第8話 納骨堂の探索2



 モザイクの薔薇を何度かふんでみた。ガラン、ガランと土鈴のような音が響く。

 もうまちがいない。この下に古代兵器は隠されている。


 ワレスは興奮して、そのまわりを入念に調べた。が、はねあげ式のふたのようなものは見つからなかった。やはり、古代兵器を守るために、保管室の出入口は完全にふさがれたのだ。今度こそ、床を破壊する必要がある。


 ワレスはいったん納骨堂を出た。テルム公爵の部屋まで急いで帰る。


「テルム公爵!」


 興奮のあまり、ノックもせずにいきなり扉をあけた。が、これはぶしつけだった。なかにはレモンドが来ていた。父公爵と何やら深刻な顔で話している。ワレスに気づいて、レモンドはあわてて口を閉ざした。


「失礼。急用でしたので」とワレスが断ると、令嬢は無言で退室していく。


「姫君とのお話をジャマしてしまいましたね」


 公爵は表情に苦渋をにじませる。

「もう結婚などしないと言うのだ。二人も婚約者が死んだのは、自身が呪われているからだと」


 愛する人が次々と死ぬ。その苦痛は、誰よりも、ワレスがもっとも深く共感できる。


 レモンドが少しあわれになった。

 美しく、かしこく、恵まれた身分に生まれても、一生涯、愛する人と結ばれない。それはひどく残酷な運命だ。もしも、ほんとに令嬢が呪われているとしたら。

 呪いでないなら解いてやりたいと、このとき初めて真剣に思った。


「令嬢は今、感情的になっておられるのでしょう。二度もあんなことがあれば当然です。ところで、閣下。ついに見つけましたよ」

「見つけた? ほんとか? 例の、?」

「その隠し場所です」


 急きょ、納骨堂の石畳をはぐことになった。テルム公爵がもっとも信頼する騎士を二人だけつれてきた。ワレスと公爵をふくむ四人で納骨堂へむかう。


「このモザイク模様の下です」

「たしかに、ここか?」

「ここだけ古い床がそのまま残してある。それが何よりの証拠では?」

「うむ。たしかに、そのとおりだ」


 公爵の命令で、二人の騎士がモザイクの床を破壊する。五百年前のものとは思えない美しいモザイクのすぐ下に、ぶあつい一枚岩があった。金輪がつき、あげぶたになっている。騎士が二人がかりで持ちあげると、階段があった。なかは暗い。ところどころくずれていた。


「ここは危険だ。崩落するかもしれない。テルム公爵、あなたはこのさきには行かないほうがいい」

「しかし、それでは誰が……」


 騎士たちは、この地下に古代兵器が隠されていることを知らない。知っているのは、ワレスと公爵だけだ。したがって、ワレスが一人で確認しに行くしかない。


「おれが行きましょう」

「うむ……」


 テルム公爵はそこまでワレスを信用していいものか、迷うようだった。


 たしかに公爵にしてみれば、ワレスは従兄弟のラ・ヴァン公爵やジョスリーヌの推薦する男だ。だからと言って、一族の命運をゆだねるほどの信頼に足るかどうかはわからない。ワレス自身は貴族ではないし、役人でもないのだ。


 やはり、多少危険でも公爵本人に行ってもらうべきかと、ワレスが考えていたときだ。


「私もともに行きます」


 入口から声がする。

 ふりかえると、ひらかれた両扉の作る白い空間に、人影が立っていた。シルエットだけで……いや、その声だけでもわかる。ジェイムズだ。


「ジェイムズ。まだ寝てろって言ったのに」とは言うものの、彼を見たテルム公爵の表情は安堵に満ちていた。この安心感は、ワレスにはひきだせない。それはたしかだ。


「もう心配ないよ。全快した。昼ご飯もしっかり食べてきたからね」

「…………」


 嘘だ。まだ熱っぽい顔をしている。だが、微熱なのはほんとだろう。


「わかったよ。いっしょに行こう」


 それにワレス一人が地下へ入っていき、落盤で生き埋めになっても、すぐには助けてもらえないかもしれない。ジョスリーヌがさわげば、そのうち救助活動は始まるにしても、そのあいだに窒息する。ジェイムズがいれば、きっと助けも早い。


 何よりも、ジェイムズと二人で、三千年前から封印されていた暗い地下へ冒険に行くのは、少年みたいにワクワクした。


 ランタンと灯をつけた燭台を手にし、穴のなかへ入っていく。穴じたいは大人が楽々ともぐりこめる。だが、天井が低い。


「かがんでしか歩けないな。ジェイムズ、おまえはノッポだから、気をつけろよ。頭をぶつけて衝撃をあたえると、いっきに瓦解するかもしれない」

「あ、ああ……」


 階段をおりていくと、しだいに天井も高くなる。階段は地下へおりていくためのものだ。ほんの十段ほど。そのさきには、まっすぐに続く廊下があった。石の壁には、いかにも古代のレリーフが刻まれている。背中に羽のある人間や、巨大な蛇、トカゲ。とても髪の長い人間とか。神話の一部だろうか。


「ワレス。これは天使かなぁ?」

「さあ。学者が見れば大喜びするんだろうけどな」


 ワレスたちは地下の闇を進んでいった。

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