第7話 古代の地図5
夜が明けた。
いつのまにか、うたたねしていたようだ。ワレスが目をさますと、すっかり明るくなっていた。
ジェイムズのおでこに手をあてると、かなりさがっている。まだ少し熱いものの、昨夜ほどではない。ジェイムズはルーシサスと違って健康な男子だから、ここまで回復すれば、もう問題ないだろう。
ワレスがベッドからおりようとすると、ジェイムズが目をあけた。上半身裸のワレスを見て、かたまっている。男友達が裸で同じベッドのなかにいたら、誰だってあせるに違いない。
「言っとくが、おまえが熱を出したからだぞ? 看病してただけだからな」
指をつきつけて宣言すると、ジェイムズは笑った。ほやほやした赤ん坊みたいな笑顔だ。まだ微熱のせいだろう。
「ありがとう」
ワレスは急に照れくさくなった。そそくさと服を着る。
看病しただけだ。でも、口移しをキスだととるなら、一晩で十数回はくちづけたことを、ジェイムズには黙っておこうと心に誓う。
「おまえはまだ病気だ。今日は一日休んでおくんだな」
「一人でどうするんだ?」
「今日は塔と重なっていた庭をほってみる」
「君だけでどうにかなる範囲じゃないよ」
「いいから、おまえは寝とくんだ。いいな? 小間使いに食べやすいものを運ぶよう言っておく」
「うん。君もムリはしないように」
心配そうなジェイムズを残して、ワレスはジョスリーヌの部屋へ行った。朝食を食べるなら、そこが一番手っ取り早いのだ。何しろ賓客だから、召使いが何人もついている。
「あら、ワレス。ジェイムズはどう?」
「今夜にはもう治ってるだろう」
「それはよかった。今日はあなたもゆっくりしなさいよ」
「そうはいかない。事件を解決してほしいんだろ?」
「そうだけど。退屈」
「リュックたちが来るんじゃなかったか?」
「夜の部が終わったら、みんなで遊びに来るんですってよ。明日とあさっては劇場がお休みだから」
「ふうん」
旬末の休みまで来ないということだ。皇都劇場は帝立だから、自分たちの都合で休むわけにはいかないのだ。
しばらく、ジョスリーヌにひきとめられた。ワレスは朝食をむさぼりながら、彼女の話を聞きながす。頭のなかでは古代兵器の隠し場所についてばかり考える。しまいには写した地図を食卓に置くワレスを見て、ジョスリーヌが気を悪くした。
「もう、いいかげんになさいな。ワレス! わたくしの前では事件のことを考えてはダメ!」
ジョスリーヌが払いのけたので、地図は床に落ちた。ワレスから見て上下が逆になる。それを見て、ハッとした。変なマークが片すみに小さく記されている。
——このままじゃ天地が逆になりそうだね。
同時に昨日のジェイムズの言葉が脳裏によみがえった。
(そうだ。逆だ。そうなんだ!)
これまであたりまえに現在の地図の見かたをしていた。それが違うのだ。この小さな矢印。たしか、古代の地図の約束で、これの示すほうが北だった。ワレスたちはこれまで、まったく逆に地図を見ていたのだ。
「反対か! じゃあ、こっちが北で、塔の位置も逆になる。今の配置と照らしあわせれば——」
大食堂じゃない。
古代に塔があったのは、敷地の西側にある納骨堂だ。
どおりで、いくら探しても見つからないはずだ。まるで見当違いの場所を調べていたのだ。
ワレスは地図をひろうと、ジョスリーヌの頬にキスをした。
「ありがとう。おかげでわかった」
「あら、まあ」
地図を手に部屋を出る。だが、納骨堂に入るには、テルム公爵の許可がいるだろう。さすがに勝手に墓地に入るわけにはいかない。貴族には故人が生前に使っていた宝物を柩におさめる習慣がある。ゆるしなく入れば、墓荒らしと勘違いされそうだ。
テルム公爵の部屋へむかう途中、豪華な部屋のならぶ廊下で人声を聞いた。この近くに誰かいる。
ワレスはあたりを見まわした。前方の廊下の端に女が二人、立っていた。一人はレモンドだ。もう一人は乳母のようだ。何やら言い争っている。
奇妙なことだ。令嬢が乳母を叱責しているのならわかる。しかし、乳母が令嬢を叱りつけているように見える。
いくら赤ん坊のときに乳を飲ませたとは言え、乳母はしょせん召使いにすぎない。多少、位は高いにしてもだ。その女が令嬢を叱るなんて、ありえない。それも子どものときならともかく、大人になってから頭ごなしに。
ワレスは姿を隠して近づけるところまで進んだ。二人が何を話しているのか知りたい。だが、自分の容姿が目立つことは自覚しているので、すぐそばにまでは行けない。背の高い彫像のかげから耳をすますのがやっとだ。さっきよりはよく聞こえる。が、内容はところどころしか聞きとれない。
「……もうこんなことは——」
「あなたには関係ない」
「わたくしはただ、姫さまにお幸せになってもらいたいだけです」
「それは、わたしが…………」
「姫さま!」
「…………だからでしょ?」
「そうではありません!」
「もういいわ!」
令嬢は泣きながら走っていった。残された乳母も目頭をおさえている。
かげからながめつつ、ワレスは今の一幕について考える。
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