第6話 第二の殺人4



 晩餐の時間になっても、いつもの席にいない人がいる。

 シロンだ。

 晩餐には公爵家の人々はもちろん、客も全員、この食堂へそろうのが習慣なので、シロンだけ来ないのはおかしい。


 テルム公爵が誰にともなくたずねる。

「ル・ヴュール伯爵子息はどうかしたのか?」


 客たちはそれぞれの顔を長卓の上で確認しあう。首をふったり、肩をすくめる。誰も知らないようだ。


「子息を呼びに行きなさい」と、公爵は給仕係の召使いに命じる。


 シロンは昼寝でもしているのだろうか? 夕刻から寝てしまったなら、この時間まで目覚めない可能性だってある。


 が、そのすぐあとだ。いったん退室した召使いがうろたえながら帰ってくる。


「た、た……大変……公爵さま!」


 廊下を走りながら、何度もころぶ音まで聞こえていた。すでにその段階で、何かあったと察する。


 ワレスは立ちあがり、扉をあけた。召使いが蒼白の顔でころがりこんでくる。ふるえて言葉にもできないようすは異常だ。


「どうした? 何があった?」

「た、た、大変……」

「シロンに何かあったんだな?」


 召使いはうなずきながら、廊下の奥を指さした。その指の示す方向へ走るワレスのあとを、ジェイムズが追う。ジェロームやギュスタンもついてくる。


「ワレス。そっちじゃない。シロンの寝室は二階なんだ」


 ホールで階段と廊下にわかれている。廊下へ進もうとするワレスを、ジェイムズが誘導する。階段を走るジェイムズにならぶ。


 二階へあがってすぐの扉に、ジェイムズはとびつく。

 ワレスも遅れず、なかをのぞいた。明かりが室内にない。廊下からの光がかすかに照らしている。


「どこにいるんだ? シロン?」


 そこは寝室と居間の二間のようだ。とにかく暗くて見えにくい。入口に燭台しょくだいが置かれていたので、そのロウソクに廊下の火を移した。このころには、食堂にいたほかの人たちもまわりに集まっていた。


 ワレスはジェイムズとうなずきあい、ならんで室内に入る。シロンの身に何が起こったかは、じきわかった。彼は出窓の前の床にすわりこんでいる。壁にもたれ、まるで眠っているように見える。が、よく見れば服がぬれていた。胸のあたりが黒い。


 ジェイムズが彼の手首をとり、首をふった。

「死んでる」


 ワレスも死体にさわってみた。冷たい。かなり前にこときれたようだ。


「テルム公爵。それにギュスタン。明かりをそこに置いてください」


 あとから来た人たちのなかには、食堂のテーブルに置かれていた銀の燭台を持ってきている者もいた。彼らの明かりを室内の卓や出窓の縁に置くと、かなり明るくなった。部屋のすみずみまで見渡せる。


 女の悲鳴が聞こえた。見れば、アドリーヌだ。シロンに何かあったと思い、みんなについてきたのだ。恋人の遺体を見て、しゃがみこんでしまう。


 ワレスはいったん廊下に出た。ひきつった顔のレモンドが最後尾にいる。


「令嬢。アドリーヌをつれていってください」


 レモンドはなんだか呆然としていた。が、ワレスが声をかけると我に返り、アドリーヌの手をとった。階下へ去っていく二人のうしろ姿を見送る。

 ジョスリーヌと公爵夫人は来ていなかった。まあ、それが賢明だ。血を流す遺体など貴婦人の見るものではない。


「令息はなぜ、亡くなっているのだ?」


 テルム公爵がたずねてくる。


「服が血でぬれています。殺されたのでなければ、自害しかないでしょうね」


 うーんと公爵はうなる。

 これで花婿候補が二人も死んでしまった。しかも、二人とも、令嬢との婚約を公表した直後にだ。レモンドの婚姻にますます暗い陰がさした。これでは遠からぬ日に、呪われた姫君とウワサが立つだろう。


「ジェイムズ。傷口を調べてみよう」

「ああ。これだけ血が流れているということは、そうとう深い傷だね」


 二人がかりで遺体の検分を始める。なぐられたり、首をしめられたり、切られたあとなどは、ほかになかった。口辺に泡をふくなど、毒を飲んだ症状もない。


 血に染まる服をぬがせると、心臓あたりに細長い傷がある。刃物が通ったあとだ。傷のぐあいから言って、それなりに幅のある剣の刺し傷だ。またはナイフのようなもの。かなり深いが背中まで貫通はしていない。


(古代兵器ではないな)


 話に聞いた古代兵器なら、傷口がもっと小さく丸く、しかも胴体をつらぬいている。だが、今は傷口の形状が異なる。


(真正面から刺されてる。表情もどこかおどろいたような?)


 おそらく、シロンは顔見知りに殺されたのだ。それも警戒しているようすがないところから察して、相手に対して油断していた。とつぜん、近距離から刺されたのだろう。


 シロンはそのとき窓ぎわに立っていた。刺された衝撃で今の形に倒れた。

 そんなところだ。

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