」
花奏「罠にしか思えんし犯罪の被害に遭う予感しかせんのやけど。」
愛咲「そうだけどさ。ま、続き読むわ。」
麗香「…うん。」
既に読み終わってしまったのだろうか、
麗香さんは今まで以上に声を落として
そう言葉を放ってしまった。
歩さんもただただ沈黙を貫いている。
不安だ。
何か大事に巻き込まれてしまった
気がしてならない。
嫌な感じがする。
心臓がうるさくなり顔に
熱が集まろうと寄ってくる。
春に酔っている。
愛咲「『これはレクリエーションです。お楽しみください。』」
歩「…馬鹿馬鹿しい。」
麗香「…。」
花奏「レクリエーション…?」
愛咲「って事は遊びみたいなもんだろ?」
麗香「罠っぽー。」
愛咲「でも海だし人多そうじゃね?そんなところで罠かけれるかー?」
麗香「さあ。」
歩「…はぁ…帰る。」
愛咲「あ、何か予定でもあんのか!?」
彼女が歩さんにそう問いかけても
歩さんは返事をせずに
スマホを鞄にしまい金具の音を立て
肩にかけていた。
ストラップの1つさえ
ついていない質素な鞄だった。
陽は4月の癖してまだ高く、
今外に出たら多少暑いだろうな
ということまでは想像がつく。
窓は開いていないのに
生温い風が吹いてきて
私の晒された頸を撫でている気がした。
歩「…。」
何もかも全てに目を閉じ
逃げるように教室を後にしようとする
彼女の背中はなんとも寂れていた。
去年ほどに会ったときは
こんな雰囲気だったっけ。
大きくは変わっていない。
それはそう。
けれど、何か抜け落ちてしまったかの
感じが滲んでいるような気がした。
将又、前から普段これで
会った時何だかかっこよく見えただけ、とか。
それこそ当時の私の心境や状況も
含めればそう見えただけなのかもしれない。
だからといってあの日の歩さんが
嘘っていうわけではない。
それは言える。
断言できた。
そんな寂れた彼女を見てしまっては
かける言葉が見つからなくとも
ただただ名前を呼ぶしかなかった。
花奏「歩さん!」
歩「……何。」
花奏「えっと…。」
歩「用ないなら呼ばないで。」
愛咲「ちょっとー、まだ話は途中だぞー?」
私がたじろいでしまい
何も言えなかったのを見計らったのか
愛咲さんはすかさず
教室の出入り口付近にいた歩さんに
歩み寄り手を掴んでいた。
しっかりと離さぬよう握っているのが
視界の隅で確認出来た。
愛咲さんの言う通り、
確かにまだ話したいことは沢山ある。
不安だからだろうか。
話したって何があるわけでは
ないんだろうけれども
今は人と話していたかった。
夕方が近づいてきているからなのか
烏が自分の居場所だと主張するように
木の枝の上で鳴いていた。
歩「手掴むなきもいっ!」
愛咲「え、あ?」
歩「離せよ!」
烏に気を取られていたら
歩さんの甲高い声が聞こえた。
振り向けば愛咲さんの手を払おうと
じたばたしている歩さんの姿。
人に触られるのが苦手だって
今初めて知ったのだった。
昨日私が手首を掴んだ時は
こんな暴れることもなかったのに。
急に声を上げ暴れだす歩さんに対して
呆気に取られた愛咲さん。
その手はもう歩さんを掴んでいなくて
ふらりと空中を
浮遊するのみとなっていた。
もうなにも掴めていなかった。
愛咲「ごめんな、嫌って知らず」
歩「…ちっ。」
歩さんは心底不服そうな顔をして
教室を静かに後にしていった。
残った私達は微々たる時間を
無言で過ごした後、
漸く口を開いた人がいるかと思えば
意味もなく息を吸うだけの音。
誰もが居心地の悪い気持ちを
しているのだろうと思う。
麗香「……何あの人。」
愛咲「ま、うちが悪かったんだし三門の事は許してやれよなー。」
麗香「……。」
麗香さんも麗香さんで
何を考えているかわからない程
表情を変えずに立ち尽くしているだけだった。
私はどんな顔をしているのだろう。
悲壮感に満ちた顔?
それとも案外けろっとしていて
いつも通りなのかな。
鏡がない限り自分の顔なんて
見る事はほぼないのだからわからない。
自分の事が1番わからない。
花奏「歩さん…。」
また明日、も言えなかったな。
それが悔やまれた。
それのみ悔やまれるわけじゃないけれど
何だか言えなかった事が
顕著に表に出てきていた。
また明日も、今後も何かしらで
関わっていたいとでも思ったのだろう。
きっとそうなんだろう。
誰も歩さんを追うということもなく、
麗香さんは愚痴を言い愛咲さんは
悪かったのは自分だと言って
麗香さんを納得させようとしていた。
私はというと立ち尽くしたまま
2人のやりとりを見ていただけで
何にも動けずにいた。
愛咲「んで、2人はどーするんだ?」
2人の会話が粗方済んだのか
麗香さんの気が落ち着いたのか、
愛咲さんは私に言葉を飛ばしていた。
出入り口付近にいたままだった彼女は
泳ぐように机の間を抜けていき
私の前まできていた。
私よりほんの少しばかり身長は
低いものの世間的に見れば高い方だろう。
私の目を見て離さず
くりっとした目が印象的だった。
まつ毛が長いななんて漠然と思う。
愛咲「花奏は明日、来んのか?」
花奏「う…どうしようか迷ってる。」
愛咲「いこーぜいこーぜぃ。」
花奏「もしただの罠やったのに行ったとして、家族とかに迷惑かかるのは嫌やな。」
愛咲「うーん…ま、それもそうだよな。」
うーんと首を傾げたまま
思案しました愛咲さんは
まるで親の格好を真似する
子供のような印象を受けた。
そして麗香さんのところまで行って
不意に振り返る。
麗香さんは未だいらついているのか
淡々と愛咲さんを制していた。
制された彼女は項垂れた後
また麗香さんに触ろうとしていたが
やっぱり触らせてもらえていなかった。
肩を組もうとしていたのか
腕を上げた瞬間に
麗香さんは逃げてしまっていた。
麗香「私は面白くなさそうだけど行く。」
愛咲「面白くないなんて言っちゃ可哀想だぜ?」
麗香「だってレクリエーションだなんて絶対面白くないし。」
愛咲「ふうん、じゃあなんで行くんだ?」
麗香「好奇心。レクリエーションは興味ないけど、参加してTwitterの件が分かるならそれでいいかなって。」
目を細めて言う彼女は
どうやら異常を異常と取らず
不安になる事もないようで
好奇心に身を任せているようだった。
愛咲「花奏は結局どーするんだ?まぁ今決めなくても直前で決めるってのもありだしな!」
麗香さんとは対照的な
陽だまりを想像させる笑顔をしていた。
人っていうのは不思議なもので
多数派の方に流れてしまいがちになる。
且つ、多数派の意見には
どんな利点があるのかをこじつけて
そっちが正しいと思うようにしてしまう。
私の頭の中では今まさにそれが行われていて、
父さんには迷惑をかけたくない、
何かしらの被害を被って欲しくないからと
理由を考えてしまってた。
罠かもしれない。
その事は1度視野の外へと落としてしまう。
罠とは言ってもどんな。
集団誘拐?
ならもっと辺鄙な土地に招くだろう。
だが地図に示されたのは
海の真ん前、砂浜の部分だ。
明日は休日だし
暖かかくなってきているのもあり、
観光客は多い事だろう。
そう考えてしまえば
あとは答えを出すだけだった。
花奏「分かった。私も行く。」
愛咲「おっけー!よし、んじゃ羽澄には後で聞いとくか!」
花奏「その羽澄さん…って方はどこにおるんか目処立っとるん?」
愛咲「あいつ部活入ってるからさ、今勤しんでる頃だろうよ?」
麗香「先輩、今日は部活行かなくていいの?」
愛咲「あ。」
気の抜けた声。
その後は想像出来てしまった通り
ばたばたと鞄をかぶるように
肩にかけて颯爽と走って消えてしまった。
一瞬の出来事すぎて目で追えないかと
思ってしまった程だ。
きっとだけれど、部活に行く途中に
麗香さんと会ったなりTwitterを見たり等して、
歩さんに会いにか1度落ち着いたところで
話せるようにか…何かしらの理由で
教室まで戻ってきたんだろう。
そのまま放ってしまっていたらしい。
麗香「………。」
花奏「私らも帰ろっか。」
麗香「………後輩。」
花奏「…ん?」
麗香さんは愛咲さんを見送っていて
廊下の方を見ていたが
唐突に一言と共にこっちを振り返る。
さっきとは打って変わって
目つきに鋭さが増した。
漸く私は今まで愛咲さんがいたから
この場が成り立っていたことに気がついた。
愛咲さんがいなかったら
麗香さんは喋らなかっただろうし
歩さんも半ば放ったらかしだったろう。
ムードメーカーとはこういう事かと
身に染みていた。
麗香「………初対面なのに馴れ馴れしすぎる。」
鋭く刺すような視線を私にぶつけ、
さっきの猫が喉を鳴らすような
話し声とは異なり、
まるで威嚇をしているような声だった。
聞いたことのない癖のある話し方に
少々驚いてしまった。
けれど驚いただけで嫌悪感などと言った
不快な感情は自然と湧いてこなかった。
花奏「あはは、ごめんな。これ癖やねん。」
実際に癖と言っても過言ではないと思うから
そう素直に言ったところ
ぷいとそっぽを向き教室を後にしてしまった。
虚しく靴音が遠ざかるのがわかる。
それを認知してから直ぐに
自分の教室に置いてきた鞄が想起された。
貴重品取られていなければいいけれど。
花奏「鞄取りに行かな。」
誰もいない教室。
迫る西日。
泣き止んだ烏。
運動部の声出し。
ここは紛れもなく
私の過ごしたかった高校だった。
もう1度感慨に浸りたくて
この教室の窓から外を見る。
花奏「…なんも変わってないのはここもやな。」
下や運動場に人がいるのだってそう。
この空の色だってそう。
あの日にそっくりだった。
…いけないいけない。
鞄を置いてきてるんだったと
さっき思い出したばかりなのに
他のことに気を取られてしまうと
直ぐに忘れてゆく。
そう、すぐに。
もしもの事を恐れて逃げるように
教室を飛び出ると、
バチが当たったのか目の前に人がいて
あろう事か抱きつくように
ぶつかってしまった。
春が戦ぐ。
まだ散らずに残っていた桜が
微量風に揺られて落ちてゆく。
ぶつかった相手は幸いにも女の子で
とてつもなく安心した。
この学校は共学だから、
男子だって普通に歩いてる。
もし異性とこんな形でぶつかっていたら
大変だっただろう。
花奏「わっ、ごめんな!」
やっぱり初対面でもタメ口で話してしまう。
癖だ。
と共に理由は1つあるけれど。
「ううんー、へいきー。」
のめーっとしているというか、
寝むそうというか、
そういったとてもゆっくりした話し方を
する彼女は目を薄めてそう言っていた。
毛先はぴょこぴょこ跳ねていて
外ハネ…というのだろうか、
跳ねていながらも綺麗に整っていた。
愛咲さんは跳ねているというか
癖っ毛という感じだったけれど
この人は整えて外ハネにしているんだろうな
という第一印象を抱いていた。
綿毛のようなストラップが視界に入る。
「こちらこそごめんねぇー。」
のほほんとした調子で私からゆっくり
離れていき服の皺を伸ばす。
それからは何ともなかったように
お互いの元の進行方向へ。
窓の外をちらと眺めた後、
私は教室へと戻った。
高校生活1年目。
ずっと行きたかった憧れの高校に入り
数日過ごしてみて、
今引っかかるところと言えば
例の件…TwitterのDM等の件だった。
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