第六話 第二の殺人

第6話 第二の殺人1



 翌朝。

 事件は思いがけない形で動いた。


 朝から何やらさわがしいと思えば、ジョスの客間にジェイムズがとびこんできて、こんなことを告げた。


「聞いたか? ワレス。さっき、テルム公爵が発表されたんだが」


 ワレスは昨夜の夜ふかしがたたって、まだ高価な絹の寝具のなかだ。最高級のシルクのなかに、これまた最高級の羽毛がたっぷりつまっている布団は、魔法のように睡魔を呼びこむ。


「ワレス。起きてくれ。ワレス」

「……まだ眠いんだ。昼まで寝かせてくれよ」

「それどころじゃない。令嬢の婚約者が決まったんだよ」


 寝ぼけていたワレスの頭にも、その言葉はつきささった。


「……誰だ?」


 ジェロームだろうか? それともサミュエル? ブリュノってことはないだろう。

 などと考えていたのに、


「それが、シロンなんだよ」

「えっ? シロン?」

「おかしいだろ? シロンは令嬢をさけてたのに」


 さけてたも何も、ほかに恋人がいたのだから当然だ。しかし、この決定はおかしい。


「なんで、シロンに?」

「それが朝のうちに、令嬢が父公爵に言ったらしいんだ。シロンと結婚すると」

「令嬢が? シロンはなんて?」

「まだ話してない」

「じゃあ、行って、聞いてみよう」


 急いで、ワレスはとびおきる。


「あら、ワレス。おはよう」


 ジョスリーヌ自身はすでに起きて、朝食を部屋でゆったり味わっている。

 ワレスは彼女の皿からハチミツのかかったスコーンを二つとって、口のなかにほうりこんだ。ほんとは甘いものはあまり好きではないのだが、寝起きの頭を働かせるためには最適だ。


 階下へおりると、子息たちの集合場所になっている広間に、ジェロームやブリュノたちがいた。ブリュノのとなりにはギュスタンが。そこにめずらしく、シロンもいる。


「僕てっきり、君はほかに好きな子がいるんだろうと思ってたのにな」と、ヤスリで爪をみがきながら、ブリュノが言うのへ、

「僕だってこんなことになるとは……わけがわからない」

 シロン自身も首をふっている。


 それはそうだ。シロンの恋人は侍女のアドリーヌだ。令嬢と結婚するのは、完全にアドリーヌへの裏切りだ。


 身分が違うから別れようということには、いずれなるかもしれない。それにしたって、よりによってシロンの奥方がレモンドでは、別れたあとも、二人はずっと顔をあわせることになる。それはたがいに気まずいだろう。


 もっとも、シロンが婚儀は建前、裏でアドリーヌを愛人にしようと決意したのならわかる。が、結婚は令嬢からの申し出だという。


 馬にしか興味なさそうなジェロームでさえ、怒りをあらわにしている。


「おまえにその気はないんだろう。だったら、今すぐ断り、屋敷から去るべきだ」


 シロンは答えない。

 彼にしてみれば、屋敷を去ると、アドリーヌに会えなくなる。だから、帰りたくないのだ。


 シロンのどっちつかずな態度に、ブリュノやジェロームは腹を立てている。とは言え、ブリュノはギュスタンをしっかりキープしているはずだが。


(昨夜のことで、アドリーヌがシロンをふったとか? それなら、シロンがあてつけで令嬢に迫ることはあるかもしれない)


 ブリュノとギュスタン以外、まばらに席をとる彼らのあいだをぬって、ワレスはシロンに近づいた。腕をとり、部屋のすみまでつれていく。テルム家の所有する神話に題材した絵画を背景に立つと、その耳元にささやいた。


「アドリーヌと別れたのか?」

「えっ?」

「言いわけするな。おまえたちがこっそり逢引きしてるところを見た」

「…………」


 シロンは嘆息した。


「そのとおりだ。僕はアドリーヌと愛しあってる」

「でも、いつかは別れるんだろう? おまえは跡取り息子じゃない」

「アドリーヌといっしょになるためなら、家も身分もすてていい」

「たいした覚悟だな」

「当然だ。アドリーヌしか愛せないんだ」

「じゃあ、令嬢の申し出は断ればいい。アドリーヌをみじめにさせるだけだぞ?」

「そう……だな」


 勇ましく純愛を主張したわりに、一瞬、シロンの返答はゆらいだ。


 おや、コイツ、案外、打算的だぞと、ワレスは思う。


 シロンの王子のような端正なおもてを凝視していると、居心地悪くなったのか、彼は広間から出ていった。


 ワレスは追おうとした。が、そのとき、強い視線を感じた。そっちを見ると、ガラス扉の外から男が一人ながめている。ヒゲを生やし、泥で汚れた服を着た、庭師か馬丁だ。


 ワレスと目があうと、男は顔をそらし、仕事に戻った。黒薔薇の手入れを始める。


 単に召使いが野次馬根性で、のぞき見していただけだろうか?

 それにしては、するどい目線だったが……。

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