第九話 リュドヴィクを殺した凶器

第9話 リュドヴィクを殺した凶器



 古代兵器はすでに腐食したサビのかたまりとなりはてていた。


 それに、納骨堂のモザイクの床が破壊されていなかった。封印されてから、誰もそこへ侵入した者はなかったということだ。


 誰がやったにしろ、リュドヴィクを殺した凶器は謎の古代兵器ではなかった。

 では、いったい、どうやって殺されたのか? 何を使って?

 そんな疑問が残る。


「お手あげだな」


 晩餐のあと。

 ワレスはジェイムズの客室でひとりごちる。ジェイムズは布団のなかでうなっていた。水びたしになったので、風邪がぶりかえしたのだ。


「うーん。ワレス……なんで君、そんなに丈夫なんだ?」

「ふん。温室育ちのお坊ちゃんといっしょにするな。おれを守ってやろうなんて百年早いんだよ」


 とは言え、あのときジェイムズがいなければ、ワレスは溺れ死んでいた。ジェイムズは命の恩人ということになる。そこはしっかり自覚していたから、今夜も看病しているわけだ。


「レイピアのような細身の刀剣で刺されたのかな? 飾りに近い護身用なら、刀身はそうとう細い。それでも、刺突しとつされた傷痕が円状になるわけもないが」


 細身ではあるが、レイピアは両刃だ。貫通した傷は、ワレスが持つロングソードに似ている。ただ大きさがロングソードの半分から三分の一ほどになる。


 やはり、人間関係から調べていくしかないだろう。

 古代兵器が殺人に使用されたわけではないとわかっただけでも進歩だ。


 古代兵器じたいは箱ごとテルム公爵に渡した。中身が朽ちてはいたものの、とりあえず行方はわかった。公爵の心の重荷はかなり軽くなったはず。厳重に保管しなおせば、一族の処刑は逃れることができる。


 公爵だけではない。

 レモンドがこの問題に気づいていて苦悩していたのなら、知らせを受けて安堵するだろう。


 二晩めの看病をしながら、ワレスは事件について考察した。今夜はジェイムズの容態も昨日ほど悪くないので、自力で水を飲んでくれる。口移しをする必要はなかった。


「どう思う? ジェイムズ。なぜ、レモンド姫の婚約者が殺されるのか? おれはこれまで、令嬢と結婚したい別の花婿候補がしていると考えていた。でも、そうじゃないかもしれないな。

 もしもなんだが、リュドヴィクが古代兵器の喪失を知っていたとしたら、どうだろう? それを種に、レモンドを脅迫していたら? もしそうなら、レモンドは好きではない相手と結婚するしかなかった。

 レモンドの態度からは、どうもリュドヴィクへの愛が感じられないんだよな。シロンとのとつぜんの婚約もおかしかった。あれもシロンに弱みをにぎられたせいだとしたら……」


 ジェイムズは「うーん」としか言わない。熱にうなされてるようすは、やっぱり無防備で可愛い。化粧墨で顔に猫ヒゲとか描いてみたいところだ。


「令嬢は最初のころ、花婿選びに積極的だったという。性格も今とは別人のように明るかったようだ。ということは、彼女が悩みだしたのは、その途中から。誰かに脅迫されたせいだろうな」


 もしそうなら、怪しいのはレモンドだ。が、納骨堂でワレスを襲ってきたのは男だった。犯人は男のはず。


 それとも、花婿殺しと、あのときの襲撃者は別物だろうか?


 ワレスがテルム公爵の依頼で古代兵器を探していることを知っていたのは、公爵自身とジェイムズだけだ。ワレスが公爵にとりいっているとでも考えたのなら、ジェロームが襲ってくることはありえる。


 ワレスは嘆息した。

 やはり、まだ情報がたりていない。


「あきらめて寝るか。そういえば、リュックたちが来てるんだよな。明日は仮面舞踏会なんだそうだ。大勢だから、きっと楽しい。ジョスの気もまぎれるな」


 しかし、大勢が仮面をつけて邸内をうろつきまわるのは危険でもある。とくにレモンドの身辺には気をつけておかなければ。


「ジェイムズ。今度こそ、ちゃんと治ってくれよ。明日は看病してるヒマがない」

「うーん……」


 そんなわけで、翌日だ。

 昼間は皇都劇場の役者たちがお芝居を見せてくれた。ジョスリーヌだけでなく、レモンドや公爵家の人たち、花婿候補もみんな音楽室に集まった。


 恋人を亡くしたアドリーヌは悲しみに打ち沈んでいた。が、レモンドにつきそって歌劇を見るうちに、少し気が晴れたようだ。歌や音楽が大好きなのだろう。


 そのアドリーヌのかたわらで、サミュエルが何かと気づかっている。アドリーヌも言葉少なに答えつつ、そう悪いふんいきではない。シロンが死んでまもないが、もともと音楽の話で気があうようだ。


 そこがなんとなく変な気がする。おとなしいアドリーヌが、ゆいいつ他人より突出しているのは歌の上手さだ。音楽も好きで、サミュエルと話があう。ならば、自然に惹かれあうのはこの二人だ。


 シロンはどちらかと言えば、欲望に忠実な青年だった。当初は本気で花婿の座を狙って屋敷にやってきた。そして、侍女にひとめ惚れして恋仲になる。恋愛衝動にも忠実だったから……。


 なぜ、アドリーヌはシロンを愛したのだろう?

 もちろん、シロンは美しい青年だ。甘い言葉で優しくされれば、たいていの女はうっとりする。外見の好みだってある。


 それでも、何かがおかしい。その違和感の正体が、どうもつかめない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る