第6話 第二の殺人5



 シロンの死体からは、ほかに怪しいものは見つからなかった。令息が持つのに不似合いな所持品もなく、手がかりになる手紙なども見あたらない。


 調べてわかったことは、剣かナイフで刺されたこと。

 時間的には、決闘さわぎのあったすぐあとに襲撃されている。


 遺体の近くに黒薔薇の花びらが落ちていた。が、それは単に花瓶にいけられた花が散乱しただけかもしれない。


 それにしても、シロンはなぜ殺されたのだろう。

 レモンドとの婚約を発表されてすぐということをかんがみれば、残る候補者がジャマ者を消した、ということになる。


 とりあえず、晩餐はおこなわれた。令嬢やアドリーヌは自室へ帰ってしまったが、ワレスたちは空腹だ。死体を見なれない子息たちは青ざめて、食欲もなさそうだ。が、部屋に帰るのも怖いふうで、なんとなく食堂から離れない。


「まさか、シロンがあんなことになるなんて」と言ったのはブリュノだ。ブリュノはけっこう思ったことをなんでも口に出してしまうタイプだ。

「それも、あの決闘のあとすぐなんだろう? だったら、ジェローム。君がやったんじゃないの?」


 それは誰もが怪しむところだ。あのさわぎのとき、ジェロームはかなり興奮していた。レモンドの登場で退散したものの、怒りがおさまらなかった、とも考えられる。


 ジェロームはやはり腹を立てた。ガンとこぶしで長卓をたたく。卓上の銀食器がカチカチと音を立てた。品のいい行為ではない。


「おれがシロンを殺しただって? そんなことするわけないだろ?」

「でも、君はシロンに憤慨してた」

「だからって殺しはしない」

「部屋までシロンを追っていって、二人になったところで決闘をやりなおしたんじゃ?」

「だったら、そう言う。それに決闘ってのは立会人が必要だ。二人きりのときにやるもんか」


 ワレスはジェロームたちの会話に割って入る。

「ジェローム。違うというなら、君の剣を見せてくれ」


 ジェロームはふてくされながらも、さやのまま剣を渡してきた。


 食堂のなかはシャンデリアの光で充分な明るさがある。ワレスは鞘から剣をぬき調べる。


 幅はちょうど、シロンの傷口と同じくらい。

 だが、血糊で汚れてはいない。キレイなものだ。人間の血液というのは、かなり脂っこい。水で洗い流すだけでは、表面の脂までは落ちない。これは人を切ったことのある剣ではない。


 とは言え、まだジェロームがやったわけではないと断言はできなかった。


(ジェロームは馬好きだ。狩りも嫌いじゃないと言った。狩りの実用の剣と、ふだんの飾りの剣をそれぞれ持っていてもおかしくはないな)


 それに、凶器が剣だと決まったわけでもない。刃物による傷だとわかっているだけである。


 ワレスが黙って剣を返すと、だから言っただろうという目で、ジェロームはにらんできた。


 今夜の晩餐の席は沈黙が多い。誰もが疑心暗鬼になって、たがいをうかがっていた。


「僕、もう実家に帰ろうかなぁ。いくら魅力的な令嬢だからって、死んでしまったらイヤだし。ねえ、ギュスタン。あなたのお城に遊びに行きたいなぁ」と、ブリュノは逃げ腰だ。


「うむ。私もそろそろ責務を果たしに、いったん屋敷へ帰りたいところだ。ブリュノ。私といっしょに帰ろう」

「わあっ、ありがとう。楽しみ」


 ワレスはひきとめようかと思ったが、ラ・ヴァン公爵家にいてくれるなら、連絡はすぐにつく。それなら、逃げだす恐れはないだろう。


 どっちみち、ブリュノが犯人である可能性はきわめて低いとふんでいた。

 ブリュノはギュスタンの愛人におさまることで、是が非でもレモンドの花婿になる必要はなくなった。


 それに、サミュエルが侍女のアドリーヌに惹かれている。シロンが目ざわりでしかたなかっただろう。


 ジェロームとサミュエル。

 怪しいのはこの二人だ。


 ただ、単純な花婿候補の争いとも言いきれない何かがあった。館全体を覆う陰というか。口では説明できないふんいきのようなものが。


 テルム公爵がシロンの実家に知らせの馬を走らせた。明日には遺体は生家へ帰るだろう。今のうちにシロン殺しについて、いくつか明らかにしておきたい。


 ワレスはまず、ジェロームにたずねる。


「ジェローム。君がやってないというなら、決闘のあと、どこで何をしていた?」

「遠乗りに行ったんだ。イヤなことがあったんだからな」


 ムシャクシャした気持ちを乗馬で発散する。それはジェロームらしい。


「一人で?」

「一人で」

「誰かと途中で会わなかったか?」

「誰にも」


 ジェロームにはシロンの殺害時間の行動を証明してくれる人がいない。

 しかし、それはジェロームだけではなかった。


「私は一人でヴィオロンを弾いてた」と、サミュエル。


 公爵家の家族もそれぞれ自室にいたようだ。ただし、彼らは侍女や侍従がそばにいたという。どっちみち、高齢の先代公爵夫妻や、病弱な公爵夫人が成人男子を剣で刺殺できるとは思えない。


 ウワサの古代兵器が凶器として使われたならともかく、今回は完全に刃物だ。女でもやれなくはないが、少なくとも健康体で、人並みより腕力がなければならない。


(レモンドは、どうだったんだろうな?)


 それが、気になる。

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