第8話 納骨堂の探索3



 廊下は思ったより長い。

 あたりは完全な闇。

 ワレスたちの手にするわずかな照明だけが、すべての光だ。


「気をつけろ。ところどころ、くずれてる」

「ああ」


 数千年前の建造物だ。閉ざされた空間とは言え、いたみは激しい。風化した石畳には塵が大量につもっていた。

 なにげなく壁に手をふれると、そこからサラサラと表面が砂のようになって床に落ちる。


「老朽化してるな」

「そうだね」


 このあたりの地盤はなんだろうか? やわらかい砂岩なら、とっくに陥没しているから、土台はしっかりした玄武岩あたりだろうか?

 地下水が流入していると、損傷が早まる。今のところ、湿気は感じられない。


 空気の流れは感じられなかった。ロウソクの炎が安定している。


 進んでいくと、前方が何やら広い。ランタンの明かりが空洞を照らす。円形の部屋のようだ。


 ゴクリと息をのんだ。

 いよいよ、古代兵器の保管場所に違いない。


 無意識に歩調が早くなる。

 近づいていくと、とつぜん、ポタポタと首すじに冷たいものがかかった。水滴が天井から、しみだしている。


「地下水が入りこんでる」

「ワレス。足元もだ」


 ランタンの光に水たまりが浮かんだ。けっこう量がある。そこから進むには水につかる覚悟が必要だ。


 いよいよ、崩壊の危険が迫る。数千年ぶりに入口をひらき、新鮮な空気が入りこんだことの影響もあるだろう。とにかく急いだほうがいい。


「あれだな」


 円形の部屋。

 そこで地下空間は行き止まりになっている。まちがいなく、ここが宝物庫だ。

 その室内の中央に、丸いテーブルがあった。スポリとガラスのドームのようなもので覆われた四角い箱が見えた。あれが古代兵器に違いない。


「ジェイムズ。おまえはまだ風邪ぎみだ。水につからせるわけにいかない。ここで待ってろ」

「いや、このくらい平気だ」

「また熱が出ても、今度は看病してやらないからな?」

「えっと……わかった。待ってる」


 ジェイムズを水たまりの手前に残し、ワレス一人で進んでいった。

 水は冷たい。それに光を受けると底まで見えた。澄んだ清水だ。皇都で使う上水のほとんどは、北のルーラ湖からひかれているのだが、それらは水道橋で完璧に管理されている。この近辺に地下湧水があるのかもしれない。


 一歩ふみいると、足首まで水が来た。二歩めでふくらはぎ。三歩めでひざ。

 どうやら中心にむかってゆるい傾斜がついている。そのぶん、水が深いのだ。水流は感じないから、どうにか進むことができる。


 ようやく、中心のテーブルまでたどりついた。

 ガラスのふたに手をかけるが、ツルツルしてどうにもならない。ならばと剣の柄を打ちつけても、まったく傷もつかなかった。

 古代の代物にしては、妙にキレイな造形だ。へたをすると今のガラス工芸技術より水準が高い。


 しょうがないので、ふたの開閉装置のようなものがないか探す。

 卓上は完全にガラスケースで覆われている。テーブルの下を見ると、太い一本の柱で支えられていた。何やら例の謎めいたレリーフのほか、古代語が刻まれている。現存する古代語はごく一部だ。ワレスにも解読することができない。


「どうだい? ワレス?」と、声をかけてくるジェイムズに、

「ふたのあけかたが書いてあるみたいだが、読めない」

「読めない?」

「学校でも習ったことのない古代語だ」


 だが、念のため、支柱をながめつつ、テーブルのまわりを一周した。ちょうど裏側に来たとき、手形を発見する。


(なんだ。この手形)


 手形の部分は陽刻ではなく陰刻だ。つまり、柱の表面に対してくぼんでいる。しかも、五本の指さきの部分に宝石のようなものが埋めこまれていた。いかにも、ここに手をあててくださいという感じ……。


(……やるか)


 これだけ高度な造りだ。ただの飾りではなく、何かの仕掛けがほどこされている可能性はいなめない。


 ワレスはくぼみに、そっと手をあてた。一瞬、手形が青白く光る。ピッと変な音がして、ガラスのケースが半分に割れていた。


 なんだか、あまりにもあっけないので逆におどろく。禁断の武器にしては、誰の手でもひらくなんて、防犯が弱すぎる。


 しかし、これでありがたく古代兵器を持ちだせる。

 ワレスはケースのなかにおさまった長細い鉄の箱をとりあげた。とたんに、ビービーと大きな音が鳴り響く。あきらかに何かの警告音だ。


 足元の水に流れが生じた。グルグルと渦を巻いて、ワレスの足をすくう。


 やっと気づいた。この水たまり。浸水してできたものじゃない。この保管室を造った何者かが意図したトラップだ。


 もし万一、古代兵器を持ち去ろうとする者が現れたとき、それを妨害するために——

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