第五話 夜奏会
第5話 夜奏会1
ワレスが役人の仲間だと知ると、レモンドはいっそう硬質化した。話しかけても、ろくに答えてくれない。屋敷につくと足早に逃げられてしまった。
令嬢のあの態度は、あきらかに犯罪者のものだ。やましいことがあるから、役人の知人であるワレスをさけている。
(まさか、ほんとにレモンドが?)
令嬢が犯人だとしたら、動機はいったい、なんだろう?
彼女は花婿候補が五人もいて、好みの男を選びほうだいだった。そこから決定した婚約者は、やはり好きだから令嬢が選択した、ということだろう。
その婚約者を殺す……。
リュドヴィクにほかに愛する人ができたとか、裏切られたとか?
あるいは、リュドヴィクのほうはレモンドを愛しているわけではなく、完全に金目当てだと気づいたから、とも考えられる。
これがもしも、婚約者に選ばれたのがシロンで、彼が殺されたのなら、動機は明白だ。侍女と恋愛してるような男はゆるせない、という理屈。それは令嬢として怒るのはもっともだ。
だが、じっさいに殺されたのは、シロンではなく、リュドヴィクだ。
(リュドヴィクがどんな男だったか知れたらな)
それとも、ただ単に、実家にあるはずの古代兵器が失われているという事実を知っていて、レモンドは隠したいだけなのだろうか?
それなら、恋愛どころではない。リュドヴィクのことも、てきとうに選んだ可能性がある。
そんなことを考えているうちに晩餐が始まり、終わる。
ジョスリーヌが言いだした。
「カードばっかりでは飽きるわね。今夜は演奏会でもどう? 誰か楽器が弾ける?」
「あの、私がヴィオロンを弾きましょう」
うっすら頬を染めて、サミュエルが名乗りでる。目立ちたがらないサミュエルにしてはめずらしい。よほど奏者としての腕前に自信があるのだろう。
「わたくしは疲れましたので、もう休ませてもらいますわ。ごめんなさい。ラ・ベル侯爵」
令嬢は自室へ帰っていく。
「あーあ。レモンド姫、すっかり、つきあい悪くなっちゃったな」と、なげいたのはブリュノだ。
ワレスはそれを聞きとがめた。
「前はつきあいがよかったのか?」
「最初のころは令嬢もこのサロンを楽しんでたよ。貴族の娘がいつか親の決めた相手と結婚するのはあたりまえだ。自分は選べるだけラッキーだと、彼女は思ってたんだ。だから、積極的に僕たちと交流しようとしてたよ」
それはなんだか意外だった。今のレモンドからは考えられない。ワレスは彼女の暗い顔つきしか見たことがないが、もしかしたら、それは令嬢の本来の性質ではないのかもしれない。
先頭に立って音楽室へ歩くサミュエルについていきながら、ブリュノはさらに語る。
とにかく、人なつこい青年だ。ギュスタンを奪ってみせる、なんてライバル宣言をしてみせたくせに、それはそれ。ワレスとも友人になりたいのか。
「でもね。ここだけの話。令嬢、音楽は得意じゃないんだ」
「そうなのか」
「うん。ひどかった」と言って、ブリュノはクスクス笑う。
ということは、少なくとも彼は令嬢の歌か演奏を聞いたことがある。
ワレスたちの会話に割りこんできたのは、サミュエルだ。
「レモンド姫はどちらかと言うと、運動のほうがお得意のようだね。ダンスは見事だったし、それに乗馬もとても上手だ」
「そうそう。ジェロームと張りあって、いい勝負だった。だから、僕はてっきり、令嬢が婚約者に選ぶなら、ジェロームだろうと考えてたのに」
「それは私も思っていたよ」
候補者の二人が、口をそろえて、令嬢と気があっていたのはジェロームだと言う。なのに、選ばれたのは、リュドヴィク。なんとなく不自然だ。
とうのジェロームはそのことを、なんと思っているのだろうか?
無類の馬狂いは色恋のことなんてどうでもいいかもしれないが、テルム公爵家の素晴らしい馬たちが、ほかの男のものになってしまうのは悔しかったのではないのか?
ジェロームも同行してはいたが、彼が楽器を演奏できるとは思えない。チラリと見ると、ラ・ヴァン公爵やジョスリーヌを相手に馬の話をしている。彼らの持ち馬についてだ。とくにギュスタンの馬車をひく馬の見事さを褒めたたえている。
薄暗い廊下を歩いていくと、二階の奥に音楽室があった。壁にはおうとつがあり、ポツポツと穴があいている。音を吸収してくれるのだ。一部がステージのようになっていて、そこだけ天井も高いので楽器の鳴りがいい。
ステージにはフォルムの美しい最新式のピアノが置かれていた。ほかにもたくさんの楽器が室内の棚に保管されている。
「ああ、素晴らしい。このヴィオロン、百五十年前の天才楽器職人ラファエル・バルテロミューの作だよ。このヴィオラも。これなんか八百年前のベルベロベッサ作だ。よく今どき残ってるなぁ」
サミュエルはやけに興奮している。こっちには楽器狂いがいた。
もしや、これらの楽器を手に入れるためなら、殺人も辞さないだろうか?
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