第8話 納骨堂の探索4
渦巻く水の流れは勢いを増していく。もう立っていられない。
「ワレス!」
ジェイムズが保管室にふみこもうとするのが見えた。
「来るなッ!」
ジェイムズが来ても共倒れになるだけだ。二人とも強い水流にまきこまれて、溺死する。
水はただ流れるだけでなく、量が増している。さっきまでポタポタと落下するだけだった天井からの水滴が、レースのカーテンのような滝に変化している。
「ジェイムズ。これを受けとれ!」
まだしゃがみこんでも、水の量は腰までだ。両手が使えるうちに、ワレスは古代兵器の入った箱をジェイムズに託した。力いっぱい放りなげる。ジェイムズがうまくキャッチする。
「それを持ってひきかえせ!」
「君を置いていけない!」
そんなことを言ってる場合じゃない。そうこうするうちにも、ジェイムズの足元まで水がせりあがっている。
箱を渡して両手が自由になったので、ワレスは剣をさやごと帯から外し、石畳につきたてた。床石のすきまにハマりこむ。それを杖がわりにして、ジリジリと水の流れに抵抗する。
「がんばれ! ワレス。もうちょっとだ!」
ジェイムズが片手をさしだしてくる。ワレスも必死に手を伸ばす。が、あと一ルーク。届かない。
なんとかジェイムズの手の届くところまで行きたい。
しかし、水流は強くなるばかりだ。支えにしている剣の位置をズラすためにひきぬいた。
とたんに、ワレスはよこ倒しになる。腰の高さの水流でも、よこたわれば充分に頭の上まで水につかった。
あわてて起きあがろうとするものの、水圧でうまくいかない。始めは息を止めていたが、それもそう長くは続かない。ずいぶん水を飲んだ。
もうダメだ。
ここで死ぬのか。決意もなく、予兆もなく、最期は意外とこんなものか。思っていたより、あっけない……。
すると、とつぜん、呼吸ができるようになった。強い力で水中から持ちあげられる。
「ワレス! あきらめるなんて君らしくないぞ」
「ジェイムズ……」
「立て。歩くんだ!」
ひきずられるようにして、どうにか進む。一歩一歩に、ものすごい重圧がかかる。何度か二人でころびそうになった。そのたびに、たがいに支えあって耐える。
これだけの水流を作っているということは、そそぎこむ水量を増やすだけでなく、排水もされている。そうでなければ、とっくに水が廊下にあふれている。
ということは、廊下までたどりつきさえすれば助かるのだ。いずれは排水が追いつかなくなるかもしれないが、今なら、まだまにあう。
「ワレス。がんばれ。もう少し」
「そういうおまえこそ」
廊下まで、あと数歩。
そのときだ。急に水かさが増した。フワッと波が来て、二人同時にバランスをくずす。とっさに岸にしがみついた。というより、倒れて、もたれかかる。
アッとジェイムズが大きな声を出すので、何事かと思う。見ると、廊下の端にあの鉄箱が置いてあった。ワレスたちがよりかかった瞬間に、箱が傾き、水のなかへと落下した。
あれだけ高度なガラスケースで守られていたのに、箱にはすきまがあるらしい。プクプクと水泡が浮かんでくる。
古代兵器が水につかった……。
あわてて手さぐりで箱を探す。しかしもう近くにはそれらしいものがない。奔流に押しながされたらしい。
「ジェイムズ。ない」
「いいから、あがるんだ。ワレス」
「しかし——」
「君の命にはかえられない!」
ジェイムズにひきずられ、むりやり水の上まであがる。だからと言って、このまま戻るわけにはいかない。どうにかして、あの箱をとりもどすことはできないのか?
しばらくして、とつじょ、水はひいた。滝のように流れてきた水が、最初のしずくていどに弱まる。ごうごうと渦巻いていた水深も、みるみるうちに低くなった。
「……水源が底をついた、かな?」
「よかった。助かった」
微笑するジェイムズを、ワレスは見つめた。
「来るなと言ったろ。おまえまで死んだら、どうするんだ?」
「ほっといたら君が死んだじゃないか」
「おれはいいんだよ」
「よくない!」
急にジェイムズが大声を出したので、ワレスはおどろいた。ジェイムズの両眼からポロポロと涙があふれてくる。
「私は君に死んでほしくない」
「…………」
なんで、こんなことをサラッと言うのか。
ワレスは嘆息した。
「……まだ死なないよ。おれが死んでも天国には行けないからな。ルーシサスに会えるなら、言いたいことがあるけど」
ワレスは自嘲して、箱をとりに行くために立ちあがる。
だが、背後から、その手をつかまれた。
「もしも、私が死んだら、ルーシサスに伝えるよ。君がほんとは彼をどう思ってたのか」
ワレスはふりむくことができなかった。
ジェイムズの顔をまともに見られない。見れば、きっと二人の関係が変わる。ワレスのなかで、ジェイムズがなくてはならない存在になる。それがわかっていたからだ。
ジェイムズは断言する。力強い声で。
「だからもう、君は悩むことないんだ」
きっと、かえりみれば、そこに慈愛に満ちた笑みがある。何もかもを認め、ゆるしてくれる笑顔が。
ゆるされることを期待する自分と、それを拒む自分がいる。ワレスはその葛藤に抗った。
そっと、ジェイムズの手をふりほどく。ぬれた床を歩きだす。ワレス自身の剣と鉄の箱をひろいあげた。
「なかは大丈夫だろうか? 水没したが」
剣はマントでふいて帯にさげる。
ワレスが手にしていたランタンは壊れて火が消えていた。が、ジェイムズが廊下に置いていた燭台の炎のおかげで、完全な闇ではなかった。
鉄の箱に手をかけると、かんたんにふたが持ちあがる。とめがねが、さっきの水流で外れたらしい。
数千年前に封印された古代兵器。
その実物が今、目の前に現れる。
しかし、期待は一瞬でなえた。
時の流れがそうしたのか、それとも水中に落としたことが最後のとどめだったのかはわからない。
古代兵器は箱のなかで、すっかり朽ちはてていた。
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