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今日は土曜日。

明日になれば部活は休みだ。

今日はというと練習試合があって

少し遠くまで出ていた。

普段は遊びに行く時以外電車を使わないから

一気に人疲れしてしまう。


今日くらい電車に乗っている間は

寝てしまおうとは思いながら

音楽を聴いていた。

家に帰っても結局いつも通り歌ったり

曲を聞いたりしてたら夜遅くなるんだろうな。


波流「んー、疲れた。」


電車を降りてまず背伸びをする。

部活の鞄を背負ってたもので

肩の上は大混雑。

とても窮屈だった。


鞄の中からラケットが

ぶつかり合う様な音が聞こえる。

それだって慣れた事。

バドミントンのラケット。

まだ相棒になってから

1年ほどしか経っていなかった。


波流「もうちょっと休み多くてもいいと思うんだけど。」


高校1年生になって

まず興味惹かれたのは水泳部だった。

次にバスケットボール、そして陸上部。

でも惹かれただけ。

やろうとまでは思えなかった。

なんでそれらの部活は

ぴんと来なかったのかは忘れたけど、

バドミントンなら遊びでやることもあったし

私でも出来そうって思ったんだっけ。

あぁ、ここにしよって。

それくらいの軽い気持ちだった気がする。

それからなんだかんだだらだらと続けて

人並みにはシャトルを打てる様になった。

けれども経験者との差はまあ歴然。

そこまで本気じゃなくていいやって

感じて以降も部活のある日には

ちゃんと顔を出していた。


波流「あ、明日休みだし今週頑張ったご褒美って事で飲み物買っちゃお。」


駅構内にある自動販売機で

贅沢にも500mlのものを買った。

三ツ矢サイダー。

まだ春だけれど、部活後はこれだなって思う。

外より遥かに冷ややかであるそれは

すうっと喉を心地よく通っていった。


耳元ではヨルシカの春泥棒が奏でられていた。

季節に沿う歌を聞きたくなるのは

もはや私の癖だな。


人が少ないなっていく。

人気がなくなっていく。

人らはどんどんとホームから出ていき

家路をたどり始めていた。

何ら変わりのない風景。

そのはず。


波流「…。」


不意に昨日のことが浮かぶ。

梨菜のTwitterの変化、

対して彼女は何も触ってないと言っていた。

…実際、梨菜自身何もしていないとは思ってる。

急に素顔をアイコンにはしないだろうし

本名もフルネームでは載せなさそう。

ただ後々見返してみると

不可解が身を捩っている事に気がついた。

梨菜のフォロー数が0になっていたという事。

そしてユーザー名も変わっていた事。


波流「…大丈夫かな。」


昨日異変に気づいた時

乗っ取られている且つ

個人情報が漏れていることに焦って

梨菜に何度も電話をかけたんだっけ。

自分の事のように怖かったし

冷や汗がどっと出たのを覚えてる。

当の本人はかえって

冷静になっているような気はしたけれど、

怖くてたまらない筈だ。

だってアイコンが自分の写真である以上

ストーカーとかその他諸々の被害も

受けているって事になるでしょう?


ひた。

三ツ矢サイダーが結露していたようで

冷たさの凝縮された水滴が手を伝う。

手の甲を流れ終いには

手の皺という溝に潜り込んでしまった。


波流「…帰ろっと。」


家に帰る為歩を進める。

耳からは切り替わって何故か

春よ来いが流れ出す。

いつの間にか春と名付けられたプレイリストに

迷い込んでしまっていた様子。

そのまま定住しそうだった。


梨菜のアカウントの件は考えても仕方がない。

…のだろうけれど、

幼馴染が不可解な目に遭っているというのに

呑気にしていられないというのも事実。

梨菜に聞いたところ、

自分でアイコンとか名前の編集諸々の操作が

できなくなっていたらしい。

そんなことあり得るのだろうか。

でも実際に起きていた。

起きているのだ。


夜に追われる夕暮れ。

その雑踏を抜け家路を辿る。

帰路に着く。

駅から家はそう遠くなく、

歩いて数分から10分程。


波流「流石に今日はいないか。」


昨日梨菜がいた場所には

木漏れ日が微笑むだけ。

私はそれさえ無視して歩き続けた。


部活後のはいつもくたくただけれど

イヤホンを耳につけて外界の音を断つ。

そして好きなアーティストの曲を聴くの。

至福のひとときでしかない。

今日もそうだった。

きっと明日以降も。


にしても昨日の梨菜、面白かったな。

何がと聞かれると別に

何とも答えらんないけれど。

それでも楽しかったとは言える。

疲れてはいたけど元気をもらえた、

そんな気がした。


波流「…ふふっ。」


人気は未だに戻らない。

ここの道は寂れてばっかり。

気にせずに声が漏れてしまった。

子供の声は遠くからする。

昨日は…どうだっただろうか。


声のする方向には公園がある。

私も昔、小さい頃はずっとお世話になってた。

そこで梨菜と会ったんだよね。

懐かしいな。


波流「思えば結構変わったな、梨菜。」


ふと思い返せば私の生活には

いつの間にか梨菜のスペースがあった。

なんだろう、幼馴染ってそんなものなのかな。

ま、今はそんな思い出話はどうでも良くって

今はもっと重要な事があるじゃんか。

梨菜のTwitter問題。

それについて何の答えも

出ないのは分かっているのに

あれやこれや考えながら歩いていたら

目の前には私の家があった。


鞄を肩から下ろし鍵を探す為

手を突っ込むと金属が指に触れた。

ちり。

鍵が鳴いた。

何のストラップもつけていないから

いつも失くしそうになる質素な鍵。

これだって見慣れたものだ。


波流「ただいまー!」


お母さん「おかえりー。」


遠くリビングの方から声がする。

その他雑音まで聞こえてくるあたり

テレビでも見ていたのだろう。


イヤホンを外してポケットに乱雑に仕舞う。

きっと次顔を合わせた時は

くちゃくちゃになっていて

また解き直すところから始めなきゃ

いけなくなるだろうな。



***



波流「はあぁー。」


椅子の背もたれへと盛大に体重をかけ

手を上に伸ばしたはいいものの

直後だらしなく降下した。

座り方も崩しやる気がない時の姿勢だと

一目見ただけですぐに分かる。

自室で項垂れている私の耳を横切るのは

最近オリコン1位だったとかなんとかの曲。

まだ全然聞いていないから

馴染みがなくって口ずさめもしない。


波流「…。」


重大事件が起きた。

前々からわかっていたのに

どうして今まで対処しなかったんだろう。

去年もその繰り返しだったのを思い出す。


…そう。

春休みの宿題が終わらないのだ。

去年度に学校から配布されたワークを

何十ページだかやってこいという類のもの。

今年からは文系だというのに

去年度最後の宿題だったもので

余計な数学や理科系がついてくる。

いらないおまけだった。


波流「消しかすとか片付けるかぁ。」


こうして現実逃避ばかりしているから

宿題が終わらない訳だ。

分かってはいるの。

やらないだけ。

やりたくないだけ。


宿題は一向に終わる気配がない。

答えは持っているんだけれど、

極力は見たくないという意地を張っている。

できるところまではやりたい。

そうとでも思っているのかもしれない。

けれど1度でも答えを見て進めたら

やっぱり楽なもんで

ずっと答えを見て進める。

進めるというかもはや写してるけど…

そして特に難しい所は間違えておく。

答えを見る前は何とか絞り出そうと、

答えを見てからはいかにもやってますよ

っていう雰囲気を出すように尽力する。

学生あるあるだよね。


ぱっと、スマホから流れ出る音が変わる。

先程の興味のなかったものから

顔見知りの曲へと入れ替わる。


波流「あ、Aimerだ。」


曲名は浮かばなかったけれど

歌手だけはふっと浮かぶ。

逆の時もあるけれど大体今のパターンが多い。

歌手は声がヒントになるから

ぱっと出やすいのだろうか。


それからはるんるんになって

消しかすをまとめて捨てて。

そしてまた机に向かうはいいものの

数学のワークなんて更々やる気が起きなくて

肘をついて歌い出す始末。

お風呂も夜ご飯も終えてるから後は寝るだけ。

宿題さえなければ何も枷が無く

気兼ねなく眠ることができるのに。


波流「…ん?」


スマホが光る。

何か通知が来た証拠だ。

好きなアーティストの新曲?

それともライブ情報?

青い鳥マーク…Twitterからの通知だった。


何の通知だか予想はしつつも分からぬまま

アプリを開いてみる。

馴染みの画面、多くの人の呟き。


そこで見つけてしまったとある異常。

普段と違うもの。


波流「…っ?」


アイコンが

…違う…の、何で。


波流「まさか…っ!」


冷静さを欠いたまま

自分のプロフィールを開いてみる。

もしかして。

そう思ってしまったから。


波流「ひっ…!」


スマホを机の上に落とし

机から少しでも離れようと縁を押す。

からからと椅子につくローラーが声を上げた。


どうして。

どうして…?


波流「…何で、私のも変になってるの…っ!」


小さくながらも張り詰めた声が

喉を押し分けて漏れ出ていた。

春。

なのに暑い。

異常なまでに暑い。

本名や住所など色々と情報が漏れないように

今までSNSを使っていたのに。

どこから。

誰が。

どうして。

そんな言葉ばかり形を作っては

崩れるところを知らず留まるばかり。


アイコンは自分の顔写真、

名前には遊留波流としっかりフルネームで。

フォローしているのは1人だけ。

1人だけ。

これに対してもひょっとすると、

という予感が立ち込める。


波流「………やっぱり…『嶋原梨菜』…だけ…。」


梨菜だけ。

昨日に引き続き奇妙なことに

巻き込まれている。

巻き込まれている人だけを

フォローしているのだろうか。


波流「おかしいよ、こんなの。」


絶対何とかできる方法はある。

今まで絡んでいた人を

フォローし直してみる。

きっとできるはず。

梨菜は…出来ないって言っていたっけ。

そんなの、梨菜のスマホが

少し故障しているだけで私はそんなことー

…そんなこと。

……。


波流「……ない…。」


そんなことないって、

信じてみたかった。


波流「…出来ない…梨菜以外、フォローできない…。」


現在これ以上のフォローは出来ませんと

突き放すような文字列だけ。

ユーザー名を変えようとしたり

アイコンや名前を変えようとしたり等

いろいろなことを試してみるも

やはり何も出来なかった。

なんなら鍵垢にも出来なかった。

多くの機能が制限されてしまっていたのだ。

ツイートとリプライは前と変わらず

出来るようだったけれど。


波流「…何で。」


私が何をしたの?


波流「どうして…?」


私が何か恨みを

買うようなことでもしたというの?


波流「…っ。」


疑問ばかりが浮かんでは

消えずに残って霧散していく。

濃度ばかり高くなる。

不安ばかりが散り積もってゆく。


また曲が切り替わる。

しかしそっちに意識を向けることなんて

到底出来なかった。


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