第10話 仮面舞踏会2
素顔の隠された女たち。
近くで仮面の奥をのぞきこむと、瞳の色で、さらに何人かふるいおとされた。それに仕草が違う。あきらかに小娘とわかる場なれしていない女がいる。
それらを除外すると、残りは三人。
一人は態度がいかにも貴婦人らしい。しかも、近くにちょっとだけ劣る衣装をつけた侍女をしたがえている。エキストラの女の子なら、侍女はいない。たぶん、それがジョスリーヌだろうと見当をつける。
「一曲、踊っていただけますか?」
彼女にむかって手をさしだした。
瞳は黒い。身長もブーツの高さを考慮すれば、このくらい。
まちがいなく、ジョスリーヌ……のはずなのだが、踊っているうちに違和感をおぼえる。
(変、だな。ジョスにしてはちょっと、おとなしい)
ジョスリーヌなら、なれ親しんだ仲だ。数えきれないほど夜をともにしている。ダンスのときにも、もっと密着して、ワレスに身をゆだねてくる。
だが、その女からは、かすかな遠慮が感じられた。
ワルツの途中なので踊り続けるが、クルクルと広間をまわりながら、ワレスはふと気づいた。楽士の人数が多い。
楽士も、リュックが劇団の者を数人つれてきていた。が、昼間にお芝居を見たときより、確実に一人多い。
(そうか。サミュエルなんだな。あいつ、お芝居のあとも楽士につきまとって、あれこれ話してたしな)
ほんとうにただの令息にしておくのはもったいない腕前だ。あまりにも上手なので、たった今までプロの演奏だと思っていた。身分をやつして楽士の仲間入りなんて、こんな機会にしか楽しめないわけだ。
(待てよ? 身分を……もしかして?)
ふと思いついて、ジョスリーヌについていた侍女をながめる。じっとこっちを見るようすが、なんとなくおもしろがっているようだ。
ようやく一曲終わった。ワレスは豪華な衣装の貴婦人の手をとったまま、彼女の侍女のところまで戻った。
「ジョスリーヌ。あんただな?」
「あら、わかっちゃった?」
「人が悪いぞ。おれをからかうつもりだったんだな?」
「いつ気づくかドキドキしたわ」
「ということは、こっちのが侍女のナディーヌか」
ナディーヌは、ジョスリーヌのお気に入りの侍女だ。どこへ行くにも、たいていつれている。
つまり、貴婦人のほうがナディーヌで、侍女のふりをしていたのがジョスリーヌだったのだ。
「まったく。おれが素通りしたら、気をそこねたくせに」
「あら、あなたなら絶対、気づくと思ってた」
「…………」
期待が過剰で困る。
しかし、仮面舞踏会のこうした遊びはよくあることだ。サミュエルだってそうだし、ブリュノは女装だ。ほかにも、ワレスが知らないだけで、入れかわってる者があるかもしれない。
そう思って、あらためて周囲を観察する。
ジェロームは花婿候補の責任を一人で遂行している。レモンドをダンスに誘っているようだ。レモンドは断っているものの、なかなかあきらめない。
レモンドのそばにいるアドリーヌは、どうやら楽器を演奏するサミュエルをながめている。やはり、もともとの相性がいいのか、彼のことが気になっている。
さっきから広間のまんなかで何曲も踊り、注視を集めているのは、ロレーナとグランソワーズだろう。役者同士、さすがに華がある。
エルザは持病があるから、ダンスは踊っていない。が、これまたちょっと小柄なので少年とわかる者と楽しそうに歓談していた。きっと、少年俳優のフローランだ。
青春を
しかし、そんな気分がとつじょ、一変してしまう。ある人とならんで立つレモンドを見たときだ。身長はほぼ同じ。体形もよく似ている。仮面をつけてならぶ姿は、まるで姉妹のよう。
それを見た瞬間、ワレスはさきほどのジョスリーヌのいたずらを思いだした。自分と侍女のコスチュームを交換して、身分を入れかわっていた……。
(まさ、か……?)
それはおかしな妄想だ。そんなこと、あるはずがない。
だが、いったんその考えにとりつかれると、もはや頭から離れない。
ワレスはその可能性について、あらゆる角度から考察した。ジョスリーヌやジェイムズがまわりで何か言っていたが、無音の世界に入りこんでしまったように聞こえない。それほど集中していた。
結果——
(ないわけじゃない)
もちろん、状況や事情にもよるが、可能性はゼロではない。
これは徹底的に調べてみなければならない。
犯人を特定したわけではないが、おそらく、この連続殺人の根本には、それが関係しているのだ。
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