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美月「ふぅ。」
よし。
これで一通り夜のルーティーン終わり。
化粧水だって塗ったしパックもした、
アロマセラピー・マッサージだって終えた。
ぐぅーっと伸びをする。
肩が張ってる感じもなければ
ぽきっという特有の音も鳴らない。
体のメンテナンスはばっちりのよう。
ふっと力を抜くと、
自分の腕がだらしなく下に向かって一直線、
腰掛けているベッドの縁に凭れた。
美月「はぁーあ、普通の女子高校って生活してったらどんな感じなのかしら。」
高校説明会や入学式前の説明会に
参加した時の感想は慣れるまでが大変そう。
それが第1に。
次に、あたしと張り合う人は
いなさそう、というものだった。
常に1位を目指してきたあたしにとっては
随分と温い環境のように感じた。
美月「さっさと生徒会長にでもなるかしらね。」
とは言えど1年生からは
流石になれないだろうけど。
部活とかなら来年夏とかから部長とかには
なれるみたいな事は調べて出てきた。
実際にはどうなのかしらね。
この高校を選んだのは間違いだったかしら。
パパやママに世間の常識を知りたいから、
新たな世界を見たいから
普通の私立の女子校に通うと
言ったのはあたしだ。
実の理由はまた別にあるけれど
その理由を言ったら益々反対されるのは
目に見えていたから伏せていた。
だって自分で思い返してみても
馬鹿馬鹿しいだなんて思うもの。
最初は猛反発されたっけ。
予定なら世間一般で言う
お嬢様学校に行く予定だったのだから。
まあ、雛家の長女としては
それが正解だったのだろうけど、
あたしは嫌だった。
人の言いなりになるのが嫌だった。
例えパパやママだとしても。
それに。
美月「…未だに分からないもの。」
一般的に普通の暮らしと呼ばれる
生活がどのようなものか。
一般的に普通の部活と呼ばれるものは
どんな事をするのか。
庶民の気持ち。
人の気持ち。
人の。
相手の。
…。
人の気持ちね。
自分中心で生きてきたから分からないわ。
でも1回だけ、本気で相手のことを
知ろうとした時はあったわ。
過去の話だからもう無意味だけど。
美月「…結局、意味なかったわね。」
目の前に広がる大きな棚。
壁の一面のみ棚が組み込まれているような
家の構造になっている。
そこには大量の本。
空きスペースなどなく、
溢れ出た本は別の部屋にしまってある。
その別の部屋こそ最近は入ってないが、
少し前の記憶では小さい図書館くらいには
なっていた気がする。
小説が大半、後は新書や参考書が少し、
時々聖書や自己啓発本、分厚い専門書まで。
知らない世界を見たかった。
ただそれだけ。
それだけ。
でも得られるものはなかった。
大事はものこそここにはなかった。
学力?知力?
そんなの、テストで1番になれる以外
利はなかったに等しい。
欲しいものは別にあったのに。
美月「はぁ。」
ため息をついてしまった。
らしくないわね。
季節の変わり目だし環境も
変わり目だからかしら。
今日はもういいわ、寝てしまおう
ってくらいがいいのかもしれないわね。
不意に、一冊の古い本が浮かぶ。
あたしが最初に読んだ本。
本を読むきっかけとなった本。
その本は周りのものと比べて
一段と色褪せていて、
一段と紙がしわくちゃに
なってるところが多いの。
記憶の中ではそうだった。
今はもっと酷い惨状かしら。
嘗てあたしが一番好きだったもの。
今では一番苦しいもの。
美月「題名、何だったかしら。」
どこにやったんだっけ、あの本。
探す気にはならない。
なれない。
題名なんて更々思い出す気にもなれない。
今日のあたしは疲れている。
お手伝いさんにもそう言われたわ。
顔色が少し悪い、と。
そりゃあもうすぐ入学式で
多くの知らない人達に会って
知らない価値観ばかりに
触れるんだって身構えていれば
知らぬ間の気疲れだって蓄積するでしょうよ。
もう一度癖なのか伸びをする。
どれだけ伸びたって何にも変わんないけれど。
結を解いた髪がひゆひゆ空を飛んでいる。
窓を開けているからかしら。
4月だからまだ寒いと言えるほどの
風が部屋に舞い込んで掻き回して出てく。
匂いがふわっと鼻を突く。
美月「…もう寝ましょ。」
いつもはここからYouTubeとかで
ピアノの音を聞いたり
最近気になっている小説とかを
紙媒体やスマホで見たりするのだけれど、
今日はどうにも動かない。
やめよ、やめ。
今日は寝る。
入学式の日かその前後に
提出しなければらならない
必要書類が云々ってあった気がするけれど
明日の朝でいいわ。
お手伝いさんに任せているし
大丈夫でしょうよ。
立つのも億劫ながらに
何とか奮い立たせて窓を閉めにゆく。
きいきい。
古いからか不快な軋り。
美月「もう、何回か言ってるのに全然直してくれないじゃない。」
強く力を込めて漸くがたんと閉まった合図。
それを確認してぼんやりと外を眺める。
見慣れた景色。
家はお寺なだけあって
周りは緑に囲まれている。
夏になると虫が蔓延る。
早く冬にならないかしら。
…なんて今はどうでもいいじゃない。
カーテンをぴしゃりと閉め、
外の世界へと雑にさよならをする。
今、外には興味ないの。
美月「…はぁ。」
乱雑に体をベッドに投げ捨てる。
ベッドはそれを心地よく受け入れてくれた。
何にも言わずに。
ただ、ふかふかと。
寝転がって大の字になって
何も考えたくない反面何か考えてしまう。
足をぱたぱたさせる。
あたしは寝転がってるってことだけ
ただただ感じられた。
もし今後この高校で嫌だったなら
元々行く予定だったお嬢様学校とやらに
転校してしまおう。
でもきっとパパとママには
めちゃくちゃ怒られるわね。
最初っからそうしとけって。
でもあたしがしたかったもの。
仕方ないじゃない。
何か変わる気がしたから。
でも、今のところは何とも。
それほどまでに同学年に
惹かれるような存在はいなかった。
それこそ去年まで一緒の中学だった
あいつの存在が大きいのかしら。
あいつを超える様なやつ、
なかなかいないもの。
まだ出会っていないだけって可能性も勿論ある。
だから少しは様子見ね。
ローテーブルの上にある電気のリモコンを
使おうと手を伸ばす。
もう動きたくないわ。
だから体は動かさず手だけでー
届かない事を悟って手を降ろす瞬間だった。
ぽろろん、ぽろろん。
スマホからピアノの通知音。
メールか何かね。
念の為と思い、後は気を紛らわせようと
体に鞭を打ち手元へのスマホへと
方向を変えてく。
不意に冷たい画面が手の甲を反射した。
美月「…?何かしら。」
見慣れた待受画面に1通の通知。
しかし見慣れぬお知らせ。
このアプリの通知、
確か切っていた筈よね?
青く存在を主張するそれは
あたしからしたら随分不可解に映った。
誰かしら。
そう考え事が頭の中を一周する前だが
時間切れと諭すように画面は1度影になる。
寝転がっていたはずのあたしは
いつの間にかベッドの上に座って
画面を只管見続けていた。
もう1度画面をつけ
急いでTwitterを開く。
知らない名前。
ただの迷惑メールの様な感じで
迷惑DMでも送ってきたのかしら。
『はじめましてー』
から始まる何か長い文章。
昔流行ったチェーンメールの様なものと
一緒かしらね。
よくやるわね、こんなの。
暇なのかしら。
現代名前なんて簡単に調べられるはず。
差出人は本名らしい名前だったと言う事もあり
何かあれば通報でも何でもすればいいだろう。
このDMには触れない方がいい。
放置放置。
無視するが1番ね。
だってこれで何か変な請求が来ても面倒だもの。
それこそ電話がかかってくるなんて
事態になってしまったら大変。
辞めましょ。
ぽんとスマホを放る。
放物線を描いて今度はスマホがベッドに飛び込む。
水飛沫の代わりに布が波紋を象る。
今度はあたしもまた寝転がってー
…。
…。
…。
寝転がって。
…。
…。
…。
寝…。
…。
…駄目。
気になって眠れやしない。
寝れやしない。
どうしてこうも気になってしまったら
突き詰めたくなる性分なのかしら。
その性格のおかげで1番をとってきたって
言うのは確かにあるのだけれど、
こう言ういう1番とか関係ない時は
突き詰める癖をやめたいわね。
スマホを手に取り再度Twitterを開く。
もう迷わない。
勢いが大事。
美月「どうとでもなればいいのよ。」
疲れからかいつもからなのか。
投げやりな思考のままメールを開いた。
『はじめまして、遊留波流です。DM失礼します。
お聞きしたい事があります。
Twitterのプロフィールが変わっている件についてです。
まだ確認されていなかったら1度ご確認下さい。
その件について何か知っている事や思い当たる節はありますか?』
あたしは無意識ながら
下から上へとスクロールしてしまった。
スマホっ子の悪い手癖ね。
染み付いていた動作の後に
これで終わりだと告げる様に
文章は事切れていた。
美月「…はあ?」
プロフィールが変わっている?
言ってることが意味不明ながらも
渋々従うことしか出来なかった。
1度DMを閉じTwitterのホームを開く。
…?
何かしら。
タイムラインに映る
あたしのアイコンが変わっている。
これがプロフィールの変更…?
アイコンの写真に目が行く。
目がいって、確認できてしまった。
それが何の画像だったか気づいた時には
4月とは思えない寒気が
あたしのことをくるりと
毛布のように包んでいた。
おかしい。
おかしい。
おかしい、おかしい。
何これ。
何よ、これ。
慌ててプロフィール画面を開く。
Twitterの名前が自分の本名に、
アイコンは自分自身になっている。
美月「何これ、どう言うことよっ!」
顔バレとかを恐れていたというわけでは
あまりなくって。
それ以上にこれ乗っ取りよね?
あたしが変更した記憶なんてない。
誰?
誰がしたのよ。
Twitterのアカウントから
名前と顔写真を割り出して
こんな悪戯をするなんて。
あり得ない。
こんなの警察沙汰
まっしぐらじゃないのかしら?
不安と恐怖を掻き消すように
怒りで脳内を塗りつぶす。
そっちの方が怯えなくていいから。
咄嗟にあたしの頭はそう判断していた。
変な汗が出る。
夏に本気で走った後ほど手汗が滴る。
スマホに延びた指紋が顔を覗かせる。
体温が上がっているのが
嫌なほど分かる、分かってしまう。
心臓が唸っていた。
煩い、煩い煩い。
何なのよ。
大丈夫。
大丈夫よ。
ただの悪戯。
すぐに犯人なんて捕まるわ。
この世の中匿名とは言いつつも
探そうと思えば突き止めれるもの。
安心していいはずよ。
美月「…そうよ。馬鹿ね、こんなことする人がいるなんて。」
そう吐き捨ててやる。
奇妙な負の感情が取り巻く。
俯瞰しているあたしがいる。
これは他人事。
自分のことじゃない、
この不可解に遭ったのは他人だと暗示しなきゃ
何かに襲われるとでも錯覚していたのだろうか。
画面とくっついたままだった
人差し指をゆるりと宙に浮かす。
かるかる、と指が
視認できるほど震えてた。
スマホが重いからでしょ?
そうではないことくらい
とっくに理解しているはずなのに。
美月「全く、何でこんなに畏怖しているのかしら。」
認めてしまえば楽。
楽になるはずだったのに全くそうならない。
寧ろ言葉にすることで
より現実を突きつけられて
逃げ場がなくなってしまった様に感じる始末。
大丈夫。
大丈夫よ。
ずっと昔からそう唱え続けてきた。
言い聞かせてきた。
自分自身にずっと。
何だか昔のことを思い出してた。
怖かったあの日々の事。
高校生になってあの日々から数年経っても
怯えてるなんて。
覚えてるなんて。
溺れてるなんて。
美月「……ふぅ。」
余計なことを考えたからかしら。
少し落ち着いてた。
知らずのうちに習っていた
深呼吸を浅く浅く繰り返す。
浅く息をするなんて
深呼吸の深いとはって感じよね。
でも、とりあえず今は息が吸えればよかった。
取り乱したせいか頭が痛い。
軽い酸欠かしら。
これはドッキリか?
しかしあたしがフォローしている人達まで
巻き込んでドッキリを…?
将又この遊留って人が主犯じゃ…?
あたしがフォローしている人達も
仕掛け人の可能性があるのか。
そう思えばなんだか子供の遊びに
付き合っているような気分になっていた。
落ち着いてきたからか
少し視野を広く出来たような気がしたの。
美月「まずは変なDMが来たわよね?そしてTwitterを見ると本名とアイコンが変わっていたと。」
プロフィール画面をよく見てみれば、
あたしがフォローしていた人が
極端に減っている。
4人だけ?
もっとフォローしていたのに。
好きな文字書きさんとか
イラストを描く人やピアノを弾く人。
そして読書垢の人々。
いろいろな人をフォローしていたのに
それが今や4人だけ。
先程の疲れは何処。
もうあたしは目の前の出来事に
いっぱいいっぱいだった。
そこで DMを返していない事を思い出し
咄嗟に何も分からない旨を伝え、
その上相手側は
何か知らないのか問い返した。
すぐに既読がつき、
多少なりとも期待していた返事は
知らないと言った内容のみだった。
思えば、誰をフォローしっぱなしなのかが
気になって仕方なくなっていた。
お気に入りの人達は残ってるかしら。
それともまた覚えている限り
名前とか検索して探すしかないのかしら。
美月「手間はない方がいいけれど。」
フォロー。
かつんと爪が虚しく泣き声を上げた。
あたしがフォローしていた人達も
アイコンはきっと自分の顔、
そして本名だった。
嶋原梨菜
遊留波流
他にも名前が並ぶ。
みんな知らない人の名前。
小学校や中学校時代にいたとか
仲が良かったとかそういう人達でなければ
家がお寺が故のイベントとかで
会った人達ともまた違う。
完全に初めて見る苗字と名前だった。
フォローしている人たちも
何が何だか分からない状態なんだ。
そもそも相手の年齢とか
何にも分からないまんま。
名前からして女の人だろうし
顔からして若そうだけれど
それ以外の情報は全く。
美月「…明日には直ってるといいわね。」
本名も顔もネットに晒している人はいるけれど
まさかこんな形であたしも仲間入りするなんてね。
予想外もいいところ。
こんなことって起きるのね。
奇跡レベルよ、きっと。
美月「…ふぁ…ぁ…。」
血液がどくどくと波打っているのが分かるが
疲れも限界なのか眠気が故に瞼が落ちてゆく。
欠伸がひとつベッドへと
重力に倣いゆっくり降下。
美月「…一旦寝ようかしら。」
恐怖か否か。
独り言がいつもに増して物凄く多い。
でないと不安でやっていけない。
そう頭では判断していたのだろう。
だらしないがスマホをぎゅっと握ったまま
布団に身を包み隠れるように眠った。
夢だと信じていたかったのかも知れない。
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