第7話 古代の地図4



 ただ寒さをしのぐために抱きあっていただけだ。それも服を着たまま。

 なのに、一時間もたって扉が外からあいたとき、ワレスはひどく罪悪感をおぼえた。それは、ワレスがジェイムズを頼ってしまいそうだったからなのだろう。このままでは、彼に甘えてしまう。


 だから、迎えにきた家令に鍵を返し、晩餐で体をあたためるときも、地下の暗闇であったことは、まったくなかったかのようにふるまった。


 幸いにして、あたたかい食事を食べると、すぐに寒さは感じなくなった。もともと幼少期から冬場に他人の家の軒下で寝る生活だったのだ。寒さには強い。


(明日は古代の塔と重なっていた部分の庭を調べてみようか? 大食堂の床板をはぐのは最終手段だ)


 そんなことを考えているうちに食事は終わり、人々はそれぞれの部屋に帰っていく。ワレスはテルム公爵を呼びとめ、過去に敷地内で火事があったという言い伝えがないかたずねた。が、記録に残されているかぎりでは聞いたことがないという。


「うーん。じゃあ、やっぱり、地上部分で保管されてたわけじゃないんだな。あるとしたら地下か」

「もう、ワレスったら、夜はよしなさいって言ってるでしょ?」


 ジョスリーヌに腕をつかまれて、彼女の寝室へ歩いていくのだが、ついてくるジェイムズが、やけにフラフラしているのが目についた。


「ジェイムズ?」

「あっ? うん」

「ふらついてるよな」

「なんだろう? 寒気がして……頭も痛い」


 そういう顔が、なんだかふつうじゃない。頬が赤いし目つきがぼんやりしている。おでこをさわってみると、ものすごく熱い。


「おまえ、熱があるぞ」

「そうか。そんな気がしたよ」

「風邪ひいたんだよ。地下で」

「そうだね」


 と言って微笑するジェイムズに、ワレスは思わず舌打ちする。


「ジョスリーヌ。悪いけど、今夜は一人で寝てくれ」


 ジョスリーヌは文句を言おうとしたが、さすがに病人相手ではしかたないと理解した。肩をすくめて去っていく。


「ほら、ジェイムズ。しっかりしろ」

「気にすることはない……このくらい……」


 なんて言うが、ジェイムズの歩調は見ているうちにも怪しくなっていく。野生児のワレスには平気でも、貴公子には地下の寒気は耐えがたいものだったようだ。


「何が私を頼ってくれだよ。おまえのほうが倒れてるじゃないか」

「うーん……」


 しょうがないので、ワレスはジェイムズの腕を自分の肩にまわして支える。小間使いにたらいに水をくんでくるように命じた。それにやわらかい布。ジェイムズの客室は二階なので、なんとかそこまでつれていった。


「まったく。デカイやつがダウンすると、介護がたいへんだな。自分で歩けるうちに部屋に帰ればよかったんだ」

「うーん……」


 ダメだ。もう嫌味を言っても耳に入ってない。

 小間使いが井戸からくんだ冷たい水と布を持ってきたので、ワレスはそれを入口のコンソールテーブルに置くよう命じた。


 小間使いが去ると、ジェイムズをベッドに運び、なんとかころがして布団を上からかけた。


「世話の焼けるやつだな」


 とは言え、たぶんジェイムズは自分のマントを、ワレスを包むために、より多く使ったのだろう。風邪をひかせたのは自分だという認識はあった。

 金だらいと布を寝台脇まで持ってきて、それでジェイムズのおでこを冷やしてやる。


「まったく、口だけ大きなこと言うなよ」


 なんて言うが、じっさいに苦しそうにうなっているジェイムズを見ると、胸が痛んだ。


 病人の看護はけっこうなれている。ルーシサスが病弱だったから、ちょっとしたことで風邪をひいた。そのたびに寝ずに看病してやったものだ。口では罵っていたが、ルーシサスの呼吸が乱れるたびに息を止めて見守った。


 バカみたいだなと今になって思う。もっと素直になればよかったのに。

 その反応はどう見ても、愛する人の身を案ずる恋人だ。どうしても、あのころのワレスは、それを認めることができなかったが……。


 愛に支配されることがイヤだった。それは自分の弱みをさらけだし、相手に生命をにぎらせる行為だと、ワレスは考えていた。生かすのも殺すのも相手しだい。そういう奴隷ものになりたくなかった。


 でも、上辺だけで抵抗しても、心をつかまれていれば同じなのに。


 あのときすでに、ワレスはルーシサスの奴隷だった。ワレスは逆だと思っていたかったが、真の意味ではそうだったのだ。たぶん、より深く愛していたのは、ワレスだったから。


(ルーシサスはもう帰ってこない。彼が生き返るなら、おれの命だってさしだす。でも、その願いは叶わない)


 熱にうなされるジェイムズを見ていると、なんだか切なかった。どうしても、ルーシサスの姿を重ねてしまう。


 途中で一度、ジェイムズが目をあけた。ワレスは水差しの水をグラスにそそぎ、ジェイムズの口元にあてがう。


「ほら、飲めよ」


 熱で汗をかくときは、ひんぱんに水を飲ませないと治りが遅い。ルーシサスの看病でそのことを知っていた。

 だが、ジェイムズはうつろな目をして、小声で寒いとつぶやくだけだ。


「こら、飲め。こぼすな」

「うーん……寒い……」


 また目を閉じてしまった。

 しばらく見つめていたが、もう起きそうにない。


「しょうがないな」


 いつもこう言って、ルーシサスのときにもやっていたことを、ジェイムズにしてやった。

 つまり、口移しで水を飲ませる。そのあと、上着をぬいでベッドにあがった。地下でジェイムズがワレスにしたように、今度はワレスが、ジェイムズを自分の体温であたためる。


 一瞬、ルーシサスが帰ってきたようで、とても愛しかった。それは代償行為にすぎないと、胸の内ではわかっていたが……。

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