第十一話 ある秘密

第11話 ある秘密1



 舞踏会は続く。

 夜はふけ、多くの人はそれぞれの相手と寝室へ戻った。それでもまだ広間に残る者たちがいた。すでに全員、仮面を外している。


 楽士たちと楽しげに話すサミュエル。

 酔っているのか、リュックのくだらないジョークで、イチイチ笑いさざめく劇団の女たち。


 ギュスタンとブリュノはもういない。公爵夫妻と先代公爵たちも自室へさがっていた。

 テルム家の人で、まだ広間にいるのは、令嬢のレモンドとアドリーヌだ。


 レモンドがこんな場に残るのはめずらしい。心なしか表情も以前より明るくなっていた。やはり、古代兵器が見つかったからだろうか?


 ジョスリーヌは劇団の女の子といっしょになって、リュックのジョークに笑っている。両側からグランソワーズやアルバディアスというハンサムな役者にかこまれているからご機嫌だ。これなら、ワレスがぬけても気づかない。


 ワレスはジェロームと馬の話をしているレモンドのとなりへ近づき、その肩を指さきでたたいた。ふりかえる彼女の耳元に、そっと、ささやき声をふきこむ。


「お父上から聞かれたのですね? あの話」

「えっ?」


 レモンドはほんとうに驚愕している。というより、なんのことか、さっぱりわかっていない顔だ。むしろ、そのことにワレスがおどろいた。


(違うのか? 古代兵器のことで悩んでいたんじゃない?)


 やはり、か?

 それ以外に考えられない。

 となると、思ったとおり、レモンドはリュドヴィクにおどされていたのだ。ことによると、シロンにも。


「父が何か?」

「ああ、いえ。ご存じないならいいのです。失礼」


 断ってしりぞいた。令嬢に怪しまれてなければいいのだが。


 一人で考えごとをしていると、ジェイムズばかりか、リュックまでよってくる。


「おい、こら、ワレス。一人で乙にすましやがって。まったく、ジョスリーヌはなんで、おまえみたいな冷たいやつを溺愛してるんだろうな? あんなに美しい女性はこの世にほかにいないぞ? ほっとくなんて言語道断だ」

「はいはい。リュック。おまえ、だいぶ酔ってるな」


「いつも女王さまをひとりじめしやがって!」

「ジェイムズ。こいつ、どっかへつれてけ」


「ああ、ワレス。そうやって、おれなんか眼中にないってそぶりをするけどな。今に見てろよ。いつか、おまえの鼻っ柱をへし折ってやる」


 リュックはジョスリーヌのとりまきだから、彼女のお気に入りであるワレスをライバル視しているらしいのだ。こうして何かとからんでくるのが、うっとうしいような、微笑ましいような。これでも作曲家としては天才なのだが。


「おれがいないすきに、ジョスリーヌにとりいればいいだろ? こっちは忙しいんだよ」


 言いながら、あたりを見まわした。サミュエルとアドリーヌの姿がなくなっている。どうやら、二人で退室したようだ。いいふんいきだったから、それは当然のなりゆきだろう。


(でも、サミュエルは貴族の娘と結婚しないといけないんだよな。つくづく、アドリーヌは男運がない)


 そんなことを考えつつ、酔っぱらったリュックをつれて、ジョスリーヌのもとへ帰る。

 しかし、そろそろ時刻も遅い。その場はおひらきの空気だ。


「ラ・ベル侯爵閣下。わたしどもはおいとまいたしますわ」と、ロレーナが言って、グランソワーズの腕をひっぱっていく。

 すると、劇場の者たちはそれを合図にして広間をあとにした。


「ワレス。わたくしたちも休みましょうよ」


 ジョスリーヌに言われて、ワレスもうなずいた。

 レモンドもジェロームに手をふって出口へむかうので、安心して客室へ戻ることにした。

 廊下には広間から出た人たちが、各々の部屋へと歩く姿があった。


「今夜は楽しかったわね。ワレス。あなたのおどろいた顔も見れたことだし」

「じゃあもう早く寝るぞ」

「それとこれとは別よ?」


 そんなことを話していたときだ。どこかで悲鳴が響きわたる。


「なんだ? 今の?」

「ワレス。こっちからじゃなかったか?」


 二階にさしかかったところだ。うしろにいたジェイムズが指をさす。


「ああ」


 ただごとじゃなかった。ころんで足を打ったとか、そんな感じではない。もっと切羽詰まった叫び声——


「ジェイムズ。おまえはジョスを守ってくれ」

「ワレス!」


 ワレスは走りだした。

 廊下の奥まで行くと、扉が半開きになっている部屋を見つける。


「誰かいるのか?」


 暗闇のなかへ声をかけると、うめき声が聞こえた。

 用心しながら室内へ入りこむ。そこは客室だ。それも、誰かが寝室として使用している。服などの私物が置かれていた。明かりを持っていないものの、窓からの月光で、あるていど見わけられる。


 その部屋のまんなかに、男が倒れていた。血を流している。


「大丈夫かッ?」


 かけよると、それはサミュエルだった。


「サミュエル。しっかりしろ」


 サミュエルは答えない。

 胸から血を流している。

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