4/7
つまらない日々。
今日も教室は朝であるにも関わらず
騒音、騒音騒音。
何をそんなに話すことがあるのだろうか。
私には理解できなかった。
ここの高校に入って2年間、
人生総合で見ると大体6、7年私はそんな感じだ。
人と一緒にいない。
友人と呼べる人を持たない。
ずっとそうしてきた。
そうしようと決めて生きてきた。
「春休みの数学の課題やばくねー?」
「それな。答え写しただろ?とか言われたら終わるんだけど。」
「そこまで見ないでしょー。」
「うちもやばかった。こんなん解かせるとか無理なんだけどー。」
「あはは、おんめぇー馬鹿だもんな。」
「馬鹿じゃねーし、馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞっ!」
とか。
近くではそんな話が聞こえてた。
他にも聞こえてはくるけど
内容なんか破片も入ってこない。
肩肘を机につき、頬杖を立てながら
ただただ青い光を飛ばしてくる画面を眺める。
本日は晴れ。
偏頭痛が少々、怠さ大。
あと微塵切りにされたやる気とか諸々その他。
〆には学校後にバイトがある。
歩「…はぁ。」
ため息を吐きながらスマホを弄る。
意味なく時間を潰す。
それが私の日常だった。
私のいつも通りで変わらない風景だった。
ちらと外を眺める。
この行動すらいつも通り。
苗字が三門なだけあっていつも窓側。
いつも通り。
今日は始業式。
適当に先生の話聞き流しときゃ終わる楽な日。
他の学校では始業式の日から早々
6時間目まである学校もあるみたい。
大変だなと他人事。
確か昨日の時点で入学式は終わってた筈だから
今日から3学年全員いるんだっけ。
また人が多くなるんだ。
ため息が出る。
今日もつまらない日が始まる。
日常が目の前を通ってゆく。
***
3時間目が終わり、皆突如帰る準備をしだす。
突如とは言いつつもそりゃそうかと思う。
早く家に帰る人もいれば
この後遊びに行く奴もいるだろう。
将又部活とかバイトとか。
歩「…。」
思ったより学校が早く終わってしまった。
普通は嬉しいだろうが私はそうじゃない。
バイトの時間まで変に時間が空いてしまった。
帰るには間に合わないが
すぐ行くには早すぎるってやつ。
仕方なく教室で時間を潰す。
みるみるうちに人が減っていく。
面白いほどに。
今日は本屋のバイトだっけ。
本屋と居酒屋のバイトを掛け持ちしている。
本は全然知らないけどなんとなくで始めた。
そんなもんじゃない?バイトって。
なんだか1人脳内で会話しだしている自分がいる。
「おーう!えーっと、えと…。」
気づくと私の脳内にはいないタイプが
私に話しかけてきていた。
そいつは教室の出入り口付近から
よくもまあ通る声を私に突き刺している。
いつもうるさいそいつは
口調はだいぶ男勝りって感じだが
それに反し見た目はギャルっぽい。
というかギャルだと思っている。
癖っ毛ロングが特徴的だった。
今わかるのは外見の特徴だけ。
唐突すぎて少しの間何も言えない。
言葉が出ない。
話しかけられていると分かっても
理解するまでに時間がかかった。
だって、私の悪い噂など今までに
たくさん聞いてきたであろうから。
今更話しかけてくるやつなんていないと
油断していた。
私みたいな人間に話しかけてくる人なんて
碌なやつがいない。
男だろうと女だろうと。
そう。
きっと今回も。
「えと…名前なんだっけ?」
歩「は?」
「ちげーんだよ、顔は知ってんだよー!」
こいつのペースに呑まれかける。
なんなんだこいつは。
碌でもないやつってことは
きっとあっているんだろうけど
にしてもなんだ、こう、流石に戸惑う。
今まで無視してればいいと思って
そうしてきたが今回無視できなかったのは
何故なのだろうか。
自分のスタンスを貫けずにいることを
今更ながら悔いていた。
そんな私のことなど露知らず
癖っ毛をつんつん揺らしながら
私に向かって只管唸り続けていた。
歩「何の用。」
「用っつったって…なんもねーけどよぉ。」
歩「じゃ、帰れば。」
「せめて名前だ」
ハイペースに進む会話。
こういうやつを馬鹿というのだろう。
直感だがそう思った。
とた、と足音。
そいつが私の方へ来ようと
一歩踏み出した時だった。
「やめなって。三門に関わんない方がいいよ。」
「そーそー。」
「愛咲も、三門にただ言われるだけだしそいつと話す意味なくね?」
そいつの仲良しグループの人らだろうか。
その人らのうち1人が
私に話しかけてきた奴の腕を掴む。
まるであっちにいくなと、
私になんて近づかせてたまるかと言うように。
たまたま通りかかったのか待ち合わせてたのか
知らないしどうでもいいが
本人の目の前で愚痴を言うのはどうかと思う。
私だからよかっただけで。
言うなら直接言え。
って思うけどこれ以上軋轢をうんでも仕方ないし
黙っておくことにする。
愛咲、と呼ばれた馬鹿そうなそいつは
驚いたように仲間の方を見てた気がした。
愛咲「へ?なんでだ?」
「だってそいつ、男取っ替え引っ替えしてるって噂知らない?」
「他にも去年同い年の子と揉めて、相手を一時期不登校にしたとか。」
愛咲「噂なんて何にも知らねーよぉ。一人歩きするやつだろ?」
「はぁー、これだから愛咲は。」
「ま、とりあえず三門とは関わらないようにね。」
そんな噂どこからくるのだろうか。
男を取っ替え引っ替えなどしていない。
それに同い年の子と揉めはしたが
翌日は午後から登校していただろうが。
午前は病院だか頭痛だかなんだか知らないけど。
全部を私のせいにされても困るっての。
脳内では愚痴がだだ漏れているが
表面上は未だ問題なし。
私にしては上出来だ。
仲間たちに可哀想なくらい釘を刺された
愛咲という奴の背中はなんとも小さく見えた。
なんだか不服そうな顔をしながらも
愛咲「…そーかよぉ。」
と零して私に向き直る。
とた。
再度その音の巣窟が蘇る。
さっきも聞いた音、音。
向き直る…?
何故?
にかっと笑った彼女の笑顔が網膜に映っていた。
向日葵みたいだった気がする。
と余計なことを思った頃には答えは出ていた。
愛咲「また明日な、三門!」
歩「…。」
馬鹿なのだろう。
否、馬鹿だ。
正真正銘がつくほどの馬鹿。
そして私がため息を一つ吐く頃には
愛咲というやつはツレに強制連行され
教室からは出て行った。
暫くの間はそいつの声が廊下に響き
教室の隅にまで巣食っていた。
音の染みができていた。
あの通る声。
馬鹿みたいな、否、馬鹿な話し方さえも
嫌と言うほど脳内に残ってしまった。
歩「…知らないやつなんて普段ならここまで残んないのに。」
少なからず興味を持ってしまったと言う
ことなのだろうか。
嫌だな。
そんなの気持ち悪すぎる。
自分に反吐が出る。
友達など作らないととうの昔に決めたんだ。
馴れ合う気はない、必要ない。
自分だけでいい。
自分さえ良ければそれでいい。
それでいいじゃないか。
歩「そう。」
それでいい。
女子は特に、他人と一緒に行動したがる。
そのせいで自分を削って生きている。
そのせいで傷つけ傷つけられて生きている。
そのせいで。
その暮らしに嫌気がさした。
°°°°°
歩「すごーいみっちゃん!」
「ふふん、でしょー?当然よ!」
歩「いいなぁー、私もみっちゃんみたいに出来るかなぁ。」
「さあね。でも絶対歩ねぇには負けないから!」
歩「私だって頑
°°°°°
いらないことを思い出した。
私は当時は本当に凄いと称賛していたけれど
今となって考えれば相手は私のことを
自分の飾りにしか思っていなかったのだろう。
だから。
だから、親友だと言い合った彼女は
私で遊ぶかのようにいじめだした。
蓋しよう、蓋。
思い出してもしょーがない。
過去の出来事と向き合おうなんざ自殺も同然。
意味がないことをするのはやめよう。
そう何度考えようと
人と少しでも深く関わりそうな度
脳裏に焼き付いて爪痕の残った景色は
色褪せなどせず鮮明に見渡せてしまう。
人間って面倒。
歩「…はぁ……ほんとなんなの。」
思わず口から溢れでた自分への愚痴は
教室の至る所に反芻して私にまた帰ってきた。
悪口と一緒。
悪口を言うと返ってくるって言うよね。
それと一緒みたいだなって思った。
まぁ、自分に対しての愚痴だから
何とも言えないけれど。
今年1年受験生だのなんだのと言われながら
今までと同じように過ごして、
そして何ともなく卒業するんだろうな。
大学に行くのか専門か、将又就職か。
未だに何一つ決められていない私の
アンデンティティなど
拡散しきっていることだろうね。
将来など考えていなかった。
昔からそうだった。
歩「…?」
回想に耽ったり将来を見渡そうとして諦めたり。
そうして数分が経つうちにまた足音がした。
廊下からだ。
…って、それはそうに決まってるか。
相変わらずスマホを弄ってたせいか
充電が減り始めている。
これはバイトの時間後まで持つだろうか。
人なんてそりゃ通るもんだ。
廊下なんだからそりゃあ。
足音なんて気にも止めず
充電が持つかと言う思案に入り込みかけた刹那。
とた、とた。…と、た。…。
音は近場で途絶えてしまった。
私のいる教室は最上階だから眺めはいいが、
生徒たちの教室以外に特別教室は
使われていない音楽室くらいしかない。
そこに用があるならまだしも
音楽室はほぼ廊下の反対側。
私の教室の近くで音が途絶えた。
それが意味すること。
「あのー。」
歩「…。」
また通る声。
しかし、先程のやつとは違う波。
最早呆れるまである。
今まで高校に入って2年間、
特に2年生になってからは必要事項以外
話しかけられなんてほぼしなくて楽だったのに。
3年になってすぐでこんなこと起こるのか。
疑問が浮かんで絶えないが
浮かんでも仕方がないと割り切って
視点をちらと声の方に向ける。
「…?」
首を傾げていた。
また先程の愛咲というやつのように
子犬みたいな目をしていた。
私はスマホをよく見るにも関わらず
目はほどほどによかったからか
ぱちっと目があってしまったのが分かった。
長い長いポニーテールが目についた。
お手入れが大変そう。
漠然と小学生でも考えられるような感想が浮かぶ。
あとはネクタイの色。
1年生はフォレストグリーン、
2年生はエンジ、3年生はネイビーブルー。
彼女はフォレストグリーンのネクタイを
身に纏っていた。
1年生が3年生の教室に何の用事だろうか。
しかも昨日入学したばかりの1年生が、だ。
先生からの頼み事でも引き受けたのだろうか。
歩「何。」
「教室入ってもええか?」
歩「…?」
1年生…だよね?
もう一度ネクタイを見るがどう見ても
グリーンのネクタイで間違いない。
今時そう言う常識のなってないと言うか
敬語が使えない若い子がいるみたいな
ニュースがたまにやっているけど、
こう言うことかと身に染みた。
舐められているのだろうか。
その1年は未だきょとんとした顔をしていた。
じっとこっちを見ているようで
気が気でなくなって目を逸らす。
またスマホに目を移す。
ほんと犬に見られてる気分。
歩「好きにすれば。」
「ほんま!?えへへ、やった。ありがとな。」
尻尾がついていたらぶんぶん
振り回している頃だろう。
そいつはとたとたと軽い足取りで
私の2、3席程後ろにある大きな窓の方へ
ただ真っ直ぐに向かって行った。
元より目的は決まっていた様子。
1年生だと特に思い入れとか言うことも
無さそうだけど。
あるとしても高校の学校説明会だとか
そのくらいしかこの学校に来る機会は
無かったはず。
「今ってあなただけなん?」
思わず。
スマホを弄っていた手が止まった。
そっか。
1年生だもんね。
知らなくて当然か。
私が疎まれていること、
私が人を寄せ付けないようにしていること。
知らなくて当然だった。
歩「そうだけど。」
「そっかー。ま、授業はよ終わったしそりゃあはよ帰るわな。」
からからから。
そんな空虚な音が背後から木霊する。
特有の方言、そして風の音。
ふわっと春が香った気がした。
鼻をくすぐられた。
そのくすぐったさが何よりも奇妙で
私は不意に振り返ってしまった。
手の中にある無機物は
暗く元気を落としている。
画面にはきっと反射して
天井が映っていることだろう。
そんな事今の私には気にすることはできなかった。
「懐かし。」
一言。
妙に今までとは違った落ち着きを払って
呟きを窓辺の縁に零していた。
「あんさ。」
歩「話しかけないで。」
咄嗟。
唐突。
自分を守るためだった。
多分、きっと。
私はその1年の方を向きながらも
目を合わせずただ俯いていた。
後ろの席の机と、椅子と目が合う。
開け放たれた窓からは遠く遠くから
運動部の人たちが励む声、
吹奏楽部の楽器の音、
誰かの話し声、発声練習の声。
様々な風が教室に巡っていた。
「…?何でなんや?」
歩「話す気なんか無いっつってんの。お喋りしにきたなら早く出てって。」
「別に私有地やないやろ?」
それはそうなのだ。
私が出ていけばいいだけ。
正論にぐうの音も出なくなる。
もう出てしまおう。
今日は変な日だ。
バイト先まで行ってそこで時間を潰してよう。
ここで粗方時間は捨て切ったから
あとは少し待つだけでいい。
そいつからはもう体も向けず
スマホをスカートの中に放って
鞄に手をかけたその時だった。
「それに、この教室やないと駄目やねん。」
歩「…。」
「思い出の場所って言うんかな。」
歩「…何、一人語り?」
「そうかも。ちょうど誰かに聞いて欲しかってん。」
背からあっけらかんとした音。
からんからんと空虚な音。
私の座っていた椅子が後退りしていた。
なのに彼女はなんだか楽しそうで。
私は座席から立ち上がりかけるも
そこで変に固まってしまった。
かた、とた。
足音が形を変えていく。
ベランダに出たのだろう。
とても幅は狭いがどの教室にも通じてしまう
ベランダがこの高校にはある。
歩「そこ、先生たちが言うには出ちゃいけないらしいけど。」
目も向けず言だけ飛ばす。
届いたかどうかなんて知らないし
今ここで先生が来ても怒られるのはあいつだし
全然いいのだけど。
風鈴があったらいい音がなっただろう。
それくらいの心地よい風が室内を循環し
また外へと旅に出て行った。
「その言葉、前も言ってくれとったよな。」
…。
…?
前?
前、というのは?
それは私に言っている?
それとも他の誰かを想起して
思わず口に出ただけ?
確としない言葉。
しかし思い当たる節がないわけじゃ無い。
ないわけじゃー
歩「…っ!」
「思ってたんやけどさ。」
かた、こた。
再度足音の響き方が変わる。
教室の硬い床が音を上げる。
私は思わず振り返っていた。
振り返ってしまっていた。
鞄からは手を外し、乱雑に椅子を蹴散らし
私は彼女に対面していた。
目を向けていた。
合わせていた。
緑っぽい色が変に脳裏に焼き付く。
いや、焼き付いていた。
とっくの昔に私はこの目を見たことがあった。
「多分私らおうたことあるよな、ここで。」
にかって。
あの時とは印象が違い過ぎて
全然分からなかった。
髪も随分と伸びていたし
喋り方や纏っていた雰囲気だって全てが違う。
真反対だった。
私の知っているこいつと。
歩「……ある。」
「…!」
今この校舎には
光はあまり入っていないはずなのに
反射してより目の艶が増したように見えた。
「やっぱりそうなんや!あはは、こんなとこで早々会えるとは思ってへんかったわ。」
豪快に笑いつつも
どこか拍子抜けといった感じだろうか。
私を探しにこの教室まで来たのではなく、
思い出の土地だったからここまで来たら
たまたま今年は私のいる教室だったってことか。
こんな偶然あるものだろうか。
実際あってしまったんだ。
やっぱり今日は変な日だ。
歩「あんた、本当にこの高校に来たんだ。」
「勿論や。まあ、だいぶ頑張ってなんとかね。」
歩「それは何、あの日のことがあったから?」
「それもあるし、あと1つ理由があってな。高校行くならここがいいって前々から思っててん。」
歩「…そ。」
確かこいつと会ったのは
私が高校1年生の頃の秋だったか。
私が冬服を着ていたのは記憶している。
学校説明会でも何でもない日に
こいつは高校に迷い込んできていた。
そこで色々とあり短い時間話した記憶がある。
当時目の前の彼女は中学2年だったのか。
何があったか細かいことは知らないままだが
様々なことを乗り越えてきたらしい。
じゃなきゃ今こんな表情をしていないだろうから。
「あまり変わってへんくて安心したわ。」
歩「学校のこと、私のこと?」
「あなたのことや。」
歩「…あんたは正反対になってて最初分かんなかったくらいだけどね。」
「あははっ、おかげさまで。」
本当に同一人物なのだろうか。
そう疑いたくなるほどだった。
人間は変わる生き物だけど
ここまで変わられると
困惑してしまうのも確かだった。
長いポニーテールを揺らして笑うから
毛先がふわふわ春に浮かぶ。
この光景をぼーっと眺める間に
彼女は私に向き言い放ってた。
花奏「私、小津町花奏って言うねん。かなでって気軽に呼んでや。」
歩「…。」
そこで現実に戻される。
さっき話す気はないって言ったことを
もう忘れているのか。
とは思いつつ私も話しかけに
応じてしまったところはなきにしもあらず。
文句は言えないだろう。
歩「あっそ。じゃあ帰るから。」
鞄を肩にかけ椅子を机の元へ
帰らせようとしたところ。
ぱしっと離さないほど強く、
しかし痛くないほど弱く私の手首を掴んでた。
そんな彼女の、小津町の姿が視界に映った。
花奏「待って!」
歩「…何。」
花奏「名前、教えてや。」
近いからというのもあるのか
圧を感じる気がする。
というより身長差的に圧を感じても仕方がない。
近くに寄られたから分かったが、
こいつはとても身長が高い。
170cmくらいあるんじゃないか?
それくらいの身長の家族がいるからわかる。
まあ見た感じでってだけだけど。
それに対し私は150cmくらい。
側から見れば小津町が先輩で
私が後輩に見えるだろう。
それくらいの違いだった。
掴まれた腕を振り解こうとするが、
ゆるりと掴まれているはずではあるのに
全く離してくれない、離れてくれない。
きっ、と彼女を睨んだが、
彼女は気に留めることなく掴んだままだった。
花奏「教えてくれるまで帰さへんで?」
歩「馬鹿。早く離して。」
花奏「嫌や!だって名前知りたいんやもん。」
歩「今後関わることないでしょうが。」
花奏「ある!ってか私から関わる!」
歩「はぁ?馬鹿言ってる暇あったら別のことしたら。」
花奏「する事ないから今こうしてんねん。」
歩「暇人。」
花奏「言い返せへんなそれは。」
歩「負けを認めたなら早く解く、ほら。」
花奏「それとこれとは別や!」
歩「近くで大声出すな煩い。」
花奏「取り柄や、しゃーないやろ。」
歩「前はこんな煩くなかったでしょうが。」
花奏「いい意味で変わったって言ってや。」
歩「物はいいようかって。」
花奏「あー、今すんごい嫌な顔したやろー。」
歩「ずっと嫌なんだけど?」
花奏「もう頑固やなあ。はよ教えてくれれば離す言うてんのに。」
歩「頑固なのはどっち。あんたが離せばいいでしょうが。」
花奏「名前で呼んでや、名前。花奏って、ほら。」
歩「要望多すぎ却下、うざいから。」
花奏「そー言わんで。私はここ譲る気ないで。」
そんなの今の言動見てたらわかるっての。
何なのこいつは本当に。
ここまで言い返してくんのって
家族ぐらいしかいなかったけど
こういう人間もいるんだと
この歳になっても尚思った。
しかも前会った時とは
大きく異なった立ち振る舞いで。
無理に振り払おうにも、
その刹那離すまいと力を強めてくる。
こいつ、本気で離す気がないらしい。
このままずっと粘っていても
どっちにしろ私にはバイトがあるから
私が負ける羽目になるだろう。
歩「はぁ…。」
花奏「お、言う気なった?」
歩「この後バイトがあんの。だから離して。」
花奏「ぎりぎりまで粘るで。」
歩「やっぱりね。」
名前は教えようと今後関わってこようと
無視して遇らい続ければいいんだ。
そうだ。
こいつに何かを言ったところで
私の生活が大きく変わるわけじゃない。
意を決して、または諦めの意が固まって
私は漸く一つ呟いた。
歩「三門歩。」
花奏「…!」
歩「満足?はい、離して。」
花奏「…うん、分かったで歩さんっ!」
ぱっと離れてく体温。
こいつ、多分手は結構暖かかったんだなって
離れて以後やっと気づく。
気づくのはいつでも後からなんだ。
過去だって今だってそうだった。
きっと未来だってそうだろう。
漸くのことで離された手首は
意思なく下へと垂れ下がった。
帰れるのだ。
もうこいつと関わることはない。
安心した。
心の中がじわーっと安堵が滲んでいく。
私だけの空間に入ってくるなって
意地でも守ろうと脳内が頑張っていたのか。
そんな緩んだ感覚が染み渡っていた。
歩「…。」
ほんと小津町というこいつは何なんだろうか。
年下の割にタメ口でしかも名前呼び。
少々絶滅危惧種の類に寄るだろう。
人懐っこい笑顔や言動が
嫌な程脳の一部を埋めてゆく。
嫌。
嫌だった。
そう。
嫌だったんだ。
再度私はこいつと関わらないと決めた後
この見えない塵だらけの教室から出ようとした。
とた。
足音は小津町と同じように鳴った。
鉄筋コンクリート特有の冷たい波。
花奏「またな、歩さん!バイト頑張ってや!」
歩「…ちっ。」
要らないことをした。
教室になんて残るべきじゃなかった。
絡まれても無視し続けるべきだった。
過去会ったことがあるってだけ油断した。
久しぶりに自分の事を悔やみながら
お世話になって3年目になる
対して好きでもない高校から
外靴を巣立たせた。
***
「タイム4'46"15!」
愛咲「はぁっ、はっ…はあーっ!…ふぅ、はっ。」
春の癖に汗はどんどん出てくるし
飲み物は減っていくばかり。
今日は天気が悪い分湿気が多い日だった。
風とうちの顔が正面衝突を繰り返す。
登校初日は午前で授業が終わり
その後は全て部活の時間。
んでもっていつもより部活時間は短く
2時間ほどしたらもう下校の予定だった。
普段は晴れじゃなかったら
気分が落ち込んだりするんだけど…
愛咲「うっしゃあ更新っ!」
「愛咲やるじゃーん!」
愛咲「おう!任せなってー!」
遠くから同級生の賞賛の声。
近くでタイムを測ってくれた子も
ナイスーって春らしい元気な声をくれた。
うちは別にエースでも何でもないし
実力がとてもと言うほどある訳でもない。
ただ陸上をしていない人よりは
少し走れるといったくらい。
それでも長く続けられているのは
周りの環境のおかげだった。
それになんだかんだ言って
走るの好きだしな。
いつもはおろしている癖っ毛を
ポニーテールにしているせいで
髪が頸を突いてくる。
擽ったいっちゃありゃしない。
汗もかいてるもんで
首裏では気持ち悪さが渋滞していた。
それでも自分の1500mでの過去最高記録を
更新出来たのは嬉しい他なかった。
「すっごいじゃん、3秒くらい縮めてるよ。」
愛咲「はっ…はぁっ、でも目標ま、ではまだだなー…。」
「あぁー、先輩超えるんだっけ?」
愛咲「目標はなー。実際出来るとは思ってねーよぅ。」
軽くタイムを測っていた前田の頭を
わしゃわしゃと撫でてやる。
うちより随分身長が低いからか
手に頭が収まる様な感覚。
同い年なのに年下に見えるし
何なら部員のみんなにいじられてるくらいだ。
前田「おい撫でるなー!」
愛咲「だっはは、可愛いねぇー。」
手を大きく降ってくるものだから
危なっかしくて瞬時に距離を取る。
しかし軽く腕を叩かれてしまった。
があまり痛くはなく
犬で言う甘噛みみたいなものかと過る。
ただ横暴なやつだとは思うけど。
愛咲「なぁーにすんだよー!」
前田「やーいやーいばーか!」
愛咲「確かにうちは馬鹿だけど馬鹿って言うんじゃねー!」
前田「ばーか!」
暴言を吐きながら走り去っていくものだから
記録更新後疲れた体に鞭を打ち
クラウチングスタートの姿勢をとる。
部活はもう終わる時間になっており、
正直もうさっさと帰りたいところだが
まずはあいつを捕まえてからかな。
足に力を込め乱雑に大地を蹴る。
砂埃が多少上がった後
うちは掠れた足跡を残して行った。
走り終わったってのに
また走って追いかけるあたり
ほんと体力馬鹿って感じあるよな。
自分自身ですらそう思ったよ。
もうへとへと。
足が棒の様ですぐさまお風呂にでも入って
マッサージして眠りたいけど
これを走り切ったらきっともっと
よく眠れるなんてポジティブに考えてさ。
思えばそうやって今まで走って来てたかも。
だんだん近くなってくる小さい背中。
今追いかけている子はマネージャーなもんで
走っている訳ではないから
そう汗をかいていなさそうだった。
そのためか服が風に煽られて波打ち、
肌に張り付いていないのが見えた。
これが海辺でしかも男女だったなら
絶好の時だっただろうけどよぉ。
うちはこの背中に追いついた頃
前田の手首を掴んでやる。
愛咲「うし、つーかまーえたっ。」
前田「くそー。」
愛咲「うちから逃げれると思ってたのかー?」
前田「本気出せばいけたな。」
愛咲「ほう、本気じゃあないと!」
前田「騙されている様じゃまだまだだね。」
愛咲「騙されたー!」
前田「って訳で私は帰」
愛咲「うおおいちょっと待ってい。」
荷物置き場に戻ろうとする前田の腕を
軽く掴んでやる。
うちは汗まみれなもので
がっつり腕を掴むのは
なんだか気がひけると手加減した。
前田の腕はうちよりも少しふにふにしてて
まだ白いままだった。
夏になるともう少し焼けるんだろうな。
うちも真っ黒になるだろうけど。
前田「な、なな、なんですかぁー?」
愛咲「悪い子にはぁーしっぺだぞー!」
前田「絶好やだ!愛咲のしっぺガチで痛いもん!」
愛咲「先に手出したのは誰だったっけなぁ。」
前田「あ、UFO!」
前田が空いた手でうちの後ろを指さして
あまりにも驚いた顔をするものだから
典型的だが後ろを振り向いてしまった。
先に気付くのが顔の表情ではなく
なんとも感情のこもっていない声だったなら
うちだって引っ掛からなかったもん。
そのはずだもん。
別にいい訳じゃねーし。
愛咲「あえ、嘘、どこ?」
前田「おーさきっ!」
うちが油断した隙に
ゆるりと掴んでいた腕は
水を掴んだ時のようにすり抜け
前田は走ってこっちを
振り返らず行ってしまった。
手中にはまだ温い感覚が残ったままで
ほんの微々たる時間足を動かさずにいたら
先程うちが蹴った砂だろうか、
手のひらにくっついて来た気がした。
愛咲「いっちゃったかー。」
両手で砂を払い水筒等荷物が
置いてあった場所に移動してタオルを取る。
ようやく気持ち悪さから解放される。
タオルはみるみるうちに湿気っていった。
「長束ー、よく走った後また走れるよねー。」
「すごいよね。」
「もう馬鹿しすぎだってー、長束も前田もさー。」
前田「いやー、愛咲が馬鹿で助かったわ。」
愛咲「っるせー!馬鹿っていう方がもっと馬鹿なんだよーだ。」
持っていたタオルで
叩いてやろうかと思ったが
流石に汗塗れだったから気が引けた。
そのかわりしっぺをするような
ポーズをとってやると。
前田「あじゃあ私先帰るわー。」
「あはは、前田やばー。」
「長束怖すぎー。」
愛咲「流石にしねーよー。」
両手をぱっと上にあげて
降参の印を見せると前田は
逃げる素振りを辞めうちの隣に寄って来た。
結局みんなで荷物を持って
いかにも邪魔になりそうな列を組んで
部活の鞄があるところまで歩いて行った。
毎回その前で終わりの号令をするんだ。
砂埃とはさらば、
荷物置き場手前の水道で手を洗う。
まだ冷たいから気持ちがいいものの、
夏になったら緩くなってしまう。
それはそれは困ったもんだ。
触れないくらいに冷やした水1本持ってきて
頭から被ってやろうかってくらいだもんな!
けど生憎癖っ毛なのもあるし
髪が長いこともあって
そんな無茶はしねーけどよぅ。
でもしたい時あるよな?
うちはある。
それを去年だかに友達に話したら
子供っぽいとか馬鹿っぽいとか
なんだか言われてたっけ?
やべーもう忘れたわ。
ま、そんなもんか。
それからは前田を中心に
懲りずにわちゃわちゃして
部活で号令を済ませた後帰宅準備をした。
そしてみんなで騒ぎながら
とある交差点まで来ていた。
「今日さ、ファミレスいってご飯食べね?」
「いーね、お腹すいたし。」
前田「えー、さっき昼ごはん食べたばっかじゃん。」
愛咲「うち今日ここでおさらばだわー。」
前田「そーなの?あぁ、また例のなんとかさん?」
愛咲「おう!学校始まったしいるかもしんねーからな。」
「愛咲って不思議な縁ばかり繋いでくよねー。」
「それなそれな。いつの間にか知らない人と仲良くなってやんの。」
前田「流石愛咲って感じだよなー。」
愛咲「だっはは、煽てても何にも出ねーよ。」
近くにいた前田の頭をがしがしと撫でてやると
やめろと言わんばかりに
腕を振り散らしてくる。
鞄を持っているから体制としては
きついはずなのにそれを感じかせないような
暴れっぷりだった。
「はーいはーい、前田どぅーどぅー。」
前田「私は馬じゃねーよ!」
「あはは、ま、愛咲行ってきなー。」
「その子待ってるかもしんないしね。」
愛咲「おう、そーする。まーたなー!」
下校道、皆は結局寄り道をするという
話になっていて、うちは輪を抜けた。
大きく手を振りみんなの姿が
見えなくなったのを確認して
ぐーっと伸びをする。
かりゃんからん。
鞄の金具とストラップが戯れてる。
ぱっと手を下ろすと急に重量を感じた。
愛咲「ふーう、あいつらちょー元気だな。」
続けて首を回す。
こきっと音はならずともくるくると
微々たる音が首から漏れる。
まるでおじいちゃんおばあちゃんがしている
動きのようなストレッチをした後、
再度足を踏み出した。
うちは通学路とも
みんなが姿を消した方向とも違い
また別の人の少ない道へと足を進めた。
愛咲「今日はいんのかなー。学校再開して早々いたらあいつも物好きってかー!」
1人でわちゃわちゃ楽しんでいる姿は
側から見れば異常者に近しいだろう。
けど、それくらいうきうきして
わくわくしていることがある。
昨日は羽澄と2週間ぶりくらいに会ったし
今日はもしかしたらあいつと会えるかもだし。
あいつとは初めて会ってから
なんだかんだで半年は経つんだろうけど
未だに連絡先を交換していない。
言い方は悪いが、生きているかどうかさえも
わからなかったってやつ。
トマトとアサガオを夏場に育ててる家を左、
神社の前を通って、
最近工事が始まった家をまた左。
それからも少しだけ紆余曲折した頃、
寂れているものの整備は施されている
公園が見えてきていた。
学校の制服を着ている人なんていなかった。
うちと、そいつ以外は。
愛咲「おーう、麗香ー!」
「…!」
ちらと制服の端が見えたもんで、
思いっきり声を飛ばしてやる。
周りは住宅街だったから
もしかしたら迷惑だったかも。
でも昼間だからいっか。
とか脳内で呟きながら麗香の元へ一直線。
うちの顔が見えると麗香は座っていたのに
ばっと立ってうちが走ってくるのを
待ってくれてた。
相変わらず艶やかな髪。
これから夏が近づいてくるってのに
麗香の周りだけは冬がまだ滞ってるみたい。
麗香「流石陸上部、走るのだけははやいけぇ。」
ぶかぶかのパーカーで口元を隠し
にたりと愉悦を感じつつ笑う彼女。
この煽るような表情。
久々に見るとやっぱ麗香だなって
痛いほど感じさせられる。
そんな表情が割と好きだったりする。
ちらと見える深い赤のネクタイ。
うちの首元につく深い青とは正反対。
うちが3年生で麗香が2年生であることを
これでもかというほど主張していた。
愛咲「だろー?でも、鞄ってハンデはでけーぞ!今度追いかけっこするか?」
麗香「あてはしないから安心するけぇ。」
愛咲「もっとハンデつけてやろーか?」
麗香「あてのプライドが許さないって言ってるけぇ。」
愛咲「そーかぁ。んじゃ、麗香の得意で対決ってのはどーだ?」
麗香「何で久しく会って早々対決しなきゃいけないけぇ。」
愛咲「そりゃあここであったが100年目ってやつだぜ!」
麗香「なら、今度の中間テストで対決するけぇ。にぃ?」
愛咲「あ、そのー、麗香さん?」
にたり、と笑ったまま
冷えた眼差しをこちらにじっと向けたまま。
…うちを掴んで離さない視線。
変に火をつけた可能性がある。
うちは勉強は相当苦手だ。
中学の頃は3年生の時だけ頑張って
なんとか公立高校に進学したが
そんなもの過去の栄光。
今じゃその栄光の欠片は塵程もない。
相反して麗香は確か
今現在めちゃくちゃ勉強出来たはず。
はず。
あんま覚えてねーけど。
愛咲「…そのー…さーせん!喧嘩売ったうちが馬鹿でしたーっ!」
麗香「分かったんだったらいいけぇ。というか、そもそもテスト内容違うから比較できないけぇ。」
くすくす。
ほぼ音を立てず麗香は笑う。
これは心底楽しいという現れだった。
麗香、会ってすぐの頃より随分と
笑うようになったんだよな。
今だってけたけた笑ってた。
その様子を見て思わず口角が緩んでしまう。
細まった目をしていた麗香は
その様子を見逃してはなかったようで。
麗香「なあににたにたしてるけぇ。」
愛咲「なっ!?べ、別にいいだろーがよぉ。」
麗香「よくないけぇ。今何を考えてたけぇ?にぃ?」
麗香特有の口調がうちの耳を掠める。
「にぃ?」って言うのは大体
「そうだよね?ね?」みたいなニュアンスだと
理解した時嬉しかったのを思い出した。
嬉しいがあまり真似してうちも
「にー?」と使ったら
「真似されるとうざいけぇ。」って
ぴしゃりと言われたんだっけ。
後輩なのに臆することなく言ってきてよお、
こいつやるなぁって思ったんだっけ。
麗香「せんぱーい?聞いてるけぇ?寝てるけぇ?」
としとし、と頬を叩かれる。
パーカー越しだが手をパーにしてるのが伝わる。
ちょっと、力が強い強い。
愛咲「いてーよ、痛え!意識飛んでねーよ。」
麗香「にしし。そりゃあ何よりだけぇ。」
愛咲「ったくー、んだよ。」
麗香「だから、なあににやにやしてたか聞いてるけぇ。」
愛咲「あーもう、いーじゃねーかー。」
麗香「気になるけぇ気になるけぇ。先輩がどんな下世話なこと考えてたか気になるけぇ。」
愛咲「勝手に下世話なことを考えたことにすんな!」
麗香「にしし、違うけぇ?」
愛咲「だー…や、麗香もよく笑うようになったなーって思ってな。」
麗香「ふうん?」
麗香はそれだけ言うと口元を隠してた手を下ろし
奇妙な物を見つめるような目で
うちのことを凝視してきた。
愛咲「あ?な、なんだよぉ…。」
麗香「確かにそうだなーって思っただけだけぇ。」
愛咲「ん…?」
麗香「なんだかんだ先輩のおかげだけぇ。」
しとしとと降るような儚さ。
そんな笑顔をうちに向けてた。
消えそうなくらいの綿。
と同時に愛しさ。
妹にしてぇー!
って心の声が行動へとだだ漏れる。
愛咲「れ、れれ麗香ぁっ!」
麗香「近づかないで欲しいけぇ。いくら春でも暑いものは暑いけぇ。」
抱き着こうと両手を広げたところで
そこから動けない。
麗香がぶかぶかのパーカーで
うちの額を抑えているようだった。
麗香のガードは硬いようで。
愛咲「ぐぬぅ…。」
麗香「諦めるけぇ。」
愛咲「…はーい。」
しょぼしょぼとするうちを見て
くすくすとどこか楽しそうな麗香。
麗香が笑ってるんだったらもう
なんだっていーや。
…なーんて思えてくるほど。
学校終わりの午後浅く。
うちは無事2週間ぶりに麗香に会えた。
愛咲「そういや麗香は何組だったんだ?」
麗香「聞いてどうするけぇ。」
愛咲「いつでも遊びに行けるだろ?」
麗香「いつでもは来ないでほしいけぇ。」
愛咲「えー、んでだよぉ。」
うちが分かりやすく
しょんぼりとしてみせると
麗香は嬉しそうにけたけた笑っていた。
麗香は他人が困ってるところを見て
面白がっているようだった。
麗香「聞くなら自ら言う覚悟が欲しいけぇ。」
愛咲「覚悟…っ!」
ごくりと生唾が喉を通る。
そ、そそ、そう言われると
とてつもなく思い内容を
問うてしまったかのような…。
麗香「早く言うけぇ。にぃ?」
愛咲「まま、待ってくれ!覚悟がまだぁ…。」
麗香「あては3組だけぇ。」
愛咲「うあーっ、うちは5組だぁー!」
麗香「にしし。はあい、分かったけぇ。」
口元をパーカーで覆いながらも
笑っていると言うことが
目元から分かる。
とても薄く伸ばされた猫目は
明らかに楽しいと言うことを表現していた。
会ってすぐの頃はずっと真顔状態で
当時見れなかった表情の1つだった。
この公園には遊具は少ししかなく、
半分は空白にベンチという淡白さ。
平日のこの時間だからか、
赤ちゃん連れのお母さんや
独り身の人しかおらず
遊び盛り真っ只中の小学生達は
まだ学校に囚われていた。
愛咲「なーなー、今日夕方までなら時間空いてんだけどどっか行かねーか?」
麗香「先輩が予定空いてるなんて珍しい。何かあったけぇ?」
愛咲「や、そうじゃなくてよ。部活は早めで終わったしちび達は帰ってくんの3時間後くらいだしな。それまで時間潰そっかなって。」
麗香「部活サボったけぇ?」
愛咲「ちげーよぅ!」
麗香「主も悪よのう、にしし。」
愛咲「元から2時間くらいしか部活なかったんだって!しかも朝練も出てるからな。」
麗香「ふうん、そうけぇ。そう言う事にしてあげるけぇ。にしし。」
愛咲「おうよ、頼んだー!」
麗香「もしかして、あてがここにいるかもって期待してここに来たけぇ?あてに会いたかったけぇ?にぃ?」
愛咲「ん?そーだけど。」
麗香「ぬぅ。」
何気ない問い。
それに答えただけ。
なのに麗香は唐突にパーカーで
自分の口元を隠すように両手を持ってくる。
何かふごふご言ってるけど
正直何にも分からない。
何言ってんだ?
麗香は訳の分からないところで
何か行動を起こすらしい。
これは…何の表情だ?
愛咲「麗香ー?」
麗香「ぬぅ、何けぇ。」
愛咲「どーしたんだ?何かあったか?」
麗香「先輩はそういうところずるいけぇ。」
愛咲「ずる!?うちずるいことはしてねーよ!確かに部活は時々サボるし課題忘れることとかたくさんあるけどよぉ!」
麗香「にしし、もういいけぇ。はいはい先輩はずるいずるーい。」
愛咲「なんでだよーぅ!」
今日、ようやく久しぶりに日常が帰ってきた。
どうしてこの公園がいつもの場所になったかを
思い出そうとしても
今は麗香が楽しそうに邪魔してくるもので
後でいいやって思ったんだ。
思えばお互い、過去のことや家のことなど
深いことまでは話してこなかった。
この関係は特別であって薄情で。
ある意味これが表面上なのかもしれない。
…なんて。
馬鹿げたこと考えちまったや。
麗香「それで、どこ行くけぇ?」
愛咲「んー、そうだなー。いつもうちの気分に付き合わせてるから今日は麗香の行きたいとこいこーぜ。」
麗香「あての?」
愛咲「そうだけぇ。」
麗香「うざいけぇ。」
愛咲「だっはは、ごめんって。んで、何処がいいんだ?」
麗香「うーん、怠い怠い学校が始まったから癒しが欲しいけぇ。ってことで猫カフェがいいけぇ。」
愛咲「猫カフェっ!」
麗香「んぅ?何けぇ。」
愛咲「うち、猫に引っ掻かれて以降苦手なんだよぉ…。」
幼少期のこと。
近所の公園で遊んでいたら
突如草むらから猫。
小さい子ってほら、
動物見ると触りたくなんじゃん?
だからうちも典型通りに猫に駆け寄ってった訳。
そしたらもうこれでもかってくらい威嚇されて
その後流血レベルのひっかき。
…という過去があるから猫は敵。
今でも薄ら傷は顔を見せている。
白くなった線は肌から抜け落ちない。
過去はもう抜け落ちない。
そんな事は露知らず、
麗香はによによとしている。
によによ、と悪い笑顔をしてた。
麗香「じゃあ今日を持って猫を克服するけぇ。」
愛咲「配慮してくれよ、うち先輩だぞっ!?」
麗香「気を遣ってくださいけぇ、あて後輩だけぇ。にぃ?」
愛咲「なるほど、先輩の威厳を見せろと。」
麗香「そういう事にしとくけぇ。」
愛咲「そそ、そういうことならぁ…任せろぉ…。」
麗香「言葉に覇気がないけぇ。ま、野良猫じゃないから安心するけぇ。」
愛咲「とはいえど宿敵なんだって。」
麗香「急にマジトーンで言われてもあての気分は変わらんけぇ。」
愛咲「ま、そーだよな。」
麗香「いつも振り回してるんだから今回は振り回される感覚をとことん味わうけぇ。にぃ?」
愛咲「ったく、しゃーねーなぁ。こ、今回だけな?」
麗香「にしし。沢山写真撮ってあげるけぇ。」
愛咲「せっかくなら一緒に映ろーぜ!」
昼下がり。
春。
眠気。
公園。
人。
たった5単語程で表せてしまうくらい
ちっぽけで何もない日常。
今日は少しばかり大変な日になりそうだな。
そう思うも束の間、
麗香はうちの手首を両手で掴んで来た。
まるでうちのちび達みたい。
子供が駄々をこねてるような、そんな仕草。
麗香「早く行かないと先輩の時間がなくなるけぇ。」
愛咲「どっちかっていうとうちの反応を見たいだけだろー。」
麗香「お?よく分かってるけぇ。にぃ?」
愛咲「はいはい、ったくー。」
とは言いつつ、うち自身麗香といるのは
心持ちが軽かった。
クラスにも仲のいい奴らはいるけれど
何かと人の悪口を言いがち。
それに疲れた部分があるんだろう。
麗香とのこの秘密の関係じみたものが
わくわくして楽しかったのかもしれない。
ぴこん。
うちのスマホがポケットから鳴る。
麗香「ん?先輩、見なくていいけぇ?」
愛咲「おう、後でいいや。ってかさー!」
思い出したことがあった。
近くで大声を出したものだからか
麗香は咄嗟にうちから手を離し
耳を塞いでいた。
…そこまで煩くはないだろ。
麗香「声でかいけぇ。」
愛咲「ごめんごめん。麗香に言いてぇことあったんだよ!」
麗香「何けぇ。」
愛咲「連絡先、交換しとこーぜ!」
麗香「先輩からその提案をしてくるなんて…春休み寂しかったけぇ?」
愛咲「んー、っていうよりも何か安否確認出来るのってよくね?」
麗香「別にあて死んだりしないけぇ。」
くすくす。
また口元を隠して笑う。
愛咲「今はまだ信用なんねーからなー?ほら、スマホ出してLINE開いた開いた。」
ただのうちの感覚なんだけど、
麗香は気ままでおっとりしてるようで
何処となくふらっと消えてしまいそうな、
掬おうと手を丸めても透けて落ちてゆくような。
猫が死ぬときは姿を消すというような。
そんな感想を持ってた。
ま、ただの感覚ってだけの話。
連絡手段が今まで何にもなかったからってだけで
LINE交換したらこういう風には
思わなくなるかもな。
麗香がスマホを探してる間
現代人の癖か否かTwitterを開いてしまう。
赤い通知マークが付いてたら
どうにも気になってしまうたちで
無意識ながらに押してしまう。
スマホっ子ってのはこえーもんだな。
そう他人事のようにスマホを弄る。
どうやらさっきのぴこんという音
これの通知のものだったらしい。
けれどリプライやDMだとかいうものは
一切来ていなかった。
いつもの画面が表示される。
それと共に違和感。
愛咲「…?」
すぐさま自分のアイコンを押して
プロフィールを見てみる。
ここまでの操作は前
羽澄に教えてもらった。
その時の違和感。
それはあっという間に露わになった。
愛咲「…!」
長束愛咲、と。
心のない機械の文字でそう残されていた。
違和感の残花が眠っていた。
麗香はというと渋い顔をした後、
仕方ないというように
自分の鞄を漁り始めた。
すっと出てきた薄紫色のカバー。
思えば麗香はうちの前では
スマホをいじったことってほぼない気がする。
麗香「…どうかしたけぇ。」
愛咲「ああいや、なんもねーよ。」
麗香「顔真っ白だけぇ。何か用事でも思い出したけぇ?」
愛咲「麗香より白くなることなんて早々ねーって!」
麗香「ふうん、そうけぇ。にしし。」
麗香は心配してくれるものの
いつも通り貶すように笑ってくれたので
幾分か落ち着いていた。
設定に関しては羽澄にやってもらったから
戻し方分かんないんだよな。
明日学校で会った時に直してもらうか!
そういえばそもそも2人で
遊びに行くのは初めてか。
それ以外この公園か下校の時に
一緒に帰るくらいの、
見た目は浅い仲だった。
脳内でもう次の話題に移ってしまっては
元の話題への帰り方なんて分からない。
帰る余地などなかった。
麗香「むう。やっぱり先輩に振り回されてばかりだけぇ。」
麗香は嬉しそうなのか何なのか、
今まで見たことのない顔で笑ってた。
愛咲「ありがとな、麗香!これからいろんなとこいこーぜ!」
麗香「全部猫カフェにするけぇ。にしし。」
愛咲「それだけは勘弁を!」
いつも通り。
ただの日常。
それが少し変わった日になった。
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