第6話 第二の殺人2



 シロンが姿を消したので、ワレスはレモンドの話を聞きに行くことにした。急に心変わりした理由が知りたい。


 三階の令嬢の部屋へ行くと、誰にも会いたくないという答えだった。が、その返事をもたらしたのは、アドリーヌだ。ワレスはアドリーヌから、レモンドのようすをさぐることにする。


 令嬢のむかいの部屋は誰にでも使える盤上ゲームの部屋だ。戦駒などが置かれている。そこへアドリーヌを手招きする。


「おまえとシロンのこと、令嬢は知ってるのか?」


 アドリーヌは目を泣きはらし、その上、今朝からのショックで病人のような顔色だ。


「それは……わかりません。でも、きっとお気づきなのですわ。だから、とつぜん、こんなことを……」

「それは、おまえたちに対する嫌がらせか?」


 アドリーヌはうなだれた。

「そう……かもしれません。このごろ、姫さまはわたしによそよそしいので」


 ということは、ちょっと前から二人の関係に勘づいていたということだろう。


 でも、それにしても、レモンドの態度は納得がいかない。

 彼女がリュドヴィクを愛していたのなら、花婿候補の一人や二人、侍女にとられたからと言って、どうでもいいはずだ。

 愛していなかったとしても、それならもっと早くに二人への復讐を始めているはず。なぜ今なのかがわからない。


 ワレスが考えこんでいると、アドリーヌ自身も困惑しながら、奇妙なことを言う。


「姫さまは、変なんですよ。わたしの顔をじっと見て、さみしそうに笑うんです。そして『あなたは何も心配することないから。きっと最後には何もかもうまくいくはずよ』と、そうおっしゃるんです」


「それは、いつのことだ?」

「今朝です。シロンさまのことをお父さまにお申し出になったあとですわ」

「ふうん……」


 たしかに変な行動だ。

 それでは侍女と花婿候補の二人へ仕返しという感じではない。むしろ、侍女の恋を応援しているかのような印象だ。だが、やっていることは二人のジャマだ。

 もっとも、シロンがアドリーヌを愛人にする気があれば、話は別だ。


(さっきのシロンの態度と言い、もしかして、令嬢とシロンのあいだで、なんらかの取り引きがあったとか?)


 レモンドがよほどのことリュドヴィクを愛していて、ほかの誰とも結婚したくないというのなら、形式だけの結婚をしてくれるシロンはありがたい存在かもしれない。


 でも、それだと、リュドヴィクへの気持ちが落ちついて、いざ跡継ぎが必要になったとき、レモンドはどうするつもりだろう?


 テルム公爵家は絶対に継嗣けいしが必要な家柄だ。誰かに一族の秘密を負わさなければならない。


 あと二年か三年、あるいは五年もたてば、レモンドは新しい恋をするだろう。そのとき、形だけの夫がジャマにはならないのだろうか?


 レモンドは聡明そうな目をしていた。そんなことも考慮しないとは思えないのだが。


(まさか、レモンドは死ぬつもりか? 彼女がテルム公爵家の秘密を知っていれば、生きることがつらいと感じるかもしれない。だとしたら、シロンと自分が結婚し、そのあと自害すれば、シロンは公爵の地位と愛するアドリーヌを手に入れる……)


 なんだか、イヤな予感がする。


「アドリーヌ。今すぐ令嬢に会いたい。こっそり部屋に通してくれ。でないと、とりかえしがつかないことになる」

「わかりました」


 アドリーヌは戸惑っていたが、昨夜、なぐさめてやった効果で、ワレスを信頼している。令嬢の部屋へ許可なく入れてくれた。


「アドリーヌなの?」


 陽光のさしこむ明るい居間の窓辺で、レモンドは手紙をしたためていた。誰にあてたものなのかまではわからない。


「ロウソクに火をつけて。蝋封するから」


 そう言ってふりかえったあと、レモンドは息をのむ。


「こんにちは。令嬢」

「まあ、ダメよ。わたくし、誰にも会いたくないと断ったわ」

「ええ。アドリーヌの喉に剣をさしつけて、なかへ入れろとおどしました」

「ほんとに?」

「まさか。嘘ですよ?」


 レモンドは真剣な顔でワレスを見つめたあと、あきらめたように失笑した。


「イヤだわ。おもしろい人」

「男の嘘は女性を喜ばせるために存在するのです」


 目に涙をためてレモンドが笑うのは、ひさしくこんなふうにハメをはずしたことがなかったせいだろう。楽しそうに笑う彼女は、これまでの印象とは違い、とても闊達かったつに見えた。もともとの彼女は、きっと、こうなのだ。


 ワレスはすかさず、彼女のむかいにすわり、その手をにぎる。


「死ぬつもりじゃないでしょうね? レモンド?」


 とたんに、レモンドの笑い声はひっこみ、その美しいおもてがこわばる。青ざめるようすが肯定していた。

 しかし、言葉にしては、「そんなわけありませんわ。わたしが、どうして?」と、ごまかす。


 しかし、ワレスは強引に続ける。


「なぜ、そんなことを? リュドヴィクのため? そんなに彼を愛していた?」


 レモンドは蒼白のままワレスを見あげ、手をふりはらおうとする。が、それはできなかった。レモンドの手はふるえている。それは心の底で誰かに助けを求めているからだ。秘密を打ちあけてしまいたい。その欲求と、令嬢は戦っているようだ。やがて、


「……なんのこと? さっぱりわからないわ。シロンのことは、あのなかで選ぶなら彼がいいと思っただけ」


 レモンドは気丈な娘だ。ほんとは今すぐ、ワレスの胸にもたれて泣きたかっただろうに。彼女が選んだのは、救いの手をはらいのけ、背をむけることだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る