第6話 第二の殺人3
その日はまことに、朝からいろいろと事件の多い日だった。
ワレスがレモンドの部屋から閉めだされたあとのこと。室内から歌声が聞こえてきた。昨夜のあの美声だ。まちがいなく、レモンドの部屋のなかからである。
(今、室内にはレモンドとアドリーヌしかいない。やはり、あれはアドリーヌだったのか)
きっと、レモンドが歌ってくれとアドリーヌに頼んだのだ。二人は乳兄弟として育ち、実の姉妹のように仲がよい。令嬢が落ちこんだときには、アドリーヌがその歌声でなぐさめる。そういう関係なのだと理解した。
だとしたら、やはり、アドリーヌへのあてつけで婚約者を選ぶと思えない。レモンドの選択には何かしらの深いわけがあるのだ。
ワレスに問いつめられたときのようすからも、本気で死ぬつもりではないかと思える。
やはり、リュドヴィクの死が関係しているのだろうか?
扉の前で思案していると、キョロキョロしながら、サミュエルがやってきた。
「令嬢の部屋からだ。でも、レモンド姫の声じゃない。ということは……」
サミュエルも声のぬしに気づいたらしい。夢中になっているのか、目の前に立つワレスにさえ気づかない。
ワレスはサミュエルをその場に残して立ち去った。とにかく、朝食をとらないことにはやってられない。小さなスコーン二つでは限界だ。
同じ三階なので、ジョスリーヌの部屋に戻る。食後のお茶を飲むジョスのとなりで、彼女の残りものをあらいざらい、たいらげる。
残りものと言っても、贅沢な鹿肉の
「鹿肉もキノコも美味いなぁ」
「ワレスったら、そんなにお腹すいてるなら、あなたのぶんも頼んであげるのに」
「もういいよ。おれにもリンナールをくれ。甘ったるいけど、頭の養分になる」
「何かわかったの?」
「まあな。いろいろと」
「どうせ、途中経過は教えてくれないんでしょ?」
「ああ」
ジョスリーヌがうっかりギュスタンやレモンドの前で、ワレスの推理を話すと、それが犯人に伝わってしまうかもしれないからだ。
それに今のところ、ワレスもアレコレ疑ってはいるものの、誰がなんのためにリュドヴィクを殺したのか、というところまで行きついていない。たぶん、まだ知らなければならない情報がぬけている。
ジゴロに必須の白い歯を保つために、丹念に歯磨きしたあと、ジョスリーヌのベッドで昨夜の睡眠不足をとりもどしていた。
昼ごろだろうか。
次の食事のために起きてきたときだ。わあわあとさわぐ声が聞こえる。今度はなんだというのか?
「ジョス。また下がにぎやかだ」
「ねえ、決闘だとか言ってない?」
「言ってるな」
この心地よい午後に、どこのどいつが決闘なんてわめいているのか。
ワレスは嘆息して、階下へおりていった。庭さきでさわいでいたのは、シロンとジェロームだ。
「サミュエルに聞いたぞ。おまえ、侍女のアドリーヌをたぶらかしてるそうじゃないか。そんなやつが令嬢と結婚するなんてゆるされない。今すぐ婚約を辞退し、屋敷から去れ! そうでないなら、決闘だ!」
そばでサミュエルがオドオドしている。どうやら、歌声のぬしに気づいたサミュエルは、あのあとずっと、アドリーヌにつきまとっていたらしい。それで、彼女とシロンの関係に気づいたのだろう。あるいは、もともと二人のことは知っていたのか。
そして、自分ではどうにもならないから、そのことをジェロームに打ちあけた。テルム家の馬が欲しいジェロームに、シロンを責める口実ができたというわけだ。
ブリュノとギュスタンの姿はない。かわりに、ジェイムズがあわてふためいている。
「まあまあ、落ちついて。二人とも。話しあいで解決しよう」と、なんとか止めようとするのだが、二人は聞く耳持たない。
「落ちついてられるか。これは令嬢に対する侮辱だぞ」
「僕から結婚を求めたわけじゃない。令嬢が勝手に言いだしたことだ」
「じゃあ、断ればいいだろ?」
「そうだけど……」
ジェロームは剣をぬき、シロンにも抜刀を求めている。このままでは誰かがケガをする。
だが、そこへ、さわぎを聞きつけて、とうのレモンドがやってきた。
「やめてください。わたくしの庭で決闘なんて野蛮なこと。悲しいですわ」
レモンドが言うと、とたんに、ジェロームは青菜に塩だ。しおしおと小さくなる。無言で立ち去った。
シロンはホッとしたようすだ。たしかに、ジェロームは体格もいいし、馬術の巧みさから言っても、運動神経は抜群だ。ほんとに決闘なんてことになれば、王子さまのシロンでは太刀打ちできない。
場がおさまったので、レモンドはそのまま去っていこうとする。が、一室にひきこもったレモンドと話をするには、この機会はもってこいだ。
シロンが婚約を断るのかどうか、ワレスは観察していた。が、やはり、彼は何も言わない。これによって、のちに悲劇がもたらされるのだが……。
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