4/6



本日、4月6日。

朝が鳴る。

叩き起こすんじゃなくって、

優しく触れられて擽ったくなるの。

布団だって春の陽気に夢現つ。

深くに溶けてゆけそう。

もう少しでいいの、あとちょっとー


「…………ていいの?」


梨菜「…ん、もーなにぃ…?」


「…きなくていいの?学校遅れるよ?」


ゆさゆさと緩やかに揺すられるもので

全然起きるには至らない。

まだ寝れる。

もぞもぞと布団に潜った。

布団の中って何でこんなに心地いいんだろ。

いつまでも寝れちゃうよね。


「………れる……ら………分起き……。」


まーったく会話が入ってこない。

昨日いつ寝たっけ。

もう少しだけ。

夢見たいなあ、夢。

私ほとんど見ないし。

後5分。

5分でいいからー


「おっきろーーっ!!」


梨菜「ああうびっくりした…!」


心臓がぎゅっとした感覚とともに上体を起こす。

どくどく煩い。

大声で起こすのはないよね?

心臓止まる直前かというほど

血が循環しているのが分かる。

反射なのか、布団を蹴り飛ばしてしまった。


まだ視界はぼやけたままだが

誰かいることはわかる。

誰か、とは言うけれど

思い当たるのは1人だけ。

目が開かない。

布団に潜ってた所為で光に慣れてない。

眩しすぎるがあまり、

今の私はチベットスナギツネみたいな顔を

してることだろう。

カーテンが開かれている所為だと予想はつく。

光の線が私を刺してくること刺してくること。


梨菜「せりぃ…そりゃないよぉ…。」


星李「そりゃないよぉ、なのはお姉ちゃんの寝起きの悪さ!」


朝からやけにきびきびと

言葉を飛ばす彼女は私の実の妹。


星李は私を怒鳴り起こすや否や

ばたばたと自分の準備に戻っていく。

朝から元気だなあ。

今日までは休みってのに。

今日限りの幸せな時間。

何をしようかなから始まる日ほど

幸福を感じる日ってないよね。

お散歩するのもいいし、

春休みにも関わらず部活をしているであろう

波流ちゃんへサプライズしに

学校までいくのもあり。

はーあ、何をしよう!


私はというと、先日あった不可解な事は

ほとんど忘れているに等しかった。

なんだか変な風に変わっていたは

変わっていたのだけれど

特に害があった訳でもない。

と言う事で放ったらかしにしていた。


そんな私を他所に星李は準備を進める。

制服に身を包んでいる彼女。

学校に何か用事でもあるのかななんて考えてた。

あー、今日星李は始業式だっけ。

後で聞こうとうっすら考えたその時だ。


星李「お姉ちゃん、今日学校でしょ?準備しなくて良いの?」


梨菜「…へ?」


さぁっと血の気が引いていくのがわかる。

そしてその後にどくどくと再度心臓が唸る。

寝坊した時って帰って冷静になる時あるよね。

それ。


まずは枕元に転がり伏せたスマホを一見。

4月6日、水曜日。

そうだ、今日は私も始業式じゃないか。

写真アプリに保存していた予定表を覗くと

今日、4月6日にしっかり

マーカーが引かれていた。

なーるほど。

ここで一旦一息吐く。

できるなら学校に休みの連絡を

したいまであるけれど、

今のところ皆勤賞を取ってるからには

休みたくない。


決して余裕があるわけじゃないけれど

頭の中はやけに落ち着いている。

何から準備しようかな。


星李「もう7時半だよ!そろそろ波流ちゃんくるんでしょ!?」


星李から飛んでくる怒涛の言葉数。

聞き流そうとしたけれど

どうにも聞き流せないものがあった。


梨菜「…7時半……?」


いつも家を出る時間くらいだ。

思ったより事態は逼迫していた。


梨菜「へ、そんな時間…!?じゃあもう」


ぴーんぽーん。

そこで無慈悲にも機械音。

転げるようにベッドから飛び出て

急いで玄関の扉に張り付く。


『起きてるー?』


梨菜「うわー!ごめん、ちょっと待ってー!」


奥で星李はため息をついた気がしたけれど、

それすら意識に入れている暇はない。

私が服を着替えたり顔を洗ったりしている間に

星李はもう家を出ようとしていた。


星李「波流ちゃん、玄関にあげるねー。うちは先に出るから。んじゃお先ぃ。」


洗面所からちらと顔を覗かせると

なんとも意地悪そうな笑みを浮かべた妹。

ほんとこういうところ性格悪い。

なんて戯言を脳内で吐きながら準備をしていると

玄関の方でお邪魔しまーすという通る声。


梨菜「すぐ用意できるからー!」


波流「はいはい、待ってるから急いでね。」


なんて声が聞こえてきて、

むせ返るほどの焦りで満ちていたが

心のどこか奥深くで安心が滲む。


朝からばたばたという音の巣窟。

普段からこれほどとまでは行かずとも

どったんばったんしている。

私の時間管理が下手なせいだ。

妹はこんな私を見て育ったからか

幾分もしっかりしていた。


筆箱持った、生徒手帳持った、

お金、スマホ、鍵、お弁当も持った。

あと朝ごはんのパンも勿論持った。

サイドテールになるよう髪も結んだ。

コンタクトもつけた。

何が足りないかって朝ご飯を

食べてないことくらいだろう。

ほんと、それに限る。

お腹の虫さんには当分我慢してもらおう。

寝坊した罰だ。


ばっと波流ちゃんにようやく目を向ける。

長い髪が目に入る。

制服に身を包んでいる彼女は

昔の姿からは考えられないくらい大人びていた。


波流「お、もう出れそう?」


梨菜「うん!待たせたね!」


波流「ほーんとに。まだ登校するのは今年度始まって初日なんだけどどう?」


梨菜「休まなかっただけ偉いもん。」


波流「仮病なら私が無理やり連れてくっての。」


にしっと笑うその顔は

先程の星李を彷彿とさせる。

似たもの同士が集まるとはこういう事なのか。


玄関を開けると視界いっぱいに春。

高校生になってから

もう季節は一巡してしまっていた。

波流ちゃんと会って以降は日々が早く過ぎる。

彼女とは小学生くらいから

今までずっと一緒にいて、

第2の姉妹のようにすら感じていた。

幼馴染ってやつだった。


波流「梨菜さ、だんだん寝坊した後の準備が早くなってきたよね。」


梨菜「えっへん、でしょー?何回してると思って。」


波流「寝坊は極めるもんじゃないよ。」


とほほ、と聞こえてきそうな程呆れてる。

救いようないな、みたいな顔してたよ今。

これ隠す気ないよね。


春の風景に気を取られつつ

いつものように会話を楽しむ。

いつものよう、とは言いつつも

春休み期間は登校なんてなかった。

波流ちゃんは部活で学校に行ってたけどね。

だから電話とかはたまにしてたし

エイプリルフールには会ったけれど、

実際登校中に話すっていうのは

今年度では始業式である今日だけ。

それでもいつものようって言えるのは

小学生の頃からの積み重ねだろう。

波流ちゃんには私がよく寝坊することを

随分と前から知られていた。


梨菜「私だって好きで寝坊してるわけじゃないですー。」


波流「少しは星李の苦労を知ろうねー。」


波流ちゃんからの軽いチョップをくらう。

それでも楽しかったし嬉しいって感じてた。

波流ちゃんはというと

大変呆れながらも笑ってた。


波流「そういや朝ごはんは?」


梨菜「まかせて、持ってきた!」


波流「やるねぇお主。でも食べる時間ある?」


梨菜「時間は見つけるの。初日からフルで授業あるって何事?それにみっちり授業あるのに朝ごはんなしはやってらんない。それこそ寝る。」


波流「たはは、怒涛の愚痴。」


梨菜「ま、なんとかするってやつだよ。」


ガッツポーズをして見せると、

そうだね、と波流ちゃんも軽く真似してた。


梨菜「あ、私のご飯取らないでよ?」


波流「流石に今日は取らないよ。」


梨菜「ダウト。去年何回も取ってったじゃん。」


波流「それはさ、小腹が空いたからで。」


梨菜「ほらー。」


ぶーぶーと言わんばかりの顔をしてやる。

私は寝坊癖が酷いけど

波流ちゃんはというと

常識人のふりして人の食べ物を取る癖が酷い。

しかも私限定だ。

他の人にはしてないって本人が言ってるし

私も見たことがない。

「それ少しちょーだい」って言ってくる。

私達は距離の近過ぎる幼馴染が故

遠慮があるんだかないんだかっていう

行動ばかりお互いしている。

親しき仲にも礼儀あり、とは

一体誰が言い始めたんだろうか。


けれどお互い悩みがあれば1番に相談した。

そのあたり信頼しあってるんだろう。

私にとって波流ちゃんは命の恩人と言っても

過言じゃないしね。

いや、流石に過言かな。


梨菜「因みに今日は薄皮あんぱん。」


波流「ちょーだい。」


梨菜「今日は流石に取らないっていうのは?」


波流「前言撤回。一口だけ。」


梨菜「仕方ないなあ。」


こういってしまう私も私で

甘すぎるんだと思う。


波流「そういや星李大人っぽくなったね。」


梨菜「あー、話逸らした。」


波流「1週間経つ間にまーた大人っぽくなっちゃって。」


梨菜「それは波流ちゃんもだと思うけど。」


波流「お?褒めた?」


梨菜「はいはい、褒めた褒めた。すごいねー。」


波流「もっと感情込めて。」


梨菜「星李ってばどんどん家事できるようになってくんだから。私を反面教師にしてるね、あれ。」


波流「梨菜ってスルースキルだけはあるよね。」


梨菜「最近は誰に似てきたのかうるさくなってきたよ。」


波流「梨菜よりお姉さんやってるねぇ。」


えいえい、と波流ちゃんが小突いてくる。

なんだ、構ってちゃんか。

ここでスルースキルを発動。

小突きを無視していると不意に感触は消えた。

ずっと一緒にいると何をどうすると

波流ちゃんはどうするっていうのが分かってくる。

大体無視しておくと辞める。

どの人もそうかもしれないけどね。


梨菜「今年で中3なのに、ほんとね。」


波流「ありゃ、認めちゃってる。」


梨菜「でも私、洗濯とか掃除とか簡単なことなら出来るから。」


波流「本当かなあ?」


梨菜「まかせなさーい。明日は確か入学式で休みだっけ。」


波流「そうそう。先に入学式しちゃえば次の日から全員で登校できるのにね。」


梨菜「それに、もし先に入学式だったら今日休みだったってことだよね!何で飛び石休みなの。」


波流「あはは、どんまい。」


梨菜「ま、明日は星李普通に学校だったはずだし家事とか片付けはするかな。」


波流「本当に出来るのー?」


梨菜「今度波流ちゃんの家をビフォーアフターしてあげる。」


波流「悪い方向にビフォーアフターしそうだからやめとくね。」


梨菜「そんなぁ。」


2人で笑い歩く小道。

桜はそこそこに咲いていて、

まるで怠さなんて欠片も見出せない。

そんないつもの登下校の道を歩く。

春のこの道を歩くのは今年で2年目。

つまり高校2年生、青春の真っ只中を

これから過ごすことになる。

波流ちゃんの髪がゆわゆわと揺れてる。

春風に唆されて眠くなりさえしてくるの。


梨菜「春だね。」


波流「ん、私?」


梨菜「あはは、違うよー。」


そんな、いつもと同じで

いつもとは全く異なった日々へ一歩。

私は浮かれていて、眩しい心地に蔑まれ、

楽しみと共にサイドテールを揺らして

学校へと足を運んでた。

このいつもの変わらない日常が大好きだった。


…いや、変わったことはあった。

Twitterの件だ。

Twitterのアカウントの

アイコンや名前が私自身のものに

変わっていたのだ。

だが、その変化も起きてから1週間。

最早生活の一部になっていた。

波流ちゃんの様子を見るに

彼女もだいぶ落ち着いているっぽい。

お互いその話に触れることなく

通学路を1歩1歩進むのだ。


私は平凡な女子高生。

笑みを浮かべ、踏み出した。






***






『もしもーし。』


羽澄「ん、どうしましたかー?」


『羽澄、今手空いてるか?』


羽澄「両手は空いてます!」


『あ、足はどーなんだ…!』


羽澄「なんとなんと…ぱんぱかぱーん!足も空いてますよ!」


スマホにイヤホンを接続し、

数年住み慣れた部屋で彼女の声を聞く。

久々な気がします。

まぁ春休みと呼ばれたほぼ2週間

羽澄達はなんだかんだ

文面のみで交流してました。

元気は声を響かせている彼女は長束愛咲。

一昨年から何かの拍子に仲良くなって

2年間同じクラスで過ごしてきたんであります。

そんな今日は春休み最終日。

確か入学式なんでしたっけ。

明日からは高校3年生としての

生活が始まります。

4月6日。

その午前。

朝が乏しくなる9時半。


画面通話しているわけでもないのに

自然とぐーぱーと手や足を動かす。

我ながら変な癖、とくすり溢れる。

馬鹿みたいであります。

この仕草はきっとこれまで見てきた

愛咲の真似事なんだろうなって思案。

仲良くなりたい人の真似は自然としてしまうって

ほんとだったのかもしれないですね。


愛咲『おぉーっ、まぁーじか!』


羽澄「はい!なんでも任せなさい!」


ぴしっと見られてもいないのに

敬礼のポーズをする。

愛咲はなんとも雑な言葉を使うし

なんとも言いがたい

ぽんこつさを持ち備えてるけど、

それ以上に優しいとこがあったりとか

育ちが案外良かったりだとかする。

人は見た目や第一印象だけじゃ

見えないところだらけでありますね。


『じゃあじゃあ』とうきうきしている

夏の少年のように喋り出す彼女。

今多分腕をぶんぶんしてるんだろうと

容易に想像が出来ます。


愛咲『頼みてーことがあるんだよぉー!』


羽澄「何ですか!」


愛咲『……それがよぉ…。』


奇妙な間。

さーっというノイズ音のみ。

そのノイズ音すら聞こえなくなるんじゃないか。

そんな静寂の猛威。


これ。

これきっと…。

…。

しょうもないことです。

こういう時の愛咲は大体

訳わからないことを言ってくるのです。


あえて何も言わないまま待っていると、

画面の奥から息を吸う音。

そして。


愛咲『頼むっ!宿題見してくれっ!』


ぱんっと破裂音。

どうやら手を合わせて

お願いしているみたい。

愛咲の感情表現の種類は

底を尽きる事は無さそう。


羽澄「あれ、珍しくちゃんとしたお願いですね?」


愛咲『ちゃ、ちゃんとしたってなぁーんだよー!』


羽澄「もっと突拍子もない事言われるかと思ってましたから、なんだか拍子抜けですよー。」


そう。

普段愛咲は何の前触れもなく

「蝉の抜け殻集めにいこーぜ!」

とか

「うちの学校髪染めOKじゃん?七色にしてもいけんのかな?」

とか

「職員室にたのもーっつって入ったら誰は1人はノってくれんじゃね!?」

とか。

何の利にもならないどころか

寧ろ損しかないのではないか

というようなことばかり提案してきては

実行しようとするものだから止めてきました。

今日もその一環だろうと思えば

どうやら違う様子。

そりゃあいつものを聞いていれば

拍子抜けしたっていいですよね?


今回こそ

「ファミレス行って飲み物全部混ぜて飲もーぜ!春休み最後だしな!」

だとかいうかと思って

思わず身構えてしまったけれど

どうやら今回は様子が違います。


愛咲『失礼なー。こっちは重大事件だっての!もうテレビ番組ひとつ作れるくらいのヤバさなんだってばー。』


羽澄「くははっ。はいはい、分かりましたよ。あと何の宿題が残ってますか?」


愛咲『おお、おおお、手伝ってくれんのか!?』


羽澄「勿論であります!それに、愛咲の妹や弟達にもうそろそろ会いたくなってきたところですし。」


愛咲『神様仏様羽澄様ー!咲蘭も待ってんぞ!』


咲く蘭の花と書いてさくら。

確か今年中3だったはずです。

愛咲の姉妹には咲、

男兄弟には翔って文字が

入っているっていうのは印象に残ってて

ずっと覚えてます。


羽澄「えっへへ。咲蘭にもよろしく伝えててください!」


愛咲『まっかせなって!んでさ、悪いんだけど早めに来れるか?よかったら昼ごはんうちで食べていきな。』


ぐへへっ、とキメ顔をしているであろう愛咲。

どうしてこうも分かりやすいんでしょうか。

それが愛咲のいいところでもあるんですけどね。


羽澄「お、いいんですか!?」


愛咲『おうおう!今日は愛咲さん特製明太子スパゲティしてやるよ!』


羽澄「意地悪ですかー。」


羽澄は明太子スパゲティは

苦手の部類に入るであります。

それを知ってて愛咲はー


愛咲『だっはは、じょーだんだってじょーだん。』


羽澄「あーあ、宿題見せるのやめますか。」


愛咲『わああごーめんって!今日はカレーにする予定だったから安心しな。』


羽澄「カレーですか!?」


愛咲『あぁ。…あ、ちょっ』


『ねーちゃん今日の昼カレーなの!?』


割って入ってくる幼い声。

多分だけど末っ子のはやとだろう。

確か颯翔って漢字だっけ。

名前の呼び方は知っていても

漢字までは分からない事が多いであります。


愛咲は颯翔をあやす様に言葉を紡いだ後、

また羽澄に向かって

声を飛ばしていました。


愛咲『ったくー、元気だけはいいっつーの。』


羽澄「くははっ、愛咲と全くおんなじですね。」


愛咲『だ、誰が馬鹿だって、馬鹿って!』


羽澄「そんな事欠片も言ってないです…。」


愛咲『んお?そーか。ならいいんだけどな!』


ふふんと鼻を鳴らす愛咲。

愛咲の見た目はだいぶ派手ですが

こういうあたりが外見に

反しているっていうか親しみやすさの

一端を担っています。

不思議な生き物だと何度思わされたことか。


愛咲『ああ、そういやさっき何か聞いてなかったか?』


羽澄「さっきですか?」


愛咲『何だっけなー、宿題どうこうの話でよ。』


羽澄「あー、後何の宿題が残ってるか聞いたやつですかね?」


愛咲『おーうそれよーう!』


ぱちんと無駄にいい音が羽澄の個室に

虚しく響き渡る、肩を跨ぐ。

片手で指を擦ってみるも

しゅう、と特有のかさかさ音が蔓延るだけ。

どうやったらあんなに綺麗な音が

出るんでしょうか…。

羽澄がそんな事をしてるとも露知らず

愛咲は怒涛の勢いで話しかけてきました。


愛咲『あのな、感想文ってゆーか自分の意見を書け系の課題なら終わってんだわ。』


羽澄「なかなかに面倒なものは先終わらせたんですね。」


愛咲『おう。だってそれは見せてもらうとか出来ねーからな。全写しは流石に。』


羽澄「そういうところだけはしっかりしているんですね…。」


愛咲『生物のワーク課題も答えついてるやつだしやりゃ終わるからいーんだよ。』


羽澄「じゃあ後あの重い数学プリント集だけですか?」


愛咲『そうっ!そーなんだよー!先生らあんな重たいプリント集作っといて答えなしだぜ!?』


羽澄「羽澄も分かんないところは全部スマホ使って写しましたよ。」


愛咲『課題は一度回収して、んでまた答えと一緒に配り直して、そんでもってまたまた回収ってどーゆーことだよお!』


羽澄「面倒ではありますけど、先生なりに考えたんじゃないですか?」


愛咲『に、してもだろ!あーもうだめなんだうわーん。』


羽澄「だから羽澄が行くって言ってます!」


愛咲『はっ!そうだったぜ。その数学プリントだけ持ってきてくれねーか?』


羽澄「任せてください!でもあれ、写すだけでも結構時間かかると思います。」


愛咲『だあーよなぁ。ま、何なら夜ご飯もご馳走していくぜ?』


羽澄「ありがとうございます!でも夜は流石に帰りますよ。」


愛咲『おう、そうか。んじゃあカレー作って待ってるからよ!』


羽澄「了解であります!待っててください!」


多分愛咲の事だから、

生物のワークの答えの冊子を

どっかにやったということもあり得る。

自分で考えて書かなきゃいけない以外の

答えのある課題は一応持っていきますか。

念には念を。

それに愛咲が珍しく

ちゃんとしたお願いをしているものだから

羽澄も力になりたいのです。


愛咲『じゃあ後でな!』


羽澄「はい!」


そこで豪快にぷつっと音を立てて

羽澄と愛咲の会話は一時休戦になった。

この後きっと対面でまた多くのことを、

多くのくだらないことを話し合います。

それが羽澄にとって幸せで

変えたくない日常なのです。


愛咲に頼まれた必要なものと

もしかしたら必要になるであろうものを

鞄の中に詰める。

それから後何が必要だろうかと考えながら

思考を放棄したいのか1度

大の字で床に寝転がる。

さっきまで空気の入れ替えをしていたからか

室内を取り巻く空間が心地いい。

準備を済まして早く家を出なければ。

そう思いつつももう少し、

5分程後でも許されるだろう。

そう思って手持ち無沙汰だったのか

徐にTwitterを開きました。

寝ながらで行儀が悪いですけど

もういいやという気持ちの方が

勝ってしまったのであります。

そこで。


羽澄「…あれ。おかしいですね?」


咄嗟に気づいてしまった。

自分の顔写真が目に入った。

いつ撮ったのか記憶のない、

笑顔で敬礼している羽澄の写真。

ここまで屈託のない笑顔をしたのは

いつ以来でありますかね。

最近写真は撮っていないから

近日のものではないとは分かるものの

顔立ち的に幼すぎではないことから

幼少期の写真という訳でもなさそう。

なにより。


羽澄「学校の制服…ですか?」


思わず呟いてしまう。

その写真は羽澄を

起き上がらせるには十分過ぎたんです。

食い入るようにアイコンの写真を見ても

やはり間違いなく学校の制服。


羽澄「高校生の間にこんな写真撮りました…?」


もしかしたら他の人、

それこそクラスの人や部員にとってもらった

集合写真の一部かもしれない。

そうと考えれば納得するも

何故プロフィールが変わっているかは

いまいち見当がつきません。


羽澄「…。もう行かなきゃですね。」


5分程経ってしまったことだし

アイコンが変わってることだけを

確認して画面を消す。

大して興味のなかった羽澄は

朝が昼へと翻る前に愛咲の家へと

辿り着けるよう羽澄は早急に準備をして、

数年間住み慣れてしまった

大して好きでもない家に

行ってきますと告げたのです。

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