第四章 ある秘密

第十話 仮面舞踏会

第10話 仮面舞踏会1



 夜はふけた。

 今宵は仮面舞踏会だ。

 テルム家の人々はもちろん、乳母とアドリーヌ、花婿候補、ジョスリーヌ、ワレスとジェイムズ。それにギュスタンとブリュノも話を聞きつけて帰ってきた。

 劇団員もそのまま残っているので、総勢は三十人あまり。


 それらがさまざまな衣装を身にまとい、マスカレイドで顔を隠している。


 衣服は十二公国などで主流のゴテゴテ装飾過多のスタイルだ。男も女も金銀の刺繍やレース、リボンにフリルで過剰に飾りたて、とくに女性のドレスはコルセットでウエストをしめつけ、スカートを骨組みの入った補正下着パニエで帆船のようにふくらませる。


 ユイラのナチュラルなローブ型ドレスになれた貴婦人たちはちょっと窮屈そうだが、みんな楽しそうだ。


 もちろん、衣装はテルム家で用意されたものだ。わりとひんぱんに十二公国の仮装をするので、常備されているという。以前、花婿候補がそろったときにも一度したそうだ。


 ワレスも襟元や袖口にたっぷりレースをあしらったシャツに、豪華な刺繍を全面にほどこしたコート、ウエストコートをまとい、ボトムスにはブリーチズ(ひざ下半ズボン)。その下に白い絹のタイツをはいている。基調の色は淡い水色だ。


 貴族のあいだでは仮装としてよく用いられるものの、全身を覆う衣装は、やっぱりユイラの風土にはあっていない。晩秋だからいいが、夏にはむいていない服装だ。


「おお、ワレス。美しいね。以前のドレス姿もよかったが、十二公国の衣装は男性用も倒錯的だ」

「そういうあなたは、ギュスタンですね? おれにそんなことを言うのは、あなたしかいない」

「しいっ。仮面舞踏会で正体を明かすのは無粋だよ」

「最初に指摘したのはあなたでしょう?」

「君は髪の色ですぐわかるから」


 そうなのだ。ワレスは金髪なので、顔を隠しても、ひとめで正体がバレてしまう。カツラをつけるなら、女性用くらいボリュームがないと、もともとの毛量が多い上、巻毛なので難しい。


 すると、前から真紅のドレスを着た背の高い女がやってきた。胸元にセクシーなつけぼくろがある。髪が白いのはカツラだからだ。


「ラ・ヴァン公爵さま。わたくしと踊っていただけませんこと?」

「おおっ、これは麗しい! 喜んで」

「ふふふ」


 ギュスタンが女性に興味を持つはずがないから、今のはきっと、ブリュノだろう。

 みんな、それぞれハメを外している。


 ワレスはさっきからジョスリーヌを探しているのだが、なかなか見つからない。ダンスを申しこまないと、あとで機嫌が悪くなるのはわかっているのに。


 劇団員は人気女優のロレーナやマリアンヌ、その娘のエルザのほか、エキストラの女の子たちまで大勢いた。全体の男女比は女のほうが多い。


 しかも、ユイラ人の女性は、だいたいみんな小柄でほっそりしている。その上、十二公国のドレスでは、ものすごい厚底ブーツをはくので、身長が高くなるし、歩きかたもなんとなくぎこちない。体形や歩調、またカツラのせいで髪の色でも区別がつかなかった。

 せめて近づいて目の色で見わけたいものだが、ユイラ人の多くは黒い瞳だ。


「困ったな。本気でわからない」


 何人か、それと判別できる人はいた。たとえば、一人だけとくに小柄なのは、エルザだろう。彼女はまだ十三、四だ。少女なのでほかより小さい。


 すみの長椅子に二人ですわっている男女は、テルム家の先代公爵夫妻に違いない。老齢特有のかんまんな動きだ。


 同様にずっとペアでいる二人は、テルム公爵とその夫人だ。病弱な奥方を気づかっているのか、一度も踊っていない。それに彼女はユイラ人としても、とても華奢だ。


 ひときわ華やかな黒いドレスを着ているのが、レモンドに違いない。態度がとても堂々として、厚底ブーツにもなれている。俊敏な動作に若さが感じられる。馬術が得意な令嬢らしい仕草だ。


 だとしたら、その近くにいる女が、たぶんアドリーヌだ。姫君より一段さがるものの華やかなドレスをまとい、ひかえめな態度でレモンドのそばにつきしたがっている。


 ジョスリーヌはそのあたりにいるはずなのだが?


「ワレス。誰を探してるんだい?」


 近づいてきたのは、ジェイムズだ。声をかけられたから、というのもあるが、男友達のことは一瞥いちべつしただけでわかった。なんというか、ふんいきで。それがなんだか複雑な気分だ。


「……ジョスを探してるんだよ」

「ああ。見かけないね。どこにいるんだろう?」

「リュックのやつ、なんでこんなにエキストラを呼んだんだ。ロレーナとマリアンヌだけなら、なんとかなったのに」

「でも、いつも、ジョスリーヌと舞踏会に行くんだろう?」

「エスコート役のときは最初からドレスがわかってる」

「ああ。なるほど」


 ジョスリーヌはとびぬけて背が高いわけでもなく、低いわけでもなく、平均的なユイラ女性だ。ドレスを知らないだけで、こんなに難易度があがるとは思わなかった。しいて言えば、わりと胸は豊かなほうだ。が、十二公国のドレスはコルセットのせいで、誰でも胸が強調される。


 しょうがないので、ワレスは正体のわからない女に候補をしぼって近づいていった。こうなったら、全員と踊るしかない。幸いにして、ダンスはけっこう得意だ。

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