第11話 ある秘密2



 幸いにして、サミュエルにはまだ息があった。急いで傷口を両手でふさぎ、ワレスは人を呼ぶ。


「誰か! 誰か典医を呼んできてくれ!」


 さわいでいると、ジェイムズやジェロームがかけつけてきた。ジェロームは典医を呼びに走り、ジェイムズと二人がかりでサミュエルの服をぬがす。


「傷はここだな。よかった。心臓を外れてる」


 肩に近いあたりだ。十二公国の衣装では腰に長い飾り帯をする。その帯をといて傷口をしばった。


 そうこうするうちに医者が来る。ワレスたちはあとのことを彼に任せた。たぶん、手術になるだろう。


「サミュエル。助かるかな?」

「さあ、どうかな」


 急所はそれていた。しかし、かなり出血していたし、安心はできない。


 サミュエルはなぜ、狙われたのだろうか?


 彼は侍女のアドリーヌに恋していた。リュドヴィクやシロンのように、レモンドを脅迫したとは思えない。そんなことができるタイプには見えなかった。ちょっと粘着質なところはあるが、いったん想った相手には一途なようだ。


(変だな……)


 サミュエルの血で汚れた手を洗いに噴水まで歩いていった。


 考えていたワレスは、ふと思いだす。そう言えば、サミュエルは以前、何かを言いかけてやめたことがある。事件について聞いたときだ。もしかして、犯人にとって不都合なことを知っているのではないかと思う。なんとしても、生きのびてもらいたいものだ。


 翌朝になっても、サミュエルの容体は一進一退らしかった。が、死なずに持ちこたえてはいる。テルム家の典医があらゆる方法で延命措置をしていたし、それに、アドリーヌがつきっきりで看病しているという。


 ワレスも一度だけようすを見にいった。アドリーヌはワレスの顔を見て泣きだした。以前、悩みを聞いてやったから、ワレスには頼りやすいのだ。


「わたし、シロンさまが亡くなって、もう二度と恋なんてできないと思ってました。でも、でも……」

「サミュエルに死んでほしくない。そうだろう?」


 アドリーヌはうなずく。


「それっていけないことでしょうか? ついこの前、大切な人を亡くしたのに。でも、もし今、サミュエルさまに万一のことがあれば、わたしはきっと後悔します」

「それは自然なことだ。生きていれば、誰かと惹かれあう。自分の心に嘘をつく必要はない」

「はい……」


 死んだ恋人を思い、ためらっていたアドリーヌ。だが、もうその心に迷いはないはずだ。そういう意味では、この事件は幸運だったとも言える。もしも、サミュエルが助かりさえすれば……。


 サミュエルがよくなるまで、彼の話は聞けない。

 ワレスは別の方法で事件を再調査することにした。


 とにかく、リュドヴィクだ。この青年はレモンドについて、何かを知っていたはず。おそらくそれは、ワレスが仮面舞踏会の夜に気づいた事実を裏づけるだ。


 リュドヴィクのことを知るためには、やはり実家の人たちの話を聞きたい。

 ワレスは馬を借り、ラ・フィニエ侯爵家へとむかった。ジェイムズがお供についてくる。


「ジェイムズ。おまえは来なくてもよかったのに」

「君を一人にしておけない」

「今はおれよりサミュエルを守ってほしいんだがな」

「サミュエルを?」

「また狙われる可能性がある。でもまあ、今は看病のために必ず誰かがついてるから、問題はないだろう」


 というわけで、ラ・フィニエ侯爵家へと急ぐ。

 もちろん、ワレス一人なら不審に思われただろう。が、こんなときは裁判所預かり調査部のバッジが、ほんとに便利だ。


「そうですか。裁判所の……では、ちゃんと調べてくださっているのですね。わたしの可愛いリュドヴィクを殺したのが誰なのか。必ずつきとめてくださいませ!」


 過剰に泣きわめく母親。一方で、跡継ぎは無事だからと冷たい態度の父親。

 こういう家庭だから、リュドヴィクの性格は歪んだのだろうか。


 両親の話はまったく参考にならなかった。

 泣きついて離れない母親にジェイムズをあてがっておいて、ワレスは邸内をうろつく。


 小間使いたちに聞くと、リュドヴィクの人物像が見えてくる。母が溺愛するので、ワガママな上、一歳違いの兄にひじょうに強いライバル心をいだいていた。召使いへの傲慢ごうまんな態度もそうとうにひどい。虚栄心のかたまりのような男だ。


 だが、リュドヴィクの根性があまり紳士的でなかったとわかっただけだ。こういう男だから、令嬢を脅迫してでもテルム公爵家の婿になりたいとは考えただろうが。


(困ったな。肝心の人物との接点がない。いったい、どこで、リュドヴィクは知ったんだ? ただ似てるとか、それだけのことで令嬢をおどすまではできなかったろう。なんらかの確信を持っていたはずだ)


 屋敷にくれば何かわかると思っていたが、甘かった。

 これならむしろ、テルム家での彼の行動を追跡したほうがよかっただろうか?


 そんなことを考え、廊下に立ちつくしていたときだ。


「あなたが裁判所の役人か?」


 とつぜん、背後から声をかけられた。

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