第7話 古代の地図3



 本気でワレスたちを殺そうとしたわけではない。

 おどしてこの屋敷から追いだしたいか、調査をあきらめさせたいかだ。あるいは、次は本気だという意思表示。


「しょうがない。夜まで待つか」

「君は落ちついてるなぁ。ワレス」

「さわいでも体力を消耗するだけだ。それなら、この扉の外を誰かが通りかからないか足音に注意しておくほうがいい。人の気配がしたときにだけ戸をたたこう」

「なるほど」


 せまい階段にならんですわると、体が思ったより密着した。晩秋でよかった。伝わる体温もちょうどいい。


「こんなふうにならんですわるなて、なんだか学生のころみたいだね」と、ジェイムズは妙に嬉しそうだ。


「おまえな。なぐるぞ?」

「えっ? なんで?」


 それでなくても、ジェイムズといれば、かつて二人のあいだにいた人のことを思いだす。この上、当時のことなんて話されたら、ワレスは必ず泣くだろう。


「そんなことより、古代兵器のことでも考えよう」

「いいけど、何かわかったかい? 私にはさっぱりだ」

「少なくとも、ここには隠されていないとわかったじゃないか」

「うん。まあ」

「それに、おれたちをジャマだと思う殺人者がいることも」

「たしかに」


 頭上には王冠。足元に荊。

 この解釈が間違っていたのだろうか?


 それともやはり、古代兵器は完全に失われてしまったのか? たとえば、以前の塔が火事で焼けおちてしまったのなら、そのとき宝物室に置かれた古代兵器も同時に焼失してしまっただろう。それだけのことなんじゃないだろうか?


 考えごとをしていると、油が切れたらしく、ランタンの火が消えた。


「ジェイムズ。ロウソク持ってるか?」

「いや」

「壁に燭台があったよな」

「手さぐりで見つけるのは難しくないか? 方向だってわからないし、ずっとこのままだと、そのうち、どっちが天地だかも迷いそうだね」

「いくらなんでも上下は間違わないだろうよ」

「そうかなぁ?」


 それにしても、こう暗いと身動きがとれない。これじゃ喉が渇いたとき、頼みの綱の酒びんをとりに行くのも困難だ。灯が消える前にロウソクを確保しておくべきだった。


「ワレス。寒くないか? 気温がさがってるみたいだ」

「そうだな。日が暮れてきたんだろう。酒蔵だしな。もともと冷暗な造りだ」


 たしかに、ジェイムズの言うとおり、足元から寒気が忍びよってくる。死にはしないだろうが、風邪くらいはひきそうだ。時間が経つにつれ、地下の温度は刻一刻とさがってくる。こんなことなら、毛皮で裏打ちされたマントを着てくるんだったと後悔する。


「……寒いな」

「うん。かなりね。真冬なみだ」


 暗闇のなかでガタガタふるえていると、とうとつに誰かの手が伸びてくる。もちろん、ここには今、ワレスとジェイムズしかいないわけだが、あんまりにもとつぜんで驚いた。

 ジェイムズはワレスの肩を抱きよせると、そのまま自分の胸に押しつける。


「ジェイムズ——」

「文句は言わせないよ。このほうが、あったかいだろ?」


 それはまあ、そうだ。

 肩に覆いかぶさってくるのは、ジェイムズのマントだろうか。つまり、どうやら、ワレスはジェイムズのマントのなかにすっぽりおさまっている状態らしい。トクトクと心臓の音まで聞こえてくる。

 恥ずかしいが、寒さをしのげる。それに、むしょうに安心する。


「なあ、ワレス」

「…………」


 この体勢で、何を言いだすつもりだろう?

 きっと、この機会にお説教だ。いいかげんジゴロなんてやめてしまえとか、そういう。


「……なんだよ?」


 身がまえてたずねると、


「もしも、君が一人で寒さに耐えられないなら、いつでも私を頼っていいよ。できるかぎりのことをする」


 思ってもみなかったことを言う。


 ワレスは当惑した。

 反射的に言い返す。


「そうそう寒さを耐えしのぶなんてないからな。今だけだ」


 今のはそういう意味ではなかった。ただの温度のことじゃない。一人がさみしければ、孤独にあえいでいれば……そういう意味だということは理解できた。


 でも、気づかないふりをした。

 だって、心が寒いのは常時だ。ルーシサスを自分のあやまちで失ってから、ずっと胸の奥が冷たい。凍えそうなほど。

 いつもそばにいてくれなんて、言いたくないし、言えない。


 ワレスがジェイムズの腕をふりきろうとしても、強い力で抱きしめられて、ふりほどくことはできなかった。


 今だけ。今だけだ……。


 そう自分に言いきかせて、ワレスは目を閉じた。


 ここはとても寒いから。

 体がふるえてる。

 心が泣きたいわけじゃない。

 だから、今だけはゆるされる。他人ひとにすがりついて、ぬくもりに身をゆだねても。

 この暗闇のなかでなら、死者も目をつぶるだろう。

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